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20話 或る青年騎士の決意
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――ガストニア国、ゲート前。
5ヤールト以上もある巨大で重厚な石造りの門が開かれ、外界との境界線が一時的に無くなる。
ゲートの外には見渡す限りの平原と青空が広がり、群れで歩く鹿や飛んでいる鳥があちらこちらに見え、長閑な風景を覗かせていた。
時間きっかりに目を覚ましていたヴェルスミスとシングラルの二人。
帰り支度をすぐに終わらせた彼等は、たった今出国しようかという所だ。
グレイムは見送りの騎士を寄越そうかと提案していたのだが、二人はそれを断っていた。
その為、開かれた門の前には警備の騎士しかおらず――ではなく、もう一人いた。
「ホラよ、"ティア・ゲーレ"」
その風術が唱えられると、ヴェルスミスとシングラルの身体の周りへ次第に風が集束していき、全身を持ち上がらせるように徐々に浮遊していく。
「――ビナルファ、感謝する」
人一人分まで上昇した宙空から見下ろす形で、ヴェルスミスは風術をかけた主であるビナルファに礼を述べる。
「うおっ、まぶしっ……!」
言葉を返そうと自身の頭上にいる相手に向けて彼は視線を上にずらしたが、東から照り付ける太陽光の強さのおかげで反射的に目を腕で覆ってしまう。
その様子が可笑しかったのか、シングラルが大口を開けて豪快に笑い飛ばす。
「笑うなよ旦那ぁ……。えーと、飛び方のコツは今更ヴェルスミスと旦那にはいらないよな。"強め"にかけといたから中間地点のピスキン山脈まではひとっ飛びで行けるハズだからさ。ま、気を付けて帰るこったな。俺は宮殿に戻ってもう一眠りするわ。ふあぁぁ……クソネミ」
半開きの眼でそう説明した彼は、間の抜けた欠伸をする。
「お前も騎士達と仲良く過ごせよ? 喧嘩は御法度だぞ」
「売られねえ限りは買わねえよ。そんじゃ、また半年後な。お二人さん」
シングラルからの忠告に対し毒づくように答えた彼はクルリと踵を返し、ゲート内へと戻っていく。
「ったく、先が思いやられるな」
「フ……それならお前が残るか? シングラル」
「……勘弁してくれよ」
空色の髪を靡かせながら門をくぐった男の背中を見送り、二人が冗談を言い合う。
――と、その時だった。
「ん? 誰だ?」
人並外れた視力を持つシングラルが、街中からこちらへ向けて走ってくる人影を視界に捉えたのだ。
「どうした、シングラル」
ゲート内を凝視する彼の横に"浮く"ヴェルスミスが、尋ねる。
「あれは……レノリアスか?」
そう名を出したシングラルから500ヤールト以上離れた位置から、ゲートの入り口に向かって大通りを奔走する青年。
流石のヴェルスミスも、少し驚いた様子を見せていた――。
◇◆◇◆
――なんとか間に合った。
丁度二人はゲートのすぐ側に浮いていたのだ。
しかし、クソ……肺がちぎれそうだ。
普段から如何に体力を温存して任務を終えようかと努力していた不真面目さが、こんなところで祟るとは……!
