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十五章 人の皮を被った獣
十五話 人の皮を被った獣 ジャック編 その六
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「お前達はよく頑張ったよ。褒めてやる。お前達に足りないものは数だ。戦は数が全てを決める」
「はあ……はあ……はあ……まだ、負けたわけじゃない」
勝負の行方は誰の目にも明らかだった。
ムサシのソウルメイトからソウルは消え、呼吸が乱れ、立っているのもやっとの状態だ。それはカークもレンも同じだった。
矢が尽き、遠距離攻撃からの波状攻撃で防具もソウルメイトもボロボロだった。
それでも、彼らの目は死んでいない。
理不尽な死が許せなくて剣をとった。仲間を助けるため斧を手にした。もうこれ以上死人を出したくなくて、弓をとり、矢を放った。
後ろの避難所にいる村の住人を護りたくて、命を賭けてきた。
NPCだろうが、なんだろうが関係ない。もう、彼らは答えを出したのだ。
自分の心の声に従う事を。
護りたい。
その気持ちだけが三人を突き動かす。
「一気に片をつけるぞ。ロングスピア、構え!」
無法者達は全員、ロングスピアを装備し、一斉にムサシ達に突き出した。
「みんな! オラの後ろへ!」
ムサシは二人の前に出てスクトゥムで防御するが、無法者達はお構いなく何度も何度も突き出す。
「くっ……そ……がぁ」
ムサシは防御を解くことが出来ない。ツーハンデッドソードを地面に投げ捨て、両手でスクトゥムを前に出し、防御し続ける。
息が苦しくなる。スタミナが減り続け、呼吸が出来ず、意識がもうろうとしてくる。無法者達の狙いは、ここにあった。
「カーク!」
「よし!」
二人は一声掛け合うだけで何をしたいのか、理解できていた。カークとレンはムサシの両隣に立ち、スクトゥムを支える。スパイデーの突進を防いだように、ムサシの加勢にまわった。
最初は持ち直していたが、すぐに押し切られてしまう。
二人も疲れ切った状態であった為まともに力が出せない。
そして、スクトゥム越しに聞こえてくるロングスピアを突く音と振動が、三人に恐怖とプレッシャーを与え続ける。
ムサシ達は考えてしまうのだ。
スクトゥムはもつのかと?
このまま破壊されてしまうのではないかと。
先の見えない不安が三人の重くのしかかり、攻撃の勢いは全く衰えない。
「もうすぐ、ヤツらの防御は崩れる。とどめを刺すスタミナは残しておけ!」
「「「応!」」」
ムサシ達は目をつぶり、頭を垂れても、スクトゥムを手放さなかった。
ここを突破されたら、ムサシ達だけでなく、カースルクームの人々も無残に殺されてしまうのだ。絶対に譲れない最終防衛線がそこにあった。
ムサシ達と無法者の我慢比べがこのまま続くかと思われたが、先に音を上げたのは……。
「ま、マジかよ。こっちが苦しくなってきたぞ」
「堅え……いつ崩れるんだ? コイツら……不死身かよ」
無法者達だった。
人数に差があっても、心構えが全く違った。
ムサシ達は命を賭けて戦っている。それにカースルクームの人々の命を背負っていて、使命感、正義感が彼らの限界を押し上げている。
それに対し、無法者達はそこまでの気迫も度胸もない。ピンチになれば、逃げればいいとさえ思っている。
安全なところから人を殺している輩と、危険を顧みず信念を貫こうとするムサシ達では比べるまでもなかった。
このアルカナ・ボンヤードは、心の強さがソウルメイトに反映する。現実では起こせない奇跡を実現することも可能なのだ。
「こうなったら、出し惜しみなしだ! ソウルを解放して、押し切るぞ!」
「「「了解! ソウル、『解放』!」」」
無法者達の怒濤の攻撃に、ムサシ達の防御が崩れ始めた。衝撃と音が先ほどまでとは、まるで違う。
ソウルを解放した攻撃を防ぎきるなど、到底無理だと弱気になってしまったのだ。
ソウルは心の強さに反応する。弱気な心がムサシ達のソウルの力を弱め、押し返されていく。
どんなに屈強な壁でも、少しのヒビが入れば、そこから崩壊することもある。
一度崩壊したら、二度と立ち直れないほどのダメージを受けてしまうことだってある。
ムサシ達は無法者達の攻撃に押されてしまった。
「もう一息だ! いくぞ!」
「「「応!」」」
終わりが見えてくれば、人は疲労していても元気を取り戻す。無法者達は勢いを取り戻しつつあった。
スクトゥムは攻撃を受け続け、耐久力が残り僅かになっていく。彼らに援軍もなし。
ムサシ達にとって、最悪な状況だ。
――もう……ダメ……息がつづかない……。
レンはついに音を上げしまい、スクトゥムを支えるのを中断して大きく息を吸った。
一人の緩みが防御に隙が生じたその瞬間、一気に押し出され、ムサシ達はスクトゥムごと押し倒されてしまった。
「今だ! 殺せ!」
完全に無防備になったムサシにとどめを刺せと指示が送られ、ロングスピアが彼らを貫こうとしたとき。
「ちょっと待って!」
無法者達の手ぴたりと止まる。待ちに待った千載一遇のときなのに、なぜ、止めるのか?
