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7巻
7-2
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砦への道中は、特に大きな問題はなかった。たまにゴブリンに襲われはしたが、今の自分の実力ならよほどの集団でない限り問題なく対処できる。軽く蹴り飛ばして体勢を崩したところをスネークソードで斬りつけたり、スネークソードを伸ばして突いたりと、まだ不慣れな戦い方を試すのにちょうどいい練習になった。今まで遠距離攻撃手段が多かった自分だが、近距離は近距離で面白みがあるなとも感じ始めていた。
そんな調子で砦の門前に到着したところ、そこではプレイヤーと思われる五人組が何やら揉めていた。大声で話しているので、聞き耳を立てるまでもなく、会話の内容が嫌でも理解できてくる。
「今日の予定が……」「しょうがないだろ」「でも、時間は有限……」「でも現実は大事……」「それは分かるが、それなら昨日のうちに……」「五人じゃ戦力的に不安が……」「知り合い呼べば……」「アップデートに備えてて無理……」――どうやら、六人パーティで龍の国を攻略していたが、そのうちの一人がドタキャンでもしたのだろう。「リアルは~」と言っているところからして、学校か仕事のせいかね? まあいちいち首を突っ込む気もないので、彼らとは少し距離を空けて歩き、砦の中に続く扉に手をかけようとしたところ――
「あ、あの、突然すみません! この砦に入るなら、臨時でうちのPTに入ってもらえませんか?」
そう呼び止められた。この場には自分とその五人しかいない。ガン無視するのも躊躇われるので、とりあえず声をかけてきたPTリーダーらしき人のほうを振り向く。
「今日来るはずだった人が来られなくなってしまって。僕達のレベルでは、この辺の攻略は六人いないとかなり無理があるんです」
なるほど、だからあんな風に言い争っていたのか。だが問題は……
「うーむ、そういうことなら入るのも構わないは構わないが、役割としては何をしてほしいんだ? 魔法攻撃や回復役だったら、スキルの関係上、自分には担当できないのだが……」
そう、弓に頼ってしまうのを防ぐため、装備から外してアイテムボックスの中に入れてしまった今の自分では、なんちゃって前衛が精一杯だ。できないことははっきりできないと言っておかないと、トラブルの元になるだけである。
「はい、やってほしいのはアタッカーです。剣をお持ちのようですし……タンカー役はこいつがやりますから、きつい時は後ろに隠れてくれて構いません」
そう言ってリーダーが指し示した男性プレイヤーは、フルプレート姿で大きな盾を持っている。
なるほど、アタッカー役ならば自分でも何とかなりそうだ。
「了解、それならばOKだ。PTの連携が分からないから、最初は様子見をしながら戦うことになるが、よろしく」
「ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします」
リーダーと握手を交わした自分は、浮かび上がってきたPT加入選択画面のYESキーを押した。
「じゃ、入ろうか。今日の目的はクリアじゃなくて、ダンジョンに慣れること。だから、無理せずゆっくり進むよ」
ふむ、このPTは慎重にやる方針なのか? ダンジョンが出来て大分経った今となっては各種情報が揃っているのだし、最短コースで行こうという人が多い中、なかなか珍しいな。
タンカー役のガイ。アタッカー兼PTリーダーのライツ。魔法使いのレイカ。回復役のリン。回復関連と魔法攻撃が半々の自称賢者ココル。この五人に自分を合わせた六人でダンジョンに挑む。今日来られなかったのは、弓と短剣を使うレンジャーなんだそうだ。自分も最初はレンジャーを目指していたはずなのに、今は思いっきり違う道を進んでいる。今は今で楽しいので問題はないけれど。
そうして砦の扉を開き、ゆっくりと中に入っていく。さて、以前は弓攻撃で立ち回ったが、蹴りとスネークソード中心の立ち回りとなると、どこまで変わるか……気を引き締めなければ。
「じゃ、慎重に行こう。ゴブリンだって、単体ならなんの問題もないけど、複数来たら厄介だ……それから大部屋はできるかぎり避けるよ。万が一馬鹿でかいモンスターに遭遇したら、今の僕達じゃ絶対に勝てないからね」
確かに大部屋に出てくるでかいモンスターは、タフで一発の威力が重かったな。実力に自信がないなら、無理して戦う相手ではない。戦える相手を選んで経験を確実に詰むほうが、最終的には近道だってことはよくある。このライツの考えは間違っていない。そう考えて、ゆっくりと砦の中を歩いていたのだが……
「ストップ」
と、自分は声をかけた。ドSが多いと噂されている「ワンモア」のスタッフ陣が密かに難易度調整を施していたようで、通路の罠がいくつか増えている。以前来た時は、通路にここまで多くなかったはずだが……?
