PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

56話 転送術

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 サクリウスの渾身の一撃を、人差し指一本で受け止めた魔神。
 そして直後に発せられた殺気。人間とは違う異質ながらも圧倒的な気迫は、当然目に映る筈もない。しかし穏やかな陽気に包まれ長閑だった周囲の空気を悉く、重く一変とさせた。

「…………っっ!」

 間近で相対するサクリウスは気圧されそうになりながらも、短剣の切っ先に力を込め続ける。
 身を低く屈め、どっしりと大地を踏みしめて斜め上方向へ押し込むが、刃先は一向に喉元へと届かず。

(全然……ビクともしやがらねぇ……!)

 それどころか、歯を食い縛り全身の力を一点に集中させ穿とうとするサクリウスに対し、魔神は直立したまま。
 その表情は散歩でもしているかのように涼しげだ。

「実力差を見抜けないほど愚かでもないだろ? 諦めろよ、オマエじゃ俺には勝てない、早死にするだけだぞ」

「はっ、だったら殺ってみろよ……クソ魔神!」

 魔神から再度の忠告をされたが、サクリウスは挑発で応戦。
 瞬間、魔神の指から切っ先を離し、爪先をぎゅるりと回転させる足捌き。身体を大きく旋回させる。
 そのまま遠心力を込めた左の短剣での一撃を、逆水平の軌道に放つ。

(――――転送テレンス――――)

「なっ――!?」


 驚き、目を疑うサクリウス。
 なんと、自身が放った魔神への右側頭部狙いの攻撃が、突如出現した空間の捻れに呑み込まれてしまったのだ。
 痛みはない――が、切断されたかのように肘から先の感覚が失われ、サクリウスは狼狽する。

「――冥土の土産に教えてやるよ。俺っちの名前は
“トリー”ってんだ。能力は今見せた転送テレンス一つしか使えない。人間共オマエらは良く転送術って呼ぶが正にその通りで、物だろうがヒトだろうが何でも思い通りに転送させる事ができるんだ。ま、自分を移送させる精度にバラつきはあるがな」

『…………?』

 絶句するサクリウスを余所に、自ら名と能力をべらべらと打ち明かす魔神トリー
 サクリウスは怪訝としているが、トリーは能力の解説を続ける。

『一見すると戦闘じゃ役に立ちそうもない能力だとよく思われるんだが、これが案外便利でなあ……相手の攻撃・・・・・でさえも別の空間に移す事が出来るんだ。こんな具合にな――』

『――っっ!』

 能力についての説明が終わると同時。
 呑み込まれた肘から先の部位が、サクリウスの腰近くに出現した次元の裂け目から不意に現れたのだ。

(マジか……!? やべ――)

 本来であれば魔神の側頭部へ命中させるつもりだった一撃。
 それがそのまま自身の下腹部へと返ってくるという非常識且つ、思いも寄らない反撃。
 しかし身に染み付いた反射的とも言える咄嗟の動きで、サクリウスは間一髪で回避することができたのだ。

「……!」

 ぴくりと持ち上がる魔神の眉。
 至近距離で向き合っていたサクリウスは、回避の流れから転がるように魔神から数ヤールトの間合いをとる。
 離れたことによって呑み込まれていた左手は転送が解除され、ずるりと異空間から引きずり出された。

「ほー、良い反応だなあ。直前で軌道をずらして無理矢理避けた、ってか」

 回避の始終を見ていた魔神の口からは感嘆が。
 その感嘆通り、サクリウスは短剣が下腹部を穿つギリギリの瞬間で切っ先を横に逸らし直撃を免れてみせた。
 肘から先の感覚が捻れから出現した途端に戻ったため、何とか軌道を変えることが可能となっていたのだった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 不恰好に地へ片膝をつき、やや苦悶とした表情で息を切らすサクリウス。
 短剣アルヘンブランの刃は着ていた黒いシャツを裂き、腹部の中心から脇腹にかけて掠め、浅い切創を刻むに留まる。
 傷口からはじわりと血が滲むが、不意を衝かれる形となった状態で負傷ダメージを最小限に抑えたのだ。上出来と言って良いだろう。

「やるじゃないか、サクリウス。初見で今のを避けたのを見たのは久しぶりだぞ」

「そいつはどーも、ちっとも嬉しくねーよ」

 起き上がり、衣服に付着した土埃を払いつつ称賛へ適当な相槌。
 余裕を取り繕ってはいるが、彼の脳内は焦りに満ちていた。

(おいおい……全力の攻撃が通じない上にそっくりそのまま返ってくるって、いくらなんでも反則すぎじゃねーか?)

