31 / 91
第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第15話『薬師、薬を配る 後編』
しおりを挟む
「……おや、そこにいるのは、いつぞやの薬師様ではありませんか」
振り返ってみると、そこには以前、心臓の薬を作ってあげたおじいさんが立っていた。
「あ、その節はどうも……あのあと、お加減はいかがですか」
「ええ、おかげさまでなんとか。ところで、何をされているのですか」
「えっと、実は……」
不思議そうな顔をするおじいさんに、わたしはこれまでの経緯を話して聞かせる。
「……なるほどなるほど。薬師様の薬を受け取らないとは、無知は罪ですな。ひとつ、いただけますか」
おじいさんはうんうんと頷いたあと、手を差し出してきた。
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです。あなたの薬の効能は、私が身をもって体験済みですからな」
冗談めかして言い、彼はわたしの手から薬を受け取ってくれる。
「おい、ローダリーのじーさん、その薬、怪しくないのか?」
「いくらタダだからって、何が入ってるかわかったもんじゃないよ。やめときなよ」
直後、その様子を遠巻きに見ていた群衆から声が飛んでくる。
「何を言いますか。この方は国家公認工房の薬師様ですぞ。私の胸の薬も、彼女が作ってくれたのです」
そんな人々に向け、おじいさんはぴしゃりと言い放った。
『国家公認工房』の単語を聞いた途端、彼らの顔色が明らかに変わる。
「え、国家公認工房の薬師様が、どうしてこんなところに?」
「でも、ローダリーさんが言うんなら、間違いないよ」
顔を見合わせながら口々にそう言ったあと、彼らは一人、また一人とわたしたちのほうへ歩いてくる。
「その……さっきは怪しいなんて言って申し訳なかった。その薬、俺たちにも分けてもらえないだろうか」
「は、はいっ。どうぞ」
「わ、私にもください」
「俺にもくれないか。妻と子どもが苦しんでるんだ」
「た、たくさんありますから、落ち着いてください」
「そうだよー。エリンさんがいっぱい用意してきたから、並んで並んでー!」
「順番ですよー!」
呆気にとられながら一連の流れを見守っていたわたしたちは、それから我に返ったように薬を配り始める。完全に人の流れが変わっていた。
……それを見て満足したのか、おじいさんはいつの間にかその姿を消していた。
その後も皆で協力して、押し寄せる人々に薬を配る。
薬を受け取った彼らは心底安心した様子で、何度もお礼を言って去っていく。
その誰もが笑顔で、わたしも胸の中が温かくなっていた。
「……おいおい、何してくれちゃってるんだよ」
そんな気持ちに水を注すような不機嫌な声が、群衆の中から聞こえてくる。
続いて人波が割れ、一人の男性が姿を現す。
「人の工房の前で、タダで薬を配るなんてよ。営業妨害以外の何物でもないぞ」
憎々しげに舌打ちをしながら言うのは、フランティオ工房の工房長だった。
思えば、先程まで工房の前にあった列は完全に消えている。不審に思って工房から出てきたのだろう。
「えっと、あの、その」
その怒気に満ちた声に気圧され、わたしはしどろもどろになってしまう。
「薬の需要に対して、明らかに供給が追いついていないと伺いまして。ノーハット伯爵様の指示で、不足分の薬を配っていたのですが」
そんなわたしの前にクロエさんが滑るように割って入り、笑顔でそう言った。
「余計なことしやがって……薬はまだまだ作るんだよ。おかげで儲けが減っちまったじゃねーか」
「儲け……? おかしいですねー。確か、フランティオ工房にノーハット家からかなりの額の補助金が出ているはずですが。それこそ、薬材の購入費用を差し引いても余りあるほどの」
わたしたちが調合作業をしている間に、食中毒事件の調査資料に目を通したのだろう。クロエさんがわざとらしくそう口にしていた。
「その補助金で売り上げを補い、薬は無料で配布する……そんな決まりになっていたはずですが」
「う、うるせぇ。工房経営は大変なんだよ。経費がかかるんだよ。経費が」
痛いところを突かれたのか、彼は鼻息荒く言う。
けれど、わたしたちだって王都では工房を経営している。そんな言葉では誤魔化されない。
「……つまり、この人は金の亡者ってことですね!」
ここに来て、スフィアが決定的な一言を放っていた。だから、そんな言葉どこで覚えてくるの。
「こ、このガキ。大人に向かって……調子に乗るんじゃねぇ!」
次の瞬間、彼は顔を真っ赤にし、拳を振り上げた。
「ス、スフィア!」
わたしはとっさにスフィアに飛びつき、彼女を庇う。そして目をつぶり、やってくるであろう痛みに備える。
……けれど、その衝撃はいつになってもやってこなかった。
「はいはーい。子どもに手を上げるほうが大人気ないよー」
「い、いててて、何しやがる!?」
続いて、そんな声がした。恐る恐る目を開けると、マイラさんが工房長の男性を地面に組み伏せていた。
「えへへー、たまには用心棒として仕事しないとねー」
抱き合ったわたしとスフィアが目を丸くするのを見て、マイラさんはどこか誇らしげな顔をした。
「おじさん、ここで喋ってる暇があったら、お薬作ったらー? そのほうが、少しは街のためになると思うなー」
工房長の男性を開放しながら、マイラさんは笑顔で言う。
「ちっ……」
その時、周囲の人々からの視線に気づいたのか、彼は悪態をつきながら工房へと戻っていった。
「さて、残りの薬も配ってしまいましょう。皆さん、お騒がせしました」
そんな彼の姿が見えなくなったあと、クロエさんが胸の前で手を叩き、満面の笑みで言う。
それによって、それまでの微妙な空気が一気に取り払われた気がした。