「どうした?」
ガイの問いかけに「罠が複数見える」と返答する。
「ってことは、もしかして盗賊系のスキル持ち? 罠の解除もできる?」
リンが不安そうに質問してきたので、頷いて答えておく。
罠の内容を確認すると、矢を放つアロートラップが中心ながら、アラームのトラップも混じっていた。アロートラップのダメージは軽いので瀕死状態でもない限り発動させても大きな問題はないが、近くの敵を呼び寄せるアラームは話が別だ。このPTでは、数に押しつぶされて全滅しかねない。
「――解除するから、周りの警戒をお願いするよ」
アラームがあると告げた途端、メンバーは揃って顔をこわばらせる。おそらくこれが原因で全滅した経験があるのだろう。表情がこれでもかというぐらいに固くなっていた。軽いトラウマを持っている可能性もあるな。
罠の解除は簡単だった。罠のレベル自体が低く、対応するスキル持ちなら簡単に解除できただろう。アロートラップとアラームの両方を手早く解除して、「もう大丈夫だ」と教える。
「ありがとう、また全滅するところだったよ」
ライツが感謝を伝えてきた。「また」と言っているから、やはり以前に苦渋を味わったようだ。
「アラーム怖い、アラーム怖い」
「あれはトラウマものだったよねえ」
「ここの砦に罠が増えたって噂は事実だったんだな……」
やいのやいの、後ろから声がする。発言内容からして重度のトラウマ持ちが一名か……今後経験を積んで、アラームごときむしろ踏んで経験値を荒稼ぎしてやるわ! と言うぐらいの強さを身につけ、トラウマを乗り越えてほしいものである。
トラップ関連の話で盛り上がった後、しばらく歩いたところでようやく、ゴブリンが数匹いるのを確認した――が、それに気がついたのは自分だけのようだ。他のメンバーはまだ警戒する様子が見当たらない。仕方がないので、少々大げさな身振りでスネークソードを鞘から抜いた。その様子を見ていたガイが、慌てて盾を構えて片手剣を抜く。
「どうしたの?」
「いるぞ」
ココルの疑問に、僅か三文字で短く返答。これでようやく状況を理解したのか、メンバーが次々と戦闘態勢に入っていく。直後、ヒタヒタッと明らかに人のものではない足音が聞こえ始める。
「本当だ……来てる……」
ぼそっとつぶやいたレイカが、攻撃魔法発動の準備に入る。少し経ってから薄暗い中に姿を現したのは、やはりゴブリンだった。数は五匹、こっちのほうが一人多い。
「かかって来い!」
ガイがそう声を上げて挑発系アーツの一つ、《メガタウント》を発動したようだ。ゴブリン達は一斉にガイに攻撃を始めるが、ガイは大きな盾を前に向けてその攻撃を極力無効化する。
「ガイ、ありがと!」
魔法使いのレイカが《ファイアランス》を発動した。飛び出した火の塊はゴブリンの一匹に直撃して、その体を容赦なく貫いた。だがそれだけでは倒しきれなかったらしく、攻撃されたゴブリンはターゲットをレイカに変更し、剣を構えて襲いかかってくる。
「はいお疲れー」
そうして突っ込んできたゴブリンを、ライツの両手剣の一撃が叩き潰した。ゴブリンはあっさり光に還っていく。両手剣だけあって、その攻撃の重さはなかなかのようだ。
「よし、その調子で頼む」
タンカーのガイにもライツの言葉が聞こえ、ゴブリンが一匹、倒されたと分かったのだろう。彼は敵のターゲットを自分に固定するため、挑発系のアーツだけではなく、片手剣による攻撃も織り交ぜている。
「なら自分も、一匹ぐらいは担当しようか」
自分もこのまま見ているだけでは役立たずになってしまう。ガイの横を走り抜けてゴブリン達の背後を取り、攻撃を続けているゴブリン四匹のうち、適当な一匹に片手剣系のアーツ《スラッシュ》で切りつける。
背後から切りつけられて大きなダメージを被ったゴブリンは、頭にきたぞとばかりに振り返り、手に持ったショートソードを振り下ろしてきた。だが、こちらも《スラッシュ》を放った反動の硬直は解けているので、余裕を持って回避する。
「ギイイ!!」
避けるな! と言いたげに叫び声を上げるゴブリン。知ったことではないね、と心の中で返答して、再度スネークソードで斬りつける。さすがに今度はゴブリンも反応して回避行動を取った。今回はほんの少しゴブリンの肌をかすめる程度に留まる。その状況を好機と見たのか、ゴブリンはショートソードを斜めに振り下ろして反撃してきた。
(スネークソード、形状変更)
自分がそう念じると、ジャラッ、と音を立てて、手の中の得物がソードモードからスネークモードに変形、鞭のような形状になった。これで射程が伸びたので、斬りかかってきたゴブリンの攻撃をバックステップで回避し、剣を大きく振ってゴブリンの眉間を狙った攻撃を仕掛ける。スネークソードの先端が高速でゴブリンに襲いかかり、攻撃を外してバランスを崩していたゴブリンの眉間を貫いた。この一撃でゴブリンは力尽き、光の粒になっていく。
よし、あまりアーツに頼らずに倒せた。今の感覚を忘れないようにしよう。
