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Climax show
71話 箱入り団士の憂鬱とワガママ
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時は今朝にまで遡り、AM8:30。
ゼレスティア王宮一階、西棟廊下内にて――。
滑らかな石壁で囲った広々とした廊下。
朝早くから任務に赴かんとする一般兵が雑多に行き交う中、ジェセル・ザビッツァは一人の団士の背中を目撃する。
『エルミ』
背後からの呼び止め。
突然名を呼ばれた彼は振り返る。
『おや、ジェセルでしたか。私なんかに声を掛けるなんて珍しいですね……ククク』
『“珍しい”はこちらのセリフよ。あなたがこんな場所でこんな時間から活動しているのが気になったから、声を掛けただけ』
『ククク……確かにそうですねえ』
団員同士の何気ない会話。
エルミはいつもの通り、飄々とした様子を見せている。
だが彼に対しジェセルは、ここ数日の間ずっと気に掛けていた事があった。
せっかくの機会と思い、さらりと尋ねてみようと試みる。
『……それで、尋問は全て片付いたの? 確か一昨日の夜から昨日にかけてよね? 彼の順番は』
『ええ、そうでしたね』
“彼”というのは、ワインロックのことである。
ジェセルは自身の順番が最後から数えて二番目だということを、エルミ本人の口から訊き把握をしていた。
そのため日程を鑑みて既に全尋問が終了していると予め踏み、こうして情報を得ようとしているのだ。
『結局……彼だったの?』
『……さあ、どうでしょうかね』
彼女からの核心を衝く質問に対し、エルミは濁すような形で応対。どうやらまともに答える気はさらさら無いようだ。
『……答えなさい』
『内密ですので、お答えはできません』
『答えて』
『駄目です』
『いいから答えて』
『……貴女もなかなかしつこいですね』
『こうなったら私はしつこいわよ』
『…………』
イエスとノーの応酬。
なおも食い下がるジェセルに、エルミはややたじろぐ。
(面倒な相手に捕まってしまいましたねえ……さて、どうしたものか)
情報を聞き出すまでは離れない、といった強固な意志が彼女の双眸には宿る。
だが本日の予定であるフェリィとの捜索任務、その待ち合わせに遅れてしまう可能性をこれ以上高めてはいけない、とエルミは危惧していた。
『……仕方ないですねぇ、では貴女だけにお教えしますよ。取り敢えず、ここは人目につきますので外へ行きましょうか』
口外さえされなければいいと、やむなく決断。
根負けし、折れる形となったのだ。
◇◆◇◆
『――という訳で。本日私はフェリィと共に、捜索任務へと赴くんですよ』
自身の持つ情報の概要を、ひとしきり説明し終えたエルミ。
『……そうだったのね』
その彼の隣に座るジェセルが、納得の意を示す。
二人が腰を下ろしているのは、王宮前の庭の端にある一つの木製ベンチの上だった。
人通りが少ないとは言えないがここなら変に目立つこともなく、話す内容を盗み聞きされる心配もない。
そう判断しエルミはここを選び、ワインロックにかかった疑いや天使教との関わりについてなど、知り得た情報を全て伝えたのだ。
『ジェセル、これで満足ですか? これ以上問い質したところで有益なものは何も出て来ませんよ』
『ええ、わかってるわ……』
肯定をするジェセルだが、その表情は心なしか冴えない。満足しているようには到底見えなかった。
『どうしました? まだなにかお聞きになりたいことでも?』
エルミは尋問士として当然、彼女の顔色だけで何かを心の内に抱えているというのが解ってしまう。
これ以上中途半端に疑念を持たれるのも面倒だと思った彼は、包み隠さず全てを伝えるつもりでいたのだ。
『…………』
一方で、ジェセルは浮かない顔のまま。
何か物言いたげにしているのは明白だった。
『どんな質問でもお答えしますよ。言ってください、ほら』
優しく、背中を押すかのように彼は諭した。
その心遣いが功を奏したのか、彼女は意を決したように口開く。
『……エルミ。質問というより、私の方から一つ相談があるんだけど……いいかしら?』
『貴女は任務へ連れて行きませんよ』
