PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Hello Lucifer

12話 手の内

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「――リーベ・グアルド、だと? なぜ魔神が、俺達の技術を……」

 不意を衝き、死角から放たれたアルネイラの渾身の横薙ぎを、身を屈めて回避した魔神。
 その光景を目撃していた俺達の内の一人、シングラルさんが驚嘆としている。

 "リーベ・グアルド"とは一体何だろう?
 口振りから察するに、さっきビナルファさんがディデイロ相手に見せていた回避技術の総称を指すのだろうか?

「アルネイラ! 後ろへ跳べっ!!」

 次いで彼の口から出たのは回避指示。
 耳を塞ぎたくなるほどの怒声で放たれたそれは、攻撃を躱されて狼狽する彼女を正気に戻すには充分の声量だった。

 でも、魔神に攻撃の所作は見られない。
 もしかしてこの人、"特性"を感知できるのか?

 そして彼女は、指示通り後ろへ跳んで回避を敢行。
 しかし――。


◇◆◇◆


「あっ、ぐうぅぅ……!」

 彼女の左手は、幾度刻まれたのだろうか。
 絶え間ない数の斬撃による筆舌に尽くしがたい痛みが、遅れて脳から発せられたのだ。
 だが痛覚が脳の大半を支配する中、彼女は回避の失敗を悔やむのではなく、魔神を仕留める事が出来なかったことを後悔していた。


(なぜ……私は攻撃を続けなかったんだ。私は、何をやって……)

 血液を多量に流す動脈と静脈が切断され、彼女の左手首の切り口からは掘り起こされた源泉が如く鮮血が勢い良く溢れ出ている。
 直ちに止血処置を施さなければ、待つのは失血死だろう。
 握り拳を脇で潰すように挟め、心臓の鼓動をこれ以上早めないよう叫び声を上げる事なく、小さく深呼吸をし必死に痛みを堪えるアルネイラ。
 動揺を隠し切れずとも、負傷へ冷静に対処するその姿はプロフェッショナルの鏡と言ったところか。
 しかし、彼女が行った処置も焼け石に水程度のもの。寿命を数分間伸ばしただけに過ぎない。

 その間に、人の姿をしたヒトならざるモノは尻餅をついた彼女へとゆっくりと歩を進める。
 心底残念だ、とでも言わんばかりに笑みを浮かべながら。


「……トモダチと話している所を不意打ちだなんて、ひどいヒト族だなあ」

 苦痛に顔を歪ませたまま、後退りをするアルネイラ。
 魔神は歩みを止めず、続ける。
  

「残念だけど、キミとはトモダチになれそうにないや。死んでもら――っ!」

 魔神が言い終えるのと念じ始めるのを遮ったのはビナルファだった。
 詠唱を介さず放たれたのは"視認不可の風矢プレッション・ゲーレ"。
 今度は避けきる事が敵わず、魔神の尖った耳を見事に穿つ。

「……はは、こういうの"絶交"って言うんだよね?」

「アルネイラちゃん、逃げろ!」

 
◇◆◇◆


 アルネイラが左手を失ったのと同時――。

「これ以上見ちゃいられん。ヴェルスミス、俺は"るぞ"」

 彼女の左手と剣が失われたことで、戦況が悪化の一途を辿るのは明白。
 見るに忍ぶのを禁じ得ないと思ったシングラルは、"魔神化"の許可をヴェルスミスに促す。

「…………」

 戦況を見つめながら、ヴェルスミスは沈黙。
 彼は今、悩んでいるのだ。

 シングラルが魔神の血をその身に宿しているという事実は、ゼレスティア内でも秘匿中の秘匿とされ、それを知るのは会談に参加していた三人とごく一部の団士のみ。当然、国外で知る者などいない。
 魔神を殲滅させる為にと結託された同盟軍に魔神の血を持つ男が在すると知られてしまっては、新たな論争を巻き起こすだろうとヴェルスミスは危惧していたのだった。
 掃討作戦中にシングラルへ"後方待機"を命じたのもその為。
 彼はゼレスティアの秘匿であると共に『切り札』なのだ。

