PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Climax show

66話 相対

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「……来るぞ。ヤツから目を逸らすなよ」

 三人へ向かって悠然と歩を進めてくる魔神トリーを視界に捉えながら、サクリウスが警戒を促す。

「シェイム、傷の具合はどーだ? れそうなのか?」

「……貴様の心配などいらん。問題ない」

 そのサクリウスからの気遣いを袖にしたシェイムが、ゆっくりと立ち上がり剣を構える。
 だが彼の『心配は無用』というその言葉は、恐らく見栄でしかないだろう。
 荒い吐息と絶えず流れ出ている汗が、ダメージの深さを物語っていた。

(それでもコイツには働いてもらわねーとな……。全員でかからねーとヤツには勝てねぇ……)

 シェイムとカレリア――二人の団士の参戦によって、戦況はやや好転の兆しを見せた。
 しかしそれでも『最悪』から『悪い』に変わった程度のものだ。不利な状況からは何一つ変わりないのであった。

(俺とシェイムはケガのおかげでもう満足に戦う事なんてできねー。となると頼みの綱はコイツしか……)


 シェイムとは対になる位置に立つ彼女へ、サクリウスが横目でちらりと視線を送る。
 この場では紅一点となるカレリアが、いまだ唯一の健康体を保っていた。
 サクリウスが胸中で述べたように、この戦いに於ける明暗の分かれ目が彼女に懸かっているのは明白だろう。


「カレリア、さっき襲われた時にわかったと思うが、ヤツが転送術の使い手だ。何としてもここで駆逐するぞ」

「…………」

 サクリウスが念を押すようにそう言ったが、彼女は反応を示さず。

「カレリア?」

 レスポンスが一切返ってないことに対し、サクリウスが訝しむ。
 そっと彼女の顔を窺ってみたが、ただ一点――こちらへ向かってくる魔神の姿だけを凝視し、微動だにしていないのだ。

(すげー集中力だな……俺の声全然聞こえてねーんじゃん)

 そんな彼女のプロフェッショナルな振る舞いに、脳内でサクリウスが感嘆とする。

(……てか考えてみりゃ俺、今までコイツと一緒に戦ったこと無かったもんな。普段は感じなのに、戦闘になったらやっぱり中位団士なだけあるんだな……)

 カレリアの姿を窺いつつ、ふと思い返す。
 しかし、目を凝らして見てみるとカレリアの視線が水平からやや下の方へと向いている事に気付いてしまう。

(ん……? どこ見てんだ? 相手の足元か? いや違うな……もう少し上か……。てか、コイツさっきからなんか鼻息荒くねーか? 興奮してるような…………っっ、まさか――!)

 サクリウスは、視線の置きどころが妙なカレリアに対し色々と推測を巡らせていき、遂には察する。
 そして自身の胸程までしか身長がない彼女の肩をぽんと叩き、恐る恐ると尋ねる。

「おい、カレリア。テメーもしかして……」

「……なに?」

「“なに?”じゃねーよ! 戦闘中に見てやがんだオイっ!」


 ――そう、カレリアが凝視していたのは、魔神トリーの露わとなっていた『局部』であったのだ。

「……し、仕方ないじゃない! いくら魔神だからってあんなイケメンの“@#$ピーー”、私にはそうそう見るチャンスなんて無いのよっ!?」

 顔を赤面させながら彼女が言い訳を放つ。
 ……視線は逸らさずに。

「なに開き直ってんだテメー! あといい加減ソコから目ぇ離せっ!」

「なによー? “ヤツから目を逸らすなよ”って言ったのはあんたじゃないの?」

「いや、そーじゃなくてだな! 注視する箇所がちげーって言ってんだよ! フツーわかるだろ!」

「……ほんと眼福よねえ」

「話を聞けっっ!」


 命を懸けた戦いの最中であるにも関わらず、緊張感の欠片も無いやり取りをする男女二人。
 シェイムを加えたその三人の元へと歩み寄るトリーであったが、場に相応しくない掛け合いを目の前にして、沸き立たせた殺気がやや削がれてしまう羽目に。

(せっかくヤル気出したってのに……なんなんだよコイツら。興醒めすんなあ…………)

 気怠そうに頭をガシガシと掻き、溜め息を深くつくと、トリーは唐突に念じを開始する。


(――――転送テレンス――――)

 そうトリーが念じると、人一人分が通れる程の大きさの空間の捻れが彼の傍に現れた。

「――っ!?」

 その捻れの出現を目にしたサクリウス。

「オイ! テメっ――!」

 カレリアへの説教を中断し、慌てて声を発する。逃亡をはかられるとでも思ったのだろうか。

「逃げやしないって、安心しろ。ちょっとてくるだけだ」

 そんなサクリウスの憂慮を掻き消す言葉を放ったトリーは、部屋から部屋へと移動するかのように、開いた裂け目の中へと足を踏み入れる。

「着替え、って……なんでもアリだなオイ……」

 転送術のその利便性の高さに、サクリウスが改めて舌を巻く。
 ちなみに今トリーが入った裂け目の先は、世界中のどこにも密接していない、完全に外界と断絶された亜空間へと繋がっている。
 亜空間内には一般住宅のリビング程度の広さを誇る真っ白な部屋が一つ存在し、トリーの“プライベートルーム”として扱われているという。
 ここには着替えはもちろん彼の私物が多く収納され、先程まで扱っていた銃もこの部屋から持ち出した物なのであった。




