PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Unstoppable melancholy

39話 邪教

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 ――街外れのカフェ。
 
 二人が座っているテーブル席は窓際。
 ひどく汚れた窓には透明感がなく、外の景観は濁ったように映る。
 そのため外からも店内が目視しづらく、加えて客足も少ないこの店は、密談をするにあたって中々良いロケーションと言えるだろう。


「――は?」

 あまりにも唐突なタイミングと内容。そんな彼からの提案に、少女は一文字だけを意図せず発してしまう。

「…………」

 この店に来てからは常に笑みを絶やさなかったワインロック。だが今は眉ひとつ動かさない程の無表情で、ただじっと少女を見詰めているだけ。
 醸し出される雰囲気から、提案が冗談の類いではない事を物語っていた。

(なんなのこの人……? 何か怖い……)

 不可解。畏怖。
 少女の脳裏で入り交じる感情。

「あの、ワインロック様……。言っている事の意味が少し理解出来ないのですが……」

 ピリムはぬるくなったコーヒーを一口だけ啜ると、若干の戸惑いを見せながら返した。

「ああ、ゴメンゴメン。流石に唐突過ぎたね。じゃあ少しだけ説明を加えようか」

 無機質な表情からニコッといつもの笑顔へ切り替わるワインロック。
 その瞬時の切り替わりは、何とも言えぬ不気味さを含んでいた。

「まず確認の為に聞くけど、ピリムちゃん。キミはさ、強くなりたいんだよね? アウルくんと同じくらいに」

「はい……」

 真意が読めないながらも、ピリムは素直に首を縦に振る。それを受け、彼は続けた。

「うん。じゃあ、ハッキリと言わせてもらうね。キミの素質や潜在能力、全てを把握しきっている僕から言わせてもらうと、今後キミがアウルくんに追い付くのは……無理だ」

 優しい口調で残酷に、淡々とワインロックが告げた。
 彼には武術授業で三年もの間、実力を見て貰っていた過去がある。
『全てを把握している』というのはきっと嘘では無いのだろう。
 だが、それでもピリムはその言葉を受け入れることが出来なかった。

「そんなこと……わからないじゃないですか」

「わかるよ。でも勘違いしてほしくないのは、別にキミに才能が無いって言ってる訳じゃあないんだ。キミ自身の素質は、あのバズムントの娘なだけあって素晴らしいものがある」

 彼はそうフォローを加える。
 しかしそんな口上など、ピリムにとって気休めにはならない。

「今後もキミは順調に成長をしていくだろう。将来的にはもしかすると僕達団士クラスにまで至るかもしれない。でも……それ以上にあの魔神の少年、アウルくんも成長するんだ。キミや他の子達が到底及びもつかない速度で、ね」

「…………っ」

 ピリムに反論のできる余地は無かった。
 言葉を失う少女に対し、彼は更に現実を突き付ける。

「精密なマナコントロール技術、マナ容量キャパシティの大幅拡張、爆発的な身体能力向上に驚異的な自己修復力。誰もが垂涎するほどの魅力的なスキルのオンパレードだ。それを既に備えているあの少年に、キミは今後追い付けると思うかい……?」

「…………」

 ピリムは押し黙ってしまう。

「そこで、だ――」

 そして少女に追い打ちをかけるように、彼は改めて――。

「そんなアウルくんの強さへ一気に近付けるすべがあると聞いたら、キミはどうする? もう、答えは決まっているんじゃないのかな……?」


 ――手招き、ちらつかせる。再び嗤いながら。


◇◆◇◆


「バカな。ワインロックが内通者……だと?」

 エルミから告げられた真実に、バズムントが仰天とする。

「ええ。少なくとも私の見立てた限りでは、ですがね」
 
 驚くバズムントに比例して、エルミは至って平静だ。

「尋問は……してないのか?」

「それなんですよ、今日の私の用件は。昨日でジェセル・ザビッツァへの尋問が終わり、今日から明日にかけて最後の尋問を予定していた彼を、私は捜していたんです」

 辻褄を合わすかのよう、エルミが本来の目的を明かす。

「…………嘘だろ、あいつがまさか……有り得ない」

 アゴ髭を撫でながら、バズムントはうわ言のように否定の言葉を呟く。
 今でこそ立場は異なるが、彼とワインロックは親衛士団が設立される何年も前からの旧知の仲だ。
 認めたくない、という感情が先行するのも致し方ないだろう。

