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22巻
22-3
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「なんだい兄ちゃん、聞きたい事って? ――ああ、外でスライムに会ったのか。手は出してない? そりゃ賢明な判断だったな、アイツらと戦っても良い事なんか何一つないからよ」
街で暇そうにしていたドワーフを見つけて話を振ってみると、乗ってきてくれた。
「地上にはいないのかい、アイツら。で、スライムの特徴だったな。兄ちゃんが見たっていう薄い黄色のスライムは、一番ノーマルな奴だ。好戦的でもねえし、手を出さなきゃ何もしねえ害のない連中だな。逆に赤とか黒のスライムは要注意だ、アイツらは積極的に襲ってくる。あと滅多に出くわさねえが、白いスライムってのもいるぞ。こいつらは話が通じるから、争わねえほうが良いだろうな」
話してくれた内容を、大雑把にメモを取っておく。
へえ、黄色に赤黒白か。襲ってくるという赤と黒には特に注意しなきゃいけないな。しかし、話が通じる白いスライムか……魔王様の遺体の場所とか知らないかね?
「あと、どうしても戦わなきゃいけねえ状況になったときのために、対策も教えとくぜ。でもな、先に言っておくが、一番良い方法はさっさと逃げる事だ。さて、アイツらは切っても突いても叩いても全く通用しねえ。魔法もほとんどが通じねえ。唯一ある程度効くのは火だ。アイツらは火を嫌がる。だから、松明でも、カンテラの油をまいて火をつけるでもいい、とにかく火をおこせ。そして向こうが怯んだところで逃げるんだ。間違っても倒そうなんて思うなよ、アイツらは多少体が燃えても異様な速度で再生するからよ」
これは重要な情報だな、スライムとは事を構えないのが一番、最悪襲われた場合は火をおこして怯ませて逃げる、とメモメモ。
「スライムに油をぶっかけて火をつけ、火だるまにしても押し切れないのでしょうか?」
一応、倒そうとすれば倒せるのかを聞いておこう。
「うーん、どうだろうな? 正直、スライムとはやり合うだけ損だからよ、基本的には逃げの一手が懐的にも人命的にも一番なんだよな。そうだな、ちょっとついてきてくれるか? そういう事に詳しい奴を紹介してやるからよ」
そう言って、そのドワーフはある一軒家の前まで案内してくれた。
彼が「おーい、爺さんいるか?」とドアをノックしながら声をかけると、奥のほうから「いるぞ、用があるなら入んな」という返事が聞こえてきた。なので、二人でお邪魔する。
「爺さん、すまんがこの兄ちゃんにちょっと魔物の事を教えてやってくれねえか? 困ってるようだからよ」
案内してくれたドワーフが説明してくれている間、自分は爺さんと呼ばれたドワーフを見ていた。頭髪はすでにないが、ドワーフらしく髭は立派。ただ、色は茶色でも黒でもなく真っ白だったが。その立派な髭を三つ編みのようにしているのは、一種のおしゃれなのだろうか? 服は質素な普段着だが、汚れてはおらず清潔にしている。
「このジジイにそんな事を聞きに来るとはな。で、若いの。お前さんは何について知りたいんじゃ?」
案内してくれたドワーフは「んじゃ、俺は失礼するぜ」と言い残してこの家から出ていく。その後ろ姿を見送った後、自分は「この地底世界に住んでいるスライムについてお話を伺いたいのですが」と切り出した。
「ほう、スライムか。あやつらは独特な動きをしおる。赤や黒は特に危険な奴らじゃな。まあ、この辺りはもう聞いておるとは思うがの。さて、もっと知りたい事があるから来たんじゃろう? 話してみい」
なので、先程考えたように、大量の油をぶっかけて全身火だるまにすればスライムを倒せるのかと聞いてみた。
「ふーむ、それか。実は試した事がある。その答えは『効く事もあれば効かぬ事もある』じゃな。試したと言っても遊びではなく、赤や黒に襲われた採掘仲間を助け出すためにやったんじゃが。まず、一定の効果があるのは間違いない。火だるまにした奴らの体は激しく縮んだからの。しかし、そこから結果が分かれるのじゃ。そのまま小さくなり続けて消失する事もあれば、火が消えた途端に再び元の大きさまで膨らむ事もあった」
なんかの条件があるんだろうな。個体差とか、あるいは産まれてから経過した時間とか。
「大量に油を使ったが、そのおかげでそのときの仲間を死なせずに済んだんじゃ。じゃが、それはお主が求める情報ではないから、脇に置くぞ。結果が分かれる理由じゃが……このジジイは、場所に影響を受けるのではないかと思っておる。というのも、倒せたときは岩場、倒せなかったときは鉱脈内じゃった。おそらく倒せなかった奴は、周囲にあるチリのようなクズ鉱石を吸収して元に戻ったのではないかな。スライムとて一つの生命である事に違いはない。何の栄養も取らず、犠牲も払わずに体を元に戻せるとは思えん」
スライムがなんでも食うってのはファンタジーのお約束か……有機物だろうが無機物だろうがお構いなし。服だけ溶かすエロいスライムなんているわけがない。奴らは取り込んでしまえばなんでも溶かしてしまう。そういう性質なんだから。
