しまねことサヨ〜島と猫と、まったりスローライフ〜

川上とむ

文字の大きさ
38 / 39
第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』

第21話『旅猫と、突然の別れ』

しおりを挟む

 図書館カフェを飛び出したあたしは、目の前の石段を数段ずつ飛ばしながら港へと急ぐ。

 それにしても、青柳あおやぎさんが海上タクシーを使うとは思わなかった。
あれは島へ渡る最終便を乗り過ごしてしまった人たちが割り勘で利用するもので、まだ通常の連絡船がある時間帯に頼むなんて、よっぽどだ。

 けれど、彼が海上タクシーを予約してくれたおかげでその行動を把握することができたのだし、情報をもたらしてくれた新也しんやに感謝だった。

「……あれっ?」

 ようやく住宅地を抜けた時、背の低い防波堤の上で毛づくろいをするミナを見つけた。

「ちょっと、なんであんたがここにいるのよ。青柳さん、本土に帰るんじゃないの?」

「よく知ってるね。でも、私は帰らないよ。置いていかれたの」

 思わず話しかけると、そんな言葉が返ってきた。

「え、飼い猫を置いていくなんて……なんで?」

「ケイスケがこれから行くのは、本土の病院だから。さすがに猫は連れていけないそうよ」

「病院? あの人、どこか悪いの?」

「うん。彼は病気なの。それも、かなり悪い。長い入院と、手術が必要らしい」

「うそ……あの人、まだ二十代でしょ?」

「そう言われてもね。私にはわかるんだ。匂いっていうかさ。それで、カオルが迎えに来た」

 それまで一心不乱に毛づくろいを続けていたミナは、ゆっくりと顔を上げる。

「ケイスケはこの島が好きだから、できるだけ長く滞在したいと言っていた。でも、カオルに何日もかけて、説得されたの」

 ……ここに来て、ようやく話が読めてきた。

 青柳さんは自分の病気をひた隠しにし、恋人に黙ってこの島に来ていた。
恋人のかおるさんは青柳さんの身を案じ、ここまで追いかけてきた……ということらしい。

「だからって、あたしたちに何も言わずにいなくなるの?」

「それを言わないでよ。もしわかっていたとして、サヨに何かできる?」

「それは……できないけど」

 どこか冷静なミナに言われ、あたしは言葉に詰まる。

 あの態度からして、おじーちゃんは青柳さんの病気について知っているのだと思う。

 あたしに教えてくれなかったのは、まだ子どもだからだ。

「ミナだって、置いていかれたのよ? 寂しくないの?」

「……寂しくないと言えば嘘になるよ。文句の一つでも言ってやりたい」

 ミナは憂いを帯びた表情で、防波堤の上から港の先を見つめる。

「でも、どうしようもない。思いを伝えたくても、私には無理なの」

「あたしがいるわよ!」

 弱々しく言う彼女を見ていられず、あたしは叫んだ。

「あんたの気持ち、あたしが代弁してあげる! だから来なさい!」

 その真意に気づいたのか、目を見開いたミナをあたしは抱きかかえる。腕の中の彼女は、じっとして動かなかった。

 それを肯定と判断したあたしは、再び港に向けて走り出した。


 それからすぐに港に到着し、あたしは周囲を見回す。

 すると港の端に、見慣れない小型艇が停まっていた。

 駆け寄っていくと、そこに青柳さんと薫さんの姿があった。ギリギリ間に合ったようだ。

「青柳さーん!」

「あれ、小夜さよちゃん。それにミナも。ひょっとして見送りに来てくれた?」

 慌てて駆け寄ってきたあたしを見て、青柳さんは驚きの表情を見せるも……その口調はどこかひょうひょうとしていた。

「病気のこと、なんで隠してたんですか?」

「ああ……もしかして、月島さんから聞いちゃった?」

「別口です。島のネットワーク、甘く見ないでください」

「そっか……」

 そう伝えるも、彼は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

「まあ、そういうわけでね。急遽島を離れることになったんだ。月島さんには伝えてあるけど、ミナをよろしく」

 あたしの腕の中にいるミナを見ながら、彼はバツが悪そうに言う。病気という話を聞いたからか、その顔色も心なしか悪い気がした。

「散々お世話になった上に、ミナまで置いていくなんて、悪いとは思ってるんだけど……」

「……ケイスケ」

 その時、ミナが飼い主の名を呼んだ。

 当然ながら、その言葉は届いていない。

 けれど、その声には強い意志が感じ取れた。

 ……これは、あたしも覚悟を決めなければ。

「青柳さん、今から、ミナの言葉を伝えます」

「えっ?」

 ミナの小さな体を青柳さんの目の高さまで持ち上げて、あたしはそう口にした。

 ……この際、ヘンな子に思われたって構わない。

 今、伝えてあげなければ、一生後悔すると思ったから。

 戸惑いの表情を見せる二人を前に、あたしは大きく息を吸い込む。

 そして、ミナの言葉を全て代弁してあげた。


 ――いつもおいしいごはんをくれていること。

 ――写真に写ること、嫌いじゃなかったこと。できたら一緒に写真に写りたかったこと。

 ――病気だということに、気づいていたこと。

 ――ずっと待ってるから、必ず帰ってきてほしいこと。

 ――病気に負けるな。頑張れ、ケイスケ。


 そこには、青柳さんに対する文句なんて、ひとつもなかった。

 ただただ、愛しい飼い主に対する感謝と、深い愛情が込められた言葉が並んでいた。

 その全てを伝え終わった時、あたしは自然と涙を流していた。

「はは、ミナに励まされるなんて。まいったなぁ」

 一方の彼も目尻に涙を浮かべながら、ミナの頭を撫でる。

 その動作から、疑っている様子は微塵も感じられなかった。これで、ミナの思いは伝わったと信じたい。

「ミナは内弁慶なところがあるから、島の猫たちと仲良くやっていけるか心配だよ」

「……頑張る」

「頑張るそうです。島猫たちは皆優しいので、きっと大丈夫ですよ」

 この島の猫たちは、様々な境遇を経てこの島に来ている。

 大好きな飼い主と離れ離れになる悲しみをわかっている子も多いし、きっとミナのことも受け入れてくれるはずだ。

「はは、じゃあ、僕も頑張らないとね。ミナにばかり気苦労はかけられないし」

 そう言って、彼は笑った。

 その笑顔は、先程までと違って爽やかなものだった。

「……それじゃあ、行くよ。ミナ、またね」

 最後にもう一度ミナの頭を撫でて、青柳さんは船に乗り込んでいく。

 その背を追うように歩いていた薫さんが一度だけ振り返り、深くお辞儀をした。

 二人が乗り込んだあと、低いエンジン音を響かせて、船は遠ざかっていく。

 その船影が海の向こうに見えなくなるまで、あたしたちはずっと海を見つめていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...