風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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五章

五話 伊藤ほのかの傷心 その五

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「……気にしすぎてると思います」
「それは悪いことか?」
「悪くないです。でも、先輩、気づいてますか? 先輩の顔、すごく辛そうです」

 私は先輩を見上げる。
 泣きそうな顔をしている先輩を見たくない。
 先輩は私にたくさんの思い出をくれた。
 辛い時ははげましてもらった。私が弱音をはいたとき、先輩は話を聞いてくれた。嬉しかった。
 今度は私が先輩の力になりたい。

「なんで、痛い思いやつらい経験をしてまで頑張がんばっちゃうんですか? 自分の為ですか?」
「……ただ後悔したくないだけだ」

 何をそこまで先輩は後悔しているのだろう。
 先輩は自分をいじめていた相手を、半殺しにしてやりかえしたはずだ。復讐ふくしゅうなんて生易なまやさしいものじゃない。お釣りがでるくらいに仕返しできたはずだ。

「何に対して後悔したくないんですか?」
「い、伊藤?」

 私は先輩の手をそっと握る。
 冷たい。その冷たさが、先輩の心のような気がして胸が締め付けられる。
 あたためてあげたい。私が、先輩の心を……。

「ごめんなさい、先輩。私、知っているんです。先輩が……」

 先輩に嫌われてしまうかもしれない。でも、決めたんだ。本音でぶつかるって。
 だから、隠し事はなしにしよう。

「先輩が少年Aだって」
「!」

 先輩の目が大きく見開く。

「彼女達から聞いたのか?」

 彼女達? 誰のこと?
 気になったけど、今は正直に答えよう。

「橘先輩です」
「さ、左近にか?」

 先輩は口をぽかんと開けている。
 あれ? 橘先輩から聞いたことがそんなに意外なの?

「不思議ですか?」
「あ、ああ。だが、左近がなんで伊藤に話すんだ?」

 私は少年Aについて、話を聞くことになった経緯いきさつを話した。
 私が風紀委員になりたいと宣言したとき、橘先輩が少年Aについて話してくれたこと、暴走した先輩の話、橘先輩と風紀委員顧問の話、全てを話した。
 話を聞いて、先輩は長い溜息をつく。

「ごめんなさい、怒ってますか?」
「伊藤は悪くない。勝手に話したのは左近だろ? 正直、信じられないが」
「う、嘘はついてません! なんで信じてくれないんですか!」
「いや、その、すまん。だが、左近がな……」

 どうして、そこまで不思議に思うのかな? 先輩が複雑そうな顔で見つめてきた。

「話、戻していいですか?」
「ああ」
「先輩って、その、先輩達をいじめていた相手を病院送りにしたんですよね? 言っちゃなんですけど、そこまですれば、もう恨みはないですよね? 先輩の親友や両親が離れていったことは、先輩だけが原因じゃあないと思います。っていうか、親は逃げちゃダメでしょ! 先輩は悪くないです! 何か腹が立ってきました!」

 そうだよね! 普通、親は味方するはずだよね! 許せない! 親失格だよ!
 あれ? そう考えると、離れたほうがよかったのかな?
 先輩が笑ってくれた。先輩の手が私の頭を優しく撫でてくれる。
 怒りの感情がすっと消えていく。気持ちよくて目がほそまる。

「ありがとうな、伊藤。俺の為に怒ってくれて。嬉しいよ」
「……先輩」

 先輩に頭撫でられるの、クセになりそう。こんなときなのに、頬が緩むのが抑えきれない。

「でもな、駄目なんだ。忘れられないんだ。アイツの顔が」
「アイツ? もしかして、女の子ですか?」
「男だ。幼馴染で、一番の親友だった」



 ×××


「正道! 早く来いよ!」
「待ってよ、ケンちゃん!」

 俺の幼馴染、田宮たみや健司けんじはいつも俺の前を走っていた。俺はいつもその背中を追いかけていた。
 健司とは幼稚園からの付き合いで、一緒に遊んで、笑って、喧嘩して、泣いて……何をするのも一緒だった。

