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13巻
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北の砦街から妖精国を出国した自分――ここ「ワンモア・フリーライフ・オンライン」の世界ではアースという名だ――は、ネクシアの街から馬車に乗り、ファストの街を経由してサーズの街へ向かった。
やはり、整備された街道を走る馬車は速い。それに護衛の騎兵が同行するから、モンスターとかち合っても問題はない。そもそも、馬車の走るルートにはめったにモンスターが顔を出さなくなった、と騎兵の方が言っていた。モンスター側も馬車に襲い掛かるのは割に合わないと学んでいるのだろうか? この世界ならありうるな。
もちろんそんな馬車だから運賃もそこそこするんだが、自分の場合、以前モンスターが街を襲撃した事件に貢献したことへの報酬の一つで、無料である。なので気軽に利用できるのだ。
そうして馬車に揺られて、あっという間にサーズに到着。取り決め通り、ウィスパーチャットでツヴァイに連絡を取るか。
『ツヴァイ、こっちはサーズに到着したぞー』
『お、早いな。こっちもあと二分ぐらいで到着するってところだ』
じゃあ入り口でノンビリ待っている、と伝えてウィスパーを切った。
そして大体言っていた時間通りに、ツヴァイをはじめとするギルド『ブルーカラー』の初期メンバーが姿を見せた。こうして揃っているところを見るのは久々な気がする。
「お、アース、待たせたか?」
自分の姿を見つけたツヴァイが、手を挙げながらこちらに向かって歩いてくる。
「いや、待ったというほどでもないよ。よろしくな」
ツヴァイやミリーとは先日一緒にダンジョンに潜っていたから、これといって報告するような話もない。そして、折角なので獣人連合実装まで泊まる宿屋を同じにしようと言われ、二つ返事で了解した。断る理由は何もないし。
早速宿屋に行って寝床を確保した後、今回自分が声をかけた事情を『ブルーカラー』のメンバーに告げた。
「──というわけで、新エリアである獣人連合実装前に、少しでも自分の戦闘能力を改善したい。なので実力者が多い『ブルーカラー』のメンバーに対人戦闘をしてほしいんだが、良いだろうか?」
新しく考えたバトルスタイルは、左手には常に弓を持ち、右手は状況によって闇の魔スネークソードの【惑】を持つか矢を番えるか道具を持つか、といった形だ。その立ち回りを練るには、そこらのモンスターと戦うよりも厳しいPvPをするほうが向いていそうだった。
こんな手間のかかることを頼める相手は他にいない。何せアップデート直前というのは、下準備が忙しい時期だからだ。
新しい場所が実装されるということは、新しい素材が獲得できるようになるということである。なのでまず、生産者達がすでにある素材と新素材を組み合わせた新しい商品を作るために、試行錯誤する日々がやってくる。
そしてその新商品を買うためには当然それなりのお金が必要となるので、戦闘職はお金をガッツリ稼ぐ状態に移る。この辺は一般的なMMORPGと何ら変わりないな。
まあ自分には、〈義賊頭〉としてのお仕事が待っているが。
今度は一体何をやることになるんだか。しばらく部下からの報告がないが、あいつらがドジを踏むとは思えない。おそらく現地に行ってから接触を図ってくるのだろう。
「なるほどなー、ボスと一対一っていう部分がずれている気がするが、それでも確かに戦闘方法の見直しが大事ってのは分かるな。オッケー、アースの訓練の依頼を引き受けるぜ。皆も空いている時間があったら、積極的にアースに協力してくれ。俺達には借りがあるんだからよ」
と、ツヴァイは自分の願いを引き受けてくれた。ああ、そうだ。もう一つ用事があったな。
「あと、ちょっとカザミネに聞きたいことがあるんだが、良いだろうか?」
話を振られたカザミネは、何だろう? という疑問の表情を浮かべている。