「まあ、とにかくよっぽどの事がない限りスライムには関わらない、近寄らないのが無難じゃ。黄や白なら、近寄っても攻撃を加えなければ問題ないがの……そして赤や黒を見たら即座に逃げるのが一番安全かつ被害が少ない――おうおう、忘れておったわ。大事な事じゃからよく聞いておくんじゃ。スライムに魔法の火はあまり良くないぞ。特に黒に対して魔法の火を放ってしまえば、火を纏った奴らが突っ込んできて悲惨な事になるからの」
なにそれ、こわい。黒いスライムは原油の固まりとでも言うんですか。燃えるスライムに取り込まれて、燃やされながら溶かされるって、ホラー映画みたいな絵面だ。そんな展開は御免だなぁ。
「じゃあ、スライムとどうしてもやり合わなきゃいけない羽目になった場合、油と火種が切れたら対策がほとんどなくなるなぁ……」
まさか、この世界のスライムは魔法耐性もあるとか……戦うとなったら厳しい相手だぞ。物理耐性は言うに及ばずだし、確かによっぽどの場合を除いて、逃げてしまうのが無難だとドワーフが口を揃えるのも納得だ。
「幸い、距離があけば奴らはすぐに興味を失うからの。しつこくないのだけは救いじゃな。それに奴らは倒したところで何も残さん。取り込んだものを全部溶かしてしまうんじゃから、当然なんじゃがの。そういうわけで、不意打ちを受けたとき以外はとにかく逃げの一手じゃ」
ああ、やっぱりドロップもない、と。なんか、地底世界のモンスターは経験的にも金銭的にもとことん美味くない連中しかいないなぁ。鉱石の入手と、それらから得られる装備の向上にはもってこいなんだけどさ。
まあ、スライムがアイテムドロップして、『~だった物』とかいうホラー感たっぷりな名前のものだったりしても困る。ホラーは苦手なんだよ……個人的な意見で申し訳ないが、怖い思いなんかリアルでたっぷりできるだろうに、わざわざVRでもそうしたいって考えにはついていけない。
「そうなりますと、常時一定量の油を持ち運ぶ必要がありますね……」
自分には今までずっとお世話になってきた【強化オイル】があるけど、それとは別に余分に油を持っておいたほうがいいかもしれない。備えておけば何とかなるが、備えがないといざというときに困る事になるってのは、今までさんざん味わってきた。
「荷物は重くなるじゃろうが、それがええ。スライムに纏わりつかれてしまっても、火傷覚悟で焼けば引きはがせる。その後でポーションを飲むなり治癒魔法を受けるなりすればよいのじゃ。幸いここでは油が比較的安く容易に手に入るからの」
そうなのか。じゃあこの後はお店に行って確認しておくか。買う量は値段次第だな。
「色々とありがとうございます、スライムの特性を知らずに手を出していたら大変な事になっていました」
自分が頭を下げてお礼を言うと、ドワーフのお爺さんも「また知りたい事が出来たら気軽に来るとええ、知っている範囲で教えるぞ」とのお言葉をくれた。
そのときはまたお世話になります、と伝えて、自分はお爺さんの家を後にした。
ログアウトする前に道具屋に寄ってみると、確かに地上より油の値段は安かった。なのでスライム対策としてとりあえず二〇リットルほど買っておいた。【強化オイル】の材料にしてもいいし、腐る事はないから。
4
(黒スライムがいまいち分からん……魔法の火は纏って突撃してくるのに、油で燃やした火には弱いってどういう事だよ)
職場での昼休みにもこんな疑問に頭を悩ませつつ、仕事を終えて帰宅。もろもろの用事を済ませて、今日も「ワンモア」へとログインする。
街を行き交うドワーフの皆さんと軽く挨拶を交わした後、今日も魔王様の遺体を捜しに出かける。今日もアクアの走りは軽快だ。
「あ、アクア。前方に命を収穫する者が数匹いる。適当にブッ飛ばす?」
「ぴゅい」
今となっては時々出てくるお邪魔キャラに成り下がってしまった命を収穫する者達を、アクアが体当たりでボーリングのピンのように吹き飛ばしたところへ、自分が矢を放って片付ける。
アーツ《風塵の矢》だけで事足りてしまうんだよなぁ……アクアのタックルの威力が非常に高いってのもあるけれど、以前ダンジョンマスターに貰った矢筒の効果で《風塵の矢》の威力が上がっている。さすがに上位種が出てきた場合はこんな簡単にはいかないが、あいつら全然出てこないんだよな。
(マップの埋まり具合は上々、と。一応念を入れてここも全部埋めるつもりではあるが、この様子じゃこの周囲にも、特にこれといったものはなさそうなんだよなぁ)
前進はしているんだろうけど、それを感じられないのは辛いところだな。勉強でも運動でもそうだ、成果が見られない時期ってのは辛い。特に勉強はなぁ……それで飽きてしまい、面白くなーい、となって成績が落ちて、更に内容が分からなくなるから面白くなーい、という悪循環に陥ってしまう。
そして親は子供がそんな悪循環に陥っているのに気がつかず、ただ「勉強しなさい!」と言うから余計悪化する。勉強したくたって、どうやって勉強をすればいいのかが分からんからつまらなくてやらないというのに、とどめを刺してるんだよねえ。
という風に思考が思いっきり横道にそれたところで、また《危険察知》で未確認の存在を捉えた。今度はなんだろ。
とにかくある程度接近してみる。新規モンスターには一回会っておかないと、《危険察知》さんのお仕事がスムーズにいかないからね。
近くまで来たらアクアから降りて、そーっと近寄っていく。するとそこには、赤スライム達に追い立てられている白スライム達の姿があった。なんだ? 縄張り争いでもしているのかこいつら?