 健司は俺の憧れだった。
 当時とうじ、俺の夢は警察官になって、悪い人をらしめることだった。
 テレビのヒーローに憧れたことが理由だ。
 正義はかっこいいと思っていた。だから、正義の味方になりたかった。
 近所の悪ガキを注意したのはいいが、反感を買い、返り討ちにあった。悔しくて泣きそうだったとき、健司が助けてくれた。
 俺は歯を食いしばって泣くのを我慢して、健司と一緒に戦った。健司のおかげでくじけずにすんだのだ。

「正道、ピンチになったら俺を呼べ! 俺はヒーローだからな!」

 健司の笑顔に、俺も笑顔になる。
 悪ガキが兄貴を連れてきて、喧嘩になった。年上の力は強くて、俺達は負けてしまった。

「……ケンちゃん、グスッ……なんで正義が負けるの? 悪いのはあいつらなのに……」
「泣くな、正道。俺達は間違ってない! リベンジだ!」

 俺が泣いても、健司は泣かずに俺を励ましてくれた。
 二人で強くなって、リベンジした。二人とも傷だらけだったが、勝てたときは嬉しかった。

「やったな、正道!」
「正義は勝つ!」
「当たり前だ! 俺達ならどんなヤツにも負けない! 俺達は最強のタッグだ!」

 喧嘩に負けても最後は俺達が勝って、笑顔になれた。
 健司はどんな苦境くきょうも乗り越える、俺の自慢の幼馴染だった。健司は強かった。どんなときも泣かなかった。

「なあ、正道。俺達、ずっと友達だよな?」
「当たり前だろ! ずっと、友達だ!」

 ずっと一緒に、正義の味方をできると思った。正義は必ず最後は勝つと信じていた。
 でも、終わりは突然だった。



「なあ、健司。何かあったのか? 悩み事か?」
「別になんでもない」
「……」

 健司の様子がおかしい。中学に入ってすぐ、異変を感じた。
 俺にはすぐ分かった。
 健司はなんでもないって言っていたけど、健司が何かに困っていることを確信していた。
 健司の後をつけて調べてみると、原因はすぐに分かった。いじめだ。
 一人相手に複数でよってたかっていたぶるやり方に、俺は激怒げきどした。
 健司を助けたかった。二人なら必ず勝てると信じていた。

 だが、現実は厳しかった。
 強い暴力の前には綺麗事きれいごとなんて通じない。
 正義が必ず勝つわけじゃない。返り討ちにあって、俺はいじめの対象になった。
 状況は更に悪化していった。

「おい健司! 正道を殴れ!」

 健司がいじめのグループに強要きょうようされて、いじめに加わってきた。
 強要したヤツは笑っていた。グッドアイデアと言わんばかりに仲間達と笑っていた。

 それからが地獄の毎日だった。
 殴る蹴るは当たり前、女子の前で四つん這いになって、馬として扱われて歩かされた。
 女子の軽蔑けいべつするような声、自分のみじめな姿を笑う声……羞恥心しゅうちしんに耐えるために、唇を強く噛んだ。血の味がしても、噛み続けた。

 アイツらが考えたゲームに付き合わされた。
 その一つが的当てゲームだった。俺は的にされた。
 ルールは体の部分にそれぞれ違う点数をつけ、ボールを当てる。高得点を出したほうが勝ち。
 硬球こうきゅうを当てられて、痛みで声を出したらお仕置きでリンチされる。

 健司も参加していた。
 健司は最初は外してくれたけど、あいつらにまじめにやれとリンチされてからは当ててくるようになった。威力はなかったが、一番痛かった。
 優勝者は俺の財布から全額、金を巻上まきあげた。
 一万円以上ないと、リンチされた。

 悔しかった。歯を食いしばり、耐え続けていた。
 今まで助けてくれた健司が、俺の理想の男が、俺をいじめている。
 心が折れそうだった。
 必死だった。いつかまた健司とやりなおせると思い込んでいた。
 だから、耐えた。
 いつかきっと……きっと、やり直せる。

 俺は一度、一度だけ、健司を恨んだことがある。俺は恥じた。自分の弱さに、友を恨んでしまったことに。
 そして、謝りたい。
 謝った後は仲直りだ。これで元に戻るはずだ。
 また、二人でやり直そう。笑い合おう。
 今度は勝ってみせる。だって、最後に正義は必ず勝つから……。
 そう思い込むことで必死に耐え続けた。
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