 ――そしてそれとは別に、ヴェルスミスの胸中にある懸念はもう一つあった。


「……実戦で成るのは久々だろう。大丈夫なのか? 身体の方は」

「ここ数年は身体の調子が良いんだ。それは常に一緒にいるお前が一番解っている筈だ。行かせてくれ、頼む……!」

 案ずる声に対し、懇願混じりのその要請。
 ヴェルスミスは深い溜め息をつき、そして。


「……わかった。但し、"呑まれ"そうになると俺が判断したら直ぐにでも"イリザイル"を打つ。いいな?」

「ああ。恩に着るぞ、ヴェルスミス」

 団長として、一人の友として、感謝を送るシングラル。
 途端彼は息を大きく吸い込み、歯を食い縛り目を血走らせ、全身に力を込める。


「……? 彼は一体何を――」
「グレイム、質問は後で受け付ける。……これが、我が軍の"最終兵器"だ」



 鍛え抜かれた肉体が更に一回りほど肥大。
 毛髪が逆立ち、唇の端が吊り上がり、漆黒の中央にある二色の双眸が怪しく光る。

「……はあぁぁぁぁっ」

 変貌を遂げたその姿は――騎士達、ひいては人類が忌み嫌う魔神族そのものだった。

「「――っ!?」」

 グレイムやセルヴスを始めとした、その場にいた騎士全員が声を失う。

(シングラルさん……魔神だったの?)

 勿論レノも例外ではなく、他の騎士同様目を丸くさせている。
 彼等の動揺を袖にするように、シングラルは身を低く屈ませると勢い良く床を蹴り、猛獣が野に放たれたかの如く戦場へと赴いた。



「ふふ……なるほど。そういう事なら……こちらも少しは手の内を曝さなければな。アビアーノ、"出せ"」

 何かを悟ったかのように突如としてグレイムが微笑む。
 すると後ろに立っていた美形騎士の名を呼び、意味深を含ませた簡素な指示を飛ばす。

「はっ、御意のままに」

 胸に片手を当て一礼。
 了解を示した彼はその場にしゃがみ、しなやかな所作で両手を広げ、石畳に置くと――。


「――"クリエイシオーネ・アムズ"」


 アビアーノがそう唱えると、置いた両手それぞれから二振りの鈍色の剣が瞬く間に錬成されていく。

(騎士が魔術を……? 嘘だろ? 騎士道の心得に反するんじゃ……)

 再び仰天するレノ。
 スレイズや上級騎士のメスバーも驚きを隠せずにいた。

 ――そう、レノが懸念した通り、ガストニアの騎士には『騎士道の心得』という不文律が厳しく定められていた。
 その心得の一つに『戦闘に於いての魔術の使用は厳禁』というものがある。
 剣と鎧だけを用いた闘争を美徳とし狂信的に重んずるよう育てられた彼等にとっては、アビアーノの行動はたとえ緊急時だとしても、蛮行としか捉えることが出来なかったのだ。


「……と、ひとまずは二本"出し"ましたが、まだ作りましょうか? 騎士団長」

 立ち上がり、剣を二本携えた彼がグレイムへと向き直る。

「いや、いい。マナを温存していろ」

「御意のままに……。で、一本は私が扱うとしてもう一本はどなたが?」

 アビアーノがそう尋ねるとグレイムは腕組みをした姿勢のまま、目の動きだけで指示。
 彼の視線の先には――。

「寄越せ、アビアーノ」

 長身の黒人騎士、セルヴス・エンケドゥが手を差し伸べていた。

「……了解。どうぞ、セルヴスさん」

 アビアーノが応え、剣を手渡す。
 そして二人は先に飛び出して行ったシングラルの後を追い、戦地へと駆けていく。



「……騎士が、魔術とはな。しかも錬成土術は相当高度な術だ。一朝一夕で身に付けられる技術ではない。一体いつから……」

 向かった三人の背中を見送りながら、ヴェルスミスがグレイムと肩を並べる。

「時代は変わったのだよ、ヴェルスミス。貴様達が魔神の血を受け入れたように、私達も意識を根底から変えようとしているのさ」

「……別に、受け入れてはいないがな」


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