「大太刀使いとしての意見を聞きたいんだが、大太刀のアーツで《紅散華》というものはあるのかな? もちろん、言いたくないのなら無理やり聞き出すつもりはないけれど」
実は事前に攻略サイトで調べてきたのだが、情報はなかった。それは、まだ更新されていないだけなのか、それとも、すでに知っている者がいて秘匿しておきたい情報なのか。
「そうですね……私の知っている範囲でという前提ですが、少なくとも大太刀のスキルを上げていくことにより習得できるアーツの中にはないですね。アースさん、その大太刀のアーツはどこで見たんですか? もしくは知ったのですか?」
このカザミネからの逆質問に、ツヴァイと一緒に妖精国のダンジョンに入ったときに、地下二九階で出会った女性浪人風のボスが放ってきたことを伝える。
「女性浪人……レアボスですね。それで、アーツはアースさんから見てどんな動きでしたか?」
と、更に聞かれたので……最初に五枚の花弁の形をした幻影が現れ、その花びらが順番に刃となって襲ってきたこと。それから、盾を構えていたにもかかわらずその刃により防御を崩されて隙だらけにされてしまったところで、花の幻影の中央から繰り出された突き攻撃に貫かれたことを話す。
「なるほど……もしかすると、これですか?」
カザミネはそう言って、一つの動画を紹介してくれた。そこには、浪人風の男性が四枚の花びらの幻影を刃に変えて、相手のプレイヤーを攻撃しているシーンが映っていた。この浪人風の男性が、あの妖精国ダンジョン地下二一階以降にいる人型ボスの通常バージョンなのだろう。
「あ、そうそう、こんな感じだった。たださっき言ったように自分が受けた花びらの枚数は五枚で、最後に強烈な突き攻撃が飛んで来たってところが、この動画とは違うな」
そうですか、とカザミネは呟いて目を閉じ、しばらく腕を組んで考え込んだ。その後、目を開けてから話を再開する。
「まず、動画にあった浪人風のボスが放っている技ですが……これは大太刀のスキルを一定以上まで上げた後に、このボスが落とす奥義書を手に入れるか、直接この技を受けて死なずに耐えるか、あるいは技を受けて耐えた人から詳しい話を聞くかで、習得できるチャンスがある……らしいのです。実は今、私のほうに技習得フラグが立ちました。先ほどのアースさんの話が、情報を聞き出すという条件を満たしたんだと思います」
まさかそんなアーツ習得方法があるとは。話をしてみるもんだな。
「奥義書を手に入れた場合は、確実に覚えることができます。直接受けて耐えきった場合は、自分の目で見ているために再現しやすく、アーツを習得できる可能性は高いです。そしてここからが問題なのですが、伝聞によるフラグはいちばん弱く、直接見た人に指導を受けながら少しずつ再現していかないと習得できないのです」
あ、やっぱりそこら辺は差があるんだな。だが、これは好都合かもしれない。
「それなら、自分とカザミネで積極的にPvPをすればいいんじゃないだろうか? 直接対峙するほうが《紅散華》がどんなものだったかを詳しく伝えられるし、こっちも新しいバトルスタイルをある程度モノにできるまで付き合ってもらえる。お互いにメリットがある話だと思うが、どうかな」
自分の提案に、カザミネも同意した。
「そうですね、そのほうが色々と良さそうです」
あとで聞いた話になるが、このようにボス奥義を再現して習得する方法は、一種のパズルのようなものらしい。正しい角度や正しい順番など、聞いた話と同じ動きを身に付けると習得できるそうだ。直接体を動かすVRならではの習得方法と言えるだろう。
「んじゃ、基本的にアースのPvPの相手はカザミネに任せるぜ! アース、カザミネ以外ともPvPをしたくなった場合は俺に連絡をくれよ。できる限り希望に応えるからよ」
というツヴァイのひと言で、しばらくの間カザミネとPvPをして過ごすことが決定した。当分はプレイヤー本人のスキルを高める訓練だな。
ログアウトするにはまだ早い時間なので、話がまとまったところで早速PvPを行うことにした。カザミネとは何回か共闘してきたが、こうやって対峙したことは今までなかったかな?
