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雨の日の訪問者
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雨がしんしんと降って屋根を削る。普段から少ない来店者が、今日はさらに少なくなってしまった。こころなしか温かみを売りにしたオレンジ色の照明も、ただ薄暗いだけに感じた。雨の日にこんな小さな個人経営の店に来る人などいないに等しい。
早めに店を閉めようかとため息をついた時、来客があった。
「山下様、いらっしゃいませ」
私は席をたち、入り口まで迎え入れる。
「やぁ、久しく会ってなかったね」
上品なスーツを見にまとい、おしとやかな奥様と共に来店したのは、常連の山下様だ。いつもの穏やかな微笑みで、店にも明るさが戻る。
「息子が仕事で海外に引っ越すことになってね。それの手伝いでなかなか来れなかったんだ」
「海外にお仕事とは大変ですね。どうぞ席にお座りください。今日は何をお探しですか?」
私はコーヒーを入れながら席に促す。山下様の好みは砂糖少なめで、奥様はミルク多めだ。
「息子の引っ越し祝いに何かあげようかと思うんだが、あれはあるかな?」
あれ、とは前に山下様がお買いになったものをさしている。
「もちろんです。私の力作ですので、お気に召して頂けましたのなら幸いです」
「ええ、この前家にいらした友達もお褒めしていましたわ。綺麗ですねって」
奥方がにっこりと微笑む。その笑顔を見ると、作って良かったと思う。
「息子もこれが欲しいってうるさいのよ」
「嬉しい限りです。今持ってきますね」
「お店に置いてあるのも見させていただくよ」
「ごゆっくりどうぞ」
ここはアンティークショップだ。特に洋物を取り揃えている。山下様のように気に入っていただき常連へなる人も多く、なんとか経営できている。客足は少なくとも、一つひとつの質も値段も高く、一度売れると暫くは暮らせる。
「持ってまいりました。三つの中からお選びください」
「これまた素晴らしい花だねぇ」
私が持ってきたのは骨だ。もちろんそのまま出す訳ではない。知り合いの猟師からもらった鼠や鳥の骨を使って、花を作る。
「菊、鈴蘭、紫陽花を今回は作ってみました。どうぞ近くでご覧になってください」
「まぁ、紫陽花の小さな花も丁寧に一つずつ作られているのですね」
「はい。紫陽花は鹿の中手骨を使って作りました。中手骨を薄くスライスしたものを五、六枚重ねて、いくつもを集めました」
「本当に手が込んでいるね。鈴蘭はどこの部位なのかな」
「猿の指です。猿の指を細かく切断していき、あばら骨の茎につけていきました」
なるほど、と相槌をうっている時、奥方が微笑んだ。
「菊も鈴蘭も捨てがたいけど、やっぱり紫陽花が凝っているし素敵だわ」
「うん、そうだね。紫陽花を買うとしよう」
「包装はどういたしますか?」
「プレゼントだから、豪華にしてもらいたいね。それとこれも買おうと思う」
そう言いながら古い錠前も持ってきた。私はそれを受け取り、骨花を包装する。紫陽花をイメージするような青と紫のグラデーションのリボンと、ゴールドのリボンを二重にして飾り付ける。それを慎重に撥水加工の紙袋に入れる。錠前もビニールに包み、小さめの紙袋に入れる。
「お待たせしました」
「おお、ありがとう。代金はこれで」
封筒に入ったお金を受け取る。
「今、錠前作りに嵌まっているから、今度力作が出来たら持ってくるよ」
「ありがとうございます。いつも山下様の作品は人気なので、とても嬉しいです」
そう言うと微笑んで、また来るよ、と言ってお帰りになった。音楽がとまったように、一気に店内が静かになった。
「よし、閉めるか」
誰に言うわけでもなく、一人で息をつく。
「もう閉めるのか」
入口に立つソイツはもう一度言う。高級なスーツに身を包み、痩身の好青年の見かけをしているが、中身はとても黒い。最近文房具店でみた、漆黒ブラックの絵具より黒い。
本当は相手などしたくない。が、体が勝手に彼を店に入れてしまう。
「何しに来たんだ?」