だが、後悔に思いを巡らせている暇などない。
一刻も早く辿り着き、伝えるんだ。
俺の、決意を――。
「――おいおいレノリアス。昨日、お前が帰り際に二人が発つ時間を聞いてきたのって、見送るためだったのか?」
ゲートの手前になんとか辿り着き、肩で息をする俺に対しビナルファさんが驚く。
「はぁっ、はぁっ、はいっ……! そうです……!」
ヨロヨロとした足取りで二人へと向かいながら、荒息混じりに俺は答えた。
「ぶはっ、お前律儀にも程があるっつうの。ホラ、待っててやるからどうせなら同じ目線で話してこい。"ティア・ゲーレ"!」
そう言って快く送り出してくれたビナルファさんが、俺に向けて風術をかける。
目に見えない風がどんどんと俺の全身に集まり、やがて足が地面から離れる。
「お……おっ?」
全身が宙に浮く感覚というのはなんとも不思議なもので、足場のない水中とはまた別の浮遊感があった。
「ぶははは、コツを教えてやるよ。まず下半身に力を込めろ。存在しない大地を踏みしめるように、だ」
バランスを取れずに空中でバタバタともがく俺に向けて、彼はそう教えてくれた。
「下半身に力を込め……大地を、踏みしめるように……」
俺の真下に立つビナルファさんの言う通りに意識をしてみると、なんとか直立することには成功した。
しかし、気を抜くとまたバランスを失いそうになる。
こんなに神経を使う状態でビナルファさんは魔神とあれだけ派手に戦ってたんだな……と。俺は思い返し、心の中で改めて感嘆とする。
「お、スジが良いじゃねえか。じゃあ、お次は移動だ。そのまま下半身に力を込めつつ、アゴを中心に上体だけを進みたい方向へ重心を傾けろ。そして、傾けたと同時に思い切り……跳べ!」
言われながらその通りに身体を動かした俺は、彼の"跳べ"という合図と共に、ある筈のない大地を思い切り蹴った。
「……!」
するとビナルファさんが戦闘中に見せていたように、自身が走る何倍ものスピードで俺の体躯は滑空を始めたのだ。
すげえ……。
"空を飛ぶ"ってこんな感覚なんだなぁ。
めちゃくちゃ気持ちいい。
鳥にでもなったような気分だ。
……あれ? でもこれどうやって止まるんだ?
俺は首だけを慌てて振り向かせ、滑空を止める方法をビナルファさんに聞き出そうとするが、彼の姿は既に豆粒ほどに見えてしまう遠さに居たのだ。
どうしていいかわからない俺だったが、前方を見てみるとそこにはピースキーパーさんの姿が――。
ヤバい、ぶつかる!
「すいませええええん! 避けてくださああああい!!」
どうすることも出来ず、俺は思い切り声を振り絞る。
激突を確信した俺は、反射的に固く目を瞑り――。
「――旦那ぁ! ナイスキャッチ! ぶはははは!」
激突――ではなく、抑え込まれる感触。
そして、遥か後方から聴こえてくるビナルファさんの笑い声。
「……レノリアス、見送りに来たのか?」
目を開くと、俺の顔を窺うシングラルさんが真っ先に視界へ映った。
見回すと、俺の身体は彼の太く大きな両腕の中にあった。
「す、すみません!」
俺は謝罪し、急いで彼の両腕から身を下ろす。
再びバランスを失いそうになったが、教えてもらったコツを意識しなんとか直立。
二人に向き直ると、ピースキーパーさんはじっと俺の両目を見つめてくる。
威圧感は無かったが、言い様のない迫力がその視線には存在し、俺に緊張感を与える。
だけど、緊張してる場合じゃない。
伝えるって、決めたんだ。
「あの……昨日は、ありがとうございました!」
謝辞と共に、俺は勢い良く頭を下げた。
すると勢いが強すぎたのか、俺の身体はそのまま宙空で縦に一回転する。
なんてアクロバティックな謝罪をしてしまったんだ……恥ずかしい!
「ははは、随分と派手なお辞儀だな」
「…………」
シングラルさんはウケてくれたようだが、ピースキーパーさんは眉一つ動かさない。
そして少しの沈黙の後、ようやく彼は口を開いてくれた。
「……レノリアス。礼を言うのは俺達の方だ。君とスレイズが居てくれたおかげで、余計な緊張を携えて会談へ参加せずに済んだんだ。ありがとう」
その返しと共に、ピースキーパーさんは頭を軽く下げ、会釈をする。
俺はお返しとでも言わんばかりに謙遜の言葉を並べ立てた。
「……それで、今日ここに来たのは礼を言う為だけだったのか?」
「えっ?」
頭を復位した彼は、唐突にそう発した。
どこか薄笑みを浮かべた彼の表情からは、俺が何かを告げるのを待っているようにも見えた。
――もしかして……俺が"行きたい"って言えば、ゼレスティアに連れて行ってくれるのか?
