とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

文字の大きさ
752 / 765
連載

大会最終戦、その1

 ──試合は始まったのだが、どうにも相手がやりにくそうな感じを出している。気持ちは分からんでもないが──仕方がない、こちらから一つ案を出すか。

「試合中に申し訳ないのですが、一つ提案があります」「聞こう、なんだ?」

 自分の言葉に、相手も戦闘態勢は崩さないまま返答をくれる。ならば、自分の考えた案を出そう。

「提案は、自分が膝を地面についたらこの試合は負けにするという事です。これならばそちらも嬲り殺しにしなければならないという良心の呵責もなくなりますし、周囲もそれ以上は続けるべきではないと納得できるでしょう。どうでしょうか?」

 自分は相手と運営役のプレイヤーにそう問いかけた。こちらを不利にする提案だけど、相手のやりにくそうな状況で相手に全力を出させず勝ってもそれは本当の勝利とはいいがたいだろう。だったら、ある程度の目安を提示してそこの目安に届いたら終了とすれば、かなりやり易くなるはずだ。

「そちらがそれでいいのなら構わん。そっちはどうだ?」「そういった特殊ルールの追加であるなら問題はありません。では今よりアース選手が膝をついたらこの試合は終了と致します」

 相手、そして運営役のプレイヤーからも了承が出た。これでいい、どうせ今の自分はダメージを受け過ぎたことに加えて、プレイヤー自身も疲弊している。こういう時にだらだらやったところでこちらに勝ちの目はない。だったらあと数太刀にすべてを賭けて武器を振り、それらをすべて見切られたら潔く負けを認めるぐらいの覚悟を決めた方が良い。

 だが、精神的に今の自分は決して挫けてはいない。この塔で経験してきた試練によって鍛えられてきたからな。特に七五〇階の一六〇〇〇体との戦いを経験したことが大きい。あれに比べれば、今の状況はよっぽどましだ。あの時の数か月は──ちょっと思い出したくないな、うん。

「行くぞ、早く楽にしてやる」

 先ほどまでとは一転、闘気をみなぎらせた相手が二刀を構えて自分に向かって突っ込んでくる。間合いに入るや否や二刀が自分の首を狙って振り下ろされるが、それを自分は後ろに軽く下がって回避する。うん、しっかりと見える。相手の動き始めから剣を振る動き、そして剣の先端が見せる軌跡、その全てがしっかりと見える。

 相手は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに引き締めなおしてすかさず二刀だからできる連撃を次々と振るってくる。だが、こちらはその全ての連撃を八岐の月とレガリオンで全てはじき返す。気持ち悪いほどに相手の動きが見えている、これが本当の意味での明鏡止水が見せる世界という事なのだろうか。

「──信じられん。この土壇場で、疲労困憊なはずの精神力で、ここまでやって見せるというのか? お前は一体どれだけの鉄火場をこの世界で経験してきたんだ?」

 二刀による攻撃をことごとくはじき返された相手の顔には明確な驚愕の表情が浮かんでいる。四連戦も対人戦を続けて、しかもHPなどは全快せず、痛覚があるが故の疲労。それらを受けてなおここまで対応してくるのは予想外だ、と考えているのだろう。でも──

「有翼人との戦争以前にも、一対多数というものは何度も経験してきていますので。狂人だと言われても仕方がない行動もまあ、それなりに取ってきています」

 妖精族の戦争でも、ゼタンを守るために一人で特攻したりとかもしたからな。一般的な人から見れば狂っていると評されても仕方がないだろう。魔王変身を手に入れた時の行動だって、失敗していればキャラロストは確定だったし、まあ色々とこの世界で無茶に無茶を積み重ねてきたなあと今更ながら思う。

 だからこそ、今の自分がある。無茶をしなかったら、無難な選択を取っていたら、自分はもっと弱かっただろう。装備だけではなく、精神的な意味やプレイヤースキル的な意味でもそうだ。無茶をして、その無茶をどんな手段を使っても良いから──ぶん殴って黙らせるという勢いでこの世界を旅してきたからこそ、こんなギリギリの状態でも落ち着いて行動が取れるのだ。

「狂人、か。だが、お前の目は狂人のそれではなく、むしろ──悟りを開いた人間のようにも見える。落ち着き、澄んでいる目だ。いったいどれだけの戦闘と修練を積めばそんな目が出来る? マッスルの身内はもちろん、いままで戦ってきたプレイヤーの中にも、そんな目をしているやつはいなかったぞ」

 目、か。明鏡止水の影響が出ているのだろうか。今の自分が感じる明鏡止水の感覚は、もはや自然にそうある者とすら感じるほどに軽く、当たり前になっている。時間が一秒経つごとに体になじむというのだろうか? 一戦前の必死で維持しないといけないという感覚はすでになく、呼吸をするかのごとく当然のものとしてそこにある。

 むしろ、そうなった事で本当の形として完成したという事になるのだろう。意識して整えるのではなく、無意識のうちにそうなっている。それこそが理想の一つなのだろう。だからこそ、体はボロボロになり疲労は蓄積していても乱れない。そりゃそうだ、疲労困憊だからと言って呼吸を止める生物などいない。

「膝をつかせれば負けを認めると宣言されたが、なるほど──これはその膝をつかせるだけでもかなり難しいな。故に、こちらも全力で戦うだけの理由を得た! ここからが本当の意味での本番だ!」

 そう相手が口にすると、相手は二刀を地面に突き刺した後に気合を込め始めた。その行為に呼応するかのように地面が揺れ始め、武舞台の石畳がなんとめくれ上がって空中へとゆっくり上がり始めたではないか。そこから相手が咆哮を上げると、浮き上がっていた石畳が四方八方へと飛び散った。その飛び散った石畳のうち数枚が自分に向かって飛んできたのでそれは撃ち落としたが──

 再び二刀を構えた相手の雰囲気は一変していた。相手の周囲に火花が飛んでいるのが窺える。それだけでなく、先ほどまでは無かった強烈な圧力が自分に向かって飛んできている。ここからが本番だというだけの隠し玉であることは疑いようがない。はったりなどでは決してない、強者が纏うオーラとでも表現すべきものを今の相手は纏っている。

「なるほど、それが本気ですか」「ああ、めったに使わないんだが。カザミネ相手の時もあと一歩追い詰められれば使うつもりだったが……とうとう使うしかないと、ここが使い時だと判断した。お前の強さに敬意を表して、この本気中の本気で戦い──そして勝たせてもらう!」

 相手の言葉が終わると、更に相手から放たれる圧が高まった。でも、ここまで使わなかったという事は──気軽に使えるものじゃないと言ってるようなものだ。カザミネ戦でも向こうはかなり追い詰められていたのに使わなかったんだからな。つまり、一日に使える回数に制限があるとか、使うとしばらくはパワーアップするが、徐々にパワーダウンしていくというパターンなどが考えられる。

 しかし、向こうもそんな、あまり使えない、もしくは使いたくない札を切った。後は全力で対峙して──こっちの切り札を叩き込むのみ。それが出来れば自分の勝ち、出来なければ相手の勝ち。分かりやすくていい。さて、相手もいつ切り込むかとこちらの様子をうかがっている。決着の時はそう遠くない、後は難しく考えずに戦い抜くのみ、か。
感想 4,968

あなたにおすすめの小説

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

私から略奪婚した妹が泣いて帰って来たけど全力で無視します。大公様との結婚準備で忙しい~忙しいぃ~♪

百谷シカ
恋愛
身勝手な理由で泣いて帰ってきた妹エセル。 でも、この子、私から婚約者を奪っておいて、どの面下げて帰ってきたのだろう。 誰も構ってくれない、慰めてくれないと泣き喚くエセル。 両親はひたすらに妹をスルー。 「お黙りなさい、エセル。今はヘレンの結婚準備で忙しいの!」 「お姉様なんかほっとけばいいじゃない!!」 無理よ。 だって私、大公様の妻になるんだもの。 大忙しよ。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。 「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」 と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。