ようやく出した言葉が、震えていないことに安堵した。
「そう邪険にするなって。俺はただ依頼を持ってきただけだって」
私は片眉をあげた。お客様からの依頼で作って欲しいものがあれば極力引き受けるが、ソイツが依頼をするのは初めてだった。
早めに店を閉めようかとため息をついた時、来客があった。
「山下様、いらっしゃいませ」
私は席をたち、入り口まで迎え入れる。
「やぁ、久しく会ってなかったね」
上品なスーツを見にまとい、おしとやかな奥様と共に来店したのは、常連の山下様だ。いつもの穏やかな微笑みで、店にも明るさが戻る。
「息子が仕事で海外に引っ越すことになってね。それの手伝いでなかなか来れなかったんだ」
「海外にお仕事とは大変ですね。どうぞ席にお座りください。今日は何をお探しですか?」
私はコーヒーを入れながら席に促す。山下様の好みは砂糖少なめで、奥様はミルク多めだ。
「息子の引っ越し祝いに何かあげようかと思うんだが、あれはあるかな?」
あれ、とは前に山下様がお買いになったものをさしている。
「もちろんです。私の力作ですので、お気に召して頂けましたのなら幸いです」
「ええ、この前家にいらした友達もお褒めしていましたわ。綺麗ですねって」
奥方がにっこりと微笑む。その笑顔を見ると、作って良かったと思う。
「息子もこれが欲しいってうるさいのよ」
「嬉しい限りです。今持ってきますね」
「お店に置いてあるのも見させていただくよ」
「ごゆっくりどうぞ」
ここはアンティークショップだ。特に洋物を取り揃えている。山下様のように気に入っていただき常連へなる人も多く、なんとか経営できている。客足は少なくとも、一つひとつの質も値段も高く、一度売れると暫くは暮らせる。
「持ってまいりました。三つの中からお選びください」
「これまた素晴らしい花だねぇ」
私が持ってきたのは骨だ。もちろんそのまま出す訳ではない。知り合いの猟師からもらった鼠や鳥の骨を使って、花を作る。
「菊、鈴蘭、紫陽花を今回は作ってみました。どうぞ近くでご覧になってください」
「まぁ、紫陽花の小さな花も丁寧に一つずつ作られているのですね」
「はい。紫陽花は鹿の中手骨を使って作りました。中手骨を薄くスライスしたものを五、六枚重ねて、いくつもを集めました」
「本当に手が込んでいるね。鈴蘭はどこの部位なのかな」
「猿の指です。猿の指を細かく切断していき、あばら骨の茎につけていきました」
なるほど、と相槌をうっている時、奥方が微笑んだ。
「菊も鈴蘭も捨てがたいけど、やっぱり紫陽花が凝っているし素敵だわ」
「うん、そうだね。紫陽花を買うとしよう」
「包装はどういたしますか?」
「プレゼントだから、豪華にしてもらいたいね。それとこれも買おうと思う」
そう言いながら古い錠前も持ってきた。私はそれを受け取り、骨花を包装する。紫陽花をイメージするような青と紫のグラデーションのリボンと、ゴールドのリボンを二重にして飾り付ける。それを慎重に撥水加工の紙袋に入れる。錠前もビニールに包み、小さめの紙袋に入れる。
「お待たせしました」
「おお、ありがとう。代金はこれで」
封筒に入ったお金を受け取る。
「今、錠前作りに嵌まっているから、今度力作が出来たら持ってくるよ」
「ありがとうございます。いつも山下様の作品は人気なので、とても嬉しいです」
そう言うと微笑んで、また来るよ、と言ってお帰りになった。音楽がとまったように、一気に店内が静かになった。
「よし、閉めるか」
誰に言うわけでもなく、一人で息をつく。
「もう閉めるのか」
入口に立つソイツはもう一度言う。高級なスーツに身を包み、痩身の好青年の見かけをしているが、中身はとても黒い。最近文房具店でみた、漆黒ブラックの絵具より黒い。
本当は相手などしたくない。が、体が勝手に彼を店に入れてしまう。
「何しに来たんだ?」
ようやく出した言葉が、震えていないことに安堵した。
「そう邪険にするなって。俺はただ依頼を持ってきただけだって」
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