PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Climax show

74話 妹(仮) vs 幼馴染み

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 深く、暗い、塞がれた井戸の底のような暗闇――。

 狭そうに感じるが広く。広大そうでどこか窮屈。
 目に映る一辺倒の漆黒が、壁や天井の感覚を曖昧にさせる。

『ここ……どこ?』

 ――目が覚めるとアタシは、この限りない闇の中に一人で立っていた。


◇◆◇◆


 太陽が、やや西へと傾き始める頃。
 街を囲う巨壁を背にした広場にて、二人の少年少女が一人の赤髪の少女と向き合う。

(ありえない……なんでピリムが……!)

 幼少期からの付き合いを誇るアウルにとってその事実は到底、にわかには信じ難いものであった。
 だが、先程見せた“急激な身体能力の向上”に始まり“重傷からの即復帰”。
 更にはパシエンスてにではあるが聞かされた、一般兵を殺害し親友のアイネですら手にかけようとしたという、“及んだ凶行の数々”。

 その全てがたった今エリスに告げられた
『彼女が既に人間ではない』の一言で説明がつく――。


(何か……何か他に理由が有るハズだ……)

 立ちはだかる現実から目を逸らすように、アウルは脳をフルに回転させ他の可能性を模索する。

「考えてもムダよ、アウル。認めて」

 しかし隣に立つエリスから顔色を読み取られ、念を押されるように決断を急かされてしまう。

「……っ!」

 苦虫を噛み潰さずに舌でそっと味わうかのような、そんな複雑な表情をアウルが見せる。
 認めたくないという先入観ありきの考えと認めざるを得ないという義務感が、少年の胸中で格闘していたのだった。
 だがそうこう考えている内にもピリムは起き上がり、エリスに向けて端を発す――。




「……ねえ、アタシとアウルが話していたのにどうして邪魔したの?」

 立ち上がって早々の質問。その声色は飽くまで優しいが、穏やかさを取り繕ったかのような気味の悪さが浮き彫りとなっていた。

「アウルには指一本触れさせないわ」

 だがエリスは頑なといったように、意思を示すことで応えてみせた。
 それによってピリムの目付きが、やや鋭さを増す。

「ふぅん。あんた、アウルの?」

「……よ」


 少しだけ思い留まったかのように見えたが、エリスは堂々と言い切った。

「…………」

 それを受けた少女の表情は、瞬く間に敵意が剥き出しとなっていく――。


『ちょ、エリス!? 妹っていう設定じゃ――』
『アウルは黙ってて』

 一方でアウルはピリムに聴こえぬよう小声で大きく異を唱えるが、唇に人差し指を当てられ追及を封じられてしまう。
 エリスには何か狙いがあるのか、それとも――。



「あんた、そもそもこの辺じゃ見ない顔よね? 学園にも居なかったし……何者なの?」

「そんな事どうだっていいじゃない。“私はアウルの彼女”。それ以外あなたに教える義理なんか無いわ」

 関係を強調でもさせるかの如く、エリスは声高に言う。
 当然、その受け答えは現在のピリムにとってはまさしく恰好の着火材。燻りかけていた怒りが再燃する――。


「……ああそう。じゃあ、アンタもやっぱりアタシの邪魔をするのね……!」

 狂い果てた少女の思考回路はアイネの時と同様、やはり短絡的。
 対象を障害と認識したと同時。口より先に手が、手よりも早くマナが、体内で既に練り終えられていた――。


(――“イグニ・ランツァ”)


 脳内での詠唱の直後――身長とさほど変わらない大きさの槍状の炎が四本、ピリムの小さな身体の周りへと発現した。 
 灼熱を凝縮させ、鋭く研ぎ澄まされたその燃え盛る槍は、少女の怒りを顕現させたかのよう。

「……死ねっ!」

 殺意を募らせたその一言と共に宙に浮く炎槍えんそうの一本が、意思を持ったか如くエリスへと勢い良く放たれる。
 くうを裂き、地を這うように突き進む炎槍。
 先程アウルが両断してみせた“イグニート”よりも段違いに速く、熱く、鋭かった。