マジで……? ヤバい、どうしよう。
意思が、決意が、揺らぐ――。
昨日固く誓ったってのに……。
……いやいやいやいや、違うだろ!
"お前"は、この国の為に戦うって決めたんだろ!?
しっかりしろ! レノリアス・フォルデン!
僅かな時間でそう思い直した俺は、自信を携えて、告げる。
「俺は……次、ピースキーパーさん達と会うまでに、もっと強くなってみせます。だから……」
「だから?」
「……期待しててください!」
そう、これだよ。やっと言えた。
この告白から、俺の新しい日々が始まるんだ!
ギュッと瞑った目をゆっくり開くと、ピースキーパーさんは少し意外そうな面持ちを見せていた。
しかし、次第にその表情は柔らかさを帯びていく。
「てっきり、"連れて行ってくれ"とせがまれるかと思ったが……そう来たか」
「え……いや、その」
心を見透かされたような感覚に陥った俺は、しどろもどろになってしまう。
「まあ、仮にそう懇願されても、説教と共に却下を突き付けるつもりだったがな」
「――っ!」
……うおお、あぶねえ。良くやった俺。良く思い留まってくれた、俺!
内心でガッツポーズをする一方で、ピースキーパーさんはゆっくりと近付きおもむろに俺の頭に手を置く。
まるで我が子の頭を撫で上げるかのように、その所作は優しさに満ち溢れていた。
そして、穏やかな口調で言ってくれたのだ。
「――君には素晴らしい素質がある。今以上に強くなれよ、レノ」
「……っっ」
何故か、涙が出そうになった。
まだ何も成し遂げていないのに、だ。
「はい……!」
昨晩、免罪符のように拵えたどこかふわふわとしていた俺の決意。
その決意は、彼がくれた言葉によって『根拠』という名の確かな足場が与えられたのであった――。
◇◆◇◆
その後レノはビナルファと肩を並べ、二人を見送った。
ヴェルスミスとシングラルは暫しの別れを惜しむことなく、瞬く間にその場から離れ、高速で空中を往く。
3日もあれば、ゼレスティアに着く計算だ。
「……珍しいな、お前があそこまで入れ込むなんて。サクリウス以来じゃないか?」
「フ……どうだったかな」
「そういえば、クルーイルはどうするんだ? 確かクビにしたんだよな? 可哀想に。相変わらず息子には厳しいよなあ、お前は」
「奴にはピースキーパー家としての自覚がまだまだ足りていない。ひとまず頭を冷やしてもらい、また一から叩き直すつもりだ」
「……アイツの気苦労が知れるな。息子と言えば、アウリスト……だっけか? 次男坊の方はどうなんだよ? そろそろ学園も卒業する歳じゃなかったか?」
「奴の話はしたくない」
「……そうかい」
会話をしながら肩を並べて飛行するヴェルスミスとシングラル。
話題に挙がった二人の息子だが――この同日の夜、ゼレスティアでは一体の中位魔神の襲来があり、運命を分けたのだ。
顛末は言わずもがな、だろう。
だがこの時のヴェルスミスは長男が死に、次男が魔神として暴走した事実を当然、知る由もない。
しかしガストニアで青年騎士が意志を固めた一方で、ゼレスティアでは少年アウリスト・ピースキーパーが同様に、死んだ兄の意志を継ぎ『強くなろう』と決意をしたのだった。