でも、話が通じる可能性のある白いスライムと出会えたのは運が良いのかもしれない。もしかしたら、彼らは人の知らない情報を持っている可能性がある。
なので、赤スライムに恨みはないが――白スライムとの間にオイル入りの瓶を投げてから、【強化オイル】をぶん投げて豪快に着火! これで赤スライムは炎の壁に邪魔されて、逃げていく白スライムを追う事ができないだろう。
そうして赤スライムが追う事を諦める姿を確認してから、白スライムが逃げた方向に移動を開始。小走りで二分ぐらいの先に、白スライム達は集まっていた。
自分がゆっくりと近寄ると、彼らは予想していなかった行動に出た。
一定の間をあけて整列すると、体を変形させて『ありがとう かんしゃ』という平仮名を形作ったのだ。もしかして、話が通じるってこういう事なのか!? スライムでも喋れるのかな、もしくはドラゴンみたいに念話ができるのか?と予想していたんだが……と、とにかく、第一印象は良さそうだから、色々聞いてみるか。
「あーうん、なんで君達は赤いスライムに追われていたのかな?」
この質問に対し、白スライム達からは『かれら おなかへってた ぼくたち たべようとしてた』との返答。
ああ、そういう事だったのか。というか、スライムがスライムを食うのか……自分がそんな事を考えていたら、白スライム達がまた動いて『ぼくたち くうきのなかにある えいようをとればいいから しょくじのひつようない』『ほかのすらいむ それできない だからたまに ぼくたちねらう』との説明が。そうなのか、大変だなぁ。
「更に質問なんだけど、君達もやろうと思えば、他のスライムを取り込む事ができるのかな?」
これには、『むり できない』とのお返事。その理由は『ぼくたち しょうしょく』だそうで。少食なのか、この子達は。
更に、
『とりこむちから ぼくたちいちばんよわい』
『だから ぼくたちがさきにとりこまれておわる』
『ほかのすらいむみたら にげるゆうせん』
『たたかい やばん やりたくない』
などと次々に体を変化させて文字にしながら教えてくれる。
なるほどねえ、それじゃ対抗できんわな。彼らがとれる方法は逃げの一手しかないわけで……ああ、だから白スライムとは出会いにくいのか。いつも逃げ切れるわけではないのだろうし。
「他のスライム達は、こんな風に会話できないよね?」
これも一応聞いておく事にした。
まあ、これには予想通り、
『できない きたいするだけむだ』
『ぼくたちのほうが とくしゅ』
とのお返事でしたけど。まあそうだろうね。
白スライムが器用かつ敵対的ではないから、こんなやり方が成立するんだろう。
なんて事を考えていたのがばれたのか、白スライム側から説明があった。
『ぼくたち ふくすうで ひとつ』
『ここにいるの じゅうすうひきにみえるだろうけど じつはさんびき』
『ぼくたち ときどきとうごうして ちしきわけあう ほかのすらいむ そんなことしない』
それでか……
(特殊すぎるにも程がある。でも、統合して知識を分け合うっていう点は期待できるな。もしかすると、もしかするかもしれない)
なので、本命の質問をする事にした。彼らが知らないのであれば、またしらみつぶし作業を続行するだけだが、もし知っているのであれば大きく時間が短縮できる。
「じゃあ、もう一つ質問。ずーっと昔、この地底世界に一人の魔族の王様が落ちてきて、その王様が金属に姿を変えたって話を聞いて、自分はそれを捜しているんだ。なんでもいい、その事について何か知らないかな?」
期待を込めて聞いてみたところ、その結果は――
『しっている あれは ずっとむかし』
『でも きけん あそびでちかよれば みのはめつ』
『きんぞくになっても いっぺんのいしがやどっている えらばれなければ しぬ』
『ばしょは ここの ちかくじゃない』
『どわーふたちが いう おりはるこんのまち』
『そのまちのさきに それはねむっている そしてせいめいたいがちかよると めをさます』
『そしてとおざける むししてちかよると といかける』
『そのといにこたえられないと ころされる どうやってころしているのかは わからない』
との返答。白スライム達は魔王様の遺体のある場所を知っていた!