優しさから一転、懇願をされる前にエルミはピシャリと遮断をしてみせた。
『どうして……わかったのよ?』
胸の内を見透かされたことに動揺したジェセルは、怒りとも恥ずかしさとも取れる感情を面に出す。
『貴女の性格と……そうですね。置かれている境遇から、そう提案を持ち掛けてくるだろうと思いました』
『……っ!』
自身の性格はともかくそんな個人的な事情まで把握されているのかと、ジェセルは隣に座る尋問士に対し驚嘆とする。
『ジェセル。貴女には才能と美しさ、私に無い人望もある。向上心があるのは大変良いことですが、貴女ほどの人物がこれ以上何を望むのです?』
『……私の実力を、上層部の連中にわからせたいのよ』
『実力……ですか。“国内随一の光術士”、希少とされる“治癒術の使い手”。誰しもが羨むくらい、貴女は充分正当な評価を受けていると思いますが?』
エルミはスラスラと彼女の優れた点を枚挙し、これ以上ないほどに褒めちぎる。
ただ、彼女はそんな称賛など必要としていなかった。
『私はただ……あの人と一緒に戦いたいだけなの』
内に秘めていた本音を、切にこぼしたジェセル。
だが、そんな情に訴えかけた懇願など目の前の尋問士に通じるわけもなく――。
『それでしたなら他でどうぞご勝手に。貴女の私情を私の任務に巻き込まないでください。単純に“迷惑”です』
――容赦もなしに説き伏せられてしまったのだ。
『そう……よね。ごめんなさい、勝手ばかり言ってしまって』
彼女自身、その願いが叶わないことくらいわかってはいた。しかしそれでも諦めることができず、チャンスがあるのなら縋りつくしかなかったのだ。
『……では、私はフェリィとの待ち合わせがあるのでそろそろこの場を失礼させていただきます。くれぐれも――』
『“後をつけないように”、よね? わかっているわ』
『……わかっていただけたようで何よりです』
ニコリと微笑み、エルミはその場を後にした――。
『…………』
一人、ポツンとベンチに取り残されたジェセル。
エルミが去った後も、物憂げな顔を浮かべたままである。
すると彼女は、そよぐ風にでも声を掛けるようふと呟く。
『ねえアダム、居るんでしょ?』
『……ああ、なんだ気付いていたのか』
ベンチの真後ろ。庭をぐるりと囲んでいた手入れの行き届いた茂み。その中から、ガサガサと葉音をたて巨体が姿を現したのだ。
『気配は消していたつもりなんだがな、ああ』
『私にはわかるわよ。何年あなたの妻をやっていると思ってるの?』
『……一昨日で七年だったな、ああ』
庭内へと巨体を乗り出し、そのままジェセルの隣へとアダマスがドカッと腰を下ろす。
三人掛けのベンチだったのだが、彼が座ったことによって空いたスペースが無くなってしまう。
『……今日は任務じゃなかったの?』
『ああ、コメルシアまで隊商の護衛に就く任務の筈だったんだが出立が明日にずれ込んだようでな、今日は休めと先程バズムントに言われたんだ』
『そう……』
尋ねておきながら、興味も無さそうにジェセルは虚ろげな目で空を眺めている。
『……さっきの、私とエルミの話。全て聴いてたの?』
『ああ』
肯定だけを発し、アダマスは口をつぐむ。
ジェセルが先程エルミにぶつけた想いと願い。
それはまだ誰にも打ち明けたことがなく、伴侶である彼にでさえ相談もせずにひた隠しにし続けていた感情だったのだ。
『…………』
『……ねえ、どう思ったの?』
黙したままの夫に対し、ジェセルは間怠こしさに耐え切れず率直に聞いた。
『……ああ、そうだな。お前の評価など全くもって興味はないな。俺は自分が戦うことさえ出来ればそれでいい』
口角を持ち上げ、自身の主張のみ。
一生を添い遂げる相手からの相談とは思えない程に、その言葉は冷たさに満ちていた。
『……そっか。そうよね。あなたはいつもそう。だから私はこの気持ちをずっと隠していたのよ』
すっと立ち上がり、乾いた笑みを零す。
――そもそも自身の感情など誰も理解などしてくれない。
――傍から見れば『箱入り娘の無い物ねだり』と一緒だ。
――それは事実、間違ってはいない。
――だから『間違っているのは私』なのだ。
――諦め、悟り、これからも感情を押し殺そう。
そう改めて、彼女は心に決めた。
しかし――。
『――さて、確か“フルコタ市にあるアルセア教会”、だったか。ああ』
(え……?)
