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聖女の価値
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どれほどの時間が経ったのだろうか。
目を覚ましたリアンが最初に感じたのは、頬を撫でる極上のシルクの感触だった。
「……ん…」
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
視界に入ってきたのは、見慣れた安宿の薄汚れた天井ではなく、精緻な彫刻が施された高い天井と、豪華なシャンデリア。
重い体を無理やり起こそうとして、リアンは短い悲鳴をあげた。
「っ……いたっ……」
全身が悲鳴を上げる。あの時、アルヴィスの膨大な魔力を無理やり浄化し、体内に通した反動だ。
だが、痛みがあるということは、まだ生きているということ。リアンはその事実を噛み締めた。
「……目が覚めたか」
低く、地響きのような声が部屋に響いた。
リアンは驚いて声のする方へ顔を向けると、窓際のソファに深く腰掛けたアルヴィスが、紅茶のカップを片手にこちらを見ていた。
その赤い瞳に見つめられた瞬間、蛇に睨まれた蛙のように体が硬直する。
「あ……アルヴィス、様……。ここは……」
「私の寝室だ。客間に運ぶ途中で、貴様が死にそうな顔をして私の服を掴んで離さなかったものでな」
「……すみません。汚してしまったでしょうか」
「気にするな。それよりもリアン、貴様に一つ聞きたい。貴様のその力、どこで手に入れた」
場の空気が途端に変わる。重く、息が苦しくなった。
アルヴィスは音もなく立ち上がるとベッドの傍らまで歩み寄り、リアンの額に大きな掌をかざした。
「鑑定を行う。抵抗すれば魂が弾け飛ぶ。じっとしていろ」
拒否権などないに等しい。
アルヴィスの指先から、冷たい魔力がリアンの脳内へと流れ込んできた。
それは記憶や感情を土足で踏みにじるような、暴力的な侵食だった。
(……見られる。僕の隠してきたことが……全部……)
突如、リアンの視界に、自分自身のステータスが文字となって浮かび上がった。
【名:リアン】
【種族:人間/聖女】
【固有スキル:自己犠牲型浄化】
【特性:負のエネルギーへの完全耐性/苦痛の代替/器の受容】
それを見たアルヴィスの目が見開かれる。
「……サクリファイス……だと?」
通常の聖女や治癒師は、神聖な魔力を“与える”ことで対象を癒やす。
だがリアンの持つ力は、その真逆だった。
対象の毒やダメージを自分の体内に“引き受け”、自らの生命力を削りながら浄化する。それがリアンのスキルである。
これは癒やしなどという生易しいものではない。言い換えれば、ただの生贄である。
「貴様…前世で何をされた?この器の歪なまでの拡張は一朝一夕で身につくものではない。何度も死ぬ間際まで毒を溜め込み浄化し続けなければ、これほど純度の高い器にはならないはずだ」
アルヴィスの問いに、リアンの肩が小さく震える。
前世、つまりまだリアンが勇者パーティの一員だった頃。
その頃はパーティの盾として、毎日彼らの負った怪我や魔物の呪いを受け取り続け、ボロボロになっていた。
「……ただの、修行です…」
リアンは感情の無い声で答えた。今さら前の人生で裏切られたことを話しても、この冷酷な公爵には関係のないこと。リアンはそう思い、俯く。
しかし、アルヴィスはリアンの顎を乱暴に掴むと、その顔を強引に自分の方へ向けさせた。
「修行だと?笑わせるな。これは誰かに徹底的に使い潰された者のステータスだ。……貴様をここまで磨き上げたのは、あの勇者共か?」
図星だった。
アルヴィスの赤い瞳には、底知れない怒りのような炎が揺らめいている。
なぜ彼が怒るのか、リアンには分からなかった。ただの道具として使うなら、この性能は歓迎すべきもののはずなのに。
