とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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7巻

7-1


  1


 今日も自分こと田中大地たなかだいちは現実での仕事を終え、VRMMO「ワンモア・フリーライフ・オンライン」の世界へとログインした。次の瞬間には、この世界での姿であるアースとしてベッドの上におり、早速「龍の国」に向かうために起き上がった。


     ◆ ◆ ◆


 そしてやって来た龍の国。まずは活動拠点を得るべく、自分は以前このいちたけに来た時にも泊まった宿を再び訪れた。

「こんにちはー、お久しぶりです」
「おやまあ、これまた久しぶりの顔だねえ」

 女将おかみさんと挨拶を交わして部屋の空きを確認したところ、運よく泊まれるようだ。
 妖精国で勃発した戦争で大幅に遅れてしまったが、ようやく「龍の儀式」再挑戦に向けた第一歩を踏み出せた。

「『龍の儀式』はもう終わったんじゃないのかい?」
「ええ、前に挑戦した時は、まあその……失敗しまして。あれから訓練を積み直し、再挑戦するために今回また来たわけなのですよ」
「へえ、やっぱり、そのへんの子達とは違うねえ……話を聞くだけで挑戦を避けるような腑抜ふぬけてる最近の龍族の若いモンに、あんたの爪のあかでも呑ませてやりたいよ」

 そういえば、「龍の儀式」に挑む度胸のある若者が少ないとなげく龍人を、以前からよく見かけたな。

「合格不合格は別にして、困難に挑む気概は失ってほしくないですよね」
「その通りさね……うちの子にも、一度は挑むべきだって叱咤しったしてるけど、『痛いのやだ』って逃げ回るばかりだよ……困ったもんだ」

 女将さんのボヤキに苦笑を返して、部屋の鍵をもらう。
 とりあえず、現在の愛弓である【双咆そうほう】の扱いを復習しつつ、ゆっくりと龍の国を進んでいく予定だ。システムアップデートが今度の定期メンテナンスに併せて四二時間かけて行われるとアナウンスがあったので、その前に「龍の儀式」に挑もうと自分なりのタイムリミットを決めてある(ちなみに作業が四二時間にも及ぶと告知された時、掲示板は非常に面白い状況になっていた)。

「もう他人のケツを叩いたりはしませんよ」
「ゴロウの件だね。あのガキンチョが、まさか龍になるとはねえ……」

 そう、前回挑んだ時にゴロウが龍になれるよう行ったようなサポートをもう一度、というのはさすがに無理だ。今回はタイムリミットもあるし、【双咆】を手になじませる訓練を行う必要もある。それらのしばりをこなしつつ再挑戦というのは、明らかに自分のスペックをオーバーする難易度だろう。できないことはできないと認めて、手を出さないほうが賢明だ。

「この街はあれからどうです? モンスターとかが暴れていたりしますか?」
「幸いにして大きな不幸はなかったさ。ただやっぱり、先日の妖精国の戦争から生きて帰って来られなかった者がいる家は沈んでいるけどね……」

 戦場に立てば命の保証などない。もちろん武人の家族ならそんなことは十分に分かっていただろうが、それとこれとは話が別。故人をいたむのは当然だ。

「酷い戦争でしたからね……実に多くの人が亡くなりました」
「――その言い方からして、お客さんも参戦したのかい?」
「ええ、妖精国の友のために」
「そうかい……じゃあ、あたしなんかよりもずっとあの戦争での出来事を知っているんだね」
「正直、もう二度とあんな戦場は見たくないですね」

