PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Peacekeeper

58話 名前

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「ピースキーパー、お前にはもっと数術の楽しさを教えてやりたかったんだがなぁ……残念だ。教わりたくなったらいつでも来い! 俺は待ってるぞ! 達者でな!」

「はいっ、いつか伺いますね! 先生もお元気で!」

 頑丈な鉄柵で造られた学園の正門から見送る数術教士、ハミルク・マコマクに向けてアウルは笑顔で手を振り、応えた。
 学園生活で世話になった各人へひとしきりの挨拶回りを終えたアウルは、一足先にライカ達と別れ学園を後にしていた。
 そして、正門を抜けた先に少年を待っていたのは――。


「――卒業おめでとう、アウル」

 いつもの眼帯は付けているがいつもの黒いドレスではなく、礼服に身を包んだ女鍛冶士のエレニド・ロスロボスが、腕の長さ程の黒い木箱を抱えながら正門前に立っていた。

「エレニドさん、やっぱり来てくれたんだね」

「"やっぱり"……とは?」

 少年の不可解な言い回しにエレニドが怪訝な表情を見せる。

「エレニドさんが卒業までには必ず剣を作るって言ったんでしょ? だから今日必ず来てくれると思って"やっぱり"、だよ」

 無垢な口振りでそう言ったアウルに、エレニドはクスリと微笑む。

「……なるほどな。オマエもアタシの性格が分かり始めてきたか。ホラ、約束だ。受け取れ――」

 嬉しさを含ませた表情でエレニドはそう言うと、軽々と木箱をアウルへ向かって放り投げる。

「――っとと」

 意外と重かったが、何とかキャッチに成功したアウル。
 早速石畳の上に箱を置き、ワクワクとさせながら蓋を持ち上げる。すると箱の中身は白い真綿が敷き詰められ、中央にはアウルの髪色と同じ鞘に納まった剣が入っていた。

「抜いてみろ」

 エレニドにそう言われ剣を手に取り鞘を引き抜くと、中からは薄く黄金色に輝いた剣身がスラリと姿を現す。

「うわぁ……」

 繊細さと剛健さを同時に孕んだ、エレニドの鍛冶士としてのプライドを詰めに詰め込んだであろうその抜き身の剣の迫力に、アウルが気圧される。 

「最高級魔金属スピルスで拵えた剣身だ。訓練次第では"斬石"はおろか"斬鉄"さえも可能だ。自分で作っておきながらだが、我ながら恐ろしい一振りとなってしまったよ」

「……これ、俺なんかにいいの?」

 金属に関しての知識が殆ど無いアウルでさえもその価値には気付いたらしく、本当に自身が所有していい代物なのかと判断を委ねてしまう。

「もちろんだ。当然代金も要らん」

 エレニドは敢えて触れなかったが、本来このレベルの剣をオーダーメイドで注文するとなると二、三件の鍛冶屋を店ごと買えてしまうのであった。それ程に価値の高い剣を、彼女は無償で造ってくれたのだ。