「オリハルコンの街、その近くのどこか。それが分かっただけでもありがたい。すぐに向かわないと」
気になる情報もあるな、問いに答えられないと殺される、ってのはどういう事だろうか? そして、殺され方が分からないときたもんだ。
それでも向かわなければ、目的が果たせない。出た所勝負だが、そのうちやってくる戦いに備えるためには避けて通れない道だ。
「ありがとう、自分が行くべき場所が分かった。感謝するよ」
自分の言葉に白スライム達からは、
『ぼくたちこそ ありがとう』
『あそこでたすけてもらえなければ たべられてた』
『ちしきがたいかになったなら ぼくたちもうれしい』
との反応。それだけじゃなく、白スライムの一匹が、蒼く輝く石を吐き出した。なんだろうと思っていると、
『これ もっていって』
『ぼくたちと たいわするひとのあかし』
『これをみせれば むこうのしろすらいむから もっとくわしいはなし きけるはず』
と説明してくれた。そういう事ならありがたく受け取ろう。
べたついているんじゃないかと思ったがそんな事はなく、普通に摘まめた。顔を近づけてじっくり見てみると、大きさが長径が三センチぐらいの、楕円形をした宝石みたいだ。
有益すぎる情報をもたらしてくれた白スライム達と別れ、アクアに全力で街の近くまで走ってもらった。
それからちびアクアと共にドワーフの皆さんにお別れを告げた後に、蒸気トロッコに乗って一路ミスリルの街へ。ミスリルの街はかなりの大都市であったが、観光云々は全てスルーしてオリハルコンの街に通じる蒸気トロッコに乗る。
ちなみに、この蒸気トロッコは有料だった。まあ片道三〇〇〇グローなので、支払いに悩むようなお値段ではない。
この日はオリハルコンの街にある宿屋でログアウト。時間も押していたし、街の周囲にテントを張るためには許可を貰わなければいけない。なので今日のところはこうするのが一番スムーズだったのだ。
明日は、適当な街まで蒸気トロッコで移動した後に、現地の白スライムと対話だな。上手く見つかればよいのだが……
《危険察知》先生にも白スライムの登録は済んだし、やるべき事はやった。あとは明日だ。
◆ ◆ ◆
翌日ログインし、オリハルコンの街から伸びている蒸気トロッコに乗るべく駅へと向かう。ミスリルの街にあった駅もそうだったが、オリハルコンの街にある駅もかなりデカい。
さすがに東京駅とか上野駅ほどのレベルではないが……そうだな、大きさは東京駅の三分の二ぐらいだろうか。ただし利用客のほうは比較にならない少なさなので、かなりスカスカな感じがする。
このオリハルコンの駅には、他の大都に行くものとは別に鉱脈に行くための支線があって、それは七つの駅に区切られているようだ。なので、とりあえず中間点の四つ目の駅で降りて、その街の周辺に白スライムがいるかどうかを確認するつもりだ。
見つける事さえできれば、昨日譲ってもらった蒼い宝石みたいな奴を見せれば対話に応じてもらえるはず。そして彼らから情報を得られれば、いよいよ魔王様の遺体とご対面できる。さっさと済ませて、この地底世界でしかできない事を推し進めたい。
鍛冶技術を磨いて、新しい弓を作りたいのだ。あと、各種装備のバージョンアップを図れればなおいい。
蒸気トロッコに乗り、四つ目の駅に到着するまでのんびりと揺られる。
この路線の近くで作られている作物は、ミスリル方面とは違ってジャガイモや人参といった根菜類がメインのようだ。小麦などは一切見かけない。土壌の関係だろうか? 農業スキルを持っていないから、詳しい事は分からないのだが。
農業と言えば、薬草の栽培に関して進展があったとかってニュースが掲示板に上がっていたな。以前のやつは効能が天然物の五割ぐらいだったが、今度のは七割を超えてきたとか何とか。その分栽培が難しくて量も取れないためにお値段が上がるが、効果の高いポーションを作れるようになったのは大きな進歩だと歓迎されていた。
ポーションを飲み過ぎると中毒症状を引き起こすからな、使用量が少なくて済むよう質のいいポーションを用意しておくのは、冒険の基本だ。
農業関連の掲示板をちょいちょい覗いているうちに、目的の四駅目に到着した。降車して街に入り、まとめ役のドワーフと話をして、街の周囲にテントを張る許可を貰うといういつもの流れで、やるべき事をやってから行動開始。
だが、頭に乗ってもらっているちびアクアを下ろすわけにはいかない。なぜなら、この街にはかなりのプレイヤーがいるためだ。ここで本来の姿に戻したら、ピカーシャがなぜここにいるんだって大騒ぎになる。
(えーっと確か、この街の周辺で新しいミスリルの鉱脈が発見されたんだっけか? で、ドワーフ達と協力して掘り進めるプレイヤーがそれなりにいるって状況になってたはず。その鉱脈があるのとは違う方向に向かって、人の目がなくなるまでは徒歩で移動するしかない)
仕事の昼休み中に仕入れておいた掲示板情報では、確かそうなっていたはずだ。人員募集がかかるレベルの大規模鉱脈らしく、参加した人は給金に加えてミスリル鉱石も支給されるため、鍛冶スキル持ちが多くやってきているんじゃないだろうか。
ミスリルの研究は急ピッチで進んでいるらしく、ミスリルを用いた武具の生産に関する情報については鍛冶関連の掲示板でのやり取りが盛んだ。もちろん最終的な生産方法、設計図の作成は自分自身で行わなければならないが、そこに到達するまでの途中経過はある程度参考にできるらしく、教え合いも発生している。
どうやったら自分なりの強い武具を作れるか。そのための試行錯誤を繰り返すのが鍛冶プレイヤーの醍醐味なのだが、ミスリルは色々な金属の常識を無視、超越する面が多いらしく、研究が楽しいという意見をちらほら見かけた。
熱中しすぎて、時間の感覚が狂う人も大勢いるようで……休息はちゃんと取ってほしいと個人的には思う。
そんな鉱脈に向かっていると思われる人々と十分に距離を取ったところで、元のサイズに戻ったアクアの背に乗って爆走を開始。
あとはひたすら走り回ってもらって、《危険察知》先生が白スライムの反応を捉えてくれるのを待つのみ――なんだか、自分が思いっきりサボっているだけのような気がしてくるんですけど。
街で暇そうにしていたドワーフを見つけて話を振ってみると、乗ってきてくれた。
「地上にはいないのかい、アイツら。で、スライムの特徴だったな。兄ちゃんが見たっていう薄い黄色のスライムは、一番ノーマルな奴だ。好戦的でもねえし、手を出さなきゃ何もしねえ害のない連中だな。逆に赤とか黒のスライムは要注意だ、アイツらは積極的に襲ってくる。あと滅多に出くわさねえが、白いスライムってのもいるぞ。こいつらは話が通じるから、争わねえほうが良いだろうな」
話してくれた内容を、大雑把にメモを取っておく。
へえ、黄色に赤黒白か。襲ってくるという赤と黒には特に注意しなきゃいけないな。しかし、話が通じる白いスライムか……魔王様の遺体の場所とか知らないかね?