あまりアーツに頼るとMPがすぐに枯渇するのは言うまでもない。魔法使いはMPを使ってこそだが、物理攻撃職はちゃんと使うべきところで使い、基本的な攻撃や回避は自分の技量で乗り越えるようにしないといけない。
ガイのほうを確認すると、残りのゴブリンは二匹になっている。向こうは向こうで一匹仕留めたようだ。ならばあと一匹は自分が受け持とうかね。スネークソードを伸ばし、容赦なく背後から串刺しにする。ゴブリンは「クケッ!?」と奇声を上げたが、倒れはしない。実は、弱点である心臓付近を狙ったものの、多少狙いがずれてしまっていた。
スネークソードを一旦引き戻し、アーツ《ブラッドメイデン》を発動。ゴブリンの首を狙って再びスネークソードを伸ばす。ゴブリンは回避に失敗し、首に刃が絡まっていく。もちろん容赦などせず、スネークソードを引っ張ることで、刃をゴブリンの首に思いっきり抱擁させる。これがトドメとなって、ゴブリンは光に還った。これほどあっさりと倒せたのは、ガイの攻撃のダメージが蓄積していたからだろう。
これとほぼ同時に、ココルの放った《ウィンドカッター》が最後の一匹を倒し終えた。
「その剣、スネークソードだったんですね」
興味深そうにスネークソードを見てくるリン。今は砦の中に無数にある小部屋の一つで、ひと息入れているところだ。ちなみに、残念ながらこの部屋には宝箱の姿はなかった。
「ああ、元々自分がここに来たのは、スネークソードの修練のためでね」
別段隠すことでもないので、率直に答える。
「しかし、僕達が五人がかりで倒すゴブリンを、一人で二匹も倒してしまうなんて……」
「いやいや、ガイがあれだけ注意を引いてくれていたからこそ、あんな風に戦えただけだ。自分一人だったらさすがに辛いぞ」
ライツにはそう答えておく。実際、背後から斬りつけて大ダメージを与えられたのは、ガイの挑発のおかげなのだから。
「それでも、あの攻撃力は素晴らしい。臨時メンバーなのが惜しいくらいだ」
ガイがそう言ってくれる。まあ、自分も一応は龍の国の最後まで行った人間だしな……この辺りであんまり苦戦するわけにもいかないのだ。
そのまましばらく休憩を挟んでから、行動を再開した。
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv47 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv20 〈製作の指先〉Lv93 〈小盾〉Lv20
〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv28 〈義賊頭〉Lv18 〈スネークソード〉Lv26(←2UP)
〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv44 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv47
ExP30
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
2
行動再開後も、ゴブリンの集団や、オークをリーダーにしたゴブリンの集団などと数回戦ってまた休憩、という流れを繰り返した。途中、多少の手傷を負うメンバーは出たが、リンの回復魔法とお手製のポーションで都度回復しているので、脱落者はいない。
ここまでの戦闘の結果、彼らの会話内容から予想して、ライツ達のスキルLvはそれなりに上がったようだ。自分のスキルLvも〈剛蹴〉が1、〈スネークソード〉が4ほど上がっている。ちなみに、休憩中に女将さんからもらったお弁当をいただいたが、大変に美味だった。
「そういえば聞きたいことがあるんだ……君達は妖精を連れていないようだが、何か特別な理由でもあるのか? 妖精がいたほうが戦闘力は上がるのでは?」
そう、ライツ達は誰一人として契約妖精を連れ歩いていなかった。妖精がいれば戦闘が確実に楽になるというのに。今なら妖精国に行けば簡単に仲間になるし、龍の国まで来られるプレイヤーが妖精国に行けないはずもない。
「ああ、それはもちろん知っているのですが……今日来なかったメンバー以外は全員、スキルの構成上、〈妖精言語〉を取る余裕がないんですよ。言語がなくても簡単な指示ぐらいは問題ないって聞いていますけど、それでもほとんど待機させることになっちゃう可能性が高くて……なので、妖精を仲間にすることは控えているんです、そもそも自分達だけでも、まだまだ連携が固まっていないですし」
なるほど、確かに攻撃スキルやらそれに伴う補助スキルやらを色々と揃えるとなると、一〇枠しかないメインスキル枠を一つずつ、全員だと六つも潰すのは厳しいな。〈妖精言語〉なしで「攻撃して!」と指示を飛ばしても、魔法で攻撃するか直接殴りかかるか分からないから、逆に混乱を招く可能性も高い。ならばむしろ、PTで一人だけ〈妖精言語〉を取って、妖精に弱いモンスターなどの対処を任せる、と。その一人は今日お休みの弓使いだそうで、遠距離から攻撃ができる、つまり周りをよく見られる立場にあるから、タイミングを計って妖精に攻撃させられる。
