PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

55話 実力差

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「なんか言えよゴラァっ! あぁん!?」

「…………」

 平原のど真ん中にて、サクリウスの圧迫感溢れる恫喝。ひらけた場なだけに、その光景は些か滑稽にも見える。
 一方で魔神は、やや狼狽えた様子。
 ただ恐れおののいているという風には見えず、どちらかと言うと善処に戸惑っているように窺えた。

「ええと、サクリウスだっけ? とりあえず落ち着けよ。別に俺っちはオマエがゼレスティアの人間だからってどうこうするつもりはないんだって」

「魔神の言う事なんざ信じるワケねぇーだろコラ! 大体ココに来た理由もぜレスティアを襲う為だろぉーがよぉっ!」

 ひとまず宥め落ち着かせるように魔神は話を始めるが、サクリウスは聞く耳を持ってくれず。

「ああもう、うるせえし違うっての。俺っちの今日の用件はただの“お迎え”だよ。ぜレスティアには特に用もないし、今日は戦闘をするつもりなんてないんだ」

 両耳を塞ぎつつ、魔神の男は弁明をする。

「ハァ? お迎えだぁ? どーいうことだオイっ!」

「ったく……中位魔神ミーディオ以下の理解力だな」

「あぁ!? 意味わかんねーことほざいてんじゃねーぞゴラァ!」


 ぼそりと愚痴るように辟易とする魔神に対し、サクリウスは怒り口調を一貫とさせる。
 彼の突然の豹変は一見すると自棄ヤケを起こしたかに思われるが、それは誤りである。
 これは自らを血の気が多く気の短い性格の人間だと相手に錯覚をさせるための演技なのだ。

『戦場では冷静さを失った者から死ぬ』

 特に誰かの格言にあるわけでも無いが、上記に似た類いの戦場での立ち振る舞いは不文律として、武を志す者の間に常識として浸透している。
 寿命の概念がなく、人間よりも遥かに多い数の修羅場をくぐって来たであろう上位魔神にも、当然その意識は少なからずあるだろう。
 人間より高い知能を持っているのなら尚更だ。

 そう、サクリウスはそこを衝いたのだ。

 相手の戦闘に於ける経験値の高さを逆手に取り、自身を『冷静さの欠片もない短気な馬鹿』として見立て、演じる。
 そうすることで『コイツは大したことの無い相手』だと思わせ、油断を生じさせるのが、彼が短時間で編み出した狙いなのであった。

「おら、かかってこいやぁっ!」

「だかららねえって言ってるだろうに」

 しかしながらこの作戦は大変危険な賭けと言えよう。
 仮に上位魔神に理性というものが存在しなかった場合、単純に神経を逆撫でるだけに終始し『真っ向からの交戦が已む無し』という危険性を孕むからだ。
 彼が威圧を恫喝までに留めているのも、小突いたり胸ぐらを掴むといった類いの行為までするのは流石に危険だろうと判断しているからで、魔神の平常心を絶妙なバランス取りで保たせているのだ。

(メンドくさい奴に絡まれたなあ……。無視してさっさとぜレスティアに行くのが得策かな。クィンも待ちくたびれてるだろうし)

 そんな苦肉の策が吉と出たのか、結果として魔神は彼の実力を見抜けずじまい。
 そのまま袖にするようにくるりと翻り、身体をゲートの方面に向けて念じ始める。

「シカトこいてんじゃねーぞコラ! 何しようってんだ!」

 サクリウスは無知を装う。
 しかし内心では魔神が転送を敢行しようとしている事に気付き、思惑通りに事が運べたと確信する。

(……また転送する気か? となれば……俺の作戦は大成功だ。そしてコイツのさっきの口ぶりからすると、どうやら自分の身体を思い通りの場所へ転送させるのにはまだ慣れてねーらしい)

「…………」

 魔神はサクリウスから背を向けた状態で片膝をついてしゃがみ、目を閉じて集中を練る。

(自分を転送させるには相当の集中力を要するんだろ? 俺はこの時を待ってたんだ……集中することによって俺への警戒心が散漫になる、この瞬間をな――!)

 サクリウスは右手に持つ短剣を強く握り、振りかぶる。

(もう演技はいらねー。あとは……一瞬でカタをつけるだけだ!)

 狙いは当然の如く首筋。
 いくら上位魔神と言えど、この部位を切断されてしまえばひとたまりもないだろう。

 静かな殺意を込めた刃は音もなく風を切る。
 そして、魔神の首目掛けて――。


(殺った――――)

 刃が皮膚に触れ、確信の笑み。

(――っっ!?)

 だが、その確信は束の間に終わる。
 緩んでいた口元は呆然を表す形に変化。

(ウソだろ……?)

 短剣の刃は確かに首に触れた。
 見紛うことなく、だ。
 しかし水平に斬りつけた一撃は振り抜くことができず、若干の食い込みを見せる程度に終わってしまったのだ。

(どうなってんだコイツの首……!?)

