PEACE KEEPER

狐目ねつき

文字の大きさ
114 / 154
High voltage

54話 遭遇

しおりを挟む
 ――ゼレスティア領、北門付近。

 サクリウスの前に突如として出現した空間の捻れは、ひび割れたかのように裂け、逆の回転の捻れを見せる。
 サクリウスはその回転が変わる瞬間を見逃す事はなかった。しかし、まるで、捻れが収まると魔神は姿を現していたのだ。


「…………!」

 明らかな動揺を見せるサクリウス。
 だが、転送術の仕組みについてあれこれ思慮を巡らせている暇などない。敵が目の前に現れたのだ。



「ふう、到着……っと」

 片膝をついた姿勢で一息をつく言葉を発したのは、男性の姿をした魔神だった。
 魔神らしからぬキッチリとセットされた短髪と小綺麗に整えられた顎ヒゲ。
 顔付きは人間の年齢で例えると三十代前後といったところか。
 サクリウスとほぼ同等の長身で、パープルカラーの着立ての良いダブルスーツを着こなし、長い脚と痩せすぎず太すぎずな体格。
 その容姿は一見すると、渋さを売りとしたファッションモデルかと見紛う程に整っていた。

(ツイてねーなあ俺も……よりにもよって上位魔神かよ)

 人間と殆ど変わらない姿を持つ魔神を前にしたサクリウスは、自身の不運を呪う。

(話には聞いてたが、こんなにも人間オレたちと見た目が変わりねーとはなぁ。どっからどー見ても人間じゃねーかよ)

 困惑と緊張を胸中に抱えたサクリウス。
 すると魔神は俯いていた面を上げ、集中力を高めるために閉じていたのであろう目蓋をゆっくりと開き、銀色に輝く双眸を覗かせる。

「……っ」

 サクリウスは身構え、いつでも攻撃へと移れるよう短剣を握る両手に力を込める。
 対して男の魔神は辺りに広がる平原をキョロキョロと見回し、やがて自身へ向けて武器を構えるサクリウスを視認。

「うわっ! なんだお前その頭!? 同胞なかまか!?」

 サクリウスの頭が真っ先に目についた魔神は、警戒心など微塵もない低めのトーンの声で素っ頓狂に声を上げる。

「……っ!?」

 サクリウスは驚かれたことに対し驚いたが、すぐに“そういえば”と気付く。
 彼の頭は先程の下位魔神との交戦で唱えた雷術の影響で、毛が逆立ったままだったのだ。
 魔神の反応から察するに、人間離れした頭のサクリウスを見て同胞と勘違いしてしまったのだろう。

「……? ああ、そうか。gmだguehcheなekぇukhhsnsoqkroばdgqnh~~~~」

 サクリウスから返答が来ない事に疑問を抱いた魔神は一瞬だけ怪訝とするが、人間の言語が通じないと判断するや否や魔神言語へと切り換え話し始める。

「――? 魔神の言語か何かか……? 悪りーが俺には何言ってっかわかんねーぞ」

 今度はサクリウスが訝しんだ上で言葉を返し、ようやく魔神も理解を示す。

「なんだよヒト族か……紛らわしいアタマしてんなあ」

 魔神は溜め息と共に頬をポリポリと掻く。

「……と、ここにヒト族が居るっていう事は、俺っちの転送テレンスは遂に自分自身もゲート内に行けるほど精度が高まったってことか。こいつぁ朗報だな」

「――っ!」

 魔神が嬉々として漏らした言葉に対し、サクリウスは息を呑む。

(コイツが、転送術の使い手――!)

 確信したと同時に、彼の脳裏に一つの考えが過る。

(……今ココでコイツを殺れれば、転送術に怯える心配が今後無くなるどころか、再来月に控えた掃討作戦も相当楽になるんじゃ……)


 掃討作戦の目的は『魔神族の殲滅』である。
 そして作戦の中で『味方陣営の全滅』の次に危惧されているのが『敵の逃亡』だった。
 彼が今思ったように転送術を扱う魔神さえたおせれば、逃亡の可能性はぐっと下がるのだ。

(けど俺にやれるか……? いや、やるしか……)