「妖精はかわいいと思うのよ? でも正直、まだまだ自分の行動でいっぱいいっぱいで、妖精にまで気を回せるとはとても思えなくって」
レイカが自分の考えを教えてくれる。もっともな意見だ。自らの技量をちゃんと理解していることもよく分かる。
「なるほど、十分に理解できる戦略だな。振られてしまったから妖精がいない自分の状況とは大違いだ」
厳密に言えば振られたわけではないのだが、絶対に契約妖精を持てない以上、振られたという表現をしても……まあそんなに大外れではないだろう。
「振られた、と言うのは?」
「元々、妖精は最初のほうのゲームイベントでのキーキャラクターとして誕生したんだが……その時の抽選に漏れた数少ないプレイヤーの一人が、自分でね」
ガイの質問に答える。起こりうることは起こる、とはよく言ったものだ。思えばあの辺りから、自分の周りは色々とおかしいことになり始めたんだった。
「そういえば、そんなイベントがあったってフレンドが言ってたわ。つまり貴方は、その頃から『ワンモア』に参加できていたプレイヤーなのね」
ココルがそんなことを言う。このゲームに参加するのに必要なVR用ヘルメットもようやく品薄状態が改善され、新規プレイヤーが続々と増えているそうだ。そうした新規の中でも、もう龍の国に入れているこのPTは、参加できたのが比較的早いほうか、それともかなり長い時間ガッツリとプレイをしているかのどちらかだろう。
「僕達もそれなりにプレイ時間は長いかな……おっと、また大部屋だ。リーダー、どうする?」
話しながら歩いているうちに、またも大部屋の前に到着してしまった。ここまで大部屋を避けつつ歩いてきたが、もっと奥に進むのであれば、いつかは大部屋の中に入らなければならない。
「予定に変更はないよ、入らない。これ以上大部屋回避はできそうにないから、来た道をのんびり戻りつつ、ゴブリンを倒していこう――ちなみに、ご意見を参考にしたいのですが、貴方はこの大部屋をどう見ます?」
ライツの質問に、自分はこう答えた。
「今までいくつか大部屋を見てきたけど、この大部屋は一番お薦めできない。罠が多い上に低レベルながら麻痺罠がいくつかあるし……ひと言で言うと『嫌な感じしかしない』というやつかな」
誰かがゴクッと生唾を呑んだ。ぱっと見は、これと言って邪魔になるものがない、ガランとした大部屋。しかしその中には罠があると言われれば、一転して気味悪く見えてくるだろう。
「もし先に進むことを重視するPTだったとしても、ここは避けるべきだ。これだけ罠が張ってあるとなると……仕上げにデカブツがご登場、ってパターンが見え見えだ。そいつに追い回されて、罠を踏まされて動けなくなったら、死ぬまで袋叩き……自分なら勘弁願いたいね」
「それは誰だって嫌よ……」
自分の分析に、レイカがゲッソリとした表情で返事をしてくる。
「今日はとにかくこの砦に慣れることが最優先だから、進む理由はないし……引き返すということでいいよね、みんな?」
こう聞いたライツに全員が頷く。引き返す途中で出てくるゴブリンやオークを倒していけば、スネークソードのスキルLvももう少しは上がってくれるだろうと考え、自分も特に反対はしない。
実際、砦の外に出るまでに2Lvほど上昇してくれて、新しいアーツ《ポイズンスネーク》を習得できた。技の説明文には、スネークソードが地を這うように動き、相手の下半身に毒を打ち込む、とある。
実際にゴブリンに使ってみたところ、スネークソードがうねうねと蛇のように相手に迫り、先端がゴブリンの足や股間に突き刺さった。しかし、どう考えても股間はやりすぎだ。股間に突き刺さった光景を見たガイは、心なしか青ざめていたが、その気持ちはよく分かる、同じ男として切実に。肝心の毒の強さは大したことないようで、毒のダメージで倒すことはできそうにない。スキルLvが上がれば、毒の強さも上がるのかどうか……それはおいおい確かめていこう。
「お疲れ様」
「お疲れ~」
変なトラブルもなく、無事に砦の外に出られた。自分としても、かなり有益な時間を過ごすことができたと言っていい。スネークソードの感触をよりはっきり掴むことに成功したのだから。
「では、自分はこれで失礼するよ。縁があった時はまたよろしく」
「はい、その時はまたお願いします」
最後にライツと握手をしてからPTを抜け、街を目指した。街に帰る途中で襲ってくるゴブリンは、もちろんここでもスネークソードの練習を兼ねて倒していく。
砦に入る前よりも明らかにスネークソードを上手く動かせるようになっているのを感じる。ダンジョン内という困難な環境で武器を振るい続けた分、プレイヤースキルも向上したのかもしれない。スネークソードを握る右手から伝わってくる感覚には、変な表現だが心地よさすらある。
やっと、このスネークソードの主となれたのかな……
