PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

53話 受難

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「……それで、結局俺はリフトレイに言われるがまま逃げて、お前を呼びに行ったってワケよ」

 事の経緯を説明し終えたパシエンスが、語尾を言い終えたと共にアウル達と並んで走っていた足を不意に止め、往来のど真ん中で立ち尽くす。

「どうだアウリスト、俺が情けないと思ってるんだろ? 笑いたきゃ笑ってもいいんだぜ?」

 振り返るアウルへ、パシエンスは自嘲気味にそう漏らした。
 ピリムとアイネの間に勇んで登場し場を収めようとした少年は、結果として守ろうとした相手に護られるという始末に。
 更にはアウルを呼びに行くという狙いで逃亡に至ったのだが、その選択は少年のプライドをひどく傷付け、自身の力不足をこれでもかと痛感させた。

「パシエンスは状況をどうにかしたくてアイネの言う事に従ったんでしょ? 俺は笑わないし、逃げたとも思わないよ」

 自身を卑下するパシエンスに続いて足を止めたアウル
は、微笑みすら浮かべずに真摯に応えてみせた。


「はんっ、慰めのつもりかよ? お前も……どうせ俺の事を弱いだの情けないだの普段から思ってるんだろ!? だったら笑えよ! 変に気遣われるよりそっちの方が気が楽だ!」

 声を荒げ、パシエンスが訴える。
 涙を目尻に浮かばせながら。

「あぁ、くそっ! 何で涙なんか出んだよ……ほんと情けねえ」

 服の袖で涙を拭うパシエンス。
 散々取り繕ってきたプライドが決壊したことによっての落涙だろうか、我慢をしようとする意思と反するようにぽろぽろと滴が零れ落ちる。

(パシエンス……)

 一方で目の前で泣く少年を相手に、アウルはある種のシンパシーのようなものを感じていた。

(同じだ……あの時の俺と)

 情景に浮かぶは約七ヶ月前のあの光景。

 ――辺りを取り囲む紅炎。
 ――石畳と血溜まりに伏す自身の身体。
 ――そして、目の前で心の蔵を穿たれた兄。

 自身の弱さ、愚かさにうちひしがれ、悔いても悔いきれない思い。
 庇われ、護られ、失わせてしまった命。

 若干の状況の違いはあるにせよ目の前の少年パシエンスは、自責の念に駆られ尽くした当時の自分と同じ思いを抱いているのだと照らし合わせ、思いに耽る。

「パシエンス」

「……っっんだよ?」

 鼻水を啜らせながらパシエンスが反応する。

「俺を呼んできてくれてありがとう。後は任せて。パシエンスの頑張りは……絶対に無駄にしないから」

 静かに、それでいて力強く芯の通った語気で、アウルは応えた。

「…………っ」

 真っ直ぐな思いで応えてくれたアウルに対し、パシエンスはそれ以上の責める言葉など思い浮かべず。

「……くそっ! 今回ばかりは見せ場を譲ってやらあ! けど忘れるなよ、俺はお前より絶対に強くなってやるからな!」

 そして精一杯の強がりを見せ、赤く腫れた目を隠すように外方そっぽを向くと――。

「……任せたぞ、アウリスト」

 ――託す言葉と共に、手を差し出す。

「ああ」

 差し出された手をギュッと握り返すアウル。
 パシエンスは恥ずかしそうにしながら手を離す。


 ――と、そこで二人の遣り取りを傍らで眺めていたエリスが口を挟む。

「……ねえアウル、男の友情に水差すようで悪いんだけどちょっといいかな?」

「なに? エリス」

 アウルが振り向き、聞き返す。
 エリスは少しだけ言いづらそうに、苦い表情を見せながら言葉を紡ぐ。

「これからアウルは戦いに……行くんでしょ? その……剣って持ってきてないよね?」

「あっ」

 アウルの表情が凍る。
 そもそも今日は、戦闘とは無縁な時間を過ごすつもりだった。
 任務中は肌身離さず握っていた自身の剣ではあるが、生憎にも現在は自宅の玄関に立て掛けておいたままとなっていたのだ。

「ええと、パシエンス……“任せて”って言った矢先で申し訳ないんだけど……剣貸してくれない?」

「――っ!?」

 失念という不手際を照れ隠すように後頭部をポリポリと掻きながら、アウルが伺い気味に頼み込む。

「ばっ、お前っ……俺のこの剣はあの“カスケルト”に作ってもらった代物だぞ!? 製作依頼するまでにどれだけ必死こいてバイトしたと思ってんだ! 貸せるわけないだろ!」