 そんな話をひと通りした後、一が武の外に出て森まで来た。
 色々あってこれまで本格的に打ち込めていなかった【双咆】の扱い方の訓練を、今度こそ本格的に始める。この先もう戦争は起こらないかもしれないが、この世界で冒険者をやる以上、戦いは避けられない。強くなれる時に少しでも強くなっておかないと、後で困るのは自分自身である。
 この辺にいるモンスターは、今の自分からしたらもう明らかに格下なので、あまりスキルLvの上昇は望めない。実利的には資金稼ぎと一が武の治安維持に対する貢献ぐらいの意味しかないが、ひどい言い方をすれば訓練のまととして都合がいいのだ。
【双咆】を手に持ちながら森を歩く。すぐに隠れているカメレオンリザードを見つけたので、早速的になってもらうことにした。【双咆】にマジックパワーMPを注いで、限界の七割までげんを引く。以前ならここまで引いたらひどい反動があったものだが……さて。
 弦を離すと、ガキューン! となぜか銃声のような音を響かせながら、矢が撃ち出された。そのまま狙い通りにカメレオンリザードの体の中心をぶち抜き、木に縫い付ける。その後で六割まで引いた矢を二本当てて、トドメを刺した。
 音は相変わらず出てしまうようだが、これまでのような反動は……ない。
 戦争の時に雨龍うりゅうさんから教えてもらわなければ、MPを注ぐという正しい使い方にこの先気付けたかどうか怪しい。雨龍さんと知り合いになれたのは色々な意味で本当によかった。
 さて、次は八割、九割の力で弦を引く感覚も試さないとならないな。そう考えると、【双咆】を持つ左手に少々力がこもった。
 それから一時間ほど戦い続けて判明したのは、(少なくとも現時点では)MPを注ぐと反動を一段階軽減できること、威力を増加できることの二つだ。具体的に言えば、MPを注いで八割の力を込めた時の反動がMPを注がない場合の七割と同じ、同じくMPありの九割ならMPなしの八割に相当、となる。
 その一方で音はまったく抑えることができなかったので、不意打ち狙いならば今までと同じく反動と音の副作用がない六割までに抑えて撃たなければならない。
 雨龍さんの頭の上で彼女のサポートを受けながら放った一矢を再現することは、今の自分では到底不可能だ。まあ、長い目で見てあれを目標に据えるのは悪いことではない。
 考えをまとめた自分は、一が武に帰ることにした。もう夕暮れが近づき、視界が悪くなり始めている。暗視能力を兼ね備えた〈百里眼ひゃくりがん〉のスキルがあるとはいえ、光の反射具合によっては物が見えづらくなったりするし、いささか危険な時間帯だ。実際、隠れているカメレオンリザードの姿が、昼間より見えづらくなっているように感じる。完全に日が落ちたほうが暗視能力がよく働くため、よっぽど周りが見えやすい。複数のモンスターに絡まれて面倒な状況になる前にと、さっさと引き揚げた。

「おかえり、外は変わっていなかったかい?」
「ええ、適度にモンスターを倒したので、間引きにはなったと思います」
「そうかい、お疲れさんだね。ご飯はいつでも食べられるよ、どうするんだい?」
「今すぐいただきます」

 食堂に入って、女将さんにご飯を出してもらう。ご飯に味噌汁、漬物に照り焼きのお肉と、派手さはないが美味しいメニューだった。ごちそうさまでしたと礼を言って部屋に戻り、ログアウト。明日はたけに行こうか、久々にワンモア世界の風呂に浸かるのもいい。


 翌日、現実での仕事を終えてワンモアにログインすると、夜明けを迎える時間帯だった。食事をして二が武に出発するには実にいいタイミングだろう。装備を整え、忘れ物がないのを確認してから部屋を出る。

