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しおりを挟むレインティアが足取り軽く執務室に戻ると華やかな令嬢たちが出迎えてくれる。
「レインティアさま、随分お早いですね?」
「ティアさま、お疲れ様です」
友人で部下で頼りになる仲間たちが労ってくれる。
いつもの有り難い日常の一コマだけど、今日は違う。レインティアは友人たちさえ稀にしか見たことのない満面の笑顔で労いに応える。
エリアーナ・ブロンディ侯爵令嬢、ミシェル・アイスバーグ侯爵令嬢、ナナミー・マルグリッド伯爵令嬢、アリエル・ウェスト子爵令嬢がそれぞれ手にしていた書類を机に置いてレインティアの周りに集まってきた。
「あら、もしかして・・・?」
「「え!ついに!!」」
エリアーナたちはレインティアの様子でいずれ来るだろうと予測していた出来事が発生したのだと理解した。
「まぁまぁ!おめでとうございます!」
「うふふ!やっとですわね。レインティアさま」
「あの王子にしては早くコトを起こしましたのね」
「ええ~?遅いくらいでしたわ」
見た目の嫋やかさ裏切る姦しさで室内はワッと騒がしくなる。
「ふふふ、ナナミー、私も以外と早かったと思いましてよ?」
「ですよですよ~」
王子が学園在籍時に少し身分の低い令嬢たちと火遊びしていたのも、閨教育を受けてから少し熟女を寝室に呼び寄せていたのも知っていた。
レインティアもいくども誘われたが「王家は婚礼式まで純潔でなければ婚姻は許可されませんから」と拒絶していた。
それからますます外で発散していたのは聞いてはいたが面倒に思い放置していた。
学園卒業の半年くらい前に男爵家の庶子と懇意にしている報告を受けた。
元々王子の予算のうち婚約者の教育、品格保持に充てられる予算が3年ほど前からレインティアに回されなくなり、遊び相手に貢いでいた。
現在は全てをルルアンナ・ピーチに注ぎ込み、王子の私有財産も目減りしていると書簡が回ってきていた。
レインティアは元々自分にかかる費用はもちろん、エリアーナたちへの給金は自分の友人たちを側近に囲い込みたいワガママを通すのだから正式に女官になるまでは自腹でと、実家から譲られた事業の利益から支払っていた。
痛くも痒くもない仕打ちだったのだが王子は「お前が言うことを聞かないからだ」とふんぞり返っていた。
そもそも公爵令嬢で自らも事業で稼ぎがあるので兵糧攻めの意味は無いということになぜ思い至らないのかと残念な王子をレインティアは「ここまで感性が違うと理解しあえませんのね」と逆に感動していた。
「私が可愛げがないから何もかもが可愛くて愛らしいルルアンナさまと結婚なさりたいそうですわ」
以前の王子の言動と今日の言葉を思い出すと知らず笑ってしまうレインティアをエリアーナたちは、「レインティアさまの笑顔はウルトラレア!!」と必死に目に焼き付けた。
「ルルアンナさまって確かにお可愛らしいですけど、幼児体型で色気はゼロでしたわよね?」
「今まではどちらかというと豊満でケバい方達でしたわねぇ?」
「ドレスでカサ増しなさっていたけどくびれのない感じで・・・」
ナナリーの容赦ない描写にレインティアは思わず吹き出して、慌てて口元を隠した。
「「「「「レインティアさまが吹き出した!!」」」」」
淑女に鏡として常に凛とした佇まいのレインティアが目尻に涙を流して震えている。
「・・・っふふ!だってね、こうドレスのパニエがこう広がってらっしゃるでしょう?」
仕草でスカートの膨らみを説明しながらも笑いを堪えているレインティアが可愛いとエリアーナたちは口には出さないけど思った。
「それでね、殿下にこう!こうぶら下がってらしたのだけど」
レインティアが自分の腰を屈めて角度をつけてエア王子にぶら下がるそぶりを見せれば、エリアーナたちも思わず吹き出す。
「まぁ!随分と腰が疲れそうですわ」
「スカートの中で体が浮いちゃってるんではないかしら?」
スカートの膨らみ分が王子との間を邪魔するのでかなり無理やり姿勢を維持していると想像してしまい、レインティアでなくとも笑ってしまう。
「それにね、彼女《いやあっっぁんん》《だめぇでぇすぅ》とかこう手をこうさせていうんですのよ」
声真似までしたレインティアにエリアーナたちは膝を落としそうになる。
「あ、そう言えば殿下ったらエリアーナさまたちを側室候補だと思ってらしたそうよ?」