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv47 〈剛蹴〉Lv17(←1UP) 〈百里眼〉Lv20 〈製作の指先〉Lv93
〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv28 〈義賊頭〉Lv18
〈スネークソード〉Lv32(←6UP) 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv44 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv47
ExP32
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
そんな調子で砦の門前に到着したところ、そこではプレイヤーと思われる五人組が何やら揉めていた。大声で話しているので、聞き耳を立てるまでもなく、会話の内容が嫌でも理解できてくる。
「今日の予定が……」「しょうがないだろ」「でも、時間は有限……」「でも現実は大事……」「それは分かるが、それなら昨日のうちに……」「五人じゃ戦力的に不安が……」「知り合い呼べば……」「アップデートに備えてて無理……」――どうやら、六人パーティで龍の国を攻略していたが、そのうちの一人がドタキャンでもしたのだろう。「リアルは~」と言っているところからして、学校か仕事のせいかね? まあいちいち首を突っ込む気もないので、彼らとは少し距離を空けて歩き、砦の中に続く扉に手をかけようとしたところ――
「あ、あの、突然すみません! この砦に入るなら、臨時でうちのPTに入ってもらえませんか?」
そう呼び止められた。この場には自分とその五人しかいない。ガン無視するのも躊躇われるので、とりあえず声をかけてきたPTリーダーらしき人のほうを振り向く。
「今日来るはずだった人が来られなくなってしまって。僕達のレベルでは、この辺の攻略は六人いないとかなり無理があるんです」
なるほど、だからあんな風に言い争っていたのか。だが問題は……
「うーむ、そういうことなら入るのも構わないは構わないが、役割としては何をしてほしいんだ? 魔法攻撃や回復役だったら、スキルの関係上、自分には担当できないのだが……」
そう、弓に頼ってしまうのを防ぐため、装備から外してアイテムボックスの中に入れてしまった今の自分では、なんちゃって前衛が精一杯だ。できないことははっきりできないと言っておかないと、トラブルの元になるだけである。
「はい、やってほしいのはアタッカーです。剣をお持ちのようですし……タンカー役はこいつがやりますから、きつい時は後ろに隠れてくれて構いません」
そう言ってリーダーが指し示した男性プレイヤーは、フルプレート姿で大きな盾を持っている。
なるほど、アタッカー役ならば自分でも何とかなりそうだ。
「了解、それならばOKだ。PTの連携が分からないから、最初は様子見をしながら戦うことになるが、よろしく」
「ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします」
リーダーと握手を交わした自分は、浮かび上がってきたPT加入選択画面のYESキーを押した。
「じゃ、入ろうか。今日の目的はクリアじゃなくて、ダンジョンに慣れること。だから、無理せずゆっくり進むよ」
ふむ、このPTは慎重にやる方針なのか? ダンジョンが出来て大分経った今となっては各種情報が揃っているのだし、最短コースで行こうという人が多い中、なかなか珍しいな。
タンカー役のガイ。アタッカー兼PTリーダーのライツ。魔法使いのレイカ。回復役のリン。回復関連と魔法攻撃が半々の自称賢者ココル。この五人に自分を合わせた六人でダンジョンに挑む。今日来られなかったのは、弓と短剣を使うレンジャーなんだそうだ。自分も最初はレンジャーを目指していたはずなのに、今は思いっきり違う道を進んでいる。今は今で楽しいので問題はないけれど。
そうして砦の扉を開き、ゆっくりと中に入っていく。さて、以前は弓攻撃で立ち回ったが、蹴りとスネークソード中心の立ち回りとなると、どこまで変わるか……気を引き締めなければ。
「じゃ、慎重に行こう。ゴブリンだって、単体ならなんの問題もないけど、複数来たら厄介だ……それから大部屋はできるかぎり避けるよ。万が一馬鹿でかいモンスターに遭遇したら、今の僕達じゃ絶対に勝てないからね」
確かに大部屋に出てくるでかいモンスターは、タフで一発の威力が重かったな。実力に自信がないなら、無理して戦う相手ではない。戦える相手を選んで経験を確実に詰むほうが、最終的には近道だってことはよくある。このライツの考えは間違っていない。そう考えて、ゆっくりと砦の中を歩いていたのだが……
「ストップ」
と、自分は声をかけた。ドSが多いと噂されている「ワンモア」のスタッフ陣が密かに難易度調整を施していたようで、通路の罠がいくつか増えている。以前来た時は、通路にここまで多くなかったはずだが……?