「どうしたー? もう来ないのか? それとも怖じ気づいちゃったのか?」

「うっせ! 黙ってろ!」

 威勢よく仕掛けた先程とは一転して、攻勢に出るのを躊躇するサクリウス。

(迂闊な攻撃は逆にやられちまう……かと言って、どうすれば奴の首を落とせるのかも思い付かねー。くそっ、考えろ……!)

 対抗策を必死に模索するが、そう都合よく妙案を閃くことなど出来ず。


「んー、変に悪足掻きでもされて時間食うのも面倒だし、さっさとカタをつけるか」

 一方で、向かってくる気配のないサクリウスを前にしたトリーはやれやれとした表情でそう言うと、手足を大の字に広げ念じを再開させる。

(……? 一体なにしようってんだ?)

 その所作を見たサクリウスは怪訝としつつも警戒の糸を張り巡らせる。
 しかし、次の瞬間だった――。

(――――転送テレンス――――)

「――っ!?」

 特性を念じ終えた直後、トリーの頭と胴体以外の部位が異空間へずぶずぶと呑み込まれていく。
 両肩から先の腕部が消え、下半身は臀部を残し大腿ごと両脚が消えたのだ。

(これって、もしかして……)

 四肢が消失したことにより、五体不満足な体躯のまま宙に浮くという奇怪な姿へと変容したトリー。
 対峙するサクリウスはその異様な光景に、目を点にして唖然としていたが、すぐにトリーの狙いに感付き戦慄する。

(やべーぞ、おい。こんな事もできんのかよ……)

「……悪いが、これで終わりにさせてもらう。死んでも責任は取らないからな」

 胴体と共に宙に浮いた姿となったトリーが言い放った途端、攻撃は開始された。


「――がっ!!」

 舌を噛みそうになる。
 後頭部を思い切り殴られたのだ。

「野郎――!」

 ダメージを意に介している暇は無いと、背後へ振り向く。
 そこには空間の捻れから這い出た魔神トリーの左腕が。

「くそっ――!」

 短剣で斬りかかるが、腕はすぐに捻れへと沈み跡形もなく。
 結果、斬撃は虚空を切るに終わる。
 そしてそれと同時に、今度は軸足を刈り取られる感覚が不意を襲う。

「――っっ!」

 足元に出現した魔神の右脚に軸足を蹴り上げられ、バランスを崩されたサクリウスの身体が地を離れる。
 魔神の攻勢は予断を許してはくれず、短い雑草が所々に生い茂る地面へ仰向けに落下していくサクリウスの眼前――次いで現れたのは両の腕だった。

(やっべ……!)

 サクリウスは両腕を顔面から鳩尾みぞおちにかけてカーテンのように急所を覆い隠し、防御の姿勢。
 着地を待たずして乱打ラッシュの雨が降り注ぐ――。

「ぐっ……!」

 十発、数十発と殴打の群れがサクリウスを襲う。
 防御は出来ているものの徐々にダメージは蓄積され、鈍い痛みが脳で肥大を重ねる。

(くっ、攻撃の間隔が狭すぎる! リーベ・グアルドを使う暇すらくれねぇ……!)

 何とか耐えつつ、サクリウスは打開する術を必死に捻り出そうとする。
 しかし突然、着地後も絶えず続いていた乱打ラッシュがぴたりと止む。
 それはまるで通り雨が過ぎ去ったか如く、だ。

「……?」

 警戒をしつつ、腕と腕の隙間からちらりと覗く。

「なっ――」

 目に映るは青空ではなく、迫りくる靴底。
 トリーが履いていた革靴の裏が、サクリウスの顔を腕ごと踏みしだこうと垂直に降ってきたのだ。

「っっ!」

 殴打ならともかく蹴撃――ましてや最も体重が乗ると言われている踏み付けストンピングはガードの上からでも致命的なダメージを与えること必至。
 サクリウスが横に転がり、防御から回避に切り替えたのは賢明と言えよう。

(どこから攻撃がくるか考えたってムダだ……! こうなったら――!)

 あらゆる箇所から放たれる多角的攻撃。
 攻撃の種類やタイミングを予測するのは不可能。
 まともに防御や回避をしたところで徒労に終わるだけ。
 転がった先で素早く起き上がりそう判断したサクリウスは、勢い良く大地を蹴る。

(手足に構ってる暇はぇ……! 狙いは一つ――!)