さすが商人さんだ……なんで考えつつ、わたしは薬の配布を再開したのだった。
振り返ってみると、そこには以前、心臓の薬を作ってあげたおじいさんが立っていた。
「あ、その節はどうも……あのあと、お加減はいかがですか」
「ええ、おかげさまでなんとか。ところで、何をされているのですか」
「えっと、実は……」
不思議そうな顔をするおじいさんに、わたしはこれまでの経緯を話して聞かせる。
「……なるほどなるほど。薬師様の薬を受け取らないとは、無知は罪ですな。ひとつ、いただけますか」
おじいさんはうんうんと頷いたあと、手を差し出してきた。
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです。あなたの薬の効能は、私が身をもって体験済みですからな」
冗談めかして言い、彼はわたしの手から薬を受け取ってくれる。
「おい、ローダリーのじーさん、その薬、怪しくないのか?」
「いくらタダだからって、何が入ってるかわかったもんじゃないよ。やめときなよ」
直後、その様子を遠巻きに見ていた群衆から声が飛んでくる。
「何を言いますか。この方は国家公認工房の薬師様ですぞ。私の胸の薬も、彼女が作ってくれたのです」
そんな人々に向け、おじいさんはぴしゃりと言い放った。
『国家公認工房』の単語を聞いた途端、彼らの顔色が明らかに変わる。
「え、国家公認工房の薬師様が、どうしてこんなところに?」
「でも、ローダリーさんが言うんなら、間違いないよ」
顔を見合わせながら口々にそう言ったあと、彼らは一人、また一人とわたしたちのほうへ歩いてくる。
「その……さっきは怪しいなんて言って申し訳なかった。その薬、俺たちにも分けてもらえないだろうか」
「は、はいっ。どうぞ」
「わ、私にもください」
「俺にもくれないか。妻と子どもが苦しんでるんだ」
「た、たくさんありますから、落ち着いてください」
「そうだよー。エリンさんがいっぱい用意してきたから、並んで並んでー!」
「順番ですよー!」
呆気にとられながら一連の流れを見守っていたわたしたちは、それから我に返ったように薬を配り始める。完全に人の流れが変わっていた。
……それを見て満足したのか、おじいさんはいつの間にかその姿を消していた。
その後も皆で協力して、押し寄せる人々に薬を配る。
薬を受け取った彼らは心底安心した様子で、何度もお礼を言って去っていく。
その誰もが笑顔で、わたしも胸の中が温かくなっていた。
「……おいおい、何してくれちゃってるんだよ」
そんな気持ちに水を注すような不機嫌な声が、群衆の中から聞こえてくる。
続いて人波が割れ、一人の男性が姿を現す。
「人の工房の前で、タダで薬を配るなんてよ。営業妨害以外の何物でもないぞ」
憎々しげに舌打ちをしながら言うのは、フランティオ工房の工房長だった。
思えば、先程まで工房の前にあった列は完全に消えている。不審に思って工房から出てきたのだろう。
「えっと、あの、その」
その怒気に満ちた声に気圧され、わたしはしどろもどろになってしまう。
「薬の需要に対して、明らかに供給が追いついていないと伺いまして。ノーハット伯爵様の指示で、不足分の薬を配っていたのですが」
そんなわたしの前にクロエさんが滑るように割って入り、笑顔でそう言った。
「余計なことしやがって……薬はまだまだ作るんだよ。おかげで儲けが減っちまったじゃねーか」
「儲け……? おかしいですねー。確か、フランティオ工房にノーハット家からかなりの額の補助金が出ているはずですが。それこそ、薬材の購入費用を差し引いても余りあるほどの」
わたしたちが調合作業をしている間に、食中毒事件の調査資料に目を通したのだろう。クロエさんがわざとらしくそう口にしていた。
「その補助金で売り上げを補い、薬は無料で配布する……そんな決まりになっていたはずですが」
「う、うるせぇ。工房経営は大変なんだよ。経費がかかるんだよ。経費が」
痛いところを突かれたのか、彼は鼻息荒く言う。
けれど、わたしたちだって王都では工房を経営している。そんな言葉では誤魔化されない。
「……つまり、この人は金の亡者ってことですね!」
ここに来て、スフィアが決定的な一言を放っていた。だから、そんな言葉どこで覚えてくるの。
「こ、このガキ。大人に向かって……調子に乗るんじゃねぇ!」
次の瞬間、彼は顔を真っ赤にし、拳を振り上げた。
「ス、スフィア!」
わたしはとっさにスフィアに飛びつき、彼女を庇う。そして目をつぶり、やってくるであろう痛みに備える。
……けれど、その衝撃はいつになってもやってこなかった。
「はいはーい。子どもに手を上げるほうが大人気ないよー」
「い、いててて、何しやがる!?」
続いて、そんな声がした。恐る恐る目を開けると、マイラさんが工房長の男性を地面に組み伏せていた。
「えへへー、たまには用心棒として仕事しないとねー」
抱き合ったわたしとスフィアが目を丸くするのを見て、マイラさんはどこか誇らしげな顔をした。
「おじさん、ここで喋ってる暇があったら、お薬作ったらー? そのほうが、少しは街のためになると思うなー」
工房長の男性を開放しながら、マイラさんは笑顔で言う。
「ちっ……」
その時、周囲の人々からの視線に気づいたのか、彼は悪態をつきながら工房へと戻っていった。
「さて、残りの薬も配ってしまいましょう。皆さん、お騒がせしました」
そんな彼の姿が見えなくなったあと、クロエさんが胸の前で手を叩き、満面の笑みで言う。
それによって、それまでの微妙な空気が一気に取り払われた気がした。
さすが商人さんだ……なんで考えつつ、わたしは薬の配布を再開したのだった。
213
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。