「あと、どうしても戦わなきゃいけねえ状況になったときのために、対策も教えとくぜ。でもな、先に言っておくが、一番良い方法はさっさと逃げる事だ。さて、アイツらは切っても突いても叩いても全く通用しねえ。魔法もほとんどが通じねえ。唯一ある程度効くのは火だ。アイツらは火を嫌がる。だから、松明でも、カンテラの油をまいて火をつけるでもいい、とにかく火をおこせ。そして向こうが怯んだところで逃げるんだ。間違っても倒そうなんて思うなよ、アイツらは多少体が燃えても異様な速度で再生するからよ」
これは重要な情報だな、スライムとは事を構えないのが一番、最悪襲われた場合は火をおこして怯ませて逃げる、とメモメモ。
「スライムに油をぶっかけて火をつけ、火だるまにしても押し切れないのでしょうか?」
一応、倒そうとすれば倒せるのかを聞いておこう。
「うーん、どうだろうな? 正直、スライムとはやり合うだけ損だからよ、基本的には逃げの一手が懐的にも人命的にも一番なんだよな。そうだな、ちょっとついてきてくれるか? そういう事に詳しい奴を紹介してやるからよ」
そう言って、そのドワーフはある一軒家の前まで案内してくれた。
彼が「おーい、爺さんいるか?」とドアをノックしながら声をかけると、奥のほうから「いるぞ、用があるなら入んな」という返事が聞こえてきた。なので、二人でお邪魔する。
「爺さん、すまんがこの兄ちゃんにちょっと魔物の事を教えてやってくれねえか? 困ってるようだからよ」
案内してくれたドワーフが説明してくれている間、自分は爺さんと呼ばれたドワーフを見ていた。頭髪はすでにないが、ドワーフらしく髭は立派。ただ、色は茶色でも黒でもなく真っ白だったが。その立派な髭を三つ編みのようにしているのは、一種のおしゃれなのだろうか? 服は質素な普段着だが、汚れてはおらず清潔にしている。
「このジジイにそんな事を聞きに来るとはな。で、若いの。お前さんは何について知りたいんじゃ?」
案内してくれたドワーフは「んじゃ、俺は失礼するぜ」と言い残してこの家から出ていく。その後ろ姿を見送った後、自分は「この地底世界に住んでいるスライムについてお話を伺いたいのですが」と切り出した。
「ほう、スライムか。あやつらは独特な動きをしおる。赤や黒は特に危険な奴らじゃな。まあ、この辺りはもう聞いておるとは思うがの。さて、もっと知りたい事があるから来たんじゃろう? 話してみい」
なので、先程考えたように、大量の油をぶっかけて全身火だるまにすればスライムを倒せるのかと聞いてみた。
「ふーむ、それか。実は試した事がある。その答えは『効く事もあれば効かぬ事もある』じゃな。試したと言っても遊びではなく、赤や黒に襲われた採掘仲間を助け出すためにやったんじゃが。まず、一定の効果があるのは間違いない。火だるまにした奴らの体は激しく縮んだからの。しかし、そこから結果が分かれるのじゃ。そのまま小さくなり続けて消失する事もあれば、火が消えた途端に再び元の大きさまで膨らむ事もあった」
なんかの条件があるんだろうな。個体差とか、あるいは産まれてから経過した時間とか。
「大量に油を使ったが、そのおかげでそのときの仲間を死なせずに済んだんじゃ。じゃが、それはお主が求める情報ではないから、脇に置くぞ。結果が分かれる理由じゃが……このジジイは、場所に影響を受けるのではないかと思っておる。というのも、倒せたときは岩場、倒せなかったときは鉱脈内じゃった。おそらく倒せなかった奴は、周囲にあるチリのようなクズ鉱石を吸収して元に戻ったのではないかな。スライムとて一つの生命である事に違いはない。何の栄養も取らず、犠牲も払わずに体を元に戻せるとは思えん」
スライムがなんでも食うってのはファンタジーのお約束か……有機物だろうが無機物だろうがお構いなし。服だけ溶かすエロいスライムなんているわけがない。奴らは取り込んでしまえばなんでも溶かしてしまう。そういう性質なんだから。
「まあ、とにかくよっぽどの事がない限りスライムには関わらない、近寄らないのが無難じゃ。黄や白なら、近寄っても攻撃を加えなければ問題ないがの……そして赤や黒を見たら即座に逃げるのが一番安全かつ被害が少ない――おうおう、忘れておったわ。大事な事じゃからよく聞いておくんじゃ。スライムに魔法の火はあまり良くないぞ。特に黒に対して魔法の火を放ってしまえば、火を纏った奴らが突っ込んできて悲惨な事になるからの」
なにそれ、こわい。黒いスライムは原油の固まりとでも言うんですか。燃えるスライムに取り込まれて、燃やされながら溶かされるって、ホラー映画みたいな絵面だ。そんな展開は御免だなぁ。
「じゃあ、スライムとどうしてもやり合わなきゃいけない羽目になった場合、油と火種が切れたら対策がほとんどなくなるなぁ……」