トボトボと、王宮へ向けてジェセルは踵を返していた。
だが彼女の行く先とは逆方向にある広場、そこへ繋がる正門へと歩を進めていたアダマスが、唐突にそう発したのだ。
『ちょっと、アダム……! あなた何を言ってるの……!?』
慌ててジェセルが駆け付け、問い詰める。
『後をつけるな、ってエルミが言ってたのをあなたも聴いていたのよね? どうして……』
『どうして? 愚問だな、ああ。俺が誰だか忘れたのか? ジェス』
――戦闘狂。
そうだ。この男はそうなのだ。
常識も理屈も通用しない、ただ闘争に飢え続けた人の体を為した戦鬼そのものだったのだ。
『あなたが行けば私がエルミから責められるのよ? 勝手な真似はやめてちょうだい!』
細い声を荒げ、ジェセルが忠告する。
彼が向かえばエルミ達の隠密行動はたちまち失敗に終わるだろう。
この男にデリケートな行動など出来るはずもなく、闘争心を慎む気など微塵もないからだ。
何としてでも、止めなければ――。
『……ああ、それならジェス。お前も来るか?』
『え……』
それは、思いも寄らなかった提案。
ジェセルは呆然とし、立ち尽くす。
『戦いたいんだろう?』
『それは……』
『ああ、今更取り繕うな。戦いたいんだろう?』
『…………』
無言でこくりと頷き、彼女は意思を示した。
『その感情さえあれば充分だ。他になにもいらない、ああ』
『……っ!』
――なぜ私は彼のように意志を貫けなかったんだろう。
――そう、怖いからだ。
――今まで築き上げてきた人望が、評価が。
――壊れてしまうのがたまらなく怖かったからだ。
――やっぱり私が間違っていた。
――チャンスというのは与えてもらうのではなく。
――自らの手で掴み取るということを。
『……ふふ』
『何か可笑しい事でもあったか? ああ』
思わず零れ出た苦笑。
それを見てアダマスが怪訝とする。
『まさかあなたに学ばされるとは思わなかったからよ』
『ふははは、何が言いたいのかさっぱりだな、ああ。で、来るのか、来ないのか。どちらだ?』
『……行くわよ。あなたの隣に相応しいのは私だって事を証明するチャンス、逃してなるものですか』
『……やはりお前はいい女だなぁ、ああ』
美女と野獣。
最強の夫妻による共同作業が、今始まった――。
『ああ……言うのを忘れていた。お前だけじゃなく、エルミも俺が背後に潜んでいたのを初めから気付いていたぞ、去り際に目が合ったしな』
『え……?』
『俺の存在に気付いた上で奴も天使教なる集団の拠点を教えたんだろうな、ああ』
『そんな、つまりそれって最初から……』
『お前を試したのか、単に揶揄っただけなのか、それは俺にもわからない、ああ』
『…………!』
エルミの真意がどうであれ、僅かに彼への殺意が芽生えてしまったジェセルであった。
ゼレスティア王宮一階、西棟廊下内にて――。
滑らかな石壁で囲った広々とした廊下。
朝早くから任務に赴かんとする一般兵が雑多に行き交う中、ジェセル・ザビッツァは一人の団士の背中を目撃する。
『エルミ』
背後からの呼び止め。
突然名を呼ばれた彼は振り返る。
『おや、ジェセルでしたか。私なんかに声を掛けるなんて珍しいですね……ククク』
『“珍しい”はこちらのセリフよ。あなたがこんな場所でこんな時間から活動しているのが気になったから、声を掛けただけ』
『ククク……確かにそうですねえ』
団員同士の何気ない会話。
エルミはいつもの通り、飄々とした様子を見せている。
だが彼に対しジェセルは、ここ数日の間ずっと気に掛けていた事があった。
せっかくの機会と思い、さらりと尋ねてみようと試みる。
『……それで、尋問は全て片付いたの? 確か一昨日の夜から昨日にかけてよね? 彼の順番は』
『ええ、そうでしたね』
“彼”というのは、ワインロックのことである。
ジェセルは自身の順番が最後から数えて二番目だということを、エルミ本人の口から訊き把握をしていた。
そのため日程を鑑みて既に全尋問が終了していると予め踏み、こうして情報を得ようとしているのだ。
『結局……彼だったの?』
『……さあ、どうでしょうかね』
彼女からの核心を衝く質問に対し、エルミは濁すような形で応対。どうやらまともに答える気はさらさら無いようだ。
『……答えなさい』
『内密ですので、お答えはできません』
『答えて』
『駄目です』
『いいから答えて』
『……貴女もなかなかしつこいですね』
『こうなったら私はしつこいわよ』
『…………』
イエスとノーの応酬。
なおも食い下がるジェセルに、エルミはややたじろぐ。
(面倒な相手に捕まってしまいましたねえ……さて、どうしたものか)