少年と青年が肩を並べるのは、また少し先の話になるだろう。
――物語がページをめくると共に、複雑に組み合わさった運命の歯車は動き出す。
そして、その物語の舞台は再び。
"城塞都市ゼレスティア"へ――。
5ヤールト以上もある巨大で重厚な石造りの門が開かれ、外界との境界線が一時的に無くなる。
ゲートの外には見渡す限りの平原と青空が広がり、群れで歩く鹿や飛んでいる鳥があちらこちらに見え、長閑な風景を覗かせていた。
時間きっかりに目を覚ましていたヴェルスミスとシングラルの二人。
帰り支度をすぐに終わらせた彼等は、たった今出国しようかという所だ。
グレイムは見送りの騎士を寄越そうかと提案していたのだが、二人はそれを断っていた。
その為、開かれた門の前には警備の騎士しかおらず――ではなく、もう一人いた。
「ホラよ、"ティア・ゲーレ"」
その風術が唱えられると、ヴェルスミスとシングラルの身体の周りへ次第に風が集束していき、全身を持ち上がらせるように徐々に浮遊していく。
「――ビナルファ、感謝する」
人一人分まで上昇した宙空から見下ろす形で、ヴェルスミスは風術をかけた主であるビナルファに礼を述べる。
「うおっ、まぶしっ……!」
言葉を返そうと自身の頭上にいる相手に向けて彼は視線を上にずらしたが、東から照り付ける太陽光の強さのおかげで反射的に目を腕で覆ってしまう。
その様子が可笑しかったのか、シングラルが大口を開けて豪快に笑い飛ばす。
「笑うなよ旦那ぁ……。えーと、飛び方のコツは今更ヴェルスミスと旦那にはいらないよな。"強め"にかけといたから中間地点のピスキン山脈まではひとっ飛びで行けるハズだからさ。ま、気を付けて帰るこったな。俺は宮殿に戻ってもう一眠りするわ。ふあぁぁ……クソネミ」
半開きの眼でそう説明した彼は、間の抜けた欠伸をする。
「お前も騎士達と仲良く過ごせよ? 喧嘩は御法度だぞ」
「売られねえ限りは買わねえよ。そんじゃ、また半年後な。お二人さん」
シングラルからの忠告に対し毒づくように答えた彼はクルリと踵を返し、ゲート内へと戻っていく。
「ったく、先が思いやられるな」
「フ……それならお前が残るか? シングラル」
「……勘弁してくれよ」
空色の髪を靡かせながら門をくぐった男の背中を見送り、二人が冗談を言い合う。
――と、その時だった。
「ん? 誰だ?」
人並外れた視力を持つシングラルが、街中からこちらへ向けて走ってくる人影を視界に捉えたのだ。
「どうした、シングラル」
ゲート内を凝視する彼の横に"浮く"ヴェルスミスが、尋ねる。
「あれは……レノリアスか?」
そう名を出したシングラルから500ヤールト以上離れた位置から、ゲートの入り口に向かって大通りを奔走する青年。
流石のヴェルスミスも、少し驚いた様子を見せていた――。
◇◆◇◆
――なんとか間に合った。
丁度二人はゲートのすぐ側に浮いていたのだ。
しかし、クソ……肺がちぎれそうだ。
普段から如何に体力を温存して任務を終えようかと努力していた不真面目さが、こんなところで祟るとは……!