なお、今回は特殊ルールとして、カザミネは使うアーツを《紅散華》(未完成)に限定。自分は一切アーツを使わず基本的な攻撃に限定する。あくまで新たなバトルスタイルを確立するために行うPvPなのに、変にアーツを使って戦うと無意識のうちに今までのバトルスタイルに戻ってしまう可能性があるからだ。
「それでは、よろしくお願いします」
カザミネが一礼して、背負っていた大太刀を抜いて構える。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
自分もカザミネに一礼してから左手に弓を構え、右手には何も持たない。今後はこの構えが基本になる。早く慣れていかなくてはな。
試合開始のカウントダウンが終わると、早速カザミネが間合いを詰めて、大太刀を大上段から振り下ろしてくる。
「おっと」
それでも、アーツを使った攻撃ではないので、こちらは右に動いて回避行動が間に合う。もっともカザミネも当たるとは思っていなかったらしく、余裕をもって大太刀の勢いを殺した。
自分は動きが止まった大太刀を蹴ってカザミネの体勢を少し崩そうと試みたが、この行動はカザミネの予想範囲内だったようで、大太刀はスッと自分の蹴りから逃げていく。
「武器に攻撃を当てられるのは、慣れていますよ」
うーん、プレイスタイルの違いからして、これまでの戦闘密度は間違いなくカザミネのほうが濃いだろうし、やっぱりこういう反撃は経験済みか。大太刀を逃がす動きにも淀みはなかった。
「さて、では早速こちらの技を見ていただきましょう」
カザミネが大太刀を構え直し、《紅散華》っぽい動きをしてくる。五枚の花弁が現れ、刃となって襲ってくるが……やはり完成形ではない故に動きが読みやすい上、速度も遅い。オリジナルを知っている自分には何の脅威も感じられない。
「スピードも鋭さも話にならないぞ! それに花弁が飛んでくる順番も違う!」
五つの刃を全て回避して、突きを繰り出す直前のカザミネに向かって矢を射る。次のモーションに入っていたカザミネは回避行動を取ることができず、それを顔面に受けた。前に自分が作った鬼面を被っていたので跳ね返されるが、ある程度のダメージは通ったな。
「これは予想以上に難しい技です……神経を集中しないと簡単に失敗しますね……」
後ろに飛び退き、仕切り直しを図るカザミネ。こちらも勝つことが目的ではないので、この時間を利用して先ほどのぶつかり合いを思い出す。とりあえず愛弓の【双咆】が動きを制限するようなことはないな。だがまだ戸惑っている部分があるから、反撃がやや遅れている。これは回数をこなすことで徐々に改善していくだろう。
さて、カザミネにも《紅散華》の情報を伝え直さないとな。
「カザミネ、花弁を飛ばす順番は、自分から見て左下からだ。左下、右下、左上、右上、上段の順番だぞ。そして花弁は、もうひと回り大きな桜の花弁のような形にしないとだめだ」
いきなり全部を再現することはできないだろうが、少しずつでも形にしていかないといけない。
そのまましばらくカザミネとPvPを続け、カザミネが自分の脇腹を切り裂いた一撃がとどめとなり、こちらの負けで決着がついた。
「お疲れ、アーツがなくてもカザミネの剣技は厄介だな」
むしろ、アーツの特徴である発光現象がないため、見切りにくい面がある。現実世界の体だったら間違いなくもっと早くにバッサリとやられていただろう。あくまで「ワンモア」の世界における身体能力があるからこそ戦えるわけで……特に自分のリアルの体では戦うことなど無理だ。
「いえ、こちらとしてもいい修練になります。実は最近の戦いはアーツを多用する形になりやすく、基礎がやや粗くなっていましたから。基礎を叩き直す機会が欲しいと思っていたところに今回のお話が来て、感謝しています。それに《紅散華》という大技を身に付けられる機会もいただきましたからね。再現度はまだ一七%といったところですが」
ああ、再現度という項目があるのね。そしてそれが一〇〇%になったらアーツ習得となるわけか。色々と試行錯誤を重ねる必要があるのだろう。
「ね、次は私と戦ってもらえない? ルールはアーツ禁止のままでいいから」
そのまま、PvPで感じたお互いの動きの問題点をカザミネと話し合っていたところ、ノーラからそんな言葉が飛んできた。
「ノーラと? でも、ノーラは確か水魔法も使える短剣使いで……不意打ちメインの戦い方だったよな? アーツ禁止では、短剣の一撃必殺がなくなってしまうのでは?」