「なにか……理由があるはずだ。奴が魔神と手を組まざるを得ない、理由が……」

 無理矢理にでも、都合良く解釈をしようとするバズムント。
 そんな彼相手に、エルミは深々と溜め息を吐く。

「バズムント、信じたくないであろう気持ちもわかりますが、信じてください。これでも私、情報収集能力を買われて"この席"に就いているんですよ?」

「……そうだな、スマン。別にお前さんの能力を疑っているワケじゃ無いんだがな……」

 一転して、バズムントは申し訳がなさそうな様子を覗かせた。
 その歯痒そうな表情からは、やはり腑に落ちない、と言いたげな様子がひしひしと伝わってくる。

「バズムント、貴方は"天使教アンジェリオン"という集団をご存知で?」

 ふと、エルミが思い悩むバズムントへと話を振る。

「……ん、ああ。ここ何年かで世界的に信者の数が増加している異端宗教カルトだろ?」

「ご存知でしたか」

「ああ、勿論。なんでも魔神族を"天使"と崇め啓蒙し、種族間での相互の理解を謳っている集団だとか……全く、世も末だな」

 世間に向けて吐き棄てるように嘆くバズムントであるが、ふと思い、口にする。

「……で、今の話にワインロックと何の関係が?」

「彼はその教団の一員なんですよ」

「――っ!」

 エルミから返ってきた更なる真実。
 しかし、まだ疑いの念は彼の心からは晴れない。それほどまでに、ワインロックに対する信頼は厚かったのだ。

「確証は……あるのか?」

「言うと思いましたよ。では、これを見てください。本来は彼との尋問で使う予定だった物ですが……」

 怪訝に思うバズムントからの問いに対し、エルミは着ていたダボついたコートの懐から一枚の紙を取り出し、デスクの上へと差し出す。

「どうです? 読めますか?」

 汚筆を指摘される前に、自ら確認をとるエルミ。
 対し、バズムントは目を細めて白い紙の上に書かれた文字列をゆっくりと追う。

「スマン、やっぱりと言っちゃ申し訳ないが……読めんぞ」

「……読めたら驚きですよ。ちなみにこの字は私が書いた物ではありますが、私の字では無いんです」

 不可解な言い回し。バズムントの怪訝は深まる一方だ。

「なにぶん頭が固くてな。なぞなぞは苦手なんだ」

「……そういった類いの話ではないです。いいですか? "私の字ではない"というのは、人間の言葉ではない、という意味を指しているんです」

 バズムントの脳内には変わらずクエスチョンマークが。
 理解をしかねている彼に見兼ねたエルミは、自身の口から答えを切り出す。

「この文字列は私が独自でゼレスティアの教団支部に忍び込み、調べ上げ、真似て書いた物です。天使教かれら天使言葉アンゲントリックと呼んでいます。つまり、これは"魔神の言語"なんですよ」

「魔神に……言語なんてものがあるのか。驚いたな」

 感嘆を口にするバズムント。
 しかし『元々の論点がズレちゃいないか?』とも脳内では思っていた。
 エルミはそんな彼の心を見透かしたかのように、話を再開する。

「……驚きはここからですよ。バズムント、今から私がこの文字を読み上げますので、良く聴いていて下さい」

 そう言うと、エルミはおもむろに紡ぐ――。

「っjfひghgyfydkfkgkdぁっfkふswxgyfzrztgほkのいびヴvyふsdxkxqpdーどdっfkヴvyctcdrdhーいcds~~」

 奇怪な発音の言語。
 規則性もなく、言語の体を成しているのかも怪しい。
 当然、意味など理解が出来る筈もなかった。 

「なるほど、全くわからん」

「でしょうね。でもどこか聞き覚えはありませんか?」

 首を捻り、眉根に皺を寄せ、バズムントは記憶を思い起こさせる。

「……そういえばよく、ワインロックが魔神を相手取った時なんかは、似たような羅列の言葉を話していたような……。何考えてるかよくわからん奴だったからほっといてはいたんだが……まさか――っ!」