いや、その前に、今まで指示を出していたた男、ジョーンズから別の疑問が漏れた。
「今、指示したヤツは誰だ?」
「僕だよ!」
ジャックは全力疾走からの体当たりで無法者を後ろからぶっ飛ばした。
奇襲を受け、包囲網に穴が開いたところをジャックは駆け抜けていき、避難所のドアを開けようとしたが、扉は閉まって入れない。
ジャックはドアの前にレッキーをおろし、すぐさま、ムサシ達の前に立つ。
「ごめん、ちょっと遅れたかも」
「……ジャック……おせえよ……」
「……ははっ……助かったぜ」
「……ごめん、ちょっとの間、お願い」
三人は疲弊していたため、すぐに立ち上がれなかった。
ジャックは一人で、無法者達から仲間とレッキーと村の住人を護らなければならない。
ジャックは周りを見渡す。
敵、敵、敵……。
辺りには武装した敵しかいない。その全員が自分を殺す為に集まっているのだと思うと、足がすくみそうになる。
ジャックは改めてムサシ達の勇士を尊敬していた。
ジャックがムサシ達を助ける選択をとったのは、ジャック達から離れた場所に光の渦が立ち上ったのを見たからだ。
あの純白で汚れのないソウルはソレイユだ。つまり、みんなが村人を護る為に戦っていることになる。
自分は一人じゃない。いろんなところでみんなは戦っているのだ。
それならば……時間を稼げば援軍の見込みがあるかもしれない。時間を稼げれば、助かるかもしれない。
ジャックは仲間が助けに来ることに賭けたのだ。
ジョーンズは近くにいる男に耳打ちをする。男はうなずき、この場を後にした。
ジャックはこの場から離れている男の行方を確認しておきたかったが、今は十八人まで膨れ上がった無法者達からムサシ達を護ることが先決だ。
このまま対決したら、すぐにやられてしまう。戦うにしても、ムサシ達の回復を待った方がいい。
それならばと、ジャックはある行動に出た。
「ねえ、キミ達の狙いってなに? こんなことをして、楽しいの? 人を惨殺して心が痛まないの?」
ジャックが選択したのは説得だった。無法者達もジャックと同じ人間だ。ならば、話が通じるかもしれない。同じ倫理観が働き、止めてくれるかもしれない。
しかし、ジャックの言葉はこの場においてはただの滑稽な笑い話にもならなかった。無意味かつ無駄。
そんなことで止めるなら、最初から村人を殺す事なんてしないだろう。
案の定、無法者達からも味方からもジャックをとがめる声が集中する。
「バカか、お前は。相手はNPCだろうが! それにNPCを殺せるように設定したのはアノア研究所だぞ? 俺達を責めるのはお門違いだろうが!」
「そうだ! 俺達は悪くねえ!」
次々にジャックを罵倒する声に、ムサシが悔しそうにジャックに語りかける。
「……ジャック……無駄だ……コイツらは……ケダモノだ。人じゃないから、分かり合えねえよ……オラ達は戦うしかねえんだ……」
「そんなことはないよ。僕は確信した。この無法者達にも罪悪感はあるんだよ」
ジャックの意外な意見に、ムサシは眉をひそめる。
無法者に罪悪感がある? なぜ、そんなことが言えるのか?
