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挑み続けた一か月

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 翌日もまた翌日も自分は彼女に挑み続け、ことごとくはじき返される。そんな事を続けていたらすでにこの階層にたどり着いてから一か月が経過していた。しかし、それだけ戦い続ければ腕は磨かれる。戦い方は進歩する。人は成長できるのだから、死なない限り、諦めない限り。

「せいっ!」「はあっ!」

 もう数える事がばかばかしくなった剣と剣の打ち合い。お互いスネークモードになっているスネークソードを振るい続ける。この光景ももはや日常となってしまった。だが、変わったところと言えば……こちらの攻撃が彼女に届く回数が圧倒的に増えた事だろうか。自分も血を流しているが、彼女もそれは同じだ。あちこちから緩やかに血を流しながら戦いを続けている。

「今日こそ、自分は貴女を倒して前に進む!」「ならば見事超えて見せるがいい! 私を負かして見せよ!」

 ある程度のダメージは受けているが、今日はまだ一回もダウンしていない。何度も食らった致命的な一撃をすべてよけ、食らってもかまわない早い代わりに弱めの攻撃だけを受けて、反撃の一太刀を叩き込めている。無傷での突破は不可能だ、ならば肉を切らせて骨を断つしかあるまい。

 剣の軌道を、より複雑により素早くより強く。もはやその動きは本物の蛇と同じとなったと自負できる。そして技量が上がったからこそ、クラネス師匠が打ち上げたスネークソードであるレパードとガナードの火力がより生きる。今では二刀流状態でも、連結状態でも戸惑うことなく自分の体の一部の様に振るうことが出来る。本当の意味で、レパードとガナードが相棒となったのだ。

 二刀流状態や連結状態を使い分けで、複数の軌跡を描き彼女に迫る。八岐の月についている爪や盾に頼ることなく、彼女との打ち合いが今は出来る。スキルレベルは同じ相手と戦い続けているという判定らしく上昇しなくなってしまったが、プレイヤーとしての動きはここに来て間違いなく別物レベルにまで磨き上げられた。

 ここまで強くなれたことに対して、彼女には心から感謝している。だからこそ今日勝ちたいのだ、ここまで自分は強くなったのだと、やれるようになったのだと言う事を勝って証明したい。これならばこの先塔の試練がどんなに厳しい物ばかりであっても、頂上にたどり着けるだろうと、彼女が頭ではなく心で理解してもらえるように。

「おおおおっっ!」「はぁああああっ!!」

 お互いが吠えながら、剣をぶつけ合う。だが、分かる。確実に確実に、自分が押している。もちろん一瞬の油断で容易くひっくり返る危うい歩みではあるが、それでも自分が押している。彼女もそれを悟ったのだろう、更に儀愛を上げて素早く苛烈な連撃を繰り出して流れを取り返すべく行動を起こしてきた。

 だが、それでも自分はひるまない。自分の経験は彼女との戦いだけではない。世界を回り、幾人もの師匠達に鍛えられ、強敵を相手にしてきた。そう言う下積みがあるからこそ、今ここにいてこうして彼女の攻撃に耐えながらも反撃できているのだ。今までの積み重ねがあってこそ、今こうして戦えている事は間違いない。

「崩せない、だと!?」「ああ、体で何度も食らい、そして覚えてきた。そこに今までの経験がプラスされれば……決して対処できない攻撃ではない!」

 彼女の額に一筋の汗が流れるのが見えた。あの汗は、冷や汗だと直感で判断した。ついに今まで自分を圧倒してきた彼女が焦り始めた。本人はそれを自覚しているのかどうかは分からないが、技の冴えが濁り始めている。その濁りは次々と伝播し、動きは徐々に遅くなり、威力も鈍り始め──それに気が付かないほど、自分は鈍感ではない。

 一撃一撃、大事に丁寧に。一気に本丸に攻め込む事は出来ない。城門から攻略し、じっくりと攻めあがるのだ。規模こそ異なれど、城攻めに近いものがある。だからこそ、優位を掴んだのならそれを維持しながら確実に一枚一枚相手の守りをはぎ取るのだ。そうしなければ、不意を撃たれて一瞬で状況がひっくり返りかねない。

 攻め急いではいけない。攻め急いだ側が勝ったところを自分はほとんど見た事が無い。勝つときもあるが、それは完全に自力が違った時ぐらいなものだ。地力は向こう側が上、今は経験と向こうの焦りから生み出されている好機なのだからしっかりとゆっくりと掴まなければするりと逃げられる。なんとなく、ウナギが頭に浮かんだ。