短剣の強みは、なんといっても背後からの強烈な一撃にある。あと、急所を突いたときに他の武器よりもダメージ倍率が増加するという情報もあったか? なので基本的には、不意打ちからの強烈な一撃で一気に相手を追い込み、とどめを刺すという短期決戦タイプになる。
「カザミネ君じゃないけどね、私も基礎を練り直したいのよ。普段は、前衛がモンスターを引き付けることで生まれた隙を突いて倒す、という流れでいいんだけど、妖精国の新しいダンジョンで、予想以上に動けなかった自分に危機感を持ったの。これから先、どういう状況に追い込まれるか分からないから、どんな場合でも対応することができるようになっておかないと、やられるだけになっちゃうからね」
なるほど。普段不意打ち行為が多すぎて、真っ向からの戦いの勘が鈍ってきているということか。そういうことなら、PvPでひと勝負しますか。こちらとしても色々な武器を相手にしたほうがいい経験になるから、メリットはある。
「じゃ、あと少しだけ休憩させてほしい。その後でどうかな」
ノーラの申し出を受け、休憩の時間をおいてからPvPを開始することにした。この際だから、時間に余裕がある『ブルーカラー』メンバーにできるだけ多くガンガン挑むのがいいか。幸い皆使う武器がばらばらなので、飽きることもない。
「ありがとね。ツヴァイをよく叩くから大剣相手は得意なんだけど、アース君みたいに複数の武器を操る人との勝負ってなかなかできないから。アーツ禁止だけど、それ以外は本気でいかせてもらうからね──あ、一応確認をしておくけれど、魔法も当然禁止よね? さっきの戦いで、アース君は使えるはずの風魔術を一切使っていなかったから」
もちろん禁止だ。風魔術には《ウィンドブースター》や《フライ》といった移動補助があるが、そういった魔法をむやみに使わずに済む立ち回りを身に付けてこそ、いざという場面で役に立つのだから。自分の考えをノーラに伝えると、「やっぱりそうよね」と頷いていた。
「さて、お待たせ。ノーラ、やろうか」
「ちょっとワクワクするわね。アース君、手加減なんてしないでよ? こういうのは本気でやってこそ意味があるんだから」
こうしてこの日は、カザミネをはじめとしてノーラ、レイジともアーツ禁止ルールでPvPを行い、お互いの問題点を出し合った。おかげでとても有意義な時間を過ごせたと思う。
この調子で、新しいバトルスタイルを確実にモノにしていかないとな。
2
訓練を開始して数日後。『ブルーカラー』のメンツの実力をPvPを通じてじわじわと思い知らされると同時に、新しいバトルスタイルの問題点が浮かび上がってきていた。
まず一つ目は、左手から弓を手放さないので、どうしてもその弓を狙った攻撃を受けやすいこと。もっともこれについては、そういった攻撃に慣れて対処できるように、『ブルーカラー』のメンバーがあえて集中的に行っている節があった。ツヴァイやカザミネの武器に自分が攻撃しても、彼らはそれをするすると流してしまう。つまり、そういう動きをお前もできるようになれ、というメッセージだろうな。
そして二つ目に、肝心な弓の攻撃命中率がボロボロなのも問題だった。ある程度間合いが広がったら積極的に矢を番えているのだが、そこから狙いをつけて撃つ動作に入る前に、近接戦闘がメインのツヴァイやカザミネ、レイジは一気に距離を潰してくる。そこでどうしても動揺してしまい、矢が明後日の方向に飛んだり、放つこと自体ができず矢を取り落としてしまったりと、今はまだ弓がお荷物にしかなっていない。
大きな問題はその二つだが、細かい問題点を挙げればきりがない。戦った相手から指摘してもらいつつ、少しずつ修正を重ねている。
回避する方向がワンパターンという問題や、フェイントがあっさりし過ぎているという問題などは、『ブルーカラー』メンバー同士のPvPを観戦させてもらったりと実演を交えて教えてもらった。これだけでも、ステータスには表れない強さが向上しているはずだ。
「やっぱり近接戦闘メインで戦ってきた人は、細かい動きやいざってときの決断力の高さがすごいな」
自分の感想はまさにこのひと言に集約される。僅かな動きでこちらの動揺や判断ミスを誘い、一気に切り込んで来る。こればかりは直接味わってみないと理解できない世界だ。剣の切っ先を数センチ動かすだけで、あれだけ自分の動きが制限されるとは思わなかった。切り裂いてくるのかと思えば突きに変わり、突いてくるのかと思えば斬撃に変わる。この手のフェイントを見破れるようになるには、とにかく戦って自分の目を鍛えなければいけない。
