PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Climax show

72話 メッセージ

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「……起きて、アダム」

 もう動く筈のない彼の傍ら。
 ジェセルが立ち、既に体温が抜け切った夫の亡骸へ向けて無感情に言い放つ。
 
 当然、その言葉で彼が起き上がる筈もない。
 彼は死んでいる。それは変えようのない事実。




(ジェセル様は一体、何を……?)

 少し離れた位置に、フェリィ。
 彼女は先程、許容量キャパシティを超える値のマナを使用してしまったおかげでマナ・ショックを引き起こし、一度昏睡状態へと陥った。
 しかしジェセルの治癒術によって意識を覚まし、その他の症状が出ることもなく無事を保っていた。
 だがマナ自体は回復することが敵わないので全身には疲労感だけが残り、四肢すら満足に動かせずこうして戦いを傍観するしかなかったのだった。



(――ッッ!?)

 そして今、フェリィは目の前で起きた光景に思わず目を凝らし、疑ってしまう。
 同時に、彼女の正気も疑う。

(嘘……でしょ?)

 疑ったその先には――膝をついて屈んだジェセルが、唇をそっとアダマスの口へと這わせていたのだった。


◇◆◇◆


 PM13:30――アーカム市、東門前広場付近。


 “ピリムからアイネを救う”という役目をパシエンスから託され、アウルは今エリスと共に広場へと続く通りを走っている。
 広場へと近付くにつれ、逃げ惑う一般市民が二人の進行方向とは真逆へすれ違っていく。
 その恐怖と焦燥に満ちた人々の表情を見るだけで、進んだこの先にてやはり何かが起きているというのが改めて確信できた。

『そもそもなぜピリムが?』という疑問が少年の思考にまとわりつくが、現場の状況を見てみない事には尚早な判断は下せそうにもない。
 その為アウルは一刻も早い到着を目指そうと奔走していたのだが、抱えていた懸念はそれとは別にもう一つあった。


「――ねえ、アウル。さっきから何も喋らないけど……何かあったの?」

「…………」

 隣を走るエリスから顔色を窺われるように尋ねられるが、アウルは目も合わせずに無言で駆ける。

「もしかして……怒ってる?」

「……怒ってないよ」

「ウソよ。怒ってる」

「怒ってないってば」

「怒ってるよ。機嫌悪い時の顔してるも――」
「怒ってないって言ってるじゃん!」

 声を荒げたと同時、二人の足が止まる。

「……怒ってるんじゃん」

「怒ってないけど……ごめん」

 怒鳴られて落ち込むエリスを見て、即座に後悔の感情が芽生えたアウル。

「もう……まだ認めないの? 私が無断で特性使っちゃったことに怒ってるんでしょ? 私にもそれくらい分かるわよ」

「うん……でも、本当に怒ってはいないんだよ。ただ、この先上手くやっていけるのかな……って思ったらつい考え込んじゃって……」

 アウルが苦い表情で打ち明ける。
 だが今この場で思いあぐねたところで問題が解決に辿り着くわけもない。その上、今は優先しなければならない事態がこの先に待っている。
 それはアウル自身も大いに理解をしていた。

「……ごめん、今する話じゃなかったね。行こう、エリス」

 そう切り替え、アウルは再び走り出した。


「……じゃあ、どうすれば良かったのよ」

 アウルに聞こえないよう、ぼそりとそう零したエリス。
 不満を胸の内にしまい込み、先を往くアウルに続く――。


◇◆◇◆


 そして一方その頃、東門前広場では――。



「あははははははhaははは! やぁーっと捕まえたよぉ、アイネ♪」

 人気の無くなってしまった広場の中央で、ピリムが高らかに笑う。
 悪意の欠片も感じないほどの屈託のない笑顔を携え、赤髪の少女はアイネの喉輪をわし掴み、掲げるように持ち上げている。

「う……」

 両足が地から離され腕一本で軽々と持ち上げられていたアイネが、苦痛に顔を歪める。
 フードの付いた白いローブを着た少女の全身は至るところを煤で汚し、先刻負った背中の火傷のみならず両大腿から下が赤黒く爛れていた。
 下半身へ火術をまともに浴びてしまい、動きが不十分になったことによってのこの有り様なのだろう。
 いくら光術を手練手管に応用しようが、やはり反撃をせずに逃げ回るのには限界があったようだ。

(あはは……やっぱ私じゃ……ダメかぁ……)

 アイネが脳内で諦めを零す。

(アウルくんは……そう簡単に来るわけがない、よね……)

 パシエンスてにアウルへと託した彼女だったが、そもそもが苦肉の策でしかなかった。
 そんな都合の良いタイミングで姿を見せる筈がない――と次第にアイネは悟る。

「……どう、アイネ? アタシ強くなったでしょ?」

 そんなアイネの想いや狙いなどいざ知らず、ピリムはにっこりと笑ったまま自信満々に訊く。

「……っ……っっ」

「んー? あ、そっかぁ! この状態じゃ声出せないもんね」

 喉を掴まれているため声が出せずにいるアイネに向けて、ピリムは無邪気にそう言う。

(……っっ!)