「……いいだろう。理由は追々吐かせてやる。……リアン、貴様は自分がどれほどの価値があるか理解していないようだな」
そう言うとアルヴィスは顔を近づける。鼻先が触れそうなほどの距離で、彼は蜜のように甘く、毒のように重い言葉を囁いた。
「私の、この腐り果てた魔力を、一切の拒絶なく受け入れられる人間など、この世に貴様しかいないだろう。貴様は私にとって唯一無二の食事であり、安定剤だ」
アルヴィスの手が、リアンの首筋を愛おしそうになぞる。
「たとえ貴様が死んで魂だけになろうとも、貴様を私だけのものにしてやる」
「……はい、アルヴィス様。……僕は、あなたのものです」
震える声でそう答えたリアンの言葉を、アルヴィスは逃さなかった。
「その言葉、二度と取り消すことは許さん」
アルヴィスがリアンの胸元、心臓に近い位置にそっと指先を触れる。
次の瞬間、指先から熱い波動が流れ込み、リアンは「あっ」と短く声を上げた。
白い肌の上に、まるで刺青のように複雑で禍々しい紋様が浮かび上がっていく。それはアルヴィスの魔力とリアンの魂を繋ぐ、“専属の器”としての絶対的な契約紋だった。
(熱い……。何かが、僕の中に入りこんでくるみたいな……)
これは最初、門前で見せたお試しなどではない。
アルヴィスの魔力をより効率的に、そして独占的に引き受けるための、魂の刻印。
これによってリアンは、アルヴィスの許しなく彼から離れることができず、またアルヴィスもリアンの体調や位置を常に感知できるようになる。
「これで貴様は、名実ともに私の半身となった。……この紋様がある限り、地の果てまで逃げようと必ず見つけ出し、連れ戻してやる」
アルヴィスの重苦しい、けれどどこか満足げな宣告。
その執念に満ちた瞳を見て、リアンは悟った。
自分は、生き残るために最強の味方を選んだつもりだった。
だが、それと同時に……自分は、勇者たちよりも遥かに恐ろしく、重い愛を抱えた怪物に捕まってしまったのだと。
「……っ、はい……」
胸に刻まれた熱い紋様の疼きを感じながら、リアンは深い眠りへと落ちていった。
目を覚ましたリアンが最初に感じたのは、頬を撫でる極上のシルクの感触だった。
「……ん…」
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
視界に入ってきたのは、見慣れた安宿の薄汚れた天井ではなく、精緻な彫刻が施された高い天井と、豪華なシャンデリア。
重い体を無理やり起こそうとして、リアンは短い悲鳴をあげた。
「っ……いたっ……」
全身が悲鳴を上げる。あの時、アルヴィスの膨大な魔力を無理やり浄化し、体内に通した反動だ。
だが、痛みがあるということは、まだ生きているということ。リアンはその事実を噛み締めた。
「……目が覚めたか」
低く、地響きのような声が部屋に響いた。
リアンは驚いて声のする方へ顔を向けると、窓際のソファに深く腰掛けたアルヴィスが、紅茶のカップを片手にこちらを見ていた。
その赤い瞳に見つめられた瞬間、蛇に睨まれた蛙のように体が硬直する。
「あ……アルヴィス、様……。ここは……」
「私の寝室だ。客間に運ぶ途中で、貴様が死にそうな顔をして私の服を掴んで離さなかったものでな」
「……すみません。汚してしまったでしょうか」
「気にするな。それよりもリアン、貴様に一つ聞きたい。貴様のその力、どこで手に入れた」
場の空気が途端に変わる。重く、息が苦しくなった。
アルヴィスは音もなく立ち上がるとベッドの傍らまで歩み寄り、リアンの額に大きな掌をかざした。
「鑑定を行う。抵抗すれば魂が弾け飛ぶ。じっとしていろ」
拒否権などないに等しい。
アルヴィスの指先から、冷たい魔力がリアンの脳内へと流れ込んできた。
それは記憶や感情を土足で踏みにじるような、暴力的な侵食だった。
(……見られる。僕の隠してきたことが……全部……)
突如、リアンの視界に、自分自身のステータスが文字となって浮かび上がった。