情報を聞き出すまでは離れない、といった強固な意志が彼女の双眸には宿る。
だが本日の予定であるフェリィとの捜索任務、その待ち合わせに遅れてしまう可能性をこれ以上高めてはいけない、とエルミは危惧していた。
『……仕方ないですねぇ、では貴女だけにお教えしますよ。取り敢えず、ここは人目につきますので外へ行きましょうか』
口外さえされなければいいと、やむなく決断。
根負けし、折れる形となったのだ。
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『――という訳で。本日私はフェリィと共に、捜索任務へと赴くんですよ』
自身の持つ情報の概要を、ひとしきり説明し終えたエルミ。
『……そうだったのね』
その彼の隣に座るジェセルが、納得の意を示す。
二人が腰を下ろしているのは、王宮前の庭の端にある一つの木製ベンチの上だった。
人通りが少ないとは言えないがここなら変に目立つこともなく、話す内容を盗み聞きされる心配もない。
そう判断しエルミはここを選び、ワインロックにかかった疑いや天使教との関わりについてなど、知り得た情報を全て伝えたのだ。
『ジェセル、これで満足ですか? これ以上問い質したところで有益なものは何も出て来ませんよ』
『ええ、わかってるわ……』
肯定をするジェセルだが、その表情は心なしか冴えない。満足しているようには到底見えなかった。
『どうしました? まだなにかお聞きになりたいことでも?』
エルミは尋問士として当然、彼女の顔色だけで何かを心の内に抱えているというのが解ってしまう。
これ以上中途半端に疑念を持たれるのも面倒だと思った彼は、包み隠さず全てを伝えるつもりでいたのだ。
『…………』
一方で、ジェセルは浮かない顔のまま。
何か物言いたげにしているのは明白だった。
『どんな質問でもお答えしますよ。言ってください、ほら』
優しく、背中を押すかのように彼は諭した。
その心遣いが功を奏したのか、彼女は意を決したように口開く。
『……エルミ。質問というより、私の方から一つ相談があるんだけど……いいかしら?』
『貴女は任務へ連れて行きませんよ』
優しさから一転、懇願をされる前にエルミはピシャリと遮断をしてみせた。
『どうして……わかったのよ?』
胸の内を見透かされたことに動揺したジェセルは、怒りとも恥ずかしさとも取れる感情を面に出す。
『貴女の性格と……そうですね。置かれている境遇から、そう提案を持ち掛けてくるだろうと思いました』
『……っ!』
自身の性格はともかくそんな個人的な事情まで把握されているのかと、ジェセルは隣に座る尋問士に対し驚嘆とする。
『ジェセル。貴女には才能と美しさ、私に無い人望もある。向上心があるのは大変良いことですが、貴女ほどの人物がこれ以上何を望むのです?』
『……私の実力を、上層部の連中にわからせたいのよ』
『実力……ですか。“国内随一の光術士”、希少とされる“治癒術の使い手”。誰しもが羨むくらい、貴女は充分正当な評価を受けていると思いますが?』
エルミはスラスラと彼女の優れた点を枚挙し、これ以上ないほどに褒めちぎる。
ただ、彼女はそんな称賛など必要としていなかった。
『私はただ……あの人と一緒に戦いたいだけなの』
内に秘めていた本音を、切にこぼしたジェセル。
だが、そんな情に訴えかけた懇願など目の前の尋問士に通じるわけもなく――。
『それでしたなら他でどうぞご勝手に。貴女の私情を私の任務に巻き込まないでください。単純に“迷惑”です』
――容赦もなしに説き伏せられてしまったのだ。
『そう……よね。ごめんなさい、勝手ばかり言ってしまって』
彼女自身、その願いが叶わないことくらいわかってはいた。しかしそれでも諦めることができず、チャンスがあるのなら縋りつくしかなかったのだ。
『……では、私はフェリィとの待ち合わせがあるのでそろそろこの場を失礼させていただきます。くれぐれも――』
『“後をつけないように”、よね? わかっているわ』
『……わかっていただけたようで何よりです』
ニコリと微笑み、エルミはその場を後にした――。
『…………』
一人、ポツンとベンチに取り残されたジェセル。
エルミが去った後も、物憂げな顔を浮かべたままである。
すると彼女は、そよぐ風にでも声を掛けるようふと呟く。
『ねえアダム、居るんでしょ?』
『……ああ、なんだ気付いていたのか』
ベンチの真後ろ。庭をぐるりと囲んでいた手入れの行き届いた茂み。その中から、ガサガサと葉音をたて巨体が姿を現したのだ。
『気配は消していたつもりなんだがな、ああ』
