PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

57話 銃

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 古くから『マナ』という資源が大陸中に大気の一部として漂うワンダルシア大陸ではその恩恵として、生まれてくる者達は皆、魔術の素養を多かれ少なかれ備えているのが常だ。
 この『魔術』というものは大変使い勝手が良く、人々の暮らしを支える物や武具の製造、外敵を討ち払う為のすべとして使われるなど、用途は多岐にわたっている。
 だが利便性に優れてしまった反面、所謂『化学』という面でワンダルシア大陸が他の大陸に比べ発展が劣っているのも事実だった。

『魔術さえあれば生活と軍事力に事欠くことはない』

 それがこの大陸に住まう人々の総意であり、古くから伝えられている共通認識。
 化学の発展に重きを置かない営みが、長年続いてきていたのだった。

 しかしここ近年、ある武器に対する既成概念がゼレスティア軍内で変化を遂げつつあるという。

 物々しい雰囲気を持つ硬質な形とデザイン。
『生物の殺傷』という目的のみを追求して造られたその武器の名は――――“銃”。

 ゼレスティア――ひいてはワンダルシア大陸に住まう人々にとって、当然その武器は馴染みの無い代物であったのだが――。


◇◆◇◆



 世界でも有数の大富豪、マルロスローニ家が統治する城塞都市ゼレスティア。
 建国からおよそ三百年と他の国々に比べまだ歴史は浅いが、その潤沢な資金力を糧に、領民の増加や軍備の強化を幾度も重ねてきた。
 化学の分野に於いても、光術で作り出した光源を半永久的に閉じ込めておける『灯飾』や火術による加熱式の浴槽など、魔術を利用した製品をいくつも発明。
 大陸中の他の諸国と比較しても追随を許さないほどのめざましい発展を遂げていたのだ。
 

 そんな右肩上がりの経済成長を維持し続けるゼレスティアであったが、数年前のある日のことだった。
 その日はフルコタ市で定期的に開催されている通称“闇バザー”の出品審査が王宮前広場で行われていた。
 見るからに怪しい行商人や明らかに堅気ではない人物など、様々な面々が多種多様な物品を抱え訪れるという審査だ。
『市民の手に渡っても問題はない物品か』と、明確且つ厳正な基準の下で審査は開始。
 審査を務める兵達と商人達の交渉じみた問答が喧騒となるそんな中、とある若い商人の出品チェックに携わった一人の兵が、並べられた品々の中から見覚えのない代物にふと目を留める。

 ――筒状の先端、口となる部分から微かに香る火薬の匂い。
 ――流線形の滑らかなフォルムに、引き金のついた持ち手。

 その道具が持つ極限まで研ぎ澄まされた機能美は、兵士が初めて目にする物だったにも関わらず、一目でそれが武器の類いだということが解ったとか。
 興味が湧いた兵士はどういった経緯でこの道具を手に入れたのか、商人の男に尋ねてみることに。
 話を聞くところによると、どうやら男はゼレスティア領から遙か南に位置する海に面した小さな漁村の出身らしく『村の海岸に流れ着いていた木箱の中に入っていた』と、嘘偽りなく答えたという。

 結局のところ『誰』が『何処』で『何の為』に箱に入れ流れ着いたのか、持ち込んできた男にすら知る由はなかった。
 しかし『犯罪に繋がる危険性が高い物を出品させる訳にはいかない』という理由で、兵士は審査を通すことはせず。
 そして本来ならそのまま物品を持ち込み主へ返却するのだが、兵士はどうしてもその武器が気に留まってしまい、自腹を切って商人からその武器を購入したのだ。

 兵士が持った興味というのは個人的な感情も含まれてはいたが『この未知の武器が今後の魔神族相手の戦闘に於いて多大な貢献をもたらしてくれるのでは?』という希望が加味された上でのものだった。
 一般兵だった彼は早速、この武器を一目見て欲しいがために軍の上層部へとかけ合う。
 当時はまだ『新衛士団』が発足されておらず、“兵士長”の役職に過ぎなかったヴェルスミス・ピースキーパーが、実際にその武器を預かり手に取ると――。


『なるほど……これは“銃”だな。鉄の弾の火薬が詰まった雷管となる部分を、引き金を引くことによってここの撃鉄で叩き、破裂させる。すると弾が超高速で銃口から発射されるという仕組みだ』

 現在ではバズムントの専用となっている作戦室のデスクに座るヴェルスミスが、手に取りながら真正面に立つ一般兵へ実演を模した説明をする。

『アルセアが遺したとされる文献によれば、他の大陸では当たり前のように使用し量産されている武器だと記されていたが、魔術が栄えるこの大陸では大きな戦力となることはないだろうな』

『…………っ!』

 いつもながらの無愛想な面持ちで無情に告げるヴェルスミス。
 固唾を呑んで説明を聞いていた一般兵だったが、出された結論に打ちひしがれる。


『おお、それが銃か。思ったより小さいんだな。なんでも人間の身体くらいなら簡単に貫けるほど殺傷力に優れているとか』

 デスクの脇に立ち、興味津々といった顔でヴェルスミスの手元を覗き込む偉丈夫、シングラル・マルロスローニ。

『人間相手なら威力を発揮するんだろうが、魔神族相手だとそうもいかんだろうなあ、ガハハハ』

 そのシングラルと対になるような位置で、野太い声で豪快に笑い飛ばす大柄な男は、バズムント・ネスロイド。

『フ……目を輝かせて何を持ってくるのかと思いきや、まさか銃とはな。一体これをどこで見付けたんだ? 