「おはよう、よく休めたかい?」
「おはようございます、おかげ様で」

 部屋の鍵を返却して、用意してくれていた朝ごはんを食べる。今日の味噌汁は豆腐とワカメか……シンプルだが、実に美味しい。

「また顔を出しなよ。待ってるからさ」
「はい、またいずれ」

 宿を出る際は、女将さんにこんな言葉で見送られた。
 外套のフードをかぶり、妖精国のフェンリル家からいただいた【フェンリルの頬当て】を装着してから、街の外を目指す。見渡してみると、以前来た時と変わらぬ活気がある。さすがに戦場から遠かったからか、妖精国とゲヘナクロス教国との戦争による影響は小さいようだ。
 そんな街の様子を見届けた後、自分は一が武を後にした。二が武を目指すには、あの細い上り道を登らねばならない。以前はピカーシャが自分のそばに居たが、今度は本当の一人旅だ。あの青い姿が近くにないだけで、これだけ寂しいと思ってしまう……まさに一匹狼ってやつか。
 ところで狼というのは、仲間を非常に大事にして、子供を群れ全員で育てる性質があるようだ。そんな狼の世界で一匹だけで行動する個体というのは、群れの中でよほど大きな問題を起こした者らしい。普通なら狩りは群れで協力してやるので、一匹だといい獲物を得ることはまずできない。獲物を得られないということは食事ができないということであり、その先にあるのは餓死という結末である。こうしたことから考えると、「一匹狼」なんて称号は、負け組の称号と言っても間違いではなかろう。言葉の響きが格好いいだけに、たちが悪い。
 そんなどうでもいいことを考えているうちに、一が武と二が武の狭間にある関所が見えてきた。今日は並んでいる人が非常に少ないし、すぐに通過できそうだ。二分ぐらいで自分の番が回ってきたので、【松の通行手形】をお役人様に提出したところ、質問を受けた。

「ふむ、手形は問題なし。さて、ではなんじは何のためにこの先を目指す?」

 隠すことでもないので、今回の目的を正直に告げた。

「はい、『龍の儀式』に挑みに参ります。一度目を失敗しまして、龍の国を離れて修練を積んできました。それで十分力を付けられたと思いましたので、再び挑むためにむつたけへ向かっています」
「その心意気やよし。通ってよいぞ」

 お役人様はそう言って通行の許可をくれた。頭を下げて、二が武側の出口に向かうと、脇にいたお役人様から「成功を祈っているぞ」と励ましの言葉を頂戴した。


 そんな感じで無事に関所をくぐり、その先の山道でたまに出てくるいのししを狩りつつ二が武を目指す。スネークソードの扱いに関しても、イメージと実際の動きがやっと重なりつつある。馴染んできたという表現が適当だろうか。
 単独ソロプレイである以上、近接能力ももっと鍛えていかなければまずい。
 二が武での修練の目標としては、スネークソードと蹴り技の連携を練ろうと考えていた。伸ばせば中距離用、縮めれば近距離用となるスネークソード。敵の打ち上げに跳びかかり、三角飛びを可能とする蹴り。狭い部屋が多くて弓の使用が制限されがちな南の砦というダンジョンもあることだし、修練し直すにはちょうどいいエリアだ。
 北の洞窟に隠れ住んでいる、先祖返りしたという龍族のあの女性も気になるが……あの人は、ただただ静かに過ごすことだけを望んでいる。最初に訪れた時は知らなかったから仕方ないとしても、下手に騒がしくすると迷惑だろう。今回の修練は南の砦のみで行うか……
 考え事をしながら歩いているうちに、二が武の街が見えてきた。しつこいようだが、現実の我が家の風呂は決して大きくない。それだけに、思いっきり体を伸ばしてゆったりとかれるサイズの風呂は、精神的にとても大きな癒やしになるのだ。あの宿は特殊なため、満員で宿泊できないということはまずない。

(こんな時間だし、修練のこととかは一旦横に置いておこう、今は風呂だ風呂!)

