PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Climax show

69話 アダムとジェス

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 後ろ腰にまで垂らした、一本一本が絹のように繊細な黒髪。
 長い睫毛に覆われた、エメラルドグリーンの大きな瞳。
 ――など、彼女の整った容姿について語るとなれば枚挙に暇が無くなるのは必然。

 造形美のすいを結集したかのようなその美しさは
“絶世の美女”という言葉ですら陳腐に聞こえさせてしまうのだろう。

 血生臭さとカビ臭さ。二つが同居したこの聖堂内において彼女の姿はまるで、瓦礫の山に咲く一輪の花のようだった。




(まさか、ジェセル様まで……)

 疲労感と先刻からの身のすくむ思いによって、フェリィは未だ尻餅をついたまま。

 自ら姿を現したワインロック。
 引き離されたエルミ。
 上位魔神に殺されかけ、アダマスに救われ、そして此度のジェセルの登場。
 この短時間にて事態が波のように寄せては返すことで、彼女の脳内では既に状況の整理が追い付かなくなっていた。

(アダマス様もそうだが、何故こんな場にこんなタイミングで団士が……?)

 今回エルミと共に携わった『ワインロックの捜索』をするという任務。
 この任務はバズムントとの間で内密となっていた筈だ。
 結果として助かってはいるのだが、どうしてこうも次から次へと加勢が来るのか。抱えた疑問は膨らんでいく一方であった。



「“早かったな”じゃないでしょ、。どうして私を置いて先に行くのよ?」

 愛称で呼び返すジェセルだったが、その口調はやや説教じみていた。
 そして白いパンプスを履いた足でコツコツと石床を鳴らしながら、アダマスの元へと歩み寄ると――。

「――と、言いたいところだけど。今回に限ってはあなたの独断専行が吉と出てしまったようね」

 壇上にてへたり込むフェリィへと視線を移し、一転していつもの優しい声色で彼女はそう告げた。


「フェリィ、ここにはあなた一人なの? エルミは?」

「あ、エルミ……いえ、ピエルミレ様は……そこにある石牢の中です! 捜索の対象ターゲットとなるワインロックも、あの中に……!」

 視線が合ったジェセルから率直に訊かれると、フェリィは慌てながら自身の左後方を指差して報告をする。

「そう……“彼”だったのね」

 壇上にそびえる石牢に目を向けやはり、と言ったような顔をジェセルが覗かせる。
 彼女自身も、ワインロックに対する疑念は以前からあったようだ。
 だが今はその事について熟慮している場合ではない。
 そう判断し、改めて現状へと目を向ける。


「フェリィ、あなたは怪我してないの?」

「は……私に外傷はありません。牢の破壊を試みたのと、魔神との交戦によって、マナの残量が空も同然ですが……」

「そう、わかったわ。それにしても、あなた程の術士がそこまで追い込まれるなんてね……」

 ジェセルのその言葉から、フェリィが団士からも一目を置かれている存在だというのが窺えた。
 だが今回ばかりは、その信頼がフェリィの表情を暗く沈ませたのだ。

「返す言葉も……ございません」

 うつむき、か細い声で静かに謝罪。
 普段は毅然と振る舞った、プライドの高い彼女の事だ。自身の不甲斐なさから自責の念にでも駆られたのだろう。

「気にすることないわ、フェリィ。無傷で生存してくれてるだけで充分な働きよ。後は私とアダマスに任せなさい」

「ジェセル様……」

 本来なら慰めにしかならない言葉。
 しかし、ジェセルのその聖母の如き包容力と求心力の高さが、彼女の心に僅かながらの安らぎを与えたのであった。



「……それで、アダム。敵は今どこなの?」

「そこのガレキに埋まってる。上位魔神だぞ、ああ」

「上位魔神ですって……?」

 アダマスの返答に対し、ぴくりとジェセルの眉が持ち上がる。上位魔神がゲート内に現れるなど、露ほども想定していなかったのだろう。

「……あなた、よく生きてたわね」

「ああ、ヤツはまだを出していない、当然だ」

「――っ!?」

 アダマスの口から発せられた事実。
 それに対し驚きを見せたのは、会話をしているジェセルではなくフェリィだった。

(そんな……馬鹿な……!)

