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第五部 薬師学校の先生になります!?
第10話『薬師、同類と出会う その1』
しおりを挟む校内を一通り案内してもらったあと、ルシアン先生と一緒に教室へと向かう。
わたしが担当するのは五年生――最高学年のクラスだ。
クラス名簿を確認したところ、生徒たちは全員15歳。そこまでわたしと歳が離れていない。
「先に生徒たちに説明をしてきますので、合図をしたらお入りください」
やがて教室の入口にたどり着くと、ルシアン先生はわたしを廊下に残し、中へ入っていった。
「おはようございます。今日は皆さんにお知らせがありまして――」
ややあって、扉の向こうから聞こえてきたルシアン先生の言葉に耳を傾けるも……聞こえてくるのは彼の声だけだった。
生徒たちからの反応は、今のところない。
……半年後に薬師免許試験を控えているということもあるし、きっと真面目な子たちばかりなのだろう。
……そうだよね?
「それでは、お入りいただきます。皆さん、拍手でお迎えください」
そんな声が聞こえ、わたしは大きく深呼吸をする。
それから扉を開けて、教室へと足を踏み入れた。
……直後、わたしは謎の浮遊感に襲われる。
「はうっ!?」
次の瞬間には、顔面から床に突っ込んでいた。
や、やってしまった……まさか、入ってすぐ段差があるなんて。
「エ、エリン先生、大丈夫です、か……?」
「は、はひ……」
ルシアン先生の声に、鼻を押さえながら身を起こす。
直後、生徒たちから奇異の視線が向けられていることに気づく。
こんな登場の仕方をすれば、そんな反応になるよね。うぅ……。
頑張れエリン、負けるなエリン……心の中で唱えつつ、わたしは服についたホコリをはらい、ルシアン先生の隣に並び立つ。
「エリン・ハーランド先生です。皆さんと年齢が近いですが、失礼のないように」
ルシアン先生は何事もなかったかのように話を進めてくれる。
わたしはもう一度深呼吸をし、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。
「それではエリン先生、簡単な挨拶をお願いできますか」
「あっ、はい……」
続いてそう言われ、わたしは一歩前に出る。
挨拶があるのは予想通りだ。早くに原稿を用意して、何度も練習している。
「えっと、その……エ、エリン・ハーランドでしゅ。よ、よろしくお願いします」
……何度も練習しているけど、うまくいくとは限らない。
緊張のせいか、丸暗記したはずの挨拶文はまったく出てこず、噛み噛みだった。声が小さすぎて、生徒たちの耳に届いたどうかも疑わしい。
わたしは改めてクラスを見渡す。
生徒たちの表情は様々だったけど、哀れみや怪訝といった、マイナスの感情を帯びた視線がわたしに向けられている。
人見知りのわたしは、そんな感情を繊細に読み取ってしまうのだ。
……そんな中、一人だけ目を輝かせてわたしを見る女生徒がいた。
一番奥の窓際に座るその少女は、時折吹き込む風に肩ほどまでの銀髪を揺らしている。
満月を思わせる金色の瞳をしていて、顔立ちには幼さが残る。
それでも、どこか高貴な雰囲気を醸し出していた。
あの子は、確か……。
「……先生、この方、本当に大丈夫なのですか?」
そんなことを考えていた矢先、最前列に座っていた別の女生徒が立ち上がり、いぶかしげな視線を向けてきた。
先程のルシアン先生の言葉を完全に無視した発言に一瞬驚くも、先生が注意する様子はない。
アプリコットを思わせる鮮やかなオレンジ色の髪と瞳。あらかじめクラス名簿に目を通していたわたしは、その子の正体に気づいた。
サンドラ・クラーク……クラーク家の長女で、貴族の出身だ。
このクラスは平民から貴族まで、あらゆる身分の人間が集まっているのだけど……彼女はその中でも、最も格式の高い家の出身だ。
貴族の発言だから、ルシアン先生も簡単に咎めることはできないのかもしれない。
王立薬師学校の生徒は学業の名のもとに平等で、校内では身分も関係ない……ミレイユ学校長先生はそう言っていたけど、理想と現実は違うようだ。
「クラーク嬢、エリン先生は特級薬師免許を持っておられます。その名声は社交界にも知れ渡っているのではありませんか?」
ルシアン先生がそう口にすると、教室がざわついた。
「え、特級薬師免許?」
「うそでしょ……?」
さっきまで向けられていた奇異な視線が一転、尊敬の眼差しへと変わっていく。
特級薬師免許の所持者は、国内に数えるほどしかいない……ミラベルさんもそう言っていたし、生徒たちの反応も理解できる。
「そ、そうでしたか。それは失礼を」
なんともばつが悪そうな表情で、サンドラ様は腰を落ち着けた。
わかってくれたようで嬉しいけど……これはこれで、反応に困る。
……まぁ、当初はどうなることかと思ったけど、挨拶を含めてなんとか乗り切ったし。これで一安心だ。
「それではエリン先生のすごさも伝わったところで、質疑応答と参りましょうか」
「えっ」
続いたルシアン先生の言葉に、わたしは背中に冷たいものが流れた。
……そんな。なんとか乗り切ったと思ったのに。
「はい先生、質問です!」
わたしが絶望しているとはつゆ知らず、一人の男子生徒が元気に挙手する。
「どうぞ、コルネウス」
「エリン先生、彼氏はいるんですか!?」
「えっ、彼氏ぃ!?」
心の準備をするよりも早く投げかけられた質問に、わたしはしどろもどろになる。
「い、いいいい、いませんっ」
視線を泳がせながら答える。いきなりなんて質問をしてくるのだろう。
「コルネウス、質問するにしても、もっと真面目な質問をしなさい」
「ルシアン先生、俺は至って真面目ですよ! だって、めちゃくちゃ美人じゃないですか!」
男子生徒が叫ぶように言うと、クラス中に笑い声が広がる。
「コルネウスはお調子者だからねー」
ケラケラと笑うのは、ブロンドの髪をポニーテールに結った少女だ。
「さすがはクラス委員長のマルト嬢、よくわかっていますね。それでは、エリン先生に質問をどうぞ」
「え、あたし? そうだなぁ……趣味とか?」
「しゅ、趣味は読書です……」
「おおー、フィオナと同じだ!」
ポニーテールの少女は笑顔を崩さずに言って、窓際の席に座る少女へ視線を移す。
「えっ……いや、わたしは、その……」
次の瞬間、その少女はか細い声でもごもごと何か言って、そのままうつむいてしまった。
「……すみません。せっかく特級薬師免許をお持ちの方がいるというのに、生徒たちときたら」
その直後、ルシアン先生は申し訳なさそうな顔でそう口にする。
「い、いえ」
わたしも反応に困り、短く言葉を返す。
それを見て潮時と思ったのか、彼は教科書を取り出した。
「それでは、そろそろ本日の授業を始めましょう。委員長、号令をお願いします」
そして教卓を裏表紙でトントンと叩くと、凛とした声で言った。
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