 完全に浮かれきった自分は、二が武の宿屋を最優先に目指していった。地図を表示せずとも迷うこともない宿屋への道を足早に移動する。自分の心をいまいち抑えきれない。そうして辿り着いた宿屋の前で……

「ほう、これは久々に見る顔だな」

 よりによって、龍王様とはちあわせてしまった。

「りゅ、龍王様……」

 回れ右したい気持ちを抑えて頭を下げる。お偉いさんと関わると非常に疲れるケースが多い……すっかり忘れていたよ、ここの宿には龍王様も来るんだってことを。それにしたって、このタイミングで泊まりに来なくてもいいじゃないか。

「そう逃げずともよいではないか。我が娘も来ておるぞ」
「げっ」

 つい心の声が外に出てしまった。そういうことは思うだけに留めなければならないが、本当に無意識のうちにポロリとこぼれたのだ……社会人としては最悪の失敗だ。

「ほう。その言葉の真意を是非教えてもらおうか? 女将、客だぞ!」

 龍王様に文字通り引きずられて宿屋に入る。自分はただ、風呂を堪能たんのうしたいだけなのに!

「ようこそいらっしゃいました、龍王様。すでに姫様はお風呂に入っていますよ」
「うむ、しばらく世話になるぞ、女将よ。こやつもな」

 龍王様の腕力に逆らえず、突き出される格好で女将さんと対面する。

「こんな形で恐縮ですが、お久しぶりです」
「あらあら、ようこそ。そろそろ来る頃と思っておりましたが、面白い登場でございますね」

 狙ったわけではないのですが……

「部屋割りはいかが致しましょう?」
「うむ、三人一緒で構わ――」
「構いますよ!?」
「なんじゃ、面白くないのう」

 龍王様がさらっととんでもないことを言い出したので必死で阻止。王族と同じ部屋に宿泊しろなんて、拷問以外の何物でもない。ゆっくりくつろげないなら、龍の国の宿屋に泊まる意義の九〇%が消し飛ぶではないか。

「こっちは冒険の合間の癒やしを求めて泊まるのですから、勘弁してください、龍王様」
「ふむ、我が娘の膝枕ひざまくらに添い寝では癒やしにならぬと?」

 ニタニタ笑いながらそんなことを言ってくる龍王様。たとえ龍王様相手でなかったとしても、親の前で娘さんとそんなことするなんて、どんな羞恥プレイですか。むしろ精神が摩耗まもうします。

「何であろうと部屋は別、風呂も時間は別! そこは譲れません」
「つまらんのう」

 このやりとりを女将さんにクスクス笑われて、恥ずかしいやらなにやら。
 はあ、くつろぐのはさんたけまでおあずけかな……?


 いきなり疲れた。
 鍵をもらって個室に入り、座椅子に腰を下ろして装備を解除してから、ふぅーっと深く息を吐き出す。よりにもよって、龍王様親子とここで鉢合わせるとは思わなかった。今日一日だけ泊まって、さっさと三が武へ行くべきだろうか……修練の急遽取り止めもやむなしだ。落ち着いてやれなければ身につかないし、戦闘に集中できないようでは無様にやられるだけだろう。
 部屋に備え付けの梅昆布茶を淹れ、ひと口に飲んで息をつく。他に茶菓子もあり、いかにも温泉宿にありそうなこういう小道具を、妙なレベルまでっているのも「ワンモア」の変なところだ。口の中に広がるほどよい梅の酸っぱさと昆布の旨みが、気分を落ち着かせるのにひと役買ってくれる……それにしてもよく出来ているな、自分の〈料理〉スキルでこれを再現できないだろうか。
 梅昆布茶を飲み終わり、もう一杯だけいただこうかと梅昆布茶の粉末が入っている袋を開けようとした時、扉をトントンと叩く音が聞こえてきた。無視するわけにもいかず、立ち上がって扉をゆっくりと開けて声をかける。

「はい、どちら様で?」

 そこにはこの国の姫である、りゅうちゃんこと龍姫りゅうきがいた。

「お久しぶりなのじゃ、遊びに――」

 途中でピシャン、と扉を閉じた。龍王様があんなことを言い出した以上、今は龍ちゃんともある程度距離を置いておくほうが、間違いがないだろう。恨むなら父親をってことで……さて、この宿屋を選んだ一番の理由である、風呂に入る準備をしようか……
 ドンドンドンドン、と先ほどより力をこめて扉を叩く音が聞こえてきた。仕方がないのでもう一度扉を開ける。

