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第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』
第3話『簡易宿泊所と、旅猫のミナ』
しおりを挟む青柳さんの飼い猫――ミナが入ったキャリーバッグを両手で持ち、あたしは島の中を進んでいく。
港の正面にある階段を登り、石垣や建物に挟まれた細い路地をいくつも通る。
やがて見えてきた古民家カフェを目印に横道を進み、狭い階段を登った先にあるのが、おじーちゃんが経営する簡易宿泊所『しまねこ』だ。
あくまで簡易宿泊所なので、基本食事はなし。台所はついているから、きちんと後片付けをしてくれるのなら宿泊者たちで料理をしてもらって構わないらしい。
また、部屋数は多いので、日中は休憩所として使えるスペースも用意してある。
佐苗島には冷暖房が完備された休憩所が少ないので、気兼ねなく利用してほしい……という、おじーちゃんの心遣いだった。
「いやー、圭介くん、久しぶりだね」
「月島さん、どうも。ご無沙汰しています」
その玄関にはおじーちゃんが待っていて、さっそく青柳さんを迎え入れてくれる。
「東京からこの島に来るのは、なかなかに大変だったろう」
「ミナがいるので、基本は電車移動でしたから。飛行機が使えれば楽だったんでしょうけど」
「はは、猫に飛行機はハードルが高いね。とりあえず荷物を置いたらいい。中を案内しよう」
玄関から廊下を進んだ先にある広い居間へ足を進めながら、おじーちゃんと青柳さんがそんな話をする。
「最後に来たのは、3年ほど前だったかな? さすがに小夜のことは知らないだろう?」
「そうですね。大学卒業直前の冬に来たのが最後です。お孫さんとは初めてお会いしました」
フローリングの上に大きなリュックを下ろしながら、青柳さんが言う。あたしはそのすぐ近くに、ミナの入ったキャリーバッグを置いた。
「ありがとう。ごめんね。持たせちゃって」
「いえいえー。軽かったですし、気にしないでくださいー」
申し訳なさそうな顔をする彼に笑顔で一礼して、あたしはその場を離れ、台所へ向かう。
確か冷蔵庫に麦茶が入っていたはずだし、青柳さんに飲んでもらおう。
「……島に新たな猫が来た。先のテンメンジャンに加えて、賑やかになるのは良いこと」
その台所には、特徴的なかぎしっぽを持つ、大きな茶白猫がいた。
「トリコさん……あんた、いつからいたの?」
「朝から。玄関扉、開けっ放しになっていたからね。視察に来た」
そう言いながら、彼女は大きなあくびをした。冒険とか探検と言わないあたり、年長者という気がする。
「気が済んだら帰りなさいよー。今日からここ、お客さんが泊まるんだから」
「知ってる。夏の間、ここに寝泊まりするらしいね。避暑か、あるいは療養かな」
「そりゃ前者でしょー。ま、島も日中は決して涼しいとは言えないけど……都会よりマシじゃない?」
そう言葉を返すと、トリコさんはしっぽの先だけを軽く動かし、ごろんと床に寝そべる。台所の床は冷たいし、気持ちいいのかもしれない。
あたしはそんな彼女を横目に見つつ、人数分の麦茶を入れたのだった。
◇
「良い建物ですね。立地もいいし、景色も絵になる。気に入りました」
麦茶の入ったグラスをおぼんに載せて居間に戻ると、青柳さんとおじーちゃんは窓の外を眺めつつ、楽しそうに話をしていた。
トリコさんと話しているうちに、その案内はほぼ終わったようだ。
「麦茶どうぞー」
その二人に麦茶を出して、あたしも適当な場所に腰を下ろす。
すると、ミナが入ったキャリーバッグが目に留まった。
「ああ、そろそろ出してあげようかな」
あたしの視線の先を追ったのか、直後に青柳さんがそう言ってバッグの口を開く。
けれど、ミナは奥のほうでじっとしていて、出てくる気配はなかった。まさに借りてきた猫状態だ。
「はは、この家は別の猫の匂いもついているからね。そのうち出てきてくれると思うよ」
ミナの様子を見ながら、おじーちゃんが笑いながらそう口にする。
「そうだといいんですが……あ」
そう相槌を打っていた青柳さんが、何か思いだしたように言葉を詰まらせる。
「月島さん、申し訳ないんですが、ミナのエサを買わせていただけないでしょうか。さすがに東京から持ってくるわけにもいかなくて」
「もちろんさ。しまねこカフェにたくさんあるから、好きなだけ持っていくといい」
「いただいちゃっていいんですか? ありがとうございます」
二人はそんな会話をしつつ立ち上がり、手にしていた麦茶を飲み干す。そしてあたしを見た。
「僕たちは今からしまねこカフェに行くけど、小夜はどうするんだい?」
「あー、あたし、麦茶片付けてから行くわ」
そう言って、空になっていたお盆をおじーちゃんたちに向ける。意図を察したのか、二人はほぼ同時にコップを置いてくれた。
「麦茶、ごちそうさま。洗い物まで任せちゃって、ごめんね」
そう言いながらカメラを首にかけると、青柳さんは軽く手を上げて、おじーちゃんと一緒に簡易宿泊所をあとにしていく。
残されたあたしは再び台所へ向かうと、さっさと洗い物を済ませる。
それからまだ台所で横になっていたトリコさんに声をかけると、彼女とともに居間へと舞い戻った。
「ほらあんた。ちょっと出てきなさいよ。別に襲ったりしないから」
「その通り。この島の猫は基本、穏やかな性格だ」
そしてトリコさんと並びながら、キャリーバッグの最奥にいるミナに語りかける。
あたしがこの場に残った本当の理由は、島猫代表のトリコさんと一緒に、彼女と話をすることだった。
「悪いけど、ケイスケ以外の人間は信じないことにしてるの」
「過去に何があったのか知らないけど、この島には意地悪するような人はいないわよ」
トリコさんに向けたであろう言葉にあたしが反応すると、ミナはその黄色い目を見開いた。
「……アナタ、猫の言葉がわかるの?」
「そうよー。猫の神様から授かった力なの」
「ふーん」
「あ、その顔は信じてないわねー。現に話せてるでしょーが」
少し語気を強めながら言うも、ミナはそっぽを向き、しっぽをわずかに動かしただけだった。
「サヨはこの島の猫のことなら、全て知っている。頼りになる、ボスのような存在」
あたしに続いて、トリコさんが諭すように言う。
ミナの反応は微妙だったけど、同じ猫からの言葉ということもあるのか、多少は聞く耳を持っているようだった。
「島の人間や猫たちには、ミナに意地悪しないようにあたしがよーく言っとくから、たまには外に出なさいよー。その上で、困ったことがあったらいつでも話を聞くわ」
キャリーバッグの奥を覗き込むように言うと、ミナはわずかに頷いてくれたような気がした。
それを見て、あたしは立ち上がる。
「……この島のルールについては、あとでじっくりと教えておく」
そんなあたしを見上げながら、トリコさんが頼もしいことを言ってくれた。
「よろしくねー。それじゃあたし、カフェに行ってくるから」
お互いに見つめ合う猫たちにそう声をかけてから、あたしはしまねこカフェに向かったのだった。
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