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第四章 森川厘 ~ローレライ討伐録~
第69話 嵐の前の静けさ
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翌日、私はテストの追試を受けることになる。
追試の結果はその翌日に発表されたが、赤点だった数学Aは、86点という、錦を飾る形で幕を閉じた。
森川先輩にはひたすら感謝というところだが、「バルティナの歪み」である今日、まだ森川先輩は部室に来ていなかった。
ただ、それ以外のみんなは既に集まり、私の笑顔を見て察したようだった。
「おや、一子。すごく嬉しそうでーす。追試はどうでしたか?」
「ふふーん……これでどうだっ」
見せつけた答案。
千里はまっすぐに見れないらしく、太陽でも見るかのように手と腕を駆使している。
「おぉ……眩しいです。眩しすぎでーす!」
「おぉー、いっちゃんすごいなー! ボクなんて、追試の追試なんだぜっ!」
「京ちゃん……それ、あとで森川先輩に怒られるよ」
「い、いや。あと1教科にまで減ったんだから、きっと大丈夫……」
「まぁ、全教科からは随分減ったけどさ……」
2人のやりとりに、みんなが笑う。
私も、余裕ある立場として笑える側になり、ちょっと鼻が伸びているかもしれない。
「それにしても……遅いわね、厘さん」
「そういえばそうですね。いつもなら、どんなに遅くても来る頃合いなのに」
私と露草先輩の心配を余所に、千里が明るい声で。
「誰だって、事情があるでーす。今日が「バルティナの歪み」であることを忘れる森川先輩じゃありません。待ってれば、必ず来るですよ」
「……まぁ、そうよね。ちょっと神経質になってたかしらね」
「そうでーす。果報は寝て待てでーす」
「千里、それは意味が違う」
そんな会話をしていると、魔刻の砂時計が鳴り響く。
同時に、ドアが勢い良く開くと、そこには待望の姿を見た。
息を切らせ、肩で息をしており、顔は少し青白く見えるものの、やはりそこには森川先輩の姿があった。
「……すまない、遅くなった」
「本当よ。私の心配した時間を返して欲しいわね」
「それは退魔部への功績で返すことにしよう。みんなはもう行けるか?」
「もうバッチリオッケーですよぉ!」
総意を示すように、京さんが元気な声で返事をする。
その返事に同意するように、皆が頷いた。
でも、私は少し気になっていた。
全力で走ってきたように見えるけれど、その顔色の悪さは、ちょっと普通じゃない気がした。
「……大丈夫ですか?」
思わず出た言葉。
それに対して、森川先輩は当然のごとく。
「無論だ」
そう返事をしたのだった。
幽体離脱もお手の物となり、ゲートを前にしても全く緊張しなくなった。
いつも通りの「バルティナの歪み」が幕を開けようとしている。
人の配置も、これまたいつもの布陣。
作戦会議は特に行わずとも、暗黙の了解のように移動していく。
今回は殲滅戦。
ゲートに一番近いのが私、京さん、愛さん。
次いで千里、露草先輩、森川先輩と続く。
前回の迎撃戦では、ちょっとした試験をしてみた。
森川先輩のシングメシア、露草先輩の護方結界、私のシングメシア、千里の弓の布陣。
時間そのものは長くなったものの、出てきた悪魔のほとんどを消滅させることに成功していた。
故に、今回の殲滅戦では、今まで以上に悪魔の数が少ないことから、全員が気楽な気分でいる。
そんな中、私はとても嬉しかった。
私は、役立っているんだと感じるから。
ゲートを閉める役割。
大量の悪魔を殲滅する役割。
残った悪魔を射止める役割。
そのときの状況に応じて、私は役割を変えることが出来る。
それは、この退魔部では唯一の能力で。
それを最大限に活用して。
みんなの役に立っている。
それがとても嬉しかった。
ただ、注意されていることがある。
以前にも、こんなやりとりをした。
「朝生さん。貴女は、確かにたくさんのことが出来る。でも、あまり過信しないでね。貴女の魂は、私達のように幼い頃から洗練してきたものじゃないわ。だから、その力の器が小さいの」
「えっ……どういうことですか?」
「簡単に例えるなら……私達の魂をヤカンとする。私達は、それこそ生まれつき大きなヤカンