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High voltage
58話 フェリィ・マーテルス
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黒の光沢が輝く銃口。
突き付けられた脳天。
まもなく、殺意が形を以て放たれる――。
「くそ……っ!」
魔神の足元で蹲るサクリウス。銃口を突き付けられる前から何度か立ち上がろうと試みてはいたが、貫かれた膝が言う事を聞いてくれず。
しかし仮に立ち上がれたとしても、この絶望的な状況を覆す術は存在しないだろうと次第に彼も悟っていた。
(……ったく、自分からケンカ売っといてこれだもんな。ダサすぎんだろ、俺)
悔しさをこれでもかと滲み切らせた彼の自尊心は、自身を卑下してしまう程に崩壊の様相を呈す。
元々戦意のなかった相手だったにも関わらず、威勢良く不意打ちを敢行してのこの挙げ句だ。
見栄を張る年頃ではないにせよ、この屈辱は相当堪えたのだろう。
(……万策尽きたとはこの事なんだろーな。これ以上足掻いてもムダだ……俺はここで死ぬ)
◇◆◇◆
(こんなところで……こんなところで死んでたまるか!)
同時刻――アルセア教会、内部。
ゲートの外で死を覚悟したサクリウスとは正反対に、魔術講士フェリィ・マーテルスは足掻きを続けていた。
「“スピーネム・ペトラン”――!」
彼女は後退りをしながら土術を唱え、杖の穂先で祭壇の床を強く衝く。
僅かなタイムラグの後、壇上にいるフェリィへゆっくりと間合いを詰める上位魔神、クィンの足元となる石畳から胴体程の太さを誇る尖った巨石が勢い良く隆起。
水面に浮かぶ獲物を捉えた肉食の海洋生物が如く、鋭利な岩は少女の姿をした魔神の顔面目掛けて高速で襲いかかる――。
「しつこいぞ、何度やってもムダだ」
呆れ返ったような口調のその言葉と共に、クィンは溶岩の如く赤黒く染まった右腕を払い、迫りくる切っ先へと薙ぐ。
すると硬質且つ尖鋭な巨石は、泥細工かと見紛う程にあっさりと砕け散ってしまうのだった。
「……っっ!」
焦燥感に塗れたフェリィの表情がまた一段と曇る。
“マナ・ショック”になる寸前まで追い込まれた状態で放たれたその土術ですら、目の前の上位魔神にとっては児戯に等しく、全く通用しなかったのだ。
「しかしよくもまあ、ここまで足掻いたものだ」
聖堂内をぐるりと見渡しながら、クィンが壇上へと足を踏み入れる。
神秘的な雰囲気だった教会の内観は既に変わり果て、壁や床、果ては天井に至るまで氷山のように隆起した巨石群が幾重にも空間内に連なっていたのだ。
(ありとあらゆる術を駆使してみたが、結局一切通じることがなかった……これが上位魔神の力……)
必死の抵抗も空しく、圧倒的な力の差を前にしたフェリィは絶望感に苛まれる。
そして追い打ちでもかけるかのように後退りを続ける彼女の後ろ腰が、祭壇の最奥に置かれた年季物のパイプオルガンの鍵盤台にぶつかってしまったのだった。
「…………っ!」
ぶつかった衝撃のおかげか、動揺に駆られていたフェリィの思考が幾分か正常へと立ち戻る。
しかし自らの術で散々と聖堂内の“造り”を変容させてしまっていたので、逃げ道がもう既に残されていないことに気付く。
そこまで解って彼女は初めて自身の選択を後悔したのだった――。
(なぜ私はエルミの指示に大人しく従わなかったのだ……!)
そう胸中で悔やむと、彼女は視線をちらりと壇上の向かって左側へ移す。
そこにはワインロックが術で形成した『石牢』が無機質に聳え立ち、その牢の表面には削ったような薄く浅い疵が何箇所にも渡って刻まれていた。
(ワインロックさ……いや、ヤツの拘束土術。なんて硬さなんだ……魔術講士である私の術ですら穴の一つ開けられないなんて……)
ぎり、と歯噛みをするフェリィ。そう、彼女はクィンへの抵抗を行いながら石牢の破壊も試みていた。
だが得意分野であったはずの魔術の練度ですら敵わなかったため、エルミを救出し共にこの場から逃げ出そうという彼女の目論みは失敗に終わってしまったのだった。
(おそらくエルミは私じゃこの拘束を破壊することはできないと予め踏んで、“逃げろ”と言ってくれたのだろう……)
言葉の裏に隠された真意に気付くことで、後悔の念は更に募っていく。
(……従わず、欲を張ってしまった私の判断ミスがこの事態を招いてしまったのだな)
「なんだ、逃げるのをやめたのか?」
床に膝をついて項垂れ、疲弊しきった姿を見せるフェリィの目前にまでクィンが歩み寄る。
「“人間、諦めが肝心”という格言があるとトリーから聞いたことがあるぞ。それでいい、無駄にマナを浪費されては肉の味が落ちてしまうからな」
「…………っ」
フェリィは眼前に立つ魔神の顔を見上げる。
見上げた先には爬虫類のように赤く輝いた双眸。
視線が衝突し、全身を針で突き刺されでもしたかのような威圧感を受け、産毛に至る全身の毛が総立つ感覚に陥る。
「……うっ、ぁあああああっ!」
彼女は怯えを紛らわすかのように哮ると、金の装飾が施された杖の先端を鞘のように外してみせた。
仕込んでいた刃が銀色の穂先を覗かせ、そのまま両手で柄を強く握り、鱗鎧の装甲が及んでいない露わとなった魔神の腹部へと力任せに突く。
「あたいにそんなものが効くわけないだろう」
その言葉通り切っ先は少女の白い肌には触れるが通らず、刃の根元から折れてしまったのだった。
「――っ!」
最後の悪足掻きですら失敗に終わったフェリィ。
絶望し、自身の往生際がここだと遂に悟ってしまう。
途端に肩の力が抜け、灯火が消えたかのように瞳から覇気が失われる。
「そろそろ迎えも来ることだし殺して帰ってから食べるとしよう。本当は生きたまま食べたかったのだがな」
無抵抗の彼女へ無表情のクィンがやや残念そうにそう告げ、腕を高く掲げ構える。
「全身の力を抜け。一撃で楽にしてやろう」
(エルミ……私はどうやらここまでのようだ。力になれなくて……すまない)
29歳という若さでの最期。
その余りにも非業すぎる突然の終わり。
だが、彼女も歴戦の士。
死に対しての恐怖心はなかった。
そんな命を諦めかけた彼女、フェリィ。
唯一心残りがあるとすれば――それは。
(……結局、私は最後の最期までエルミに想いを伝えることができないままだったな)
目を閉じ、胸中で苦笑するフェリィ。
若かりし日――放課後の教室での情景が、瞼裏でセピア色に映し出される。
◇◆◇◆
幼少期を経て思春期を迎えた頃、彼女は自身の恋愛に関する趣味嗜好が同世代の他の女子とは異なることに気付く。
そう、フェリィ・マーテルスは同性愛者だ。
なぜ、そうなってしまったのか本人にも知る由は無かった。
心当たりがないということは、きっかけはほんの些細なものなのだろう。
だが結果としてフェリィはまだ幼いながらも恋愛に対して億劫となってしまい、自身が同性愛者だという事実をひた隠しながら学園生活を送る。
それでも彼女は年頃の女子が健全に擁する恋愛に対する欲求を我慢しつつ、いつかは運命の相手が現れることを信じ、待ち続けていた。
そんなフェリィが7修生に進級し、8・9修生と合同で行う武術授業に初めて出席した日の事だった。
自身よりも学年が上の学士ばかりが居並ぶ武術場。
少しの緊張を携えたフェリィは当時から魔術の成績が良かったため、魔術組へ参加し、木人形に向けて攻撃魔術を放っていた。
そこで彼女は、隣で訓練を行う一人の人物に興味を引かれる。
――ピエルミレ・リプス。
女性的な容姿を持つ彼はクラスの輪から常に外れ、一人寂しく魔術の訓練に励んでいた。
しかし“イジメ”を受けている様子もなく、自ら孤独を好んでいるようにも見えた。
近寄りがたいオーラを放ち黙々と訓練に勤しむ彼の姿を見てフェリィは『寡黙で素敵』と、異性だという事にも気付けずに一目惚れをしてしまう。
『十代前半の女子特有の“女子同士で群れ合う”という事もせず、敢えて輪から外れ、孤独を選ぶ』
そんなエルミのミステリアス且つ、孤独ながらも気高くあろうとする独特な雰囲気に惹かれ、心躍らせるフェリィ。
その日を境に、彼女は可能な限りエルミの観察を続けることにしたのだ――。
ややストーカーじみた観察を続けていく内に、フェリィはある疑問に辿り着く。
(ピエルミレさん、いつも一人で居るなあ……どうしてだろ?)
そう、エルミは武術授業のみならず殆どの時間を一人で過ごしていたのだ。
当然、学士同士の色恋沙汰にも興味が無いといった様子だった。
――それはまるで異性に対して無関心かのような。
(――!!)
そこでフェリィは初めて推測をする。
『ピエルミレさんって、もしかして私と同じ――』
その推測は、大部分が“希望的”を加味されたものだ。
しかしながら自身の恋愛成就について、一筋の光明を導き出す事となり、フェリィはその希望に縋る。
それからは、“異性”だという真実を知らないまま、彼女のエルミに対する感情は日増しに膨らんでいった。
だが結局声を掛ける事が出来ぬまま、時は無情に過ぎ去っていくのだった――。
――エルミが卒業を控えたある日のこと。
およそ一年半に及ぶ観察を続けたフェリィは、エルミが放課後に一人で居残り勉強をしているという情報を得たのち、遂に決起を図る。
一度も会話をした事も無かったのだが、彼女は勇気を振り絞り、接触を試みた。
そして自らが同性愛者だと打ち明け、思いの丈を伝えたのだ。
『――私、男ですよ?』
『へっ?』
目を丸くし、間の抜けた声をフェリィが発してしまう。
『なんですか? その豆鉄砲を食らった鳩のような表情は。まあ……こんな勘違いをされやすい容姿をしている私にも落ち度はありましたから、期待に沿う返答を出来ない事に関しては謝りましょう。すみません』
『えっ……いや、その……ええ?』
断られるだけならまだしもそもそも性別を間違っていた事に対し、フェリィは動揺を隠せず。
『話はこれで終わりでいいでしょう? さあ、そろそろ教室から出ていってください。私は勉強で忙しいのです――』
そうエルミに冷たく対処され、真実を呑み込めないままフェリィはあっという間に教室の外へと追いやられてしまう。
結局、淡い期待を抱いた彼女の運命的な初恋は成就するに至らず。
しかしそれでも彼女のエルミに対する好意は現在に至っても変わらず、揺るぎのないものだった――。
◇◆◇◆
前方に立つ少女魔神。
腕を掲げ、今にも振り下ろさんとしている。
その刹那的な生と死の狭間で、フェリィは未だ目を閉じ、思いに耽る。
(……そう、私は同性愛者だ。紛れもなく、な。それは現在も変わらない)
フェリィは今でも異性の結婚相手を探してはいた。
しかしどの婚活パーティーに出席しても、どんな男性とお見合いを交わしても、心惹かれる相手は現れなかった。
やはり彼女は女性しか愛せなかったのだ。
(だが、そんな私が唯一好きになることが出来た異性こそが……エルミ、キミだったんだ)
女性を愛する事しか出来なかった彼女が、初めて後ろめたさを感じる事のない恋。
かつての放課後、エルミに断られたあの時。
実のところ彼女は嘗てないほどに喜んでいたのだった。
(今だから本音を言うとな、キミが男であろうが女であろうが私の気持ちには関係ないんだ……私は、エルミという存在そのものが好きになってしまったのだ)
性別という隔てを取り払い、一人の人間を愛する。
これほど充実感に溢れる恋は無いだろう。
死の間際にも関わらず、フェリィは口元に笑みを浮かべる。
「……何が可笑しい?」
表情には出さなかったが、クィンが腕を構えながら怪訝の言葉をこぼす。
「いいや、特に何も。そうだ魔神、最期に一つ質問をしてもいいか?」
「質問は構わんがあたいの名は魔神じゃない、クィンだ」
「そうかクィン。では聞くぞ……」
呼び名を訂正したのち、フェリィは閉じていた瞼を開く。
「……キミは、誰かに恋をしたことはあるか?」
「…………」
無表情を一切崩さなかったクィンが、ここで初めて目を丸くする。
そのキョトンとした表情は、幼気な少女がふとした時に見せる物と同様の純粋さ溢れるものだった。
「どうやら、質問の意味が理解できていないようだな」
「あたいをバカにしているのか。意味は解る。だが恋という感情をあたい達は理解できないだけだ」
「ふむ、寂しい種族だな」
「……っ何とでも言え! あたいは寂しくなんかない!」
クィンは激昂し、掲げた腕に力を込める。
「そうか、ではあと一つだけ言わせてくれ」
そう言うとフェリィは笑みを浮かべたまま再び目を閉じ、言葉を紡ぐ。
「――キミと出会えて私は幸せだったぞ」
その言葉は眼前の魔神に向けてではなかった。
「愛してるよ、エルミ」
しかし想い人へその声は届くことなく、無情にも腕は振り下ろされた。
突き付けられた脳天。
まもなく、殺意が形を以て放たれる――。
「くそ……っ!」
魔神の足元で蹲るサクリウス。銃口を突き付けられる前から何度か立ち上がろうと試みてはいたが、貫かれた膝が言う事を聞いてくれず。
しかし仮に立ち上がれたとしても、この絶望的な状況を覆す術は存在しないだろうと次第に彼も悟っていた。
(……ったく、自分からケンカ売っといてこれだもんな。ダサすぎんだろ、俺)
悔しさをこれでもかと滲み切らせた彼の自尊心は、自身を卑下してしまう程に崩壊の様相を呈す。
元々戦意のなかった相手だったにも関わらず、威勢良く不意打ちを敢行してのこの挙げ句だ。
見栄を張る年頃ではないにせよ、この屈辱は相当堪えたのだろう。
(……万策尽きたとはこの事なんだろーな。これ以上足掻いてもムダだ……俺はここで死ぬ)
◇◆◇◆
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同時刻――アルセア教会、内部。
ゲートの外で死を覚悟したサクリウスとは正反対に、魔術講士フェリィ・マーテルスは足掻きを続けていた。
「“スピーネム・ペトラン”――!」
彼女は後退りをしながら土術を唱え、杖の穂先で祭壇の床を強く衝く。
僅かなタイムラグの後、壇上にいるフェリィへゆっくりと間合いを詰める上位魔神、クィンの足元となる石畳から胴体程の太さを誇る尖った巨石が勢い良く隆起。
水面に浮かぶ獲物を捉えた肉食の海洋生物が如く、鋭利な岩は少女の姿をした魔神の顔面目掛けて高速で襲いかかる――。
「しつこいぞ、何度やってもムダだ」
呆れ返ったような口調のその言葉と共に、クィンは溶岩の如く赤黒く染まった右腕を払い、迫りくる切っ先へと薙ぐ。
すると硬質且つ尖鋭な巨石は、泥細工かと見紛う程にあっさりと砕け散ってしまうのだった。
「……っっ!」
焦燥感に塗れたフェリィの表情がまた一段と曇る。
“マナ・ショック”になる寸前まで追い込まれた状態で放たれたその土術ですら、目の前の上位魔神にとっては児戯に等しく、全く通用しなかったのだ。
「しかしよくもまあ、ここまで足掻いたものだ」
聖堂内をぐるりと見渡しながら、クィンが壇上へと足を踏み入れる。
神秘的な雰囲気だった教会の内観は既に変わり果て、壁や床、果ては天井に至るまで氷山のように隆起した巨石群が幾重にも空間内に連なっていたのだ。
(ありとあらゆる術を駆使してみたが、結局一切通じることがなかった……これが上位魔神の力……)
必死の抵抗も空しく、圧倒的な力の差を前にしたフェリィは絶望感に苛まれる。
そして追い打ちでもかけるかのように後退りを続ける彼女の後ろ腰が、祭壇の最奥に置かれた年季物のパイプオルガンの鍵盤台にぶつかってしまったのだった。
「…………っ!」
ぶつかった衝撃のおかげか、動揺に駆られていたフェリィの思考が幾分か正常へと立ち戻る。
しかし自らの術で散々と聖堂内の“造り”を変容させてしまっていたので、逃げ道がもう既に残されていないことに気付く。
そこまで解って彼女は初めて自身の選択を後悔したのだった――。
(なぜ私はエルミの指示に大人しく従わなかったのだ……!)
そう胸中で悔やむと、彼女は視線をちらりと壇上の向かって左側へ移す。
そこにはワインロックが術で形成した『石牢』が無機質に聳え立ち、その牢の表面には削ったような薄く浅い疵が何箇所にも渡って刻まれていた。
(ワインロックさ……いや、ヤツの拘束土術。なんて硬さなんだ……魔術講士である私の術ですら穴の一つ開けられないなんて……)
ぎり、と歯噛みをするフェリィ。そう、彼女はクィンへの抵抗を行いながら石牢の破壊も試みていた。
だが得意分野であったはずの魔術の練度ですら敵わなかったため、エルミを救出し共にこの場から逃げ出そうという彼女の目論みは失敗に終わってしまったのだった。
(おそらくエルミは私じゃこの拘束を破壊することはできないと予め踏んで、“逃げろ”と言ってくれたのだろう……)
言葉の裏に隠された真意に気付くことで、後悔の念は更に募っていく。
(……従わず、欲を張ってしまった私の判断ミスがこの事態を招いてしまったのだな)
「なんだ、逃げるのをやめたのか?」
床に膝をついて項垂れ、疲弊しきった姿を見せるフェリィの目前にまでクィンが歩み寄る。
「“人間、諦めが肝心”という格言があるとトリーから聞いたことがあるぞ。それでいい、無駄にマナを浪費されては肉の味が落ちてしまうからな」
「…………っ」
フェリィは眼前に立つ魔神の顔を見上げる。
見上げた先には爬虫類のように赤く輝いた双眸。
視線が衝突し、全身を針で突き刺されでもしたかのような威圧感を受け、産毛に至る全身の毛が総立つ感覚に陥る。
「……うっ、ぁあああああっ!」
彼女は怯えを紛らわすかのように哮ると、金の装飾が施された杖の先端を鞘のように外してみせた。
仕込んでいた刃が銀色の穂先を覗かせ、そのまま両手で柄を強く握り、鱗鎧の装甲が及んでいない露わとなった魔神の腹部へと力任せに突く。
「あたいにそんなものが効くわけないだろう」
その言葉通り切っ先は少女の白い肌には触れるが通らず、刃の根元から折れてしまったのだった。
「――っ!」
最後の悪足掻きですら失敗に終わったフェリィ。
絶望し、自身の往生際がここだと遂に悟ってしまう。
途端に肩の力が抜け、灯火が消えたかのように瞳から覇気が失われる。
「そろそろ迎えも来ることだし殺して帰ってから食べるとしよう。本当は生きたまま食べたかったのだがな」
無抵抗の彼女へ無表情のクィンがやや残念そうにそう告げ、腕を高く掲げ構える。
「全身の力を抜け。一撃で楽にしてやろう」
(エルミ……私はどうやらここまでのようだ。力になれなくて……すまない)
29歳という若さでの最期。
その余りにも非業すぎる突然の終わり。
だが、彼女も歴戦の士。
死に対しての恐怖心はなかった。
そんな命を諦めかけた彼女、フェリィ。
唯一心残りがあるとすれば――それは。
(……結局、私は最後の最期までエルミに想いを伝えることができないままだったな)
目を閉じ、胸中で苦笑するフェリィ。
若かりし日――放課後の教室での情景が、瞼裏でセピア色に映し出される。
◇◆◇◆
幼少期を経て思春期を迎えた頃、彼女は自身の恋愛に関する趣味嗜好が同世代の他の女子とは異なることに気付く。
そう、フェリィ・マーテルスは同性愛者だ。
なぜ、そうなってしまったのか本人にも知る由は無かった。
心当たりがないということは、きっかけはほんの些細なものなのだろう。
だが結果としてフェリィはまだ幼いながらも恋愛に対して億劫となってしまい、自身が同性愛者だという事実をひた隠しながら学園生活を送る。
それでも彼女は年頃の女子が健全に擁する恋愛に対する欲求を我慢しつつ、いつかは運命の相手が現れることを信じ、待ち続けていた。
そんなフェリィが7修生に進級し、8・9修生と合同で行う武術授業に初めて出席した日の事だった。
自身よりも学年が上の学士ばかりが居並ぶ武術場。
少しの緊張を携えたフェリィは当時から魔術の成績が良かったため、魔術組へ参加し、木人形に向けて攻撃魔術を放っていた。
そこで彼女は、隣で訓練を行う一人の人物に興味を引かれる。
――ピエルミレ・リプス。
女性的な容姿を持つ彼はクラスの輪から常に外れ、一人寂しく魔術の訓練に励んでいた。
しかし“イジメ”を受けている様子もなく、自ら孤独を好んでいるようにも見えた。
近寄りがたいオーラを放ち黙々と訓練に勤しむ彼の姿を見てフェリィは『寡黙で素敵』と、異性だという事にも気付けずに一目惚れをしてしまう。
『十代前半の女子特有の“女子同士で群れ合う”という事もせず、敢えて輪から外れ、孤独を選ぶ』
そんなエルミのミステリアス且つ、孤独ながらも気高くあろうとする独特な雰囲気に惹かれ、心躍らせるフェリィ。
その日を境に、彼女は可能な限りエルミの観察を続けることにしたのだ――。
ややストーカーじみた観察を続けていく内に、フェリィはある疑問に辿り着く。
(ピエルミレさん、いつも一人で居るなあ……どうしてだろ?)
そう、エルミは武術授業のみならず殆どの時間を一人で過ごしていたのだ。
当然、学士同士の色恋沙汰にも興味が無いといった様子だった。
――それはまるで異性に対して無関心かのような。
(――!!)
そこでフェリィは初めて推測をする。
『ピエルミレさんって、もしかして私と同じ――』
その推測は、大部分が“希望的”を加味されたものだ。
しかしながら自身の恋愛成就について、一筋の光明を導き出す事となり、フェリィはその希望に縋る。
それからは、“異性”だという真実を知らないまま、彼女のエルミに対する感情は日増しに膨らんでいった。
だが結局声を掛ける事が出来ぬまま、時は無情に過ぎ去っていくのだった――。
――エルミが卒業を控えたある日のこと。
およそ一年半に及ぶ観察を続けたフェリィは、エルミが放課後に一人で居残り勉強をしているという情報を得たのち、遂に決起を図る。
一度も会話をした事も無かったのだが、彼女は勇気を振り絞り、接触を試みた。
そして自らが同性愛者だと打ち明け、思いの丈を伝えたのだ。
『――私、男ですよ?』
『へっ?』
目を丸くし、間の抜けた声をフェリィが発してしまう。
『なんですか? その豆鉄砲を食らった鳩のような表情は。まあ……こんな勘違いをされやすい容姿をしている私にも落ち度はありましたから、期待に沿う返答を出来ない事に関しては謝りましょう。すみません』
『えっ……いや、その……ええ?』
断られるだけならまだしもそもそも性別を間違っていた事に対し、フェリィは動揺を隠せず。
『話はこれで終わりでいいでしょう? さあ、そろそろ教室から出ていってください。私は勉強で忙しいのです――』
そうエルミに冷たく対処され、真実を呑み込めないままフェリィはあっという間に教室の外へと追いやられてしまう。
結局、淡い期待を抱いた彼女の運命的な初恋は成就するに至らず。
しかしそれでも彼女のエルミに対する好意は現在に至っても変わらず、揺るぎのないものだった――。
◇◆◇◆
前方に立つ少女魔神。
腕を掲げ、今にも振り下ろさんとしている。
その刹那的な生と死の狭間で、フェリィは未だ目を閉じ、思いに耽る。
(……そう、私は同性愛者だ。紛れもなく、な。それは現在も変わらない)
フェリィは今でも異性の結婚相手を探してはいた。
しかしどの婚活パーティーに出席しても、どんな男性とお見合いを交わしても、心惹かれる相手は現れなかった。
やはり彼女は女性しか愛せなかったのだ。
(だが、そんな私が唯一好きになることが出来た異性こそが……エルミ、キミだったんだ)
女性を愛する事しか出来なかった彼女が、初めて後ろめたさを感じる事のない恋。
かつての放課後、エルミに断られたあの時。
実のところ彼女は嘗てないほどに喜んでいたのだった。
(今だから本音を言うとな、キミが男であろうが女であろうが私の気持ちには関係ないんだ……私は、エルミという存在そのものが好きになってしまったのだ)
性別という隔てを取り払い、一人の人間を愛する。
これほど充実感に溢れる恋は無いだろう。
死の間際にも関わらず、フェリィは口元に笑みを浮かべる。
「……何が可笑しい?」
表情には出さなかったが、クィンが腕を構えながら怪訝の言葉をこぼす。
「いいや、特に何も。そうだ魔神、最期に一つ質問をしてもいいか?」
「質問は構わんがあたいの名は魔神じゃない、クィンだ」
「そうかクィン。では聞くぞ……」
呼び名を訂正したのち、フェリィは閉じていた瞼を開く。
「……キミは、誰かに恋をしたことはあるか?」
「…………」
無表情を一切崩さなかったクィンが、ここで初めて目を丸くする。
そのキョトンとした表情は、幼気な少女がふとした時に見せる物と同様の純粋さ溢れるものだった。
「どうやら、質問の意味が理解できていないようだな」
「あたいをバカにしているのか。意味は解る。だが恋という感情をあたい達は理解できないだけだ」
「ふむ、寂しい種族だな」
「……っ何とでも言え! あたいは寂しくなんかない!」
クィンは激昂し、掲げた腕に力を込める。
「そうか、ではあと一つだけ言わせてくれ」
そう言うとフェリィは笑みを浮かべたまま再び目を閉じ、言葉を紡ぐ。
「――キミと出会えて私は幸せだったぞ」
その言葉は眼前の魔神に向けてではなかった。
「愛してるよ、エルミ」
しかし想い人へその声は届くことなく、無情にも腕は振り下ろされた。
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