だが、後悔に思いを巡らせている暇などない。
一刻も早く辿り着き、伝えるんだ。
俺の、決意を――。
「――おいおいレノリアス。昨日、お前が帰り際に二人が発つ時間を聞いてきたのって、見送るためだったのか?」
ゲートの手前になんとか辿り着き、肩で息をする俺に対しビナルファさんが驚く。
「はぁっ、はぁっ、はいっ……! そうです……!」
ヨロヨロとした足取りで二人へと向かいながら、荒息混じりに俺は答えた。
「ぶはっ、お前律儀にも程があるっつうの。ホラ、待っててやるからどうせなら同じ目線で話してこい。"ティア・ゲーレ"!」
そう言って快く送り出してくれたビナルファさんが、俺に向けて風術をかける。
目に見えない風がどんどんと俺の全身に集まり、やがて足が地面から離れる。
「お……おっ?」
全身が宙に浮く感覚というのはなんとも不思議なもので、足場のない水中とはまた別の浮遊感があった。
「ぶははは、コツを教えてやるよ。まず下半身に力を込めろ。存在しない大地を踏みしめるように、だ」
バランスを取れずに空中でバタバタともがく俺に向けて、彼はそう教えてくれた。
「下半身に力を込め……大地を、踏みしめるように……」
俺の真下に立つビナルファさんの言う通りに意識をしてみると、なんとか直立することには成功した。
しかし、気を抜くとまたバランスを失いそうになる。
こんなに神経を使う状態でビナルファさんは魔神とあれだけ派手に戦ってたんだな……と。俺は思い返し、心の中で改めて感嘆とする。
「お、スジが良いじゃねえか。じゃあ、お次は移動だ。そのまま下半身に力を込めつつ、アゴを中心に上体だけを進みたい方向へ重心を傾けろ。そして、傾けたと同時に思い切り……跳べ!」
言われながらその通りに身体を動かした俺は、彼の"跳べ"という合図と共に、ある筈のない大地を思い切り蹴った。
「……!」
するとビナルファさんが戦闘中に見せていたように、自身が走る何倍ものスピードで俺の体躯は滑空を始めたのだ。
すげえ……。
"空を飛ぶ"ってこんな感覚なんだなぁ。
めちゃくちゃ気持ちいい。
鳥にでもなったような気分だ。
……あれ? でもこれどうやって止まるんだ?
俺は首だけを慌てて振り向かせ、滑空を止める方法をビナルファさんに聞き出そうとするが、彼の姿は既に豆粒ほどに見えてしまう遠さに居たのだ。
どうしていいかわからない俺だったが、前方を見てみるとそこにはピースキーパーさんの姿が――。
ヤバい、ぶつかる!
「すいませええええん! 避けてくださああああい!!」
どうすることも出来ず、俺は思い切り声を振り絞る。
激突を確信した俺は、反射的に固く目を瞑り――。
「――旦那ぁ! ナイスキャッチ! ぶはははは!」
激突――ではなく、抑え込まれる感触。
そして、遥か後方から聴こえてくるビナルファさんの笑い声。
「……レノリアス、見送りに来たのか?」
目を開くと、俺の顔を窺うシングラルさんが真っ先に視界へ映った。
見回すと、俺の身体は彼の太く大きな両腕の中にあった。
「す、すみません!」
俺は謝罪し、急いで彼の両腕から身を下ろす。
再びバランスを失いそうになったが、教えてもらったコツを意識しなんとか直立。
二人に向き直ると、ピースキーパーさんはじっと俺の両目を見つめてくる。
威圧感は無かったが、言い様のない迫力がその視線には存在し、俺に緊張感を与える。
だけど、緊張してる場合じゃない。
伝えるって、決めたんだ。
「あの……昨日は、ありがとうございました!」
謝辞と共に、俺は勢い良く頭を下げた。
すると勢いが強すぎたのか、俺の身体はそのまま宙空で縦に一回転する。
なんてアクロバティックな謝罪をしてしまったんだ……恥ずかしい!
「ははは、随分と派手なお辞儀だな」
「…………」
シングラルさんはウケてくれたようだが、ピースキーパーさんは眉一つ動かさない。
そして少しの沈黙の後、ようやく彼は口を開いてくれた。
「……レノリアス。礼を言うのは俺達の方だ。君とスレイズが居てくれたおかげで、余計な緊張を携えて会談へ参加せずに済んだんだ。ありがとう」
その返しと共に、ピースキーパーさんは頭を軽く下げ、会釈をする。
俺はお返しとでも言わんばかりに謙遜の言葉を並べ立てた。
「……それで、今日ここに来たのは礼を言う為だけだったのか?」
「えっ?」
頭を復位した彼は、唐突にそう発した。
どこか薄笑みを浮かべた彼の表情からは、俺が何かを告げるのを待っているようにも見えた。
――もしかして……俺が"行きたい"って言えば、ゼレスティアに連れて行ってくれるのか?