もし、罪悪感があるのなら、こんな殺戮を犯す事なんてないはずだ。
「はぁ~? ふ、ふざけるな! そんなもん、あるわけねえだろうが!」
無法者達もジャックの言葉に異を唱え、怒鳴り散らしている。
ジャックが無法者に罪悪感があると判断した理由は……。
「嘘だよ。本当に気にしていないなら、怒鳴る必要なんてないでしょ? それに責任転換だってしないし、悪くないって強調もしない。だって、気にしてないんだから、言い訳する意味ないじゃん。それに気が立つのは、不安や後ろめたいことを隠すため。僕なら絶対にそうする」
ジャックの指摘に無法者達は黙ってしまった。目をそらす者さえいる。
ジャックはたたみかけるように説得を続ける。
「みんなはさ、このソウル杯は殺し合いなんだから、殺人はダメって言う僕の意見をバカにするけど、そんなにおかしいことなの? アノア研究所が認めたからって、NPCだからって、作り物だからって、心に感じた事を、殺したくないって思う気持ちを否定していいの? 罪の意識があるのなら、手を引いたっていいじゃない。それが人ってものじゃないの?」
無法者の動きが止まっている。ジャックの意見を聞く気はあるようだ。だったら、話を続ける価値はあるかもれない。
たとえ、説得に失敗しても、ムサシ達の体力を回復する時間は稼げるはずだ。
それに知りたかった。なぜ、無法者達はNPCを殺すのかを。同じ人間として辞めて欲しかった。
「ねえ、あの子見てよ。レッキーって言うんだけど、あの子ね、もうすぐ弟か妹が出来るんだって。ちゃんといいお姉さんになれるか心配していたんだよ。ただ、毎日遊んで、明日が来ることを疑いもせずに信じて、親に甘えて生きていただけなんだよ」
ただそれだけなのに、どうして殺されなければならないのか? 大義名分があったとしても、子供を殺して許される道理などないはずだ。
「それなのにアンタ達はレッキーの親を……友達を殺した。ねえ、聞かせてよ。僕達に彼らを殺す権利なんてあるの? そんなものはないよね、僕達には。それにアンタ達は恨みを買った。この村を蹂躙したことで、領主や衛兵、ギルドのメンバーは復讐しに来るよ。そうなったら、どこまでも殺しあいが続く。そんな血で血を洗う日々を生きていきたいの? 人に恨まれたくてソウル杯に参加したの? 自分の武に自信と誇りがあるのなら、こんな弱い者イジメみたいなことはやめなよ!」
ジャックが言うことは現実の世界なら、それなりに説得力がある話だ。
人を殺せば、どうなるのか? どんな報いを受けるのか、少し想像すれば理解できるはずだ。
今更かもしれないが、それでも、同じ人間として、ジャックは無法者達にこれ以上、過ちを犯して欲しくなかった。
殺し合うとしても、プレイヤー同士だけにするべきだ。それこそが本来のアルカナ・ボンヤードのあるべき姿なのだ。最強を決める戦い、ソウル杯なのだ。
決してNPCの殺戮を楽しむゲームではない。
ジャックの拙くも一生懸命な説得に、無法者達は……。
「はあ……はあ……はあ……まだ、負けたわけじゃない」
勝負の行方は誰の目にも明らかだった。
ムサシのソウルメイトからソウルは消え、呼吸が乱れ、立っているのもやっとの状態だ。それはカークもレンも同じだった。
矢が尽き、遠距離攻撃からの波状攻撃で防具もソウルメイトもボロボロだった。
それでも、彼らの目は死んでいない。
理不尽な死が許せなくて剣をとった。仲間を助けるため斧を手にした。もうこれ以上死人を出したくなくて、弓をとり、矢を放った。
後ろの避難所にいる村の住人を護りたくて、命を賭けてきた。
NPCだろうが、なんだろうが関係ない。もう、彼らは答えを出したのだ。
自分の心の声に従う事を。
護りたい。
その気持ちだけが三人を突き動かす。
「一気に片をつけるぞ。ロングスピア、構え!」
無法者達は全員、ロングスピアを装備し、一斉にムサシ達に突き出した。
「みんな! オラの後ろへ!」
ムサシは二人の前に出てスクトゥムで防御するが、無法者達はお構いなく何度も何度も突き出す。
「くっ……そ……がぁ」
ムサシは防御を解くことが出来ない。ツーハンデッドソードを地面に投げ捨て、両手でスクトゥムを前に出し、防御し続ける。
息が苦しくなる。スタミナが減り続け、呼吸が出来ず、意識がもうろうとしてくる。無法者達の狙いは、ここにあった。
「カーク!」
「よし!」
二人は一声掛け合うだけで何をしたいのか、理解できていた。カークとレンはムサシの両隣に立ち、スクトゥムを支える。スパイデーの突進を防いだように、ムサシの加勢にまわった。
最初は持ち直していたが、すぐに押し切られてしまう。
二人も疲れ切った状態であった為まともに力が出せない。
そして、スクトゥム越しに聞こえてくるロングスピアを突く音と振動が、三人に恐怖とプレッシャーを与え続ける。
ムサシ達は考えてしまうのだ。
スクトゥムはもつのかと?