 いくら力を込めようと一向に刃は進んでくれず。
 彼の装備である短剣アルヘンブランの刃は、魔金属『スピルス』に最も近い強度を誇ると言われている『メリジン』という希少金属で造られた代物だ。
 メリジン製の武器はスピルス製に比べると軽さに優れている為、速さを売りとした戦士に好んで愛用されている。
 余談ではあるがガストニア騎士団の五星ペンタであり、“閃光”の異名を持つアルネイラ・ネーレスもサクリウスと同じくメリジン製の剣の持ち主だ。

 しかし、いくらスピルス製の武器に切れ味で劣ると言っても、素材全体で見渡せばトップクラスの切れ味を誇る材質で造られた装備なのは確かだ。
 そんな代物で攻撃したにも関わらず、人間と同じ形の首がどうして切れない、とサクリウスは目の前で起こっている現実を疑う。



「――隙を見せた途端コレか。容赦なくてイイねえ、オマエ」

「――っっ!」

 背筋が凍り付き、反射的にバックステップで距離をとってしまったサクリウス。

「…………!」

 額のみならず、全身から冷たい汗がどっと溢れ出る。
 今まではどこか軽く、緊張感が込もっていなかった魔神の声色。
 しかし背を向けたまま発せられたその声は、嵐の前の静けさのような気味の悪さを孕んでいた。



「演技だったのが……バレてたっつーことか」

「いいや、全然気付かなかったよ。殺気の消し方も完璧だ」

 刃が離れ、自己修復が為された首をさするように触れながら、魔神はスッと立ち上がる。

「だがな……その程度の腕じゃあ俺っちの首をることはできないなあ、サクリウス」

「……気安く名前呼んでんじゃねーよ」

 振り向き口角を吊り上げた表情の魔神に対し、サクリウスも微笑む。

(俺は本気で振ったんだぞ……? あまりにも無防備すぎて無意識の内に加減しちまったのか? ……いや、俺に限ってそれだけは絶対に有り得ねー。だったら答えは単純なハナシ……上位魔神コイツが硬すぎて俺の攻撃力じゃ足りねーってことだ)

 脳内では驚きつつも、至って冷静に分析。
 しかし状況は最悪と言っていい。
 渾身の一撃ですら全く通じないのだ。

(……こいつぁいよいよやべーかもな)

 未知数にして底無しの戦闘力を持つ上位魔神を相手取るには、現在のサクリウスの実力ではまず勝ち目は無いだろう。
 それは彼も大いに理解をしていたが――。


(けどな、やっぱり逃げるワケにはいかねーんだよ。俺は親衛士団だ。ヴェルスミスに顔向けできねーマネなんざまっぴら御免だ……!)

 それでもサクリウスは逃げるという選択をしなかった。
 常日頃から心酔し、一生の忠誠を誓った相手であるヴェルスミス・ピースキーパー。
 見込まれ、信頼され、今日に至るまで師と仰いだ人物と育った国の為に戦い続けてきたのだ。
 それは勿論この瞬間だって変わらない。彼の闘志が翳ることは無かった。


「なあ、サクリウス。オマエは中々に面白い奴だ。ここで殺しちまうには実に惜しいとさえ思う。どうだ? さっきのは無かった事にしてやるから、素直に行かせてくれないか?」

 魔神からの甘言。恐らくこの言葉に嘘偽りは無いだろう。
 サクリウスをこのまま生かしておいた所で、永年に渡る争いの大勢に何ら影響はないと魔神は踏んでいた。そのため結局のところ演技がどうこうではなく、魔神は初めからサクリウスの事など全く眼中に無かったのだ。

(なるほどな……コイツにとっては俺が生き延びようが全く脅威にならねーってことか)

 ――屈辱。

(上等……! 人間様のポテンシャルを見せてやるよ!)

 サクリウスの心の奥底にある反骨の炎が徐々に火力を増していく。


「……そーかい、生かしてくれるってのか、そいつは有り難いこったなー」

「だろお? じゃあ俺っちはもう行くからさ、今度こそ邪魔しないでくれよ?」

 サクリウスの返答により、魔神の表情が柔和となる。

「……誰が行かせるっつったよ」

 その言葉と同時にサクリウスは勢い良く大地を蹴った。
 物干し竿ほどあった間合いを一瞬にして詰め、四足獣が如き低めの姿勢から、短剣の切っ先を上方向に抉るように魔神の喉笛へと――。

「――っ!!」

 サクリウスの表情と動きが固まる。
 放たれた切っ先は喉へと届かず、魔神が立てた人差し指の腹で受け止められていたのだった。

(マジかよ……)

 唖然とするサクリウスの攻撃を受け止めながら、魔神はふう、と溜め息を一度だけ吐く。
 そして――殺気を込めて冷たく言い放つ。


「……しつこいぞ、サクリウス。死にたいのか?」
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