「……いつどこから襲ってくるかわかんねーからな。シェイム、常に警戒は怠んなよ」

 亜空間へと繋がる次元の裂け目を唖然と見つめたままのシェイムへと、サクリウスが小声で注意を促す。

「貴様に言われんでもわかっている」

 愛想の悪い返しを送ったシェイムだが、剣を握るその手には一層の力が込もる。
 つい数分前に起こったカレリアに対する奇襲も彼は当然目にしていたので、脅威の程は充分に伝わっていたのだ。

「…………服着ちゃうのかぁ」

 一方で、トリーの服の着用を心底残念がるカレリア。

「お前マジで色々と大丈夫か……?」

「失礼ね。私を誰だと思ってんのよ?」

「だから尚更聞いてんだろが……」

 サクリウスが呆れ顔なのに対し、彼女は自信満々とした表情を浮かべている。

「大丈夫、網膜には焼き付けておいたから」

「んな事聞いてねーからっ!」


 頭を抱え『二度とコイツとは任務行きたくねー』と、その頭の中で嘆くサクリウスであった。


◇◆◇◆


 アルセア教会、聖堂内――。

 祭壇が置かれていた箇所のすぐ傍にて尻餅をつけていたフェリィ。
 彼女はたった今行われた一人の人間と一体の魔神による、数秒に及ぶ攻防の一部始終を目の当たりにしていたところだった。

(なんなんだ……今の攻防は……! これが、上位団士と上位魔神の……!)

 自身では到底及びもしない領域。
 その高次元にいる両者。
 更なる苛烈の予感が膝を竦ませ、その場から離れる事を許さない。
 逃げ出したいにも関わらず、彼女は目を丸くさせたまま傍観するしか無かったのだ。
 

 そんなフェリィを正面にした両脇にて、アダマスとクィンが向かい合う――。


「…………」

 自らの特性にて潰れてしまった左半身の修復をほぼ完了させたクィン。
 この有り様になった元凶である男へと鋭い眼光を浴びせながら、両手をついて起き上がる。
 立ち上がる頃には左半身は既に治癒を終え、何事も無かったかのように元通りへと。
 しかし、肉体の一部では無かった鱗鎧スケイルアーマーの再生は敵わず、潰れた箇所が一目で解るほどにくっきりと綺麗に欠けていた。

 元々が胸囲を隠す程にしか面積が無かった鎧だ。
 左半分近くが欠損したことにより、少女の雪のような白い素肌が多く露わとなる。
 それによって幼い容姿通りの小振りな乳房が隙間から覗かせるが、クィンからは意に介した様子は窺えない。
 魔神族にとって『恥じらい』という感情は持ち合わせる必要が無かったのだ。

「……鱗鎧コイツはあたいの一番のお気に入りだったんだがな。この報いはオマエの命で償ってもらうぞ」

 だが『愛着』といった『執心』の感情は持ち合わせていたようで、鎧を壊された怒りを口にする。


「ああ、いいぞ。怒りは闘争において最も力を発揮する感情だ。その調子で俺だけに怒りをぶつけろ」

 一方でアダマスは、上位魔神からの殺意を一身に浴びているにも関わらず、不敵に笑んでいるばかり。
 そんな様子の彼と相対をするクィンの口から、一つの疑問がこぼれる。

「……不可解な奴だな。あたいが肉体カラダを治している間にもトドメを刺す事が出来たハズだ。なぜそうしなかった?」

「殺してしまえばせっかくの戦いがすぐに終わってしまうだろう? 愚問だな、ああ」

 どちらが魔神とも解らぬ程の形相と口振りでアダマスがそう即答すると、つんのめるように身を低く落として構える。
『前口上は抜きにしてさっさと始めよう』という意思が、彼の表情とその構えから窺えた。


「……そうか、あたいも随分とナメられたものだな」


 やれやれとした口調のクィンが、修復済みの左手の指をポキポキと鳴らす。
 そして動作の確認を終えたのち、赤黒に染まる両手を横に大きく広げ、アダマスに倣うかのように身を低く屈ませて構える。


「あたいの食事を邪魔したオマエは“食う”にすら値しない。確実に殺してやろう。来い――」

 その言葉が再びの開戦の合図となり、戦闘狂アダマスが獰猛に、貪欲に、上位魔神クィンへと襲い掛かる――。
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