「モンスター相手でも人相手でも、一瞬の判断ミスが状況の悪化を招きますからね。特にレイジさんはタンクという役割上、そういった見切りの目はすごいですよ。訓練でPvPを行うと、私も読み負けることが多いですね」
……とは、カザミネのお言葉。その言葉を裏付けるように、自分もレイジとのPvPでは読み負け過ぎて何度かパーフェクト負けを喫していた。レイジが持つ大盾による視界妨害効果もあるとはいえ、正直言って、勝てる気がしないな。矢も全て大盾に防がれてしまうし。
「まあ、アースは近接専門じゃないから仕方ないぜ。実際の戦闘だったら、姿や気配を消してそろそろと忍び寄り、弓矢による強烈な攻撃を離れた所から放ってくるんだろ? そういうのの相手は俺やカザミネにはちょっとキツいぜ。それに俺達だって、ゲーム開始直後から長く近接戦闘を重ねてきてようやくこんな動きができるようになったんだ。数日でそんな俺達と張り合えるようになられたら、さすがにそれは落ち込むぜ」
ツヴァイの意見ももっともか。『ブルーカラー』の初期メンバーは、「ワンモア」が始まってからこれまでずっとスタイルを大きく崩さずにやってきているはずだ。例外は、盗賊系スキルを取ったノーラかな?
つまり皆その方面のスペシャリストなわけで、いくらそんなスペシャリストなメンバーから指導を受けているとはいえ、数日で動きをモノにしようと考えること自体が間違いだったか。
かといってむろん無意味ではなく、大いに勉強させてもらっているからありがたい。こういった戦闘方法は、本来なら自分で試行錯誤して覚えていくものだからな。
時たま掲示板に『戦い方を教えてほしい』なんて募集がかかることがあるが、大半はスルーされる。なにせこれはVRという自分の体を動かすように戦うゲームなのだから、詳しく教えるとなるとガチすぎる内容になるからだ。
それでいて、教えるほうの手の内をある程度明かすことになるから、対処法を知られるのを避けるために大半は基礎的な部分にとどまる。特にPvPを好む人達は、自分の情報をできるだけ隠す傾向にある。アーツの内容自体はWikiなどで広まっていても、「ワンモア」では放ち方を色々と工夫できるので、それを知られないようにしているようだ。
そのため、情報を共有している集団には『○○流』なんてあだ名がつく風潮がある。これは自分の蹴りスキルの名称に付いている流派の意味とは違う意味で、あくまでアーツの放ち方や戦い方、動き方などが同門と言っていいぐらい形が出来上がっているところからきていた。
そしてその集団に属することは、そのまま『入門』と呼ばれる。でも『入門』したからといって、すぐに教えてもらえるわけではない。それはケチすぎないか? という意見もあるみたいだが、動きを一つの形として練り上げるのがどれだけ難しいことなのか分かってない、と一蹴されているようだ。ケチだと思うなら、自分で新しいアーツの放ち方や動き方、新しい魔法の合成を成し遂げて広く公開してみせろ、なんて反論も飛んだらしい。
今回『ブルーカラー』のメンバーから自分がここまで詳しく教えてもらえているのは、今までの付き合いの長さからくる信頼と、ダンジョンで得た魔剣を譲った恩があるからだと思う。
「あー、確かにツヴァイの言う通りだな。でも、獣人連合が開放されたらこんな特訓をつけてもらうことなんてもう難しくなってしまう。それまでに少しでも教えてもらったことを実践できるようになっておきたいから、もうしばらく頼む」
貴重な機会を無駄にするわけにはいかない。近接戦闘をメインにしている人が見ている世界は、今まで一歩引いたところからの戦いをメインにしていた自分にとって、目新しいことでいっぱいだ。ここで知識と度胸を身に付けて、最終的には弓に矢を番えている状況で間を詰められても慌てず相手の眉間に矢を突き立てられるぐらいの腕になれる切っ掛けを掴んでおきたい。
「こちらとしても、普段戦わないタイプであるアースさんとの戦いは楽しいですし、刺激になります。《紅散華》の再現度もまだ四〇%をやや上回ったところですし、まだまだお付き合い願います」