このまま破壊されてしまうのではないかと。
先の見えない不安が三人の重くのしかかり、攻撃の勢いは全く衰えない。
「もうすぐ、ヤツらの防御は崩れる。とどめを刺すスタミナは残しておけ!」
「「「応!」」」
ムサシ達は目をつぶり、頭を垂れても、スクトゥムを手放さなかった。
ここを突破されたら、ムサシ達だけでなく、カースルクームの人々も無残に殺されてしまうのだ。絶対に譲れない最終防衛線がそこにあった。
ムサシ達と無法者の我慢比べがこのまま続くかと思われたが、先に音を上げたのは……。
「ま、マジかよ。こっちが苦しくなってきたぞ」
「堅え……いつ崩れるんだ? コイツら……不死身かよ」
無法者達だった。
人数に差があっても、心構えが全く違った。
ムサシ達は命を賭けて戦っている。それにカースルクームの人々の命を背負っていて、使命感、正義感が彼らの限界を押し上げている。
それに対し、無法者達はそこまでの気迫も度胸もない。ピンチになれば、逃げればいいとさえ思っている。
安全なところから人を殺している輩と、危険を顧みず信念を貫こうとするムサシ達では比べるまでもなかった。
このアルカナ・ボンヤードは、心の強さがソウルメイトに反映する。現実では起こせない奇跡を実現することも可能なのだ。
「こうなったら、出し惜しみなしだ! ソウルを解放して、押し切るぞ!」
「「「了解! ソウル、『解放』!」」」
無法者達の怒濤の攻撃に、ムサシ達の防御が崩れ始めた。衝撃と音が先ほどまでとは、まるで違う。
ソウルを解放した攻撃を防ぎきるなど、到底無理だと弱気になってしまったのだ。
ソウルは心の強さに反応する。弱気な心がムサシ達のソウルの力を弱め、押し返されていく。
どんなに屈強な壁でも、少しのヒビが入れば、そこから崩壊することもある。
一度崩壊したら、二度と立ち直れないほどのダメージを受けてしまうことだってある。
ムサシ達は無法者達の攻撃に押されてしまった。
「もう一息だ! いくぞ!」
「「「応!」」」
終わりが見えてくれば、人は疲労していても元気を取り戻す。無法者達は勢いを取り戻しつつあった。
スクトゥムは攻撃を受け続け、耐久力が残り僅かになっていく。彼らに援軍もなし。
ムサシ達にとって、最悪な状況だ。
――もう……ダメ……息がつづかない……。
レンはついに音を上げしまい、スクトゥムを支えるのを中断して大きく息を吸った。
一人の緩みが防御に隙が生じたその瞬間、一気に押し出され、ムサシ達はスクトゥムごと押し倒されてしまった。
「今だ! 殺せ!」
完全に無防備になったムサシにとどめを刺せと指示が送られ、ロングスピアが彼らを貫こうとしたとき。
「ちょっと待って!」
無法者達の手ぴたりと止まる。待ちに待った千載一遇のときなのに、なぜ、止めるのか?
いや、その前に、今まで指示を出していたた男、ジョーンズから別の疑問が漏れた。
「今、指示したヤツは誰だ?」
「僕だよ!」
ジャックは全力疾走からの体当たりで無法者を後ろからぶっ飛ばした。
奇襲を受け、包囲網に穴が開いたところをジャックは駆け抜けていき、避難所のドアを開けようとしたが、扉は閉まって入れない。
ジャックはドアの前にレッキーをおろし、すぐさま、ムサシ達の前に立つ。
「ごめん、ちょっと遅れたかも」
「……ジャック……おせえよ……」
「……ははっ……助かったぜ」
「……ごめん、ちょっとの間、お願い」
三人は疲弊していたため、すぐに立ち上がれなかった。
ジャックは一人で、無法者達から仲間とレッキーと村の住人を護らなければならない。
ジャックは周りを見渡す。
敵、敵、敵……。
辺りには武装した敵しかいない。その全員が自分を殺す為に集まっているのだと思うと、足がすくみそうになる。
ジャックは改めてムサシ達の勇士を尊敬していた。
ジャックがムサシ達を助ける選択をとったのは、ジャック達から離れた場所に光の渦が立ち上ったのを見たからだ。
あの純白で汚れのないソウルはソレイユだ。つまり、みんなが村人を護る為に戦っていることになる。
自分は一人じゃない。いろんなところでみんなは戦っているのだ。
それならば……時間を稼げば援軍の見込みがあるかもしれない。時間を稼げれば、助かるかもしれない。
ジャックは仲間が助けに来ることに賭けたのだ。
ジョーンズは近くにいる男に耳打ちをする。男はうなずき、この場を後にした。
ジャックはこの場から離れている男の行方を確認しておきたかったが、今は十八人まで膨れ上がった無法者達からムサシ達を護ることが先決だ。