「エリス――!」

「なに、アウル?」

 アウルは身を呈して庇おうと声を上げたが、エリスは返事と共に軸足でくるりとターンをするようにして炎槍を回避。槍はそのまま高速で直進し、後方に位置する頑丈な木質で造られた分厚い門を易々と貫いた。

「……っ」

 あまりにもあっさりと避けてみせたエリスを見て、アウルが絶句する。

「こんな単調な攻撃、当たるわけないでしょ?」

 殺伐とした空気に似つかわしくない可憐な表情で、クスリと微笑むエリス。しかし――。

「へぇ、避けちゃうんだぁ。スゴイね♪」

 唐突に聴こえてきたのは感嘆の声。
 その声は二人の頭上から発せられた。
 
「――っ!?」

 アウルとエリスが反射的に真上を見ると、ピリムが宙を舞っていた。
 二人に気取られることなく一瞬にして間合いを詰めてきたのも驚きだが、最大の驚きはその跳躍力だろう。
 明らかに人間離れしているその運動能力は、“人間ではない”という説へ信憑性を含ませた。

「じゃあ、これはどう?」

 先程までの怒りはどこへやら、といった風に愉しげな口調。試すようにピリムがそう言うと、今度は身体の周囲に浮かんでいた残り三本の内の二本の炎槍を、真下に位置するエリスへ向けて垂直に放つ――。

「だからそんな単調な攻撃は……」

 エリスはやれやれとした様子でひらりと身を旋回。
 モノクロのドレスのスカート部分が渦を描く。

「……当たらないって言ってるでしょ?」

 完璧な回避ダッジング
 時間差で放たれたにも関わらず、エリスは二本の炎槍を見事避けてみせた。

「……っ!」

 ピリムは二人に背中を向け、石畳へと着地。
 すると残りのあと一本の炎槍のの部分をガシッと掴み、翻るとともにエリスの横顔へと切っ先を薙ぐ。

「うわっ――」

 エリスが先に屈んで避け、アウルも続くように上体を後方へとけ反らせて槍を回避。熱波が鼻先を掠める――。

「ピリムっ、一回落ち着いて――」
「アウルは離れててっ!」

 ひとまず場を落ち着かせようとアウルは声を上げるが、イライラとした声色でピリムがそれを遮る。

「……っ!」

 ピリムは幼馴染み。エリスに至っては仮初ではあるが一応妹だ。
 そんな自身と親しい二人による戦いなど、望んでもいなければ見たくもない。
 ピリムの正体の件だって、なにもまだ断定できた訳ではなかった。

(くそっ、一体どうしたら……!)

 なぜこのような事態になったのか、アイネも交えてお互いが歩み寄って話し合えれば平和的な解決が出来る。アウルはその希望を未だ棄て切れず、信じていた――。


「――どうしたの? 私を殺したいんじゃなかったの?」

 右、左、正面と迫りくる切っ先を華麗に避け続けるエリスが、一心不乱に槍を振り乱すピリムを小馬鹿にしたように煽る。
 掴みどころの無く、ひらりひらりと避け続けるその様はどこか蝶のようにも見えた。

「どうしてっ、当たんないっ、のよっ――!」

 ピリムに槍術の心得は無い。
 いくら滅多やたらに攻撃を繰り出そうと、アウルと同等以上の反射神経を持つエリスを捉えるには、経験と技術が不足しているのは明白。槍に纏う火が被服に触れることすら出来ないのは必然に近かった。

「うぅっ……うあああぁああーーっ!」

 全くと言っていいほど当たらず、ストレスが臨界点へと達したピリム。絶叫と共に槍をかなぐり捨て、突進気味に掴みかかる――。

「――その扱いやすさが一番調だって私は言ってるのよ」

「えっ…………ぁぐっっ!」

 ピリムが掴みかかろうと手を襟元へと伸ばし、指先が布地に触れるが同時。全くの無警戒だった下顎へ、死角である真下から鞘の先端が打ち貫いた――。

「――っ!」

 仰け反るように宙を舞うピリムの顎は砕け、口から多量の赤い血が流れ出る。
 アウルはその痛ましさに思わず目を伏せてしまうが、それと同時に一つの思い当たる節が心に去来する。

(あれっ……?)