カザミネが習得を目指している《紅散華》は、最初に比べるとはるかに良くなっていた。花弁の形は自分の記憶と遜色ないくらいだし、花弁を飛ばす順番や角度もほぼ同じになってきた。あとは細かい調整を重ねて、コツコツ再現度を上げていくことになるのだろう。
自分はカザミネの言葉に頷き、またPvPを申し込む。
「よし、じゃあ早速もう一戦いってみようか。弓を狙われたときの対処法が、ほんの少しだけだけど見えてきたような気がするんだ」
PvP開始のカウントダウンを聞きながら、自分はいくつか思いついた方法を試してみようと考えていた。完全に回避することは今の自分には難しい以上、できるだけ受け流すようにして耐えるしかない。あとは、その受け流しをどうやれば上手くいくかを試行錯誤しなければいけない。
「それは楽しみですね。ぜひ見せていただきましょう」
カザミネも大太刀を構えてPvPの開始を待つ。そして、カウントダウンが終了した直後に思いっきりぶつかり合った。
そんな日々を、獣人連合実装のためのメンテナンスが始まる前日まで送った。そのおかげで、自分は何とか新しいバトルスタイルをある程度形にすることに成功した。危なっかしい部分もまだまだ多いが、ここからはモンスターとの戦いを通じてゆっくりと練度を上げていくしかない。一朝一夕でできることではないのは分かっている。
カザミネのほうも、《紅散華》の再現度を五〇%台に乗せることに成功したようだ。ツヴァイから聞いた話では、自分とのPvPを行う時間以外はひたすらモンスターとの戦いを繰り返していたらしい。一刻も早く完全にモノにしたいという意志の表れだろう。
ツヴァイをはじめとする他の『ブルーカラー』のメンバーは、獣人連合実装後の予定を話し合っていたようだ。自分も、しばらく一緒に行動しないか? とお誘いを受けたのだが、先約があると断るしかなかった。
まさか〈義賊頭〉としての仕事が待っている、なんて言えないからなぁ。ツヴァイも何かあるのだろうと事情を酌んでくれたのか、それならしょうがないなと言うだけだった。
「メンテナンスは明日からまた四八時間だったっけ。せめて半分にできないのかなー」
ロナがそうぼやく。気持ちは分かるけどね……丸々二日かかるというのは、メンテナンス時間としてはかなり長いほうだ。軽いアップデートではないからこそ、そこまでかかるのだろうが。ただ、獣人自体はもう色々な場所で活動しているのだから、獣人連合の場所自体はすでにあるはずで、メンテナンスといっても何をやっているんだろう、などと引っかかる部分はちょこちょこあるが。
「ま、仕方ないですわ。おとなしく待つしかないですし」
エリザの言う通りだな。こればっかりは運営次第だから。細かい調整などにどうしても手がかかるのかもしれない。新しい機械を導入した直後の職場でもそうだしな。
そんな軽い雑談を交わしてから、今日はログアウト。明日からのメンテナンスが終了すれば、いよいよ獣人連合エリアが開放だ。
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv29 〈剛蹴(エルフ流・一人前)〉Lv38(←1UP) 〈百里眼〉Lv28 〈技量の指〉Lv33(←2UP) 〈小盾〉Lv28 〈隠蔽・改〉Lv2 〈武術身体能力強化〉Lv66(←1UP) 〈スネークソード〉Lv49 〈義賊頭〉Lv26 〈妖精招来〉Lv12(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv4
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv1 〈上級薬剤〉Lv23 〈釣り〉(LOST!) 〈料理の経験者〉Lv17 〈鍛冶の経験者〉Lv28 〈人魚泳法〉Lv9
ExP37
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相 託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊 人魚を釣った人 妖精国の隠れアイドル 悲しみの激情を知る者 メイドのご主人様(仮) 呪具の恋人
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
応援ありがとうございます!
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