「そのまさかです! はぁ……良かった。貴方がやっと自ら理解をしてくれて……」

 何から何まで一から十を説明することに辟易としていたエルミが、安堵の表情を溢す。


「――ワインロックは魔神に特性で操られていた、って事だな!」

 

「……いえ、全然違います」

 その後、改めてエルミから詳細な説明が為された。

 説明の内容を述べると――。

 ――ワインロックは魔神と遭遇する度に、言語を用いた"交信"を行っていた。
 ――リーベ・グアルドを魔神族に伝授させたのも、十中八九彼の仕業。
 ――彼自身に魔神の血が宿っているかどうかは断定は出来ないが、恐らくYESということ。




「……解りましたか? これ以上はもう説明しませんからね?」

 余りきった服の袖で、汗を滲ませた額を拭うエルミ。理解をさせるのに相当の労苦を費やした、というのが窺えた。

「ああ、良く解ったよ、ありがとう。それはそうと、ワインロックを一刻も早く捜索しなければな……。エルミ、さっき言ってたお前さんが忍び込んだ教団の支部というのは一体どこにあるんだ?」

「フルコタ市の外れにあります……が。表立った捜索活動は控えた方が良いでしょう。警戒されてしまいます」

 逸るバズムントを宥めるよう、エルミが言い聞かせる。

「……確かにそうだな。ではエルミ、この件はお前さんに一任しても良いのか?」

「ええ、お任せください。それとこれは相談なのですが、私の助手として一人、兵を預けてくれませんか? 出来れば団士クラスの実力を持つ者が好ましいのですが」

「団士クラス……って団士じゃなくて良いのか? 明日からならシェイムとオリネイが空いてるぞ?」

 エルミからの要請に、不可解そうな面持ちで返すバズムント。

「ええ。我が強い団員が相方ですと、どなたであれ少なからずやりづらさがあるのです。ほら私、皆さんにそこそこ嫌われてますし……」

 尋問士としての側面も持つエルミが、伏し目がちに零す。

「ま、まあ役割柄……仕方ないさ。俺は、お前さんの事は好きだがな。ほら……プロ意識の高さとか!」

 フォローの後、野太い声で『ガハハハ』と笑って誤魔化すバズムント。なんとも嘘が下手な男である。

「……バレバレですよ、もう」

 溜め息混じりにぼそりとエルミが漏らす。
 バズムントは大きく咳払いをし、改めて告げる。

「では……任せたぞ! 相方の兵については今日中に俺の方で決めておく。他にも要望があればいつでも言ってくれ。可能な限り用立てをするつもりだ」

「ええ、ありがとうございます。なにか進捗があればその都度、秘密裏に報告させていただきますのでご安心を。では、これにて失礼させて頂きます」

 胸に手を当て、忠誠の意を示すと同時に会釈。
 エルミはそのままくるりと踵を返し部屋を後にしようとしたが、先に作戦室の扉がガチャリと開く。


「――フェリィ・マーテルス。只今帰還しました!」

 ハスキーな張った声が、部屋中へと響き渡る。
 ピリム達を連れ、巡回任務に出向いていたフェリィが報告の為に現れたのだ。

「ご苦労、フェリィ。早速成果を――」
「バズムント、私決めました。フェリィをこのまま貸して頂けないでしょうか?」

 言葉を遮り、エルミが提案をする。
 バズムントは思わず唖然と。

「……ピエルミレ様。一体何のお話でしょうか?」

 キョトンとしているフェリィ。
 当然、今来たばかりの彼女が事態を呑み込める筈が無い。

「いいですよね、バズムント?」

 エルミは背を向けた状態から横顔を覗かせ、デスクに座ったままのバズムントへと訊く。


「……とりあえず、報告を先にさせてやれ」

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