「アーウルっ」

 だが思索を巡らそうとしたところで、後片付けでも終えた子どものような無垢な声が突如。
 目を伏せていた一瞬の間に、エリスがアウルの元へ戻ってきていたのだった。

「うわ、びっくりしたぁ……」

 急に視界の大半を占めたエリスへ、アウルが戸惑う。
 すると――。

「少しの間、借りるねっ」
「はっ……?」

 エリスがパシエンスの時と同様、アウルの持っていた剣を鮮やかな手際で奪い取ってみせる。

「えっ、いつの間に……」

 不可解だと思わせる暇すら与えず、あっという間に手元から奪われた剣。
 エリスは剣を持つや否や、仰向けで倒れるピリムの元へと再び向かう。

「……? ――っ! エリス! 待って!」

 剣を持ち去っていく少女の背中を見送りつつ、アウルはようやく気付く。エリスが仕出かそうとしている所業に――。



「――ッ」

 目覚めると共に、顔の下半分から激痛。
 顎を強打されたことにより脳が揺れ、ピリムはほんの数瞬の間だけ気を失っていたのだ。

「……えっ?」

 まだぼんやりとした意識のまま上体だけを起こす。すると真っ先に目に映ったのは、剣の切っ先をこちらへ向けて悠然と立つエリスの姿だった。

「お遊びはもう終わりね。なにか言い残すことがあるのなら、聞くわよ?」

 息一つ切らさず、余裕を携えての笑み。
 非の打ち所のないほどの圧勝だろう。

「…………ッ」

 尻餅をついたまま、憎悪を滲ませたような目付きでピリムはエリスを見上げ睨む。

「何も無いのなら――」
「エリス! ちょっと待って!」

 とそこでアウルが呼び止め、剣を持つ方のエリスの小さな肩を掴む。

「……アウル、離して。これじゃ上手くトドメを刺せないじゃない」

 痛くならない程度の力加減で掴まれた肩。
 エリスはピリムへと視線を逸らすことなく、アウルに手を離すよう冷静に告げる。

「だからちょっと待ってって言ってるんだ。俺、気付いたんだ」

「なにに?」

「……ピリムは、魔神なんかじゃなく“人間”だって事に、だよ」

 エリスの顔つきが若干の変化を見せる。
 しかしそれは、驚くといった類いではなく若干の苛つきを含ませた辟易とした様相。

「まだそんなこと言うの? アウルも今の戦い見てたハズよね?」

「ああ、見てたよ。だから確信を持って言えるんだ」

「……?」

 怪訝を口には出さず、首を傾げて意思を示すエリス。
 それを受け、アウルは答えを紡ぐ。

「……ピリムの血はかった。これだけでもう説明はいらないよね? エリス」

「…………!」

 エリスの眉がぴくりと吊り上がる。
『そういえば』といった様子を、表情が物語っていた。
 戦闘に集中をしていたせいか見落としていたのだろう。

 ――そう、魔神族の血は青い。
 それが、ヒトと魔神とを見極める最大のポイントだったのだ。

「……けど、この子が犯した罪は魔神とか人間に関係なく、重いものなのよ? それはどう裁くの?」

「だから……話を聞こうよ。どうしてこんな事になったのか、ピリムの口からさ……」

 そう諭し、アウルは視線のフォーカスをピリムの方へと向ける――。



「――ねえアウル。アタシのこと、すき?」

「え?」

 視線がぶつかった途端、ピリムは砕けた顎で笑いながらそう尋ねた。
 たった今自身の命が天秤にかけられていたにも関わらず、だ。

「ねえ、すき?」

 その目は、既に正気の色を失っていた。
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