まさか、この世界のスライムは魔法耐性もあるとか……戦うとなったら厳しい相手だぞ。物理耐性は言うに及ばずだし、確かによっぽどの場合を除いて、逃げてしまうのが無難だとドワーフが口を揃えるのも納得だ。
「幸い、距離があけば奴らはすぐに興味を失うからの。しつこくないのだけは救いじゃな。それに奴らは倒したところで何も残さん。取り込んだものを全部溶かしてしまうんじゃから、当然なんじゃがの。そういうわけで、不意打ちを受けたとき以外はとにかく逃げの一手じゃ」
ああ、やっぱりドロップもない、と。なんか、地底世界のモンスターは経験的にも金銭的にもとことん美味くない連中しかいないなぁ。鉱石の入手と、それらから得られる装備の向上にはもってこいなんだけどさ。
まあ、スライムがアイテムドロップして、『~だった物』とかいうホラー感たっぷりな名前のものだったりしても困る。ホラーは苦手なんだよ……個人的な意見で申し訳ないが、怖い思いなんかリアルでたっぷりできるだろうに、わざわざVRでもそうしたいって考えにはついていけない。
「そうなりますと、常時一定量の油を持ち運ぶ必要がありますね……」
自分には今までずっとお世話になってきた【強化オイル】があるけど、それとは別に余分に油を持っておいたほうがいいかもしれない。備えておけば何とかなるが、備えがないといざというときに困る事になるってのは、今までさんざん味わってきた。
「荷物は重くなるじゃろうが、それがええ。スライムに纏わりつかれてしまっても、火傷覚悟で焼けば引きはがせる。その後でポーションを飲むなり治癒魔法を受けるなりすればよいのじゃ。幸いここでは油が比較的安く容易に手に入るからの」
そうなのか。じゃあこの後はお店に行って確認しておくか。買う量は値段次第だな。
「色々とありがとうございます、スライムの特性を知らずに手を出していたら大変な事になっていました」
自分が頭を下げてお礼を言うと、ドワーフのお爺さんも「また知りたい事が出来たら気軽に来るとええ、知っている範囲で教えるぞ」とのお言葉をくれた。
そのときはまたお世話になります、と伝えて、自分はお爺さんの家を後にした。
ログアウトする前に道具屋に寄ってみると、確かに地上より油の値段は安かった。なのでスライム対策としてとりあえず二〇リットルほど買っておいた。【強化オイル】の材料にしてもいいし、腐る事はないから。
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(黒スライムがいまいち分からん……魔法の火は纏って突撃してくるのに、油で燃やした火には弱いってどういう事だよ)
職場での昼休みにもこんな疑問に頭を悩ませつつ、仕事を終えて帰宅。もろもろの用事を済ませて、今日も「ワンモア」へとログインする。
街を行き交うドワーフの皆さんと軽く挨拶を交わした後、今日も魔王様の遺体を捜しに出かける。今日もアクアの走りは軽快だ。
「あ、アクア。前方に命を収穫する者が数匹いる。適当にブッ飛ばす?」
「ぴゅい」
今となっては時々出てくるお邪魔キャラに成り下がってしまった命を収穫する者達を、アクアが体当たりでボーリングのピンのように吹き飛ばしたところへ、自分が矢を放って片付ける。
アーツ《風塵の矢》だけで事足りてしまうんだよなぁ……アクアのタックルの威力が非常に高いってのもあるけれど、以前ダンジョンマスターに貰った矢筒の効果で《風塵の矢》の威力が上がっている。さすがに上位種が出てきた場合はこんな簡単にはいかないが、あいつら全然出てこないんだよな。
(マップの埋まり具合は上々、と。一応念を入れてここも全部埋めるつもりではあるが、この様子じゃこの周囲にも、特にこれといったものはなさそうなんだよなぁ)
前進はしているんだろうけど、それを感じられないのは辛いところだな。勉強でも運動でもそうだ、成果が見られない時期ってのは辛い。特に勉強はなぁ……それで飽きてしまい、面白くなーい、となって成績が落ちて、更に内容が分からなくなるから面白くなーい、という悪循環に陥ってしまう。
そして親は子供がそんな悪循環に陥っているのに気がつかず、ただ「勉強しなさい!」と言うから余計悪化する。勉強したくたって、どうやって勉強をすればいいのかが分からんからつまらなくてやらないというのに、とどめを刺してるんだよねえ。
という風に思考が思いっきり横道にそれたところで、また《危険察知》で未確認の存在を捉えた。今度はなんだろ。
とにかくある程度接近してみる。新規モンスターには一回会っておかないと、《危険察知》さんのお仕事がスムーズにいかないからね。
近くまで来たらアクアから降りて、そーっと近寄っていく。するとそこには、赤スライム達に追い立てられている白スライム達の姿があった。なんだ? 縄張り争いでもしているのかこいつら?