【名:リアン】
【種族:人間/聖女】
【固有スキル:自己犠牲型浄化】
【特性:負のエネルギーへの完全耐性/苦痛の代替/器の受容】
それを見たアルヴィスの目が見開かれる。
「……サクリファイス……だと?」
通常の聖女や治癒師は、神聖な魔力を“与える”ことで対象を癒やす。
だがリアンの持つ力は、その真逆だった。
対象の毒やダメージを自分の体内に“引き受け”、自らの生命力を削りながら浄化する。それがリアンのスキルである。
これは癒やしなどという生易しいものではない。言い換えれば、ただの生贄である。
「貴様…前世で何をされた?この器の歪なまでの拡張は一朝一夕で身につくものではない。何度も死ぬ間際まで毒を溜め込み浄化し続けなければ、これほど純度の高い器にはならないはずだ」
アルヴィスの問いに、リアンの肩が小さく震える。
前世、つまりまだリアンが勇者パーティの一員だった頃。
その頃はパーティの盾として、毎日彼らの負った怪我や魔物の呪いを受け取り続け、ボロボロになっていた。
「……ただの、修行です…」
リアンは感情の無い声で答えた。今さら前の人生で裏切られたことを話しても、この冷酷な公爵には関係のないこと。リアンはそう思い、俯く。
しかし、アルヴィスはリアンの顎を乱暴に掴むと、その顔を強引に自分の方へ向けさせた。
「修行だと?笑わせるな。これは誰かに徹底的に使い潰された者のステータスだ。……貴様をここまで磨き上げたのは、あの勇者共か?」
図星だった。
アルヴィスの赤い瞳には、底知れない怒りのような炎が揺らめいている。
なぜ彼が怒るのか、リアンには分からなかった。ただの道具として使うなら、この性能は歓迎すべきもののはずなのに。
「……いいだろう。理由は追々吐かせてやる。……リアン、貴様は自分がどれほどの価値があるか理解していないようだな」
そう言うとアルヴィスは顔を近づける。鼻先が触れそうなほどの距離で、彼は蜜のように甘く、毒のように重い言葉を囁いた。
「私の、この腐り果てた魔力を、一切の拒絶なく受け入れられる人間など、この世に貴様しかいないだろう。貴様は私にとって唯一無二の食事であり、安定剤だ」
アルヴィスの手が、リアンの首筋を愛おしそうになぞる。
「たとえ貴様が死んで魂だけになろうとも、貴様を私だけのものにしてやる」
「……はい、アルヴィス様。……僕は、あなたのものです」
震える声でそう答えたリアンの言葉を、アルヴィスは逃さなかった。
「その言葉、二度と取り消すことは許さん」
アルヴィスがリアンの胸元、心臓に近い位置にそっと指先を触れる。
次の瞬間、指先から熱い波動が流れ込み、リアンは「あっ」と短く声を上げた。
白い肌の上に、まるで刺青のように複雑で禍々しい紋様が浮かび上がっていく。それはアルヴィスの魔力とリアンの魂を繋ぐ、“専属の器”としての絶対的な契約紋だった。
(熱い……。何かが、僕の中に入りこんでくるみたいな……)
これは最初、門前で見せたお試しなどではない。
アルヴィスの魔力をより効率的に、そして独占的に引き受けるための、魂の刻印。
これによってリアンは、アルヴィスの許しなく彼から離れることができず、またアルヴィスもリアンの体調や位置を常に感知できるようになる。
「これで貴様は、名実ともに私の半身となった。……この紋様がある限り、地の果てまで逃げようと必ず見つけ出し、連れ戻してやる」
アルヴィスの重苦しい、けれどどこか満足げな宣告。
その執念に満ちた瞳を見て、リアンは悟った。
自分は、生き残るために最強の味方を選んだつもりだった。
だが、それと同時に……自分は、勇者たちよりも遥かに恐ろしく、重い愛を抱えた怪物に捕まってしまったのだと。
「……っ、はい……」
胸に刻まれた熱い紋様の疼きを感じながら、リアンは深い眠りへと落ちていった。
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