 アウルからの要求にパシエンスは顔色を豹変させ、激昂する。

 彼が愛用している剣は、ぜレスティア国内でもエレニドと並ぶほどの腕前を誇る『カスケルト』という名の鍛冶士が手掛けた作品。
 カスケルトという人物は気難しい性格のエレニドとは違い、金さえ積めば誰からの製作依頼でも受注をしてくれる気さくな職人として知られている。
 そのためパシエンスは学士の時分から放課後や休日に日雇いの仕事に精を出し、少しずつ金を稼いで貯めていた。そして学園を卒業すると共に、決して安くない依頼料を支払い特注を頼み込んだのだ。

「パシエンスのその剣が命の次に大事だってことは普段から聞いてるし、俺もわかってるよ。でも、今回は状況が状況なんだよ……絶対に傷付けないよう大事に使うからさ……頼むよ!」

「だっ、ダメなものはダメだ! いくら非常事態といってもこればっかりは譲れねえぞ!」

 アウルは懇願するが、パシエンスの意志は固く、揺らぎそうにもない。
 仮に立場が逆だとしても、アウルが剣を貸すことはないだろう。彼等からすればそれほど自身の剣というのは大切なものなのだ。

(うーん…………堂々巡りね。こうなったら……)

 問題に端を発したエリスは、アウルとパシエンスが繰り広げる押し問答に見兼ねる。
 そして気配を消し、パシエンスに察知されぬよう、静かに背後へと姿を移すと――。

「……だからよぉ、何度言われたって――ん、あれっ!?」

 口を動かす最中であったパシエンスが驚愕する。
 腰に差していたはずの剣が、いつの間にか綺麗さっぱりに無くなっていたのだ。

「はい、アウル」

「…………っっ」

 一切の濁りや穢れもなさそうな何食わぬ笑顔で、引きつった面持ちのアウルへと剣を手渡すエリス。
 本職の盗賊顔負けの鮮やかな手際で、パシエンスから剣を奪ってみせたのだった。

「おいっ! 返せよ!」

 パシエンスは怒りを露わにする。
 この反応は当然と言えよう。

「なぁに? パシエンスくん」

 剣を受け取ったアウルと取り返そうと間合いを詰めるパシエンスの間に割り込み、立ち塞がるエリス。

「じゃ、邪魔すんなよ……! 俺の剣、返してもらうぞ」

 明るい表情の整った顔立ちの少女が、突然目の前にずいっと現れたため、パシエンスは顔を赤らめて狼狽える。

「んー? この剣はね、今私がたまたま道端で拾ったものよ? だからアナタのものじゃないわ」

「はあ……?」

 突拍子などあるはずもなく、その取って付けたような
理由にパシエンスは間の抜けた声を上げてしまう。

(――認識グノーシス――)

 が、エリスは目が合ったと同時に特性の使用を敢行。
 有無を言わさぬタイミングで認識の刷り込みを行ったのだ。

「……へえ、いいなあその剣。羨ましいぜ」

「――っ!?」

 パシエンスの頓狂とした発言に仰天とするアウル。

「えへへ、いいでしょー? パシエンスくん、この剣欲しい?」

「い、良いのか? くれよ!」

 飼っている犬へ餌でもちらつかせるように、エリスが剣を見せびらかす。
 それに対しパシエンスは、今にも涎を垂らしそうな程に食い入る目付きだ。

「じゃあ、アウルの家の玄関に置いてある剣を持ってきてくれたら、交換してあげてもいいよ♪」

「ほ、ホントか……わかった! すぐ取ってくるぜ!」

 あっさりと承諾してくれたパシエンスは散々と走り回った疲労などなんのそのと言ったように、瞬く間と踵を返し、来た道を戻っていった。

「私達、東門前広場にいるから出来るだけ早く来てねー!」

 みるみる内に遠くなっていくパシエンスの背中へ、開いた両手を口元に添えながらエリスが声をぶつける。

「…………」

 一部始終を見ていたアウルは怒りとも困惑ともとれる、何とも言えない表情を見せていた。

「エリ――」
「わかってるわ。無断で特性の使用をしたことを怒ってるのよね?」

 アウルの胸中を図り知ったかのように、苦言の声を阻んだエリス。

「安心して、アウルの剣を持ってきてくれたらちゃんと元通りに解除はするわ」

「…………っ」

 “そういう問題ではない”とアウルは言いかけたが、追及を喉奥にしまう。
 結果として、少女の機転により余計に拗れることなく武器を手にする事が出来たのだ。助かったのもまた事実。

「行こ、アウル。急ぐんでしょ?」

 エリスが先に一歩を踏み出し、急かす。

「……うん、行こう」

 ひとまず優先すべきはピリムとアイネの事だ、と直ぐ様判断を正したアウルは、先を往く少女の後を追う。
 しかし、アウルの胸中では魚の小骨が引っ掛かりでもしたかのように――一つの小さな懸念が生まれた。


『果たしてエリスはこのまま人間の社会に馴染めるのか』と――。

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