「どうした?」
ガイの問いかけに「罠が複数見える」と返答する。
「ってことは、もしかして盗賊系のスキル持ち? 罠の解除もできる?」
リンが不安そうに質問してきたので、頷いて答えておく。
罠の内容を確認すると、矢を放つアロートラップが中心ながら、アラームのトラップも混じっていた。アロートラップのダメージは軽いので瀕死状態でもない限り発動させても大きな問題はないが、近くの敵を呼び寄せるアラームは話が別だ。このPTでは、数に押しつぶされて全滅しかねない。
「――解除するから、周りの警戒をお願いするよ」
アラームがあると告げた途端、メンバーは揃って顔をこわばらせる。おそらくこれが原因で全滅した経験があるのだろう。表情がこれでもかというぐらいに固くなっていた。軽いトラウマを持っている可能性もあるな。
罠の解除は簡単だった。罠のレベル自体が低く、対応するスキル持ちなら簡単に解除できただろう。アロートラップとアラームの両方を手早く解除して、「もう大丈夫だ」と教える。
「ありがとう、また全滅するところだったよ」
ライツが感謝を伝えてきた。「また」と言っているから、やはり以前に苦渋を味わったようだ。
「アラーム怖い、アラーム怖い」
「あれはトラウマものだったよねえ」
「ここの砦に罠が増えたって噂は事実だったんだな……」
やいのやいの、後ろから声がする。発言内容からして重度のトラウマ持ちが一名か……今後経験を積んで、アラームごときむしろ踏んで経験値を荒稼ぎしてやるわ! と言うぐらいの強さを身につけ、トラウマを乗り越えてほしいものである。
トラップ関連の話で盛り上がった後、しばらく歩いたところでようやく、ゴブリンが数匹いるのを確認した――が、それに気がついたのは自分だけのようだ。他のメンバーはまだ警戒する様子が見当たらない。仕方がないので、少々大げさな身振りでスネークソードを鞘から抜いた。その様子を見ていたガイが、慌てて盾を構えて片手剣を抜く。
「どうしたの?」
「いるぞ」
ココルの疑問に、僅か三文字で短く返答。これでようやく状況を理解したのか、メンバーが次々と戦闘態勢に入っていく。直後、ヒタヒタッと明らかに人のものではない足音が聞こえ始める。
「本当だ……来てる……」
ぼそっとつぶやいたレイカが、攻撃魔法発動の準備に入る。少し経ってから薄暗い中に姿を現したのは、やはりゴブリンだった。数は五匹、こっちのほうが一人多い。
「かかって来い!」
ガイがそう声を上げて挑発系アーツの一つ、《メガタウント》を発動したようだ。ゴブリン達は一斉にガイに攻撃を始めるが、ガイは大きな盾を前に向けてその攻撃を極力無効化する。
「ガイ、ありがと!」
魔法使いのレイカが《ファイアランス》を発動した。飛び出した火の塊はゴブリンの一匹に直撃して、その体を容赦なく貫いた。だがそれだけでは倒しきれなかったらしく、攻撃されたゴブリンはターゲットをレイカに変更し、剣を構えて襲いかかってくる。
「はいお疲れー」
そうして突っ込んできたゴブリンを、ライツの両手剣の一撃が叩き潰した。ゴブリンはあっさり光に還っていく。両手剣だけあって、その攻撃の重さはなかなかのようだ。
「よし、その調子で頼む」
タンカーのガイにもライツの言葉が聞こえ、ゴブリンが一匹、倒されたと分かったのだろう。彼は敵のターゲットを自分に固定するため、挑発系のアーツだけではなく、片手剣による攻撃も織り交ぜている。
「なら自分も、一匹ぐらいは担当しようか」
自分もこのまま見ているだけでは役立たずになってしまう。ガイの横を走り抜けてゴブリン達の背後を取り、攻撃を続けているゴブリン四匹のうち、適当な一匹に片手剣系のアーツ《スラッシュ》で切りつける。
背後から切りつけられて大きなダメージを被ったゴブリンは、頭にきたぞとばかりに振り返り、手に持ったショートソードを振り下ろしてきた。だが、こちらも《スラッシュ》を放った反動の硬直は解けているので、余裕を持って回避する。
「ギイイ!!」
避けるな! と言いたげに叫び声を上げるゴブリン。知ったことではないね、と心の中で返答して、再度スネークソードで斬りつける。さすがに今度はゴブリンも反応して回避行動を取った。今回はほんの少しゴブリンの肌をかすめる程度に留まる。その状況を好機と見たのか、ゴブリンはショートソードを斜めに振り下ろして反撃してきた。
(スネークソード、形状変更)
自分がそう念じると、ジャラッ、と音を立てて、手の中の得物がソードモードからスネークモードに変形、鞭のような形状になった。これで射程が伸びたので、斬りかかってきたゴブリンの攻撃をバックステップで回避し、剣を大きく振ってゴブリンの眉間を狙った攻撃を仕掛ける。スネークソードの先端が高速でゴブリンに襲いかかり、攻撃を外してバランスを崩していたゴブリンの眉間を貫いた。この一撃でゴブリンは力尽き、光の粒になっていく。
よし、あまりアーツに頼らずに倒せた。今の感覚を忘れないようにしよう。
あまりアーツに頼るとMPがすぐに枯渇するのは言うまでもない。魔法使いはMPを使ってこそだが、物理攻撃職はちゃんと使うべきところで使い、基本的な攻撃や回避は自分の技量で乗り越えるようにしないといけない。