「ありがとうエレニドさん……俺、大事に使うから!」

 剣身を鞘に納め大事そうに抱えながら礼を言うアウルに、エレニドが声を掛ける。

「名は、なんて付けるつもりなんだ?」

「名前? 剣の?」

「そうだ。剣に名は付けておいた方がいいぞ。修理依頼の時は楽だし、何より愛着が湧く。まあ、熟考して決めることだな」

 宿題を課すようにエレニドはそう言った。
 アウルは首を傾げながら考える素振りを見せ、やがて――。

「……うん、よし。エレニドさん、思い付いたよ!」

「随分早いな……。いいか? 軽い気持ちで付けるなよ。自分の子に名付けるようなものなんだから後で変更なんてマネは私が許さないぞ?」

 眉をひそめて説教混じりに諭してくる彼女に対し、アウルは悪びれることなく返す。

「いいから聞いてよ! 剣の名前ね、#@*$*に、しようと思うんだけど、どうかな?」

 告げられたその名に、エレニドは一瞬だけキョトンとした表情を見せる。
 が、直後に声を上げて笑い飛ばす。

「笑わないでよ。真面目に考えたんだから」

「ハハハハ……すまんな。でも良い名じゃないか。気に入ったよ」

「ほんと?」

 不安そうな顔色のアウルだったが、作り主がお気に召した事により笑顔へと変わる。

「ああ。だがその名を付けたからにはつまらないことで剣を破壊し、修理を依頼しに来ることは許さんからな。それだけは覚えておけよ」

「もちろん! 任せてよ――」

 その後、もう一度礼を告げたアウルはそのままエレニドと別れ、剣を木箱にしまい込み帰路へとつくのであった。


◇◆◇◆


「ただいま」

 破損させられた何日か後に修理が施された玄関のドアをアウルが開き、帰宅の挨拶をする。
 迎え入れの挨拶は無く、深く溜め息をついた少年は、リビングへと顔を出す。

「親父ー、ただいま・・・・って言ってるじゃん」

 呆れた声で言い放った先にはソファーに腰掛けたヴェルスミスが、やや気まずそうにしていた。

「おかえり……アウル。どうも慣れないな、こういうのは」

「まあ、今更慣れられてもこっちも気まずいんだけどさ。あと、無事に卒業式は終わったよ」

「そうか。では、おめでとう、とだけ言っておこう」

「なんだよそれ……」

 ありふれた日常のやり取りをする親と子とは思えない程に素っ気ない会話だが、これでも幾分かマシになった方なのである。
 しかしアウルにとっては居心地の悪さを感じることはなく、不器用ながらも接してくれる父親に対し、少しずつだが心を開いていたのだ。

 アウルはキッチンの方へと行くと床を持ち上げて開く。すると中には食料等を詰め込んである貯蔵庫があり、そこから瓶に入った牛乳を取り出す。
 蓋を開け一気に飲み干し、アウルは思い立ったように口を開く。

「親父……帰ってきて早速だけど手合い、頼めるかな?」

「……今日くらいは訓練を休みにしてやろうと思ったんだが。何かあったのか?」

「別に。ただ強くなりたい。それだけだよ」

 武を志す名門の現嫡子として喜ばしい言葉を言ってのけたアウル。それに対しヴェルスミスは口の片端を吊り上げ、重い腰をすっと持ち上げる。

「……いいだろう。庭へ行こう」



 ――ただ強くあれ。
 言うのは容易くても、行うとなると難しいものだ。

 しかし兄の死を境に、少年に芽生えたこの強い想いはやがて世界を救う。
 その名の通り『平和』を『維持』して――。














◇◆◇◆


 1ヶ月後――ピースキーパー宅。

「ったくもう……親父は結局家を空けちゃうし、また一人の生活に逆戻りかぁ」

 少年は新調したブーツを玄関で履きながら、愚痴を零す。

「まあ別にいいんだけどさ。一人で暮らすのは慣れっこだし、今日から忙しくなるしね」

 今日は待ちに待った軍の入隊式だ。
 親の居ない寂しさなど、これから待ち受ける日々の充実度に比べれば――と少年は感慨し、期待に胸を膨らませていた。
 ブーツを履き終え麻で織られた大きなトートバッグを持ち、いざ玄関を飛び出そうとするが唐突に足が止まる。

「あ、そうだ。忘れてた」

 慌てて振り返り、靴箱の側に立て掛けてある剣を少年は手に取る。

「あっぶなぁ、新兵が入隊初日に剣を忘れてくるなんてシャレにならないよなぁ」

 安堵の溜め息をつき、今度こそ少年は玄関を出た。

 庭を横切り家の門から足を踏み出す少年だが、ふと思い出したように庭の端の方の、木陰に隠れた箇所を見やる。

「……いってきます」

 十字架の隣へ寄り添うように立てられた、もう一つの十字架に少年はそう告げると、鞘を強く握り締め門を飛び出していった。



 失った寂しさでも、自らを戒める為でもなかった。
 ただ、共に戦いたいという一心で少年は剣に名を付けたのだ。

 兄の名を――。







 ――第一部、完
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