死に戻り聖女♂は冷酷公爵の執着から逃げられない~今度は死なないために、最強の魔王に身を捧げます~

葵うそ

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死神公爵、アルヴィス

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アルヴィス公爵の後に続き、リアンは城の奥へと足を踏み入れた。
外の寒さとは別の、魂が凍りつくような静寂。磨き上げられた黒大理石の床に、リアンの震える足音だけが響く。

案内されたのは、最上階にある公爵の執務室だった。
「そこに座れ」
その言葉に従い、リアンは重厚な革張りの椅子に腰を下ろす。
目の前のデスクに座るアルヴィスは、頬杖をついたまま、射抜くような赤い瞳でリアンを凝視している。

「名は何と言う」
「……リアン、です」

「リアン」

アルヴィスがわずかに指を動かすと、部屋の空気が一変した。
パチッ、と空間が爆ぜる音がし、どろりとした黒い霧のような魔力がアルヴィスの体から溢れ出す。
「うぅっ……、あ……!」
それは凄まじい毒だった。
負のエネルギーが凝縮された魔力は、ただ触れるだけで精神を汚染し、肉体を腐らせる。
前世で勇者たちが負ったどんな傷よりも、魔物が放つどんな魔力よりも、それは濃密で、凶悪な死の気配を纏っていた。

「私の魔力は、溢れ出した瞬間に周囲の命を削る。これまでに来た治癒師たちは、この気配に当てられただけで正気を失った。自らの喉を掻き切って死んだ者もいる」
アルヴィスは冷酷に告げながら、椅子から立ち上がり、ゆっくりとリアンに歩み寄った。
大きな影がリアンを覆う。
「それでも、私の『器』になると言うのか? 名もなき聖女よ」
アルヴィスの冷たい指先が、リアンの顎をくいと持ち上げた。

至近距離で見つめ合う。
アルヴィスの瞳は、深い赤に染まっている。リアンはその色を、不思議と綺麗だと思った。
(……この人は、どれだけの痛みを耐えているんだろう)
触れられた指先から、アルヴィスの内側で荒れ狂う暴走の余波が伝わってくる。
それは、気が狂ってもおかしくないほどの、焼けるような熱。
リアンは恐怖で身体を震わせながらも、逃げるどころか、自分からアルヴィスの手に自らの手を重ねた。

「……っ、う……あぁっ……!」
リアンの白い肌に、アルヴィスのどす黒い魔力が這い上がる。
身体の内側から食い破られるかのような激痛に、視界がチカチカと明滅した。
だが、リアンは唇を噛み切りながら能力を発動させる。
(食らいつけ……!引き受けるんだ……、この人のすべての毒を、僕の中に……!)

瞬間、リアンの体から光が放たれた。

アルヴィスの手から流れ込んでいたどす黒い魔力が、リアンの腕を通るたびに透き通るような魔力へと浄化され、霧散していく。
「……なに?」

アルヴィスの表情が、初めて驚きを見せた。
あれほど部屋を埋め尽くしていた重圧が、嘘のように消えていく。
それどころか、常にアルヴィスの脳を焼いていたはずの暴走の疼きが、リアンに触れている部分から確実に、静かに凪いでいくのがわかった。

「はぁっ…はぁ、はぁ……っ」
浄化を終えたリアンは、荒い息をつきながらも、真っ直ぐにアルヴィスを見上げた。
全身が激痛で痺れている。けれど、リアンはにやりと笑ってみせた。
「はぁ…っ…どうですか……アルヴィス公爵……」

アルヴィスは、信じられないものを見るかのように、自分の掌と、目の前の華奢な青年を交互に見た。
これまで器としてやってきた者たちは、皆、自分を守るために防壁を張った。そして、その防壁ごと自分の魔力に握り潰された。
だが、この青年は違う。
あろうことか、最強の魔王である自分の魔力を、無防備に、すべて自分の体内に受け入れたのだ。
そうすればどうなることか、知らぬはずがないのに。

「面白い」
アルヴィスの口角が、僅かに吊り上がった。
それは笑みというにはあまりに獰猛で、獲物を見つけた獣のような、執着の色を帯びていた。
「お前ほどの純度を持つ“聖女”を、私は他に知らない」

「……気に入った。今日からお前を、私のものとする」
その言葉を聞いた瞬間、リアンの緊張の糸が切れた。
極限の苦痛と浄化による疲労で、リアンの意識は深い闇へと沈んでいく。
倒れそうになるリアンの体をアルヴィスが乱暴に、けれど確実に抱き止めたことを、リアンは知らない。
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