「くっ、これも通じないだと!?」「それも十分見せてもらったし食らってきた。どうすればいいのかはもう把握している」

 嘘です、把握は大体できているけど完全ではない。いま彼女が使ってきたのは一瞬でスネークソードの先端が分裂して突いてくるように見える、俗にいう連打技。だが、今の彼女は普段の状態ではない。そんな状態で放った技が十全な成果を出す事は無い。連打の回数は少なかったうえに一発一発が普段よりも遅かった。威力だけは維持されていたが、当たらない攻撃に意味は無い。

 それに、いま彼女は悪循環に陥ってしまっている。不利になったから何とか持ち直そうと、無駄に技に頼り過ぎてしまっているのだ。そしてその肝心の技も、焦りで本来の効果を発揮できず自分に見破られて返される。そしてまた別の技を、と言う行動を繰り返せばどうなるか。当然、疲労がたまりガス欠する。

「……」「……」

 そうして本格的に彼女の動きが鈍ったところで、自分は彼女の眉間の中心に切っ先を向けた状態で止まった。動きを止めていなければ、彼女の頭蓋を抜いて致命的な一撃を入れることが出来たであろうこの自分の行動を見た彼女は数秒後に剣を取り落し両膝をついた。

「参った、私の負けだ。ついに、越えられたか……だが、見事。これで私は一切の不満を持つことなく貴殿に道を開けることが出来る」

 彼女が降参したので、自分は券を鞘に納めて戦闘状態を解除した。やっと、やっと勝てた。長かったし時間もだいぶ使ってしまったけれど、得るものはたくさんあった。彼女と戦う前と後で、自分のスネークソードの技量は雲泥の差があるだろう。これから先の塔の攻略できっと役に立つはずだ。

「こちらこそ、スネークソードの戦い方をたくさん学べました。感謝します」

 自分が頭を下げると、彼女は驚いた後に微笑んだ。美女が微笑むと火力が高いね。

「ふふ、それならば良いのだが。さて、貴殿は本気を出した私と戦い、打ち負かした。にも拘らず何の報酬もなく見送っては私の名誉と誇りに関わる。勝者には相応の見返りを与えねばな。これを持って行け」

 そう言いながら彼女が自分の前に出してきたのは、銀色に光る一つの指輪と藍色のチョーカーだった。どれ、とりあえず見てみますか……


 勝者のリング レジェンド

 とある塔の中で、特定の守り人から認められることによって得られる指輪。防御力が上がったりしないが、塔の鉄扉を銀扉に変更することが出来るようになる。一日に五回まで。


 集中のチョーカー レジェンド

 DEF+5 MDEF+10 MP消費10%軽減

 とある塔の中で、守り人を打ち負かした者が得られるチョーカー。魔力の消費を僅かに抑える。


 ほう、指輪は塔を攻略する速度があげられるな。好きな扉を銀にできるのは良い。チョーカーは防御力はおまけで、MP消費軽減がメインだろう。この手の軽減は杖とかピアスにはたまにつくけど、それ以外の部位にもつくんだな……まあ品質がレジェンドなので、普通じゃないって事は間違いないが。さっそく指輪は右手の人差し指に嵌め、チョーカーも首に巻く。

「遠慮なく頂きます。これでこの先が楽になります」

 リングで遅れは取り戻せるだろうし、チョーカーのMP消費軽減はありがたい。一割減ってのは馬鹿にできないからな。長く攻略を続けるほどに、じわじわと効果が出てくるのだ。

「その二つの装備について、一つだけ助言を与えておこう。五〇〇階の試練が厳しくなっても逃げだすな。分かるな?」

 なるほど、この装備はもっと強くなると、で、その強化法が五〇〇階の試練であると。自分が頷くと、彼女も満足げに笑った。これで、ここにやってくることはたぶん二度とないな。

「そうそう、一つ大事な事を言い忘れていた。それらの入手方法を他者に告げると、双方ともに壊れるようになっているからな。更に、手に入れられる機会は一度しかない。そして貴殿は手に入れた、ここまで言えばいいか?」

 なるほどね、そういう側面もあると。特にこの勝者のリングは欲しがる攻略者は多いだろう。そしてこの階層に大勢のプレイヤーが詰めかける……ああ、彼女が過労で死ぬ! と言った未来予想図しか見えない。そんな未来は、破り捨てるに限る。

「了解しました、尋ねられても適当にとぼけます」

 さて、やる事は終わった。ついに二五〇階の先に進める。去り際に、彼女から声をかけられた。

「守り人としてはだめなのだろうが、私はお前を気に入っている。だからお前がこの塔を制覇出来る事を祈っているぞ!」

 自分は右手を挙げてそれに応えながらこの場を後にした。さて、今日は位置をセーブしたらログアウトだな。塔を登るのは明日からにしよう。
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