マジで……? ヤバい、どうしよう。
意思が、決意が、揺らぐ――。
昨日固く誓ったってのに……。
……いやいやいやいや、違うだろ!
"お前"は、この国の為に戦うって決めたんだろ!?
しっかりしろ! レノリアス・フォルデン!
僅かな時間でそう思い直した俺は、自信を携えて、告げる。
「俺は……次、ピースキーパーさん達と会うまでに、もっと強くなってみせます。だから……」
「だから?」
「……期待しててください!」
そう、これだよ。やっと言えた。
この告白から、俺の新しい日々が始まるんだ!
ギュッと瞑った目をゆっくり開くと、ピースキーパーさんは少し意外そうな面持ちを見せていた。
しかし、次第にその表情は柔らかさを帯びていく。
「てっきり、"連れて行ってくれ"とせがまれるかと思ったが……そう来たか」
「え……いや、その」
心を見透かされたような感覚に陥った俺は、しどろもどろになってしまう。
「まあ、仮にそう懇願されても、説教と共に却下を突き付けるつもりだったがな」
「――っ!」
……うおお、あぶねえ。良くやった俺。良く思い留まってくれた、俺!
内心でガッツポーズをする一方で、ピースキーパーさんはゆっくりと近付きおもむろに俺の頭に手を置く。
まるで我が子の頭を撫で上げるかのように、その所作は優しさに満ち溢れていた。
そして、穏やかな口調で言ってくれたのだ。
「――君には素晴らしい素質がある。今以上に強くなれよ、レノ」
「……っっ」
何故か、涙が出そうになった。
まだ何も成し遂げていないのに、だ。
「はい……!」
昨晩、免罪符のように拵えたどこかふわふわとしていた俺の決意。
その決意は、彼がくれた言葉によって『根拠』という名の確かな足場が与えられたのであった――。
◇◆◇◆
その後レノはビナルファと肩を並べ、二人を見送った。
ヴェルスミスとシングラルは暫しの別れを惜しむことなく、瞬く間にその場から離れ、高速で空中を往く。
3日もあれば、ゼレスティアに着く計算だ。
「……珍しいな、お前があそこまで入れ込むなんて。サクリウス以来じゃないか?」
「フ……どうだったかな」
「そういえば、クルーイルはどうするんだ? 確かクビにしたんだよな? 可哀想に。相変わらず息子には厳しいよなあ、お前は」
「奴にはピースキーパー家としての自覚がまだまだ足りていない。ひとまず頭を冷やしてもらい、また一から叩き直すつもりだ」
「……アイツの気苦労が知れるな。息子と言えば、アウリスト……だっけか? 次男坊の方はどうなんだよ? そろそろ学園も卒業する歳じゃなかったか?」
「奴の話はしたくない」
「……そうかい」
会話をしながら肩を並べて飛行するヴェルスミスとシングラル。
話題に挙がった二人の息子だが――この同日の夜、ゼレスティアでは一体の中位魔神の襲来があり、運命を分けたのだ。
顛末は言わずもがな、だろう。
だがこの時のヴェルスミスは長男が死に、次男が魔神として暴走した事実を当然、知る由もない。
しかしガストニアで青年騎士が意志を固めた一方で、ゼレスティアでは少年アウリスト・ピースキーパーが同様に、死んだ兄の意志を継ぎ『強くなろう』と決意をしたのだった。
少年と青年が肩を並べるのは、また少し先の話になるだろう。
――物語がページをめくると共に、複雑に組み合わさった運命の歯車は動き出す。
そして、その物語の舞台は再び。
"城塞都市ゼレスティア"へ――。
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