 自身では全く歯が立たなかった魔神、クィン。
 そんな相手を前に、アダマスは圧倒的と言って良いほどに優勢を示していた。
 彼女は大きく安堵し、心に覆っていた暗雲のような絶望は希望の光によって晴れ渡ったのだ。

(それじゃ、勝ち目なんて……)

 だがそれは束の間のものに過ぎず、安堵は瞬く間に不安へと、希望は再び絶望へと変貌するのであった。

 ただ、それでも――。

「フェリィ? 怖いの?」

 ジェセルは平静を崩すことなく、笑みを浮かべたままだったのだ。

「……は、はい」

 身体の震えが止まらないフェリィは、力ない声で返事をしてしまう。

「ふふ、あなたにもそんな一面があったのね」

 ジェセルは微笑んでいるばかり。恐怖など微塵も感じていないようだ。

(い、今はそんな事言ってる場合では……! 相手は上位魔神だぞ? この方は、怖くないのか……?)

 半ば唖然としながら、フェリィが彼女の正気を疑う。
 ジェセル・ザビッツァは団士だ。年齢は三つ下だが、実力も経験も遥かに自身を上回っている。
 当然、敵の実力を見誤るわけが無い。
 それなのに何故、彼女は平然としていられるのか。


「安心して。私と彼が一緒に戦えば、どんな相手にも負けないわ」

「……つ!」

 珈琲コーヒーに注いだミルクかのように、不思議と胸いっぱいに安心感が広がったような気がした。
 それは耳心地の良い透き通るような彼女の声のトーンのおかげではなく、一つのある噂を思い出したからだ。

(そういえば……以前バズムント様から聞いたことがある。ゼレスティア軍には“最強の夫婦”がいる……と)

 “夫婦”というのは当然、ここにいるアダマスとジェセルの事だろう。
 軍籍に身を置いた者同士で婚姻関係を結んでいるのは、千を超える兵の中でもこの二人しか存在しないのだから。

(エリート中のエリート同士が結婚したのだからな。確かに……“最強”だろう)

 ただそれは『夫婦という括りの中での最強』という謳い文句に過ぎず、上位魔神に匹敵する程の力は無い。
 というのが、フェリィが初めて噂を聞いた時の率直な見解だった。

 しかし、この状況においてのジェセルの言動と余裕ぶりを窺っていると、妙な説得力がひしひしと伝わってくるのも事実。

(もしかして……本当に……。いや、でも……)

 期待と不安。対照的な感情がフェリィの脳内で入り乱れていく。


 そして彼女がそう思いを巡らせている最中。
 瓦礫の中に埋まったままだったクィンがようやくと、起き上がったのだ。


「……ああ、起きたか」

「赤い手……あの子がヴェルスミスの報告にあった魔神ね」

 並び立つ男女。
 二人が一斉に見やった先に、少女。

「…………」

 鎧や素肌を土埃で汚した姿。
 蹴られたダメージは既に完治を見せていた。
 無表情を携え、二人の前へすたすたと悠然に歩み寄る。

「……その女はなんだ?」

 少女にとっては初めて見る人物――ジェセルへと目を配り、素直に問う。

「こちらの味方であり、俺の妻だ。だが安心していい。戦うのは先程と同じく俺一人だ、ああ」

「アダム、あなた何を言って……!」

 単独で戦う意思を示したアダマスの物言いに、ジェセルが思わず口を挟む。

「良いだろ、ジェス。こんな相手久々なんだ、ああ。俺はもっと愉しみたい」

 ジェセルの小さな口を大きな手で塞ぎ、それ以上の追求を拒んだアダマス。

「もう……」

 ジェセルが若干の不貞腐れを見せる。
 アダマスの序列が自身より上というのもあってか、命令を下せる立場でない事に気付いたのだろう。

「せっかく来たっていうのにすまないな、ああ。それと、後で治療を頼む……」

(――――圧壁フランジット――――)

「……わかったわ」

 会話の合間。
 それは針の穴ほどの、僅かな隙だった。
 静かに左手を翳していた少女。
 無音と無呼吸で放たれたそれは――。

「えっ」

 ――万物を押し潰す不可視の天井。

 声を発したジェセル。
 その隣に立つアダマス。
 彼の鍛え抜かれた筋骨隆々も虚しく。
 そして呆気もなく。
 ひしゃげ、潰れ、床に沈められたのだ。


「……アダム?」
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