 脇目も振らずに全力で疾走はしるサクリウス。
 彼が狙うは――。


◇◆◇◆


(……なるほど、気付いたか)

 自身に向かって疾走してくるサクリウスを見て、魔神
は察する。

(防ぎきれないと判断し、俺っちの手足を無視して本体へ特攻――ってか? 若いながら機転が利くヤツだな。……確かにヤツの目論見通り頭と胴体のみこの状態の俺っちは無防備同然だ。さっきは首回りと指にマナエネルギーを集中させて短剣ナイフを防げたが、能力発動中は防御にエネルギーを費やすことはできねえ。襲われたら最後、手の打ちようは無い、詰みだ……)

 人間よりも発達した知能を持つ上位魔神トリーは冷静を保ち、状況に対して高速で整理。

(だがな、特攻それを試みたのはオマエが始めてじゃないんだよ、人間サクリウス上位魔神セニョルをナメるなよ――)


◆◇◆◇


 ――浮いた拳が真正面から迫りくる。
 サクリウスは走るスピードを緩めることなく首を屈めて回避。
 足を駆動させつつ上下左右と見回すが追撃の手足は現れず、胸をホッと撫で下ろす。

(――そうか。走りながらだと手足の転送先を絞れねーのか)

 彼が察した通り、転送を用いた攻撃は標的に移動されると狙いが絞りづらく、攻撃が途切れ途切れになってしまうのが難点だったのだ。

(半ばヤケクソで突っ込んでみたが、どーやらこの作戦で正解だったみてーだな)

 玉砕覚悟で突貫を試みたのが結果として功を奏したことにより、サクリウスはニヤリと口元を緩ませる。

(後はどーやってあのヤローにダメージを与えるかだが、もー形振なりふり構ってらんねー。残りのマナ全てを費してでも“ハイ・ヴァルテックス”を喰らわせてやんよ――!)

 脳内で息巻きサクリウスは特攻を続ける。
 間合いは既に自身の身長程まで詰まりを見せた。
 後は奥の手の雷術を叩き込むだけだ。

(はっ、余裕こきやがって……てめーは知らなくて当然だが俺のハイ・ヴァルテックスは魔神族の身体の内に流れるマナごと焼き切ることが出来る術。目にモノ見ていやがれってんだ……!)

 みるみる内に迫り寄るサクリウスを前に、トリーの表情はにっこりと満面の笑み。
 その笑顔が苦し紛れで無いことはサクリウスも承知の上だった。
 しかし恐れてはいけない。相手の思惑ごと捩じ伏せるしか手は残されていないのだ。
 そう覚悟と気概を携え、サクリウスはトリーの頭部へと手を延ばす――。

「離れたり向かってきたりと、忙しないやつだなぁオマエも」

「うっせー! コイツで終わりだ!」

 トリーからの軽口を怒号でなぎ倒し、サクリウスは魔神の額をガシッと掴む。

(掴んだ!)

 勝利を確信したサクリウス、しかし――。

(後は……)

 ――思考の海から掬い出そうとしたその先の言葉は紡がれることなく、沈んでいく。

「……っっ……?」

 それは刹那のタイミングだった。
 突如、細い槍で穿たれたような衝撃が左の膝裏へ。
 反射的に視線を下ろすと、そこには指の太さほどの風穴が。
 湯水の如く溢れ出る温かい血液。
 次いで襲い来る焼けるような鋭い痛み。
 “何か”が後方から放たれ、膝を貫かれたのだ。
 結果、必然的にサクリウスの身体はバランスを失い地べたへと。
 当然、魔神の額からも手が離れてしまう。



「……“終わり”なのはオマエだよ、サクリウス」

 笑顔のままの魔神からの皮肉。
 しかし真に受けている場合ではない。

(何が……起きやがった?)

 何故このような事態になったのか。
 解明のため倒れ際に足元へと視線を向けてみるが、どうやら転送による不意打ちでは無いようだ。
『では新手の魔神か?』と、サクリウスは痛みを堪えつつ首を動かし、背後へと目を配る。

「……っ!」

 サクリウスの予想は外れた。
 新手の敵の出現では無かったようだ。
 だが、到底信じられない、有るわけが無いといった物体・・が、やや離れた位置に這い出ていたトリーの右手に握られていたのだ。



(“銃”……だと?)
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