偽りの華

世羅

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偽りからの始まり

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 今、私の目の前にいる男は芥川賞作家として名を馳せている。黙々と光を放つパソコンに向かいながら、文字を打ち込んでいるそんな後ろ姿を私は複雑な気持ちで見ている。そうだ、私は彼からしてみたら「おもちゃ」の一人でしかないから。

 彼と出会ったのはサイン会だった。
 彼は34歳の芥川賞作家で、受賞後から徐々に人気が出始めていた。なんとなく彼の作品を読んで私は彼に会ってみたくなった。

 私は彼を目の前にして嘘をついた。

『ずっと、あなたのファンだったんです』

『どのくらい?』

『あなたがデビューした時からです。私、24歳なんですけど……』

 そういうと彼は目を丸くして私を見上げてきた。
 彼の反応から私の美貌と若さの虜に一瞬であったのが手に取るようにわかった。

 だから、私は彼に差し入れた花束に自分の連絡先をこっそり差し込んでおいた。


 それが私と彼の始まりだ。

 彼は私をマリアと呼ぶ。それは私の本当の名前ではないけれども、私が咄嗟についた名前を偽ってしまったのだ。私にはマリアなんていう清らかな名前は似合わないのに私はマリアという偽りの名前が好きなのだ。


 彼がぱしっとPCを閉じて、私のほうを向いた。私は少し不安げな表情を作りながら「どうしたの?」と小首をかしげてみた。そうすると、彼は「いいや」とだけ答えた。

「お腹すいたでしょう? ごはん作ってあるから一緒に食べよう」

 そう言って、立ち上がろうとすると彼が近寄ってきて思いっきり引き寄せられた。

「マリア……。香水……」

 発せられた単語に対して、私はまずいと思った。
 彼はシャネルの香水の匂いが嫌いなのだった。それなのに私は間違えてシャネルの香水をつけてきてしまった。

「ごめんなさい。嫌いだったわよね。あとでシャワーを浴びて落とすし、次からは気を付けますね」

 そう言って、私は作り笑いをして、彼の腕の中から離れた。


 「女」の一人だという感覚から彼の好みを忘れてしまった。合わせようとするとこうなってしまうのだ。どうしても、嘘をつき続けるのは私は得意ではない。けれども、彼の傍にい続けるためにはうそが必要なのだ。










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