このまま対決したら、すぐにやられてしまう。戦うにしても、ムサシ達の回復を待った方がいい。
それならばと、ジャックはある行動に出た。
「ねえ、キミ達の狙いってなに? こんなことをして、楽しいの? 人を惨殺して心が痛まないの?」
ジャックが選択したのは説得だった。無法者達もジャックと同じ人間だ。ならば、話が通じるかもしれない。同じ倫理観が働き、止めてくれるかもしれない。
しかし、ジャックの言葉はこの場においてはただの滑稽な笑い話にもならなかった。無意味かつ無駄。
そんなことで止めるなら、最初から村人を殺す事なんてしないだろう。
案の定、無法者達からも味方からもジャックをとがめる声が集中する。
「バカか、お前は。相手はNPCだろうが! それにNPCを殺せるように設定したのはアノア研究所だぞ? 俺達を責めるのはお門違いだろうが!」
「そうだ! 俺達は悪くねえ!」
次々にジャックを罵倒する声に、ムサシが悔しそうにジャックに語りかける。
「……ジャック……無駄だ……コイツらは……ケダモノだ。人じゃないから、分かり合えねえよ……オラ達は戦うしかねえんだ……」
「そんなことはないよ。僕は確信した。この無法者達にも罪悪感はあるんだよ」
ジャックの意外な意見に、ムサシは眉をひそめる。
無法者に罪悪感がある? なぜ、そんなことが言えるのか?
もし、罪悪感があるのなら、こんな殺戮を犯す事なんてないはずだ。
「はぁ~? ふ、ふざけるな! そんなもん、あるわけねえだろうが!」
無法者達もジャックの言葉に異を唱え、怒鳴り散らしている。
ジャックが無法者に罪悪感があると判断した理由は……。
「嘘だよ。本当に気にしていないなら、怒鳴る必要なんてないでしょ? それに責任転換だってしないし、悪くないって強調もしない。だって、気にしてないんだから、言い訳する意味ないじゃん。それに気が立つのは、不安や後ろめたいことを隠すため。僕なら絶対にそうする」
ジャックの指摘に無法者達は黙ってしまった。目をそらす者さえいる。
ジャックはたたみかけるように説得を続ける。
「みんなはさ、このソウル杯は殺し合いなんだから、殺人はダメって言う僕の意見をバカにするけど、そんなにおかしいことなの? アノア研究所が認めたからって、NPCだからって、作り物だからって、心に感じた事を、殺したくないって思う気持ちを否定していいの? 罪の意識があるのなら、手を引いたっていいじゃない。それが人ってものじゃないの?」
無法者の動きが止まっている。ジャックの意見を聞く気はあるようだ。だったら、話を続ける価値はあるかもれない。
たとえ、説得に失敗しても、ムサシ達の体力を回復する時間は稼げるはずだ。
それに知りたかった。なぜ、無法者達はNPCを殺すのかを。同じ人間として辞めて欲しかった。
「ねえ、あの子見てよ。レッキーって言うんだけど、あの子ね、もうすぐ弟か妹が出来るんだって。ちゃんといいお姉さんになれるか心配していたんだよ。ただ、毎日遊んで、明日が来ることを疑いもせずに信じて、親に甘えて生きていただけなんだよ」
ただそれだけなのに、どうして殺されなければならないのか? 大義名分があったとしても、子供を殺して許される道理などないはずだ。
「それなのにアンタ達はレッキーの親を……友達を殺した。ねえ、聞かせてよ。僕達に彼らを殺す権利なんてあるの? そんなものはないよね、僕達には。それにアンタ達は恨みを買った。この村を蹂躙したことで、領主や衛兵、ギルドのメンバーは復讐しに来るよ。そうなったら、どこまでも殺しあいが続く。そんな血で血を洗う日々を生きていきたいの? 人に恨まれたくてソウル杯に参加したの? 自分の武に自信と誇りがあるのなら、こんな弱い者イジメみたいなことはやめなよ!」
ジャックが言うことは現実の世界なら、それなりに説得力がある話だ。
人を殺せば、どうなるのか? どんな報いを受けるのか、少し想像すれば理解できるはずだ。
今更かもしれないが、それでも、同じ人間として、ジャックは無法者達にこれ以上、過ちを犯して欲しくなかった。
殺し合うとしても、プレイヤー同士だけにするべきだ。それこそが本来のアルカナ・ボンヤードのあるべき姿なのだ。最強を決める戦い、ソウル杯なのだ。
決してNPCの殺戮を楽しむゲームではない。
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