 するとアイネは、だらりとぶら下がっていた腕の片方を突如として動かす。

「……なに? 悪足掻きはしないでよ。アタシの勝ちなんだから」

 だがピリムは手隙となっていたもう片方の手で、“何か”を試みようとしていたアイネの腕をガシッと掴んで阻む。

「……ち、が……う……よ」

 喉を絞められながらもアイネは否定の言葉を絞り出した。それと同時に、掴まれていない方の手の人差し指の先が白く発光する――。

「……なによ、コレ?」

 怪訝に捉えたピリムが見入った先には、同じ目線の高さの宙に描かれた白色の光る文字。

『ピリム、ワタシモコロスノ?』

 そう書かれた文字列は声の出すことのできないアイネが光術を用いて指先で描いたもので、ピリムに宛てたメッセージだった。

「はは……どうしたのアイネ。命乞いでもする気?」

『チガウヨ』

 ピリムは余裕を含ませた表情で詮索したが、それに対しアイネは簡素に否定を記した。そして、次なるメッセージをすらすらと書き連ねていく。


『ワタシヲコロシタトシテ、ピリムハソノアトドウスルツモリナノ?』

「どう、って……。そんなの考えて……ない、わよ」

 アイネからの再度の質問に、ピリムが口ごもる。
 言葉の通り、本当に考えもしなかったのだろう。

『ドレダケツヨクナッタッテ、ココロガツヨクナキャ、ツヨイッテイワナインダヨ?』

「何よそれ……あんたもパシエンスあいつみたいにアタシの心が弱いって言いたいの?」

 少女の感情のボルテージが波打つ。
 それに比例するかのよう、首を掴む手に力が込もる。

「う……っ!」

 更に苦悶となるアイネの表情。
 しかしそれでも、彼女は屈することなくメッセージを記し続ける。

『ワタシノシッテルイツモノピリムハ、ヨワクナンカナカッタ。クロウモドリョクモヒトイチバイシテタ、ツヨイコダッタ』

「――っっ!」

 その書き記された言葉が内なる本心に触れたのか、ピリムは激昂し持ち上げていたアイネを力任せに放り投げる。
 両足が負傷しているため上手く着地が出来ず、アイネは石畳へとまともに激突してしまう。

……ッ」

 全身をしたたかに打ち、歯を食い縛って堪えるアイネ。
 首筋には掴まれていた跡がうっ血状に色濃く残っていた。

「……っ」

 アイネを投げた後のピリムは自分自身を抱きしめでもするかのように両肩を抱え俯き、全身をわなわなと震わせている。

「ピリ――」
「うるさいっ!」

 アイネが心配の声を上げようとしたが聞く耳を持とうとせず、頭を横に振って拒絶。

「うるさいうるさいうるさい……! アタシだってわかってるのよ! 自分のしてる事が、正しくないってことくらい……! でも、もう……手遅れなの!」

 情緒の振れ幅がまた大きく揺らぐ。
 僅かに残されていた良識が、ドロドロと渦巻く負の感情に呑み込まれないよう戦っているのだ。

「そんなこと……ない。まだ間に合うよ!」

「うるさいっ! あんたに何がわかるのよ――!」

 しかしこれ以上の説得は、理性のタガが外れていた今のピリムには逆効果だったようだ。
 現在の少女の精神は拒絶を示した際、相手をいとも簡単に“敵”と認識し、“攻撃対象”とする。


(――“イグニート”)

 少女の小さな掌から放たれるは、激流の如く迸る業火。
 地に伏したままのアイネは足掻こうともせず、一直線に迫りくる炎を受け入れる――。



(ピリム、ゴメンね……助けてあげられなくて)

 自身の命など少しも惜しくは無かった。
 背中を焦がされ、両脚を焼け爛れさせられようとも、この期に及んでまでアイネはピリムの精神を暗く淀んだ底から救い出そうとしていたのだ――。


「大好きだよ……ピリム」

 走馬灯が巡り終え、アイネは死を受け入れた。
 炎が、少女を呑み込んでいく――。



 ――かに思われた。

「えっ?」

 ピリムが驚きを漏らす。
 放った炎がアイネには届かず、真っ二つに割れたかのように分散したのだった。

 そして炎が晴れた後、アイネの前には一人の少年が剣を構え立っていた。


「アウ、ル……?」

 口をついて出たのは、誰よりも会いたくて、恋い焦がれた人物の名――。


「……来てくれたんだぁ♪」

 胸の内の混沌が、肥大していく――。
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