ポンと手を打ち思い出したとばかりに爆弾発言を出されて急に真顔に引き戻される。
「はぁ!?」
「いえね?あなたたちが王宮で教育を受けているのが証拠だそうよ?」
あまりのことのポカーンと固まるミシェルとアリエルの横で見るみる顔を紅潮させたエリアーナとナナミー。
「自分の側近候補の婚約者が誰か知らないなんて有り得ますの?」
エリアーナの婚約者は王子の即位後に宰相になると目される現在は王宮勤務の執務官アーネスト・ハウンド公爵令息で、ナナミーの婚約者はレオン・ジャスティン男爵令息で王国議会の書記官で、ミシェルの婚約者はネイサン・ウィンフォース侯爵令息で近衛騎士団に勤めている。アリエルの婚約者ラウール・ビスコ伯爵令息は王子の護衛騎士をしていたが辞職して今は商業ギルドに勤務している。
ラウール以外の彼らは将来的に王妃となったレインティアを支えるべく出世街道爆進していた。
学園でもそれなりに顔を合わせていたのにエリアーナたちの婚約を知らないはずがないのだが、王子の頭の中は〈凡人〉には理解できない。
「気持ち悪い勘違いはやめていただきたいわ」
「本当に」
エリアーナたちが毒吐くのをレインティアはちょっぴりしょっぱい気持ちで聞いていた。
『その気持ち悪い人、私の元婚約者なんですけどね・・・』
ふぅ、とため息が出てしまったらレインティアはゆっくりしている場合では無いと思い出した。
「あらいけない!引き継ぎを済ませて王宮を出るんでしたわ!みなさま、手順通りにお願いいたしますわね」
いずれ遠くない未来に婚約破棄はされると予想していたので後腐れなく王宮、王都を出ていけるように執務室の資料や現在手をつけていた事案をすぐに引き継げるように手配していた。
当然エリアーナたちも辞めるので新しい案件は全て国王、王子の執務官に流していた。
「そんな・・・」
などと絶望的な顔をされたものだが本来は王子の仕事なので王子と共にぬるま湯に浸かっていた連中に容赦はいらない。
エリアーナとミシェルは笑顔で圧をかけてこの数ヶ月間の仕事の配分を切り替えてきた。
王妃にも仕事が回っているがあまり得意ではないようでやり直しが多く二度手間なのでほぼ国王がやっている。
そう、一人でもやれるものをまだ婚約者でしかないレインティアに投げ、周囲の者はそれを当然と受け入れてきたのだから、今後の苦難は因果応報、自業自得なのである。
優秀なエリアーナたちが行動を始め、レインティアは公爵家から派遣されている執事のジェイドに仮眠室や執務室の私物を公爵家に持ち帰るように頼んだ。
夕刻にはほとんどが終了したので、明け渡す部屋を眺める。
婚約が決まってから5年、望んできたわけでもないので特に感慨もないけど、これで見納めかと思うと口元が緩む。
「自由だ・・・」
二度と王家の駒にならずに済むし、公爵家のための新たな縁組も必要ない。
「「レインティアさま」」
「「お疲れ様でございました」」
ともにこの部屋で頑張ってくれた彼女たちが部下ではなく友人に戻る。
「ええ、みんなもお疲れ様でしたわ」
婚約が決まる前、まだ12歳だった私たちはお茶会で恋だのカフェだのドレスだの可愛い話で盛り上がっては笑い合って抱きしめ合ったりしていた。
王宮に上がって、表情を抑えろ、身振りは小さく、歯を見せない、などとマナー的には当たり前だけれど子供だった私たちには物足りなく息苦しい日々を送ることになって。
気がつけば淑女の鏡だ、品格があって素晴らしいだのと勝手に持ち上げられるようになった。
「ああ、ティア!!もうハグして良いわね!!」
「これからは旅行にもいけるわ」
「まずは開店したばかりのパーラーに行きましょうよ」
「あら、ドレスを新調しましょう。バカ王子の色なんてゾッとするでしょ!」
行動を制限され、妃教育に執務にと忙しく日帰りの旅行はおろか公爵家のタウンハウスにすらろくに帰宅出来なかった日々から解放された。
「さぁ外に出ましょう」
エリアーナたちに促され、王宮を出て行く途中、侍女や侍従、執務官、近衛騎士、兵士が絶望の表情で見送る。
王子以外は悪い思い出もないけれど、留まる気はないレインティアは前を見据えて歩く。
途中で引き止めようとする幼い声が聞こえたが、歩みが止まることはなかった。
レインティアは5年ぶりに実家に戻った。
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