『私にはわかるわよ。何年あなたの妻をやっていると思ってるの?』
『……一昨日で七年だったな、ああ』
庭内へと巨体を乗り出し、そのままジェセルの隣へとアダマスがドカッと腰を下ろす。
三人掛けのベンチだったのだが、彼が座ったことによって空いたスペースが無くなってしまう。
『……今日は任務じゃなかったの?』
『ああ、コメルシアまで隊商の護衛に就く任務の筈だったんだが出立が明日にずれ込んだようでな、今日は休めと先程バズムントに言われたんだ』
『そう……』
尋ねておきながら、興味も無さそうにジェセルは虚ろげな目で空を眺めている。
『……さっきの、私とエルミの話。全て聴いてたの?』
『ああ』
肯定だけを発し、アダマスは口をつぐむ。
ジェセルが先程エルミにぶつけた想いと願い。
それはまだ誰にも打ち明けたことがなく、伴侶である彼にでさえ相談もせずにひた隠しにし続けていた感情だったのだ。
『…………』
『……ねえ、どう思ったの?』
黙したままの夫に対し、ジェセルは間怠こしさに耐え切れず率直に聞いた。
『……ああ、そうだな。お前の評価など全くもって興味はないな。俺は自分が戦うことさえ出来ればそれでいい』
口角を持ち上げ、自身の主張のみ。
一生を添い遂げる相手からの相談とは思えない程に、その言葉は冷たさに満ちていた。
『……そっか。そうよね。あなたはいつもそう。だから私はこの気持ちをずっと隠していたのよ』
すっと立ち上がり、乾いた笑みを零す。
――そもそも自身の感情など誰も理解などしてくれない。
――傍から見れば『箱入り娘の無い物ねだり』と一緒だ。
――それは事実、間違ってはいない。
――だから『間違っているのは私』なのだ。
――諦め、悟り、これからも感情を押し殺そう。
そう改めて、彼女は心に決めた。
しかし――。
『――さて、確か“フルコタ市にあるアルセア教会”、だったか。ああ』
(え……?)
トボトボと、王宮へ向けてジェセルは踵を返していた。
だが彼女の行く先とは逆方向にある広場、そこへ繋がる正門へと歩を進めていたアダマスが、唐突にそう発したのだ。
『ちょっと、アダム……! あなた何を言ってるの……!?』
慌ててジェセルが駆け付け、問い詰める。
『後をつけるな、ってエルミが言ってたのをあなたも聴いていたのよね? どうして……』
『どうして? 愚問だな、ああ。俺が誰だか忘れたのか? ジェス』
――戦闘狂。
そうだ。この男はそうなのだ。
常識も理屈も通用しない、ただ闘争に飢え続けた人の体を為した戦鬼そのものだったのだ。
『あなたが行けば私がエルミから責められるのよ? 勝手な真似はやめてちょうだい!』
細い声を荒げ、ジェセルが忠告する。
彼が向かえばエルミ達の隠密行動はたちまち失敗に終わるだろう。
この男にデリケートな行動など出来るはずもなく、闘争心を慎む気など微塵もないからだ。
何としてでも、止めなければ――。
『……ああ、それならジェス。お前も来るか?』
『え……』
それは、思いも寄らなかった提案。
ジェセルは呆然とし、立ち尽くす。
『戦いたいんだろう?』
『それは……』
『ああ、今更取り繕うな。戦いたいんだろう?』
『…………』
無言でこくりと頷き、彼女は意思を示した。
『その感情さえあれば充分だ。他になにもいらない、ああ』
『……っ!』
――なぜ私は彼のように意志を貫けなかったんだろう。
――そう、怖いからだ。
――今まで築き上げてきた人望が、評価が。
――壊れてしまうのがたまらなく怖かったからだ。
――やっぱり私が間違っていた。
――チャンスというのは与えてもらうのではなく。
――自らの手で掴み取るということを。
『……ふふ』
『何か可笑しい事でもあったか? ああ』
思わず零れ出た苦笑。
それを見てアダマスが怪訝とする。
『まさかあなたに学ばされるとは思わなかったからよ』
『ふははは、何が言いたいのかさっぱりだな、ああ。で、来るのか、来ないのか。どちらだ?』
『……行くわよ。あなたの隣に相応しいのは私だって事を証明するチャンス、逃してなるものですか』
『……やはりお前はいい女だなぁ、ああ』
美女と野獣。
最強の夫妻による共同作業が、今始まった――。
『ああ……言うのを忘れていた。お前だけじゃなく、エルミも俺が背後に潜んでいたのを初めから気付いていたぞ、去り際に目が合ったしな』
『え……?』
『俺の存在に気付いた上で奴も天使教なる集団の拠点を教えたんだろうな、ああ』
『そんな、つまりそれって最初から……』
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