でも、話が通じる可能性のある白いスライムと出会えたのは運が良いのかもしれない。もしかしたら、彼らは人の知らない情報を持っている可能性がある。
なので、赤スライムに恨みはないが――白スライムとの間にオイル入りの瓶を投げてから、【強化オイル】をぶん投げて豪快に着火! これで赤スライムは炎の壁に邪魔されて、逃げていく白スライムを追う事ができないだろう。
そうして赤スライムが追う事を諦める姿を確認してから、白スライムが逃げた方向に移動を開始。小走りで二分ぐらいの先に、白スライム達は集まっていた。
自分がゆっくりと近寄ると、彼らは予想していなかった行動に出た。
一定の間をあけて整列すると、体を変形させて『ありがとう かんしゃ』という平仮名を形作ったのだ。もしかして、話が通じるってこういう事なのか!? スライムでも喋れるのかな、もしくはドラゴンみたいに念話ができるのか?と予想していたんだが……と、とにかく、第一印象は良さそうだから、色々聞いてみるか。
「あーうん、なんで君達は赤いスライムに追われていたのかな?」
この質問に対し、白スライム達からは『かれら おなかへってた ぼくたち たべようとしてた』との返答。
ああ、そういう事だったのか。というか、スライムがスライムを食うのか……自分がそんな事を考えていたら、白スライム達がまた動いて『ぼくたち くうきのなかにある えいようをとればいいから しょくじのひつようない』『ほかのすらいむ それできない だからたまに ぼくたちねらう』との説明が。そうなのか、大変だなぁ。
「更に質問なんだけど、君達もやろうと思えば、他のスライムを取り込む事ができるのかな?」
これには、『むり できない』とのお返事。その理由は『ぼくたち しょうしょく』だそうで。少食なのか、この子達は。
更に、
『とりこむちから ぼくたちいちばんよわい』
『だから ぼくたちがさきにとりこまれておわる』
『ほかのすらいむみたら にげるゆうせん』
『たたかい やばん やりたくない』
などと次々に体を変化させて文字にしながら教えてくれる。
なるほどねえ、それじゃ対抗できんわな。彼らがとれる方法は逃げの一手しかないわけで……ああ、だから白スライムとは出会いにくいのか。いつも逃げ切れるわけではないのだろうし。
「他のスライム達は、こんな風に会話できないよね?」
これも一応聞いておく事にした。
まあ、これには予想通り、
『できない きたいするだけむだ』
『ぼくたちのほうが とくしゅ』
とのお返事でしたけど。まあそうだろうね。
白スライムが器用かつ敵対的ではないから、こんなやり方が成立するんだろう。
なんて事を考えていたのがばれたのか、白スライム側から説明があった。
『ぼくたち ふくすうで ひとつ』
『ここにいるの じゅうすうひきにみえるだろうけど じつはさんびき』
『ぼくたち ときどきとうごうして ちしきわけあう ほかのすらいむ そんなことしない』
それでか……
(特殊すぎるにも程がある。でも、統合して知識を分け合うっていう点は期待できるな。もしかすると、もしかするかもしれない)
なので、本命の質問をする事にした。彼らが知らないのであれば、またしらみつぶし作業を続行するだけだが、もし知っているのであれば大きく時間が短縮できる。
「じゃあ、もう一つ質問。ずーっと昔、この地底世界に一人の魔族の王様が落ちてきて、その王様が金属に姿を変えたって話を聞いて、自分はそれを捜しているんだ。なんでもいい、その事について何か知らないかな?」
期待を込めて聞いてみたところ、その結果は――
『しっている あれは ずっとむかし』
『でも きけん あそびでちかよれば みのはめつ』
『きんぞくになっても いっぺんのいしがやどっている えらばれなければ しぬ』
『ばしょは ここの ちかくじゃない』
『どわーふたちが いう おりはるこんのまち』
『そのまちのさきに それはねむっている そしてせいめいたいがちかよると めをさます』
『そしてとおざける むししてちかよると といかける』
『そのといにこたえられないと ころされる どうやってころしているのかは わからない』
との返答。白スライム達は魔王様の遺体のある場所を知っていた!
