PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Eroded Life

26話 エリス②

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「この子の事知ってるの? バズさん」

 有り得ない、と思いながらもアウルは恐る恐ると訊く。
 すると、イスに座った大男の表情が一転して怪訝へと切り替わる。

「何を言ってるんだ? お前さんと同じ、新兵のエリスじゃないか。俺が兵の名前を忘れる訳がないだろう」

(え……?)

 訳が分からなくなる。
 エリス自身が"具現化できたのは今日が初めて"と言っていた筈。

「…………っ!」

 アウルはこれ以上混乱が深まらないようにと意を決し、異を唱える。


「バズさん、この子魔神なんだよ!? 人間じゃないよ……!」

「なっ……」

 少年の必死な訴え。
 それに対しバズムントは呆然とするが、僅かな沈黙の後――。

「ガハハハ、アウル。それはなにか新しい遊びの一種なのか? すまんなあ、話に付いていけなくて。最近の若い者の話題にはとんと無頓着でな。で、エリスどうなんだ? お前さんは魔神なのか?」

 彼は戯れに付き合ってあげているかのよう、ニコニコとしながらエリスに聞く。最初から信じる気など全く無いようだ。

「アウルったらひどーい。失礼しちゃう。有り得ないよぉ。私が――」

 わざとらしい少女の振る舞い。
 そして、悪戯な笑みと視線を横目でアウルに送りながら。

「――"魔神"だなんて」

「だよなあ? ガハハハ! アウル、冗談でもレディに対してそんな事を言ってはダメだぞ?」

 バズムントが豪快に笑い飛ばす。
 これ以上何を訴えてもダメだと、アウルは悟った。

(くそっ……全く信じてくれやしない。どうしたら……!)

 その後『2階へ勝手に上がってはいけない』という旨で、改めて叱られたアウルとエリス。
 作戦室から退室させられ、重い足取りで正面階段へと向かう。

「エリス……バズさんに、何かしたの?」

 肩を並べて廊下を歩き、隣の少女を問い質す。

「んー? なんだろうね?」

「とぼけるなよ! 今日初めて姿を見せた奴の名前を、バズさんが知ってるわけないだろ!」

 周囲から悪目立ちをしない程度に語気を強め、少年は論をぶつける。
 すると少女は、仕方ないとでも言わんばかりに言葉を紡ぎ始める。

「……アウルは、魔神それぞれに"特性"っていう能力があるのは、知ってるよね?」

「ああ、知ってるよ。って、まさか……」

 説明の切り出しだけでアウルは感付く。

「そう、私の特性は認識グノーシス。ヒトの深層意識に、"エリス"という存在を刷り込ませるもの。ちなみにさっきはアウルと同じ"兵士"っていう設定を刷り込ませたんだよ」

「……なんだよそれ。じゃあ、俺にもその特性を使ったってこと?」

「それは違うよ。アウルにだけは使う必要が無い。アナタは私と一緒の存在、だからね」

『またそれか』と、アウルは言葉には出さなかったが、嫌な気持ちを顔に出す。
 


 ――話を少しだけ変えよう。

 アウルにはまだ知る由も無いが、特性というものは"念じ"を通して唱えられ、シングラルのように魔神の血を宿す者はその念が脳波で伝わる仕組みとなっている。
 アウルもその筈だったのだがエリスが具現化したことによって、現在の少年の身体は常人の感覚と同様になってしまっていた。

 つまりエリスが姿を現している間、少年は魔神化の暴走をする恐れが無くなったということなのだ。
 これは、アウルにとって大変喜ばしい事実であり、エリスもまだ気付いていない。
 しかし、少年はこの事実に対し近い未来、苦渋の選択を強いられることになる。

 それがいつになるのか、この場では明言できないが――。


◇◆◇◆


 AM11:00――アーカム市、ハーティス食堂。

『団士が訪れた店』として、かつての"あの日"から客足が倍増したこの店。
 一般客達は暇さえあればこぞって来店し、団士の再訪を心待ちにしていた。
 しかし、流行というものは季節のように移ろいでいくもの。
 何ヵ月も経った現在にもなると、繁盛ぶりはすっかりと鳴りを潜め、日中の浅い時間帯では閑古鳥が鳴くレベルにまで客足は途絶えてしまっていたのだ。

「――ま、ウチの店なんて元々こんなもんだよ」

 そもそもあの日以来、団士はこの店に訪れる事などなかった。強いて言えば、ゼレスティア一の女鍛冶士として名高いエレニド・ロスロボスが稀に来店する程度が精々。

 しかしカレリアやオリネイと違って、エレニドの性格は無愛想極まりない。
 いざ声を掛けようとしても、彼女が発する威圧感が近寄りがたい雰囲気を生み出していたのだ。

ねえさんがもうちょっと愛想良く振る舞ってくれりゃあ、ここまで客足が減ることもなかったんだけどなあ」

 ライカート・ハーティス。
『ハーティス食堂』の店主とその妻、ブレットとナタールの間に生まれた一人息子。16歳。

「失礼な。アタシはただここにメシを食いに来ているだけだ。大体な、どいつもこいつも来店の動機が不純なんだ。この店は食事を楽しむ為の店で、有名人に会いに来る場でもなんでもないだろうに」