 二人の豪傑に挟まれ、微笑を零すヴェルスミス。
 彼が尋ねた先に立つ男――そう、商人から無理を言って銃を買い取り、戦力になると思いこの場まで持ち込んできた張本人となる一般兵こそが、まだ十代という若かりし頃のサクリウス・カラマイトだったのだ。

『……別にどこだって良いだろ』

 膨れ顔でプイっと外方そっぽを向き、サクリウスは愛想悪く返す。
 自腹を切ってまで手に入れたせっかくの武器。
 師と仰ぎ敬愛するヴェルスミスが関心を持ち、喜んでくれると思い勇んで持ち込んでみたところ、既に存在を知っていたどころか大きな戦力にならないとまで判断を下されたのが想定外だったのだろう。

『ガハハハハ! なんだサクリウス、拗ねてるのかぁ?』

『ち、違げーよ! “クソ子煩悩オヤジ”は黙ってろ!』

 バズムントにからかわれたサクリウスが毒づき、恥ずかしさを紛らわせる。

『お……おいっ、上級兵に対してなんて口の利き方をするんだ!』

『あぁん? 文句あんのかコラ?』

『ぐっ……このチンピラ上がりが……! もう我慢ならん!』

『落ち着けよバズムント。からかったお前が悪い』

 拳骨を見舞おうと顔面を紅潮させ、鼻息を荒くするバズムントへとシングラルが嗜めに入る。

『それとサクリウス。お前の気持ちもわかるがだからといってそんな悪態ついちゃ駄目だぞ』

『クソっ……わぁーったよ』

 付け足すようにシングラルから諭され、サクリウスも一応は反省の意を表す。


 ――結局その後、銃は“没収”という形でヴェルスミスが預かる事に。
 サクリウスは釈然としないながらも渋々とその判断を受け入れる。

 しかしのちに、使いようによっては魔術の素養があまり無い者でも簡単に高威力を発揮することが出来る武器、と改めて軍内で評価を見直されたのだった。
 そしてマルロスローニ王の指令の下、直ちに量産体制を築こうと開発陣総出で取り組みが為されたのだが、その無機的且つ近代的な構造は現時点でのゼレスティアの化学力では量産が不可能だと見送られる結果に。
 だが量産化の案自体は今日に至っても立ち消えにはなっておらず、現在も“量産化プロジェクト”は少しずつではあるが進行中だという――。


◇◆◇◆

 
 膝を撃ち貫かれた激痛で意識が朦朧としそうになる中、サクリウスの脳内では疑問が渦巻いていた。

(銃……だと? なんで魔神族が……。それにあの銃は――!)

 後方に転送されたトリーの手に握られたソレ。
 その銃のデザインにサクリウスは見覚えがあったのだ。

(俺があの時買った銃だ、間違いねー! なんでコイツが持ってるんだ!?)

 自身が見出した可能性と希望が込められたかつての銃。
 見紛う筈もなく、サクリウスは確信を抱いた。


「いやあ、やっぱ良い武器だなあ、コレに効果バツグンときたもんだ」

 手足の転送を解除し、四肢が元通りとなったトリーが嬉々として語る。
 するとおもむろに、銃口を自身の口元に向け――。

(なっ――!?)

 魔神の足元で地に伏すサクリウスが見上げた先で、目を疑わせる光景が拡がる。

 反射的に目を瞑ってしまうほどの轟音。
 銃口の先から漏れ出る硝煙。
 火薬の匂いと共に発生したその白いもやの奥にある魔神の顔面。
 口元を見てみると、そこには白い歯と歯の間で鉛色の弾丸が勢いを失わせ挟まっていた。

「…………っっ!」

 ――そう、トリーは自身の顔面に向けて銃弾を発射し、歯で受け止めて見せたのだ。

「……ま、俺っち達には通じないがな」

 ぺっ、と銃弾を吐き出し、トリーが言う。
 改めて突き付けられたその強大な戦力に、サクリウスは戦慄とする。

「だがまあ、に譲ってもらっておいて正解だったな。後で礼でも言っておくか」

(“アイツ”……? エルミが尋問の時言ってた内通者の事か? ソイツが俺の銃を持ち出し、コイツにあげたって事か……畜生!)

 痛みと悔しさに歯を軋ませつつもサクリウスは脳内で推理をする。
 しかしすぐに、そんな事を今考えている場合ではないと気付かされる。


「……さて、サクリウス。そろそろおやすみの時間だ。少しの間だったが楽しかったぞ」

「――っ!」

 トリーは脳天へ銃口を突き付け、命の終わりを宣告。
 サクリウスは――。
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