ガイのほうを確認すると、残りのゴブリンは二匹になっている。向こうは向こうで一匹仕留めたようだ。ならばあと一匹は自分が受け持とうかね。スネークソードを伸ばし、容赦なく背後から串刺しにする。ゴブリンは「クケッ!?」と奇声を上げたが、倒れはしない。実は、弱点である心臓付近を狙ったものの、多少狙いがずれてしまっていた。
スネークソードを一旦引き戻し、アーツ《ブラッドメイデン》を発動。ゴブリンの首を狙って再びスネークソードを伸ばす。ゴブリンは回避に失敗し、首に刃が絡まっていく。もちろん容赦などせず、スネークソードを引っ張ることで、刃をゴブリンの首に思いっきり抱擁させる。これがトドメとなって、ゴブリンは光に還った。これほどあっさりと倒せたのは、ガイの攻撃のダメージが蓄積していたからだろう。
これとほぼ同時に、ココルの放った《ウィンドカッター》が最後の一匹を倒し終えた。
「その剣、スネークソードだったんですね」
興味深そうにスネークソードを見てくるリン。今は砦の中に無数にある小部屋の一つで、ひと息入れているところだ。ちなみに、残念ながらこの部屋には宝箱の姿はなかった。
「ああ、元々自分がここに来たのは、スネークソードの修練のためでね」
別段隠すことでもないので、率直に答える。
「しかし、僕達が五人がかりで倒すゴブリンを、一人で二匹も倒してしまうなんて……」
「いやいや、ガイがあれだけ注意を引いてくれていたからこそ、あんな風に戦えただけだ。自分一人だったらさすがに辛いぞ」
ライツにはそう答えておく。実際、背後から斬りつけて大ダメージを与えられたのは、ガイの挑発のおかげなのだから。
「それでも、あの攻撃力は素晴らしい。臨時メンバーなのが惜しいくらいだ」
ガイがそう言ってくれる。まあ、自分も一応は龍の国の最後まで行った人間だしな……この辺りであんまり苦戦するわけにもいかないのだ。
そのまましばらく休憩を挟んでから、行動を再開した。
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv47 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv20 〈製作の指先〉Lv93 〈小盾〉Lv20
〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv28 〈義賊頭〉Lv18 〈スネークソード〉Lv26(←2UP)
〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv44 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv47
ExP30
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
2
行動再開後も、ゴブリンの集団や、オークをリーダーにしたゴブリンの集団などと数回戦ってまた休憩、という流れを繰り返した。途中、多少の手傷を負うメンバーは出たが、リンの回復魔法とお手製のポーションで都度回復しているので、脱落者はいない。
ここまでの戦闘の結果、彼らの会話内容から予想して、ライツ達のスキルLvはそれなりに上がったようだ。自分のスキルLvも〈剛蹴〉が1、〈スネークソード〉が4ほど上がっている。ちなみに、休憩中に女将さんからもらったお弁当をいただいたが、大変に美味だった。
「そういえば聞きたいことがあるんだ……君達は妖精を連れていないようだが、何か特別な理由でもあるのか? 妖精がいたほうが戦闘力は上がるのでは?」
そう、ライツ達は誰一人として契約妖精を連れ歩いていなかった。妖精がいれば戦闘が確実に楽になるというのに。今なら妖精国に行けば簡単に仲間になるし、龍の国まで来られるプレイヤーが妖精国に行けないはずもない。
「ああ、それはもちろん知っているのですが……今日来なかったメンバー以外は全員、スキルの構成上、〈妖精言語〉を取る余裕がないんですよ。言語がなくても簡単な指示ぐらいは問題ないって聞いていますけど、それでもほとんど待機させることになっちゃう可能性が高くて……なので、妖精を仲間にすることは控えているんです、そもそも自分達だけでも、まだまだ連携が固まっていないですし」
なるほど、確かに攻撃スキルやらそれに伴う補助スキルやらを色々と揃えるとなると、一〇枠しかないメインスキル枠を一つずつ、全員だと六つも潰すのは厳しいな。〈妖精言語〉なしで「攻撃して!」と指示を飛ばしても、魔法で攻撃するか直接殴りかかるか分からないから、逆に混乱を招く可能性も高い。ならばむしろ、PTで一人だけ〈妖精言語〉を取って、妖精に弱いモンスターなどの対処を任せる、と。その一人は今日お休みの弓使いだそうで、遠距離から攻撃ができる、つまり周りをよく見られる立場にあるから、タイミングを計って妖精に攻撃させられる。
「妖精はかわいいと思うのよ? でも正直、まだまだ自分の行動でいっぱいいっぱいで、妖精にまで気を回せるとはとても思えなくって」
レイカが自分の考えを教えてくれる。もっともな意見だ。自らの技量をちゃんと理解していることもよく分かる。
「なるほど、十分に理解できる戦略だな。振られてしまったから妖精がいない自分の状況とは大違いだ」
厳密に言えば振られたわけではないのだが、絶対に契約妖精を持てない以上、振られたという表現をしても……まあそんなに大外れではないだろう。