「どうして突然扉を閉め――」

 ピシャン。さて、風呂の準備準備と。荷物はこれでよし、ではいざ風呂へ……
 ダンダンダンダンダン! と、これまでよりさらに力がこもったノックの音が響く。だがその直後、女将さんの声が聞こえてきた。

「お客様、一体何をなさっておられますか!」
「え、いや、そのな、久しく会っていなかった知人を訪ねてきたのじゃが」
「どう見てもご迷惑をかけているようにしか見受けられませんが」
「ご、誤解ごかいじゃ! そんなつもりではなくただ久しぶりに……」
「言い訳は無用に願います。たとえお客様といえど、他のお客様にご迷惑をかけるのであればお仕置きをさせていただくというルールは、当然ご存じですよね?」
「え、い、いや、だから誤解じゃ!」
誤解ごかいも六階もございません、さあ、こちらへどうぞ。この宿屋のあるじは私でございますゆえ、お覚悟を」
「そ、そこはダメじゃ! そんな場所を掴まないでたもれ! ああ~……」


 ――さて、静かになったことだし、風呂に行くか……何がどうなったのかは一切考えないようにしよう、それがきっと正解だ。あえてやぶをつつく必要はない。面倒事は避けるに限る。


「ああー……生き返る……」

 風呂は命の洗濯、なんて言葉に思わず同意してしまう。現実ではとても望めないような広々とした風呂にただ一人、手足を思いっきり伸ばす幸せ。仮想現実の体でも、気持ちいいものは気持ちいいのだ。はふう……と間抜けな声が自然に漏れてしまうが、この風呂場には自分しかいない以上、誰にも聞かれる心配はない。

「目を閉じたら寝てしまいそうだ」

 チャポチャポとお湯が揺れる小さな音と、サラサラと笹がそよぐ音以外に、この場に音はない。騒がしい電話の呼び出し音も、工事の轟音も、気ぜわしい車のクラクションも、一切合財ない。完全な別世界。
 幸せだ。飾り立てた言葉なんか必要ない。
 現実でここまでの安らぎを得ようと思ったら、果たしていくらかかるだろうか? 宿屋までの交通費、宿泊費。それにこんな風呂を独り占めするには、お金だけではなく運も絡む。宿屋を貸し切りにするなんて、一般市民にはできるわけがない。まあ、今の経済のかじを取っていると噂の六人の「英雄富豪」と呼ばれる人達なら、なんてこともないのだろうが。

「やめやめ。せっかくのこんな素晴らしい時間に、みみっちいことを考えるのは!」

 そう切り替えた後は、ぼーっとこの風呂を堪能した。しばらく経つとヴァーチャルリアリティVRながらのぼせてきたので、風呂から上がる。実に楽しませてもらった。
 そういえば龍ちゃんはどうなったかな……少々悪いことをしてしまったが、かといって話しているところを龍王様に見られたらなんと言われるか。後でフォローをするにしても、しばらく無理そうだな。龍王様は色々と面白がっている様子だった、まるでガキ大将のように……今は放置するのが一番だろう。
 そうして脱衣場で浴衣を着ていたところに、龍王様がやってきた。ボコボコにされ、多数の引っかき傷のアクセサリー付きという、ギャグ漫画のような顔で。そうなった理由はあえて聞くまいと、最低限の挨拶だけ交わしてスルーしようとしたが……向こうから呼び止められた。

「先ほどはからかって本当に済まなかった。だから、娘をかまってやってくれ……私の命を助けると思って」

 そう言った龍王様に、見事な土下座をされた。
 それにこっちは本気でドン引きである。こんな心境を、現実より先に仮想空間で体験することになるとは思わなかった。

「は、はい……」

 こう返事するのが精一杯だった自分を、誰が責められようか。
 しかも部屋に戻る途中、龍ちゃんが自分を見つけた途端に半ベソをかきながら必死ですがりついてきて、女将さんはそれを見て苦笑していた。
 結局この日はログアウトするまで、龍ちゃんは自分の左手を離さなかったのだった……