 エレニド・ロスロボス。
 グラウト市に店を構える剣鍛冶屋『LosLobos』の女店主。21歳。


 腰まで伸ばした真っ黒な髪と、左目に掛かった眼帯が特徴の彼女。
 カウンター席に座り、朝早くから酒を嗜んでいる。

「朝っぱらからこんな食堂で酒飲みながら言われてもなあ……」

「ん? なにか言ったか?」

 グラスを口に付けながら、エレニドが厨房に立つライカを隻眼でギロリと睨む。

「なんも言ってねっすよ!」

 心の声が漏れてしまい、慌てて自身の口を塞ぐライカ。

 現時点での店の入りは至って平常。
 エレニドを抜いて数えると、テーブル席に老夫婦が一組いる程度だった。

「そういえば、アイツは元気にやっているのか?」

「アウルのことっすか? もう一ヶ月くらいアイツとは会ってないけど、どうなんでしょうかね」

 フライパンを片手に、炒め物をしながらエレニドに返す金髪の少年。

「随分と素っ気ないじゃないか。親友ではなかったのか?」

 エレニドが煙草に火を付ける。

「もちろん親友っすよ。でも、お互いに甘え合う関係ではないですからね。アイツは戦いを、俺は料理を、ってそれぞれ頑張ってれば良いんですよ」

「ふふ、まだ若いくせに随分と達観した関係だな」

 エレニドが薄笑みを浮かべ、紫煙を吐き出す。

「まあアイツも俺も、お互いを気にかけてるヒマが無いくらい仕事が充実してる、って言い換える事もできますけどね! ……はい、お待ちどうさん! 肉チャーハンっす」

 底の浅い大皿へ綺麗に盛り付けられた炒飯を、カウンターに座るエレニドへそのまま手渡す。
 キツネ色になるまで炒められた米にみじん切りにされたあめ色の玉ねぎ。刻んだ青ネギが色と味のアクセントを生み出し、盛り付けの頂上に置かれた味付け鶏肉が食欲をそそる。

 とても簡素な作りの料理ではあるが、シンプルだからこそ奥深いと父ブレットが自信を持って送り出す、この店でも人気のメニューの内の一つだ。



「しかし、オマエもだいぶ様になってきたな」

 料理を食べながら、エレニドが言う。
 ライカはフライパンを洗っている最中だ。

「忙しくないこの時間帯だけ、一人で厨房回せって親父に任されましたからね。嫌でも様になってくれなきゃ、更に客が減っちゃいますよ」

 苦笑を交えつつ、少年が答える。
 ライカが店を任せて貰えるようになったのは、ブレットが持病の腰痛を悪化させたことにより、一日中厨房で立つのが困難となってしまったから。
 だがそれはそれで、ライカにとっては修行で培った腕前を存分に発揮できる又とないチャンスとなったのだ。



「……ごちそうさま。美味かったぞ」

 食べ終え、器を返却すると同時に彼女は席から立つ。

「どうも。もう帰っちゃうんですか?」

「昨日は久々にオーダーが入ってな。これから暫くはひたすら製作の日々が待ってるんだ。お代はここに置いておくぞ」

「了解っす。また来て下さい!」

 活気に満ちた笑顔でライカは応え、エレニドは『ああ』とだけ残して店を後にした。


◇◆◇◆


「――ん?」

 アーカム市の往来を歩き、仕事場でもある自宅へ帰ろうとしていたエレニド。
 人混みがまばらな道を歩く中、少し離れた位置を歩いていた見慣れた少年をふと視界に捉える。

(あれは、アウルか……もう一人の女子は、誰だ?)

 遠巻きにエレニドは凝視する。
 絹のような白い肌に、薄い紫の髪色と白と黒を基調としたドレス。
 彼女にとっては全く見覚えのない少女だった。

(やはり初めて見るな……)

 得体の知れない雰囲気を醸し出す少女。
 不思議と気になってしまったエレニドは、二人へと接触をはかろうとする。




 ――視線。

(…………っ!)

 全身からどっと冷や汗が吹き出る。
 エレニドと二人の間には、まだ10ヤールト以上も距離が空いていた。その間合いの中にも当然、人波は行き交っている。
 にも関わらず、自身の気配を一瞬にして悟られてしまったのだ。


(なんだ……この女は……)

 少女が口の端を上向かせ、エレニドの隻眼をじっと見つめる。無垢でありながらも、あらゆる負の要素を孕んだようなその笑みは、彼女を戦慄とさせた。
 近付こうとしていた足は止まってしまい、恐怖によって後ずさむ。自身と何個も年の離れた少女相手にここまで恐れを抱いたのは、彼女の人生では初めての事だった。


 そして――。





(――ああ、"エリス"だったか。相変わらず仲が良いな。あの二人は)

 穏やかな顔付きのエレニド。
 先程までの緊張と恐怖は、本人が察する間もなく彼方へと消え失せ、平常心へと立ち返っていた。

(さて、帰るか)

 二人の邪魔をしてはいけない、と気を遣った彼女はそのまま進行方向を元へと正し、帰宅したのだった。



「――エリス? 立ち止まっちゃってどうしたの?」

 アウルが振り返り、エリスに訊く。
 後ろをついてくる気配が無くなったのを察したのだろう。

「ううん、なんでも。それよりアウル、これからどこ行くの?」

 
 何事もなかったかのようにニコッと誤魔化した少女は、駆け足でアウルの元へと歩み寄る。

「うーん、とりあえずハーティス食堂に行こうかな。せっかくの休みだし」

「ライカくんが居る店ね。私ライカくんにも一度会ってみたかったんだあ」

(会わせたくないんだけどなぁ……)

 気分の重さが顔色に出たアウルは、深い溜め息。

「ふふっ、楽しみね」

 無邪気な笑顔を携え、エリスは少年の後を往く。
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