「振られた、と言うのは?」
「元々、妖精は最初のほうのゲームイベントでのキーキャラクターとして誕生したんだが……その時の抽選に漏れた数少ないプレイヤーの一人が、自分でね」
ガイの質問に答える。起こりうることは起こる、とはよく言ったものだ。思えばあの辺りから、自分の周りは色々とおかしいことになり始めたんだった。
「そういえば、そんなイベントがあったってフレンドが言ってたわ。つまり貴方は、その頃から『ワンモア』に参加できていたプレイヤーなのね」
ココルがそんなことを言う。このゲームに参加するのに必要なVR用ヘルメットもようやく品薄状態が改善され、新規プレイヤーが続々と増えているそうだ。そうした新規の中でも、もう龍の国に入れているこのPTは、参加できたのが比較的早いほうか、それともかなり長い時間ガッツリとプレイをしているかのどちらかだろう。
「僕達もそれなりにプレイ時間は長いかな……おっと、また大部屋だ。リーダー、どうする?」
話しながら歩いているうちに、またも大部屋の前に到着してしまった。ここまで大部屋を避けつつ歩いてきたが、もっと奥に進むのであれば、いつかは大部屋の中に入らなければならない。
「予定に変更はないよ、入らない。これ以上大部屋回避はできそうにないから、来た道をのんびり戻りつつ、ゴブリンを倒していこう――ちなみに、ご意見を参考にしたいのですが、貴方はこの大部屋をどう見ます?」
ライツの質問に、自分はこう答えた。
「今までいくつか大部屋を見てきたけど、この大部屋は一番お薦めできない。罠が多い上に低レベルながら麻痺罠がいくつかあるし……ひと言で言うと『嫌な感じしかしない』というやつかな」
誰かがゴクッと生唾を呑んだ。ぱっと見は、これと言って邪魔になるものがない、ガランとした大部屋。しかしその中には罠があると言われれば、一転して気味悪く見えてくるだろう。
「もし先に進むことを重視するPTだったとしても、ここは避けるべきだ。これだけ罠が張ってあるとなると……仕上げにデカブツがご登場、ってパターンが見え見えだ。そいつに追い回されて、罠を踏まされて動けなくなったら、死ぬまで袋叩き……自分なら勘弁願いたいね」
「それは誰だって嫌よ……」
自分の分析に、レイカがゲッソリとした表情で返事をしてくる。
「今日はとにかくこの砦に慣れることが最優先だから、進む理由はないし……引き返すということでいいよね、みんな?」
こう聞いたライツに全員が頷く。引き返す途中で出てくるゴブリンやオークを倒していけば、スネークソードのスキルLvももう少しは上がってくれるだろうと考え、自分も特に反対はしない。
実際、砦の外に出るまでに2Lvほど上昇してくれて、新しいアーツ《ポイズンスネーク》を習得できた。技の説明文には、スネークソードが地を這うように動き、相手の下半身に毒を打ち込む、とある。
実際にゴブリンに使ってみたところ、スネークソードがうねうねと蛇のように相手に迫り、先端がゴブリンの足や股間に突き刺さった。しかし、どう考えても股間はやりすぎだ。股間に突き刺さった光景を見たガイは、心なしか青ざめていたが、その気持ちはよく分かる、同じ男として切実に。肝心の毒の強さは大したことないようで、毒のダメージで倒すことはできそうにない。スキルLvが上がれば、毒の強さも上がるのかどうか……それはおいおい確かめていこう。
「お疲れ様」
「お疲れ~」
変なトラブルもなく、無事に砦の外に出られた。自分としても、かなり有益な時間を過ごすことができたと言っていい。スネークソードの感触をよりはっきり掴むことに成功したのだから。
「では、自分はこれで失礼するよ。縁があった時はまたよろしく」
「はい、その時はまたお願いします」
最後にライツと握手をしてからPTを抜け、街を目指した。街に帰る途中で襲ってくるゴブリンは、もちろんここでもスネークソードの練習を兼ねて倒していく。
砦に入る前よりも明らかにスネークソードを上手く動かせるようになっているのを感じる。ダンジョン内という困難な環境で武器を振るい続けた分、プレイヤースキルも向上したのかもしれない。スネークソードを握る右手から伝わってくる感覚には、変な表現だが心地よさすらある。
やっと、このスネークソードの主となれたのかな……
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv47 〈剛蹴〉Lv17(←1UP) 〈百里眼〉Lv20 〈製作の指先〉Lv93
〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv28 〈義賊頭〉Lv18
〈スネークソード〉Lv32(←6UP) 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv44 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv47
ExP32
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
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