 翌日も仕事が終わり、「ワンモア」にログイン。そして女将さんに直接聞きたいことがあったため、本人の部屋に直行した。

「お仕事中、恐れ入ります」
「あらあら、どうなさいましたか?」

 運よく部屋にいたので、早速龍王様のことを聞く。

「龍王様はどうなりましたか?」
「お城へお帰りになられました、物理的に」

 物理的……この響きになぜか自分は、恐ろしいものを感じた……

「あの、その『物理的に』とはどういう意味でしょうか?」
「龍王様の奥方様が直々にこちらへお出ましになられ、腕力に物を言わせて城へ引っ張っていかれました、という意味でございます」

 龍王様の奥様とは……今の今まで一切話に出てこなかったから、てっきりこの世界にはいないものなのかと考えていたのだが。

「あの、龍王様の奥方様とは一体どのようなお方ですか?」
「そうでございますね……少々昔の話ではありますが、ブラック・ドラゴンの若造を左手一本で掴んで枯れた木の枝でも投げるかのようにぽいっと投げたという逸話がございます」

 ――え。

「その怪力ゆえ、普段は離れに居を構えて静かに過ごされておりまして、人前にはめったに姿をお見せにはなりません。ですが、私はその奥方様と親しくさせていただいております。今回の騒動をお伝えしたところ、文字通り飛んでいらして……龍王様を見つけるとがっちりホールドなさいましてから『二人とも、お仕置きが必要ですね……他人様に多大なご迷惑をおかけするとは何をやっているのですか?』とささやいておられました。龍王様が脂汗あぶらあせを流すお姿は大変こっけ……いえいえ、非常に痛ましく……龍姫様も腰を抜かして立てないご様子でございました」

 今「滑稽こっけい」と言おうとしただろこの女将さん! カザミネ、お前がれているこの女将さんは結構怖いぞ……と、とにかく。今は話を合わせないと。

「そ、そうですか。とりあえず状況は分かりました」

 今回の龍王様のからかいはちょっと度が過ぎていたし、頭を冷やしてもらおう……生きて再会できるかは非常に怪しい気もするが、そこはあえて無視する。

「そういえば、奥方様からの伝言をうけたまわっております」
「自分に、ですか?」
「夫と娘が大変なご迷惑をおかけしました。夫のちょうきょ……いえ、お仕置きが終了した後で、できるだけ早くお詫びに向かわせていただきます、とのことです」

 はあ……お仕置きしてくれるらしいし、別に謝罪を要求するつもりもないのだが……

「そうなると、この宿で奥方様を待ったほうがよいでしょうか?」
「いえ、お客様のことは龍姫様から色々聞いていらっしゃるご様子でしたし、外見は私もお伝えしましたから、龍の国の中にいらっしゃれば特に問題はないと思われます」

 ならば、このまま進むか。それに龍王様達が帰ったなら、修練は予定通り行おう。今度のアップデートで新しい街と新しいダンジョンが現れるのだから、少しでも強くなっておかねば。

「では、今日は訓練も兼ねて南の砦に行ってまいります」
「はい、お気をつけて。あ、これはお弁当です、お腹が空いた時にどうぞ」

 あれ? なぜ今日に限ってお弁当を?

「お弁当の注文を出した覚えはありませんが……?」
「龍王の奥方様からのお詫びです、どうかお受け取りください」

 奥方様の責任ではないだろうが、受け取ることで少しでも向こうの気が楽になるというのなら、いただいておこうか。

「分かりました、ありがたく頂戴します」
「はい、是非に。それではご武運を」

 こうして女将さんに見送られ、二が武の南にあるダンジョンに向かった。

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