 このチャンスを逃す訳にはいかない。
 サクリウスは上位魔神との遭遇という本来なら不運でしかない状況を好機と捉え、魔神の隙を窺う。

「……しっかしおかしいなあ。ゼレスティアに来れたっていうのに、全然街っぽくないぞ? ウチのじゃじゃ馬が暴れて地図から消しちゃったのかあ? はは」

 そんなサクリウスの思惑など知る由もない魔神は再び平原を軽く見渡し、冗談交じりに疑問の声をこぼす。
 背後の方向に聳えるゲートと北門には、丁度視界が及んでいないようだった。

「なあ、ここってゼレスティアじゃないのか?」

「…………」

 その質問に対しサクリウスは言葉を発さず、魔神の後方へと指を差すのみで答えてみせた。
 それにより魔神は、跳ね橋状の門が塞がったままのゲートをようやく視野に入れる。

「嘘だろ、おい。ギリギリ転送失敗ってか……俺っちやらかした?」

 すると途端に頭痛に喘ぎでもするかのようにその場でしゃがみ、頭を抱え始める。

「くっそぉ、相変わらず自分の転送だけは上手く行かねえなあ……」

 本来なら敵対種族である人間サクリウスを前にしておきながら、魔神は何とも緊張感に欠けたテンションと姿を見せている。

(何なんだコイツ……スキだらけじゃねーか。クソッ、調子狂うな……)

 満遍なく隙が散りばめられている敵に対し、サクリウスは思わずたじろぐ。
 しかし狼狽えている場合では無いと彼は思考を冷静に正すと、こちらを見向きもしないで頭を抱える魔神へジリジリと距離を詰めていく。


(あと半歩踏み込めれば……)

「……ところで、オマエは一体誰なんだ? ゼレスティアのモンか?」
「――っ!」


 一瞬で首を切り裂くことが可能な間合いにまでサクリウスは達するが魔神は体勢を変えず、おもむろに端を発す。
 サクリウスは首をねるつもりが、自身の鼓動がね上げられるという始末に。
 しかしながら幸いだったのは、彼がまだ攻撃の動作に移る手前だったこと。どうやら敵意までは悟られずに済んだようだ。

「答えろよ。オマエは誰だ?」

 魔神は立ち上がりサクリウスに向き直ると、改めて問う。

(くっ、あと少しだっつーのに……おまけに答えづれー質問しやがって……)

 サクリウスの脳内ではチャンスを惜しむ声に加え、質問に対し躊躇をする。
 もし仮に自身がゼレスティア軍に所属していると正直に告げれば、戦闘は不可避だろう。
 人間が魔神族を忌み嫌うように、魔神族も人間に対しては個体ごとに差異はあれど少なからず敵意を抱いているのだ。
 相手は上位魔神――更には転送以外の“特性”も未知数。真っ向から挑むのは出来れば避けたいところだが――。

「俺っちも暇じゃないんだよ。さっさと答えてくれ」

 ――適切な回答を模索する時間を、目の前の魔神は与えてくれなかったのだ。
 語気に孕む威圧の度合いは高まる一方で、このまま沈黙を続けても交戦は必至だろう。


「……はっ」

 サクリウスは小さく笑う。

(どうやり過ごそうか考えちまうなんて……随分と弱気になったもんだな、サクリウス。そもそも俺は親衛士団だろーが。敵前逃亡は御法度で、魔神族は“皆殺し”が至上命題じゃねーかよ……!)

 自らを戒めるように覚悟を決めた彼は、立ち向かう事を選ぶ。

「よう魔神、オレの名前はサクリウス・カラマイトっていうんだ――」

 闘志で目をギラつかせたサクリウスは表情に自信を漲らせ、肩で風を切るように魔神へと歩み寄る。

「ゼレスティア軍所属、親衛士団第13団士だコラ。これで文句あっか!? あぁん!?」

 接吻しそうになる程の距離にまで顔を接近。
 目付きを鋭く尖らせ、眉根をきつく絞る。
 そして巻き舌気味の濁声で威圧。

 昔とった杵柄とは良く言ったもので、所謂“不良”だった頃に培った恫喝スタイルを駆使し、サクリウスはこれでもかと自身を強く見せる。

「いや、別に文句はないんだけどな……てかオマエ急にどうした。あと近いって」

 サクリウスの豹変ぶりに今度は魔神がたじろぐ。
 想定外過ぎる反応だったのだろう。

「あぁん!? ビビってんじゃねーぞゴラァ!」

「ダメだコイツ、関わらないでおこう」

「っだとコラ……? テメーからインネンつけて来たんだろーがッ!」

 澄み渡った風がそよぐ見晴らしの良い平原に、時代錯誤ながなり声が響き渡る――。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...