「オリハルコンの街、その近くのどこか。それが分かっただけでもありがたい。すぐに向かわないと」
気になる情報もあるな、問いに答えられないと殺される、ってのはどういう事だろうか? そして、殺され方が分からないときたもんだ。
それでも向かわなければ、目的が果たせない。出た所勝負だが、そのうちやってくる戦いに備えるためには避けて通れない道だ。
「ありがとう、自分が行くべき場所が分かった。感謝するよ」
自分の言葉に白スライム達からは、
『ぼくたちこそ ありがとう』
『あそこでたすけてもらえなければ たべられてた』
『ちしきがたいかになったなら ぼくたちもうれしい』
との反応。それだけじゃなく、白スライムの一匹が、蒼く輝く石を吐き出した。なんだろうと思っていると、
『これ もっていって』
『ぼくたちと たいわするひとのあかし』
『これをみせれば むこうのしろすらいむから もっとくわしいはなし きけるはず』
と説明してくれた。そういう事ならありがたく受け取ろう。
べたついているんじゃないかと思ったがそんな事はなく、普通に摘まめた。顔を近づけてじっくり見てみると、大きさが長径が三センチぐらいの、楕円形をした宝石みたいだ。
有益すぎる情報をもたらしてくれた白スライム達と別れ、アクアに全力で街の近くまで走ってもらった。
それからちびアクアと共にドワーフの皆さんにお別れを告げた後に、蒸気トロッコに乗って一路ミスリルの街へ。ミスリルの街はかなりの大都市であったが、観光云々は全てスルーしてオリハルコンの街に通じる蒸気トロッコに乗る。
ちなみに、この蒸気トロッコは有料だった。まあ片道三〇〇〇グローなので、支払いに悩むようなお値段ではない。
この日はオリハルコンの街にある宿屋でログアウト。時間も押していたし、街の周囲にテントを張るためには許可を貰わなければいけない。なので今日のところはこうするのが一番スムーズだったのだ。
明日は、適当な街まで蒸気トロッコで移動した後に、現地の白スライムと対話だな。上手く見つかればよいのだが……
《危険察知》先生にも白スライムの登録は済んだし、やるべき事はやった。あとは明日だ。
◆ ◆ ◆
翌日ログインし、オリハルコンの街から伸びている蒸気トロッコに乗るべく駅へと向かう。ミスリルの街にあった駅もそうだったが、オリハルコンの街にある駅もかなりデカい。
さすがに東京駅とか上野駅ほどのレベルではないが……そうだな、大きさは東京駅の三分の二ぐらいだろうか。ただし利用客のほうは比較にならない少なさなので、かなりスカスカな感じがする。
このオリハルコンの駅には、他の大都に行くものとは別に鉱脈に行くための支線があって、それは七つの駅に区切られているようだ。なので、とりあえず中間点の四つ目の駅で降りて、その街の周辺に白スライムがいるかどうかを確認するつもりだ。
見つける事さえできれば、昨日譲ってもらった蒼い宝石みたいな奴を見せれば対話に応じてもらえるはず。そして彼らから情報を得られれば、いよいよ魔王様の遺体とご対面できる。さっさと済ませて、この地底世界でしかできない事を推し進めたい。
鍛冶技術を磨いて、新しい弓を作りたいのだ。あと、各種装備のバージョンアップを図れればなおいい。
蒸気トロッコに乗り、四つ目の駅に到着するまでのんびりと揺られる。
この路線の近くで作られている作物は、ミスリル方面とは違ってジャガイモや人参といった根菜類がメインのようだ。小麦などは一切見かけない。土壌の関係だろうか? 農業スキルを持っていないから、詳しい事は分からないのだが。
農業と言えば、薬草の栽培に関して進展があったとかってニュースが掲示板に上がっていたな。以前のやつは効能が天然物の五割ぐらいだったが、今度のは七割を超えてきたとか何とか。その分栽培が難しくて量も取れないためにお値段が上がるが、効果の高いポーションを作れるようになったのは大きな進歩だと歓迎されていた。
ポーションを飲み過ぎると中毒症状を引き起こすからな、使用量が少なくて済むよう質のいいポーションを用意しておくのは、冒険の基本だ。
農業関連の掲示板をちょいちょい覗いているうちに、目的の四駅目に到着した。降車して街に入り、まとめ役のドワーフと話をして、街の周囲にテントを張る許可を貰うといういつもの流れで、やるべき事をやってから行動開始。
だが、頭に乗ってもらっているちびアクアを下ろすわけにはいかない。なぜなら、この街にはかなりのプレイヤーがいるためだ。ここで本来の姿に戻したら、ピカーシャがなぜここにいるんだって大騒ぎになる。
(えーっと確か、この街の周辺で新しいミスリルの鉱脈が発見されたんだっけか? で、ドワーフ達と協力して掘り進めるプレイヤーがそれなりにいるって状況になってたはず。その鉱脈があるのとは違う方向に向かって、人の目がなくなるまでは徒歩で移動するしかない)
仕事の昼休み中に仕入れておいた掲示板情報では、確かそうなっていたはずだ。人員募集がかかるレベルの大規模鉱脈らしく、参加した人は給金に加えてミスリル鉱石も支給されるため、鍛冶スキル持ちが多くやってきているんじゃないだろうか。
ミスリルの研究は急ピッチで進んでいるらしく、ミスリルを用いた武具の生産に関する情報については鍛冶関連の掲示板でのやり取りが盛んだ。もちろん最終的な生産方法、設計図の作成は自分自身で行わなければならないが、そこに到達するまでの途中経過はある程度参考にできるらしく、教え合いも発生している。
どうやったら自分なりの強い武具を作れるか。そのための試行錯誤を繰り返すのが鍛冶プレイヤーの醍醐味なのだが、ミスリルは色々な金属の常識を無視、超越する面が多いらしく、研究が楽しいという意見をちらほら見かけた。
熱中しすぎて、時間の感覚が狂う人も大勢いるようで……休息はちゃんと取ってほしいと個人的には思う。
そんな鉱脈に向かっていると思われる人々と十分に距離を取ったところで、元のサイズに戻ったアクアの背に乗って爆走を開始。
あとはひたすら走り回ってもらって、《危険察知》先生が白スライムの反応を捉えてくれるのを待つのみ――なんだか、自分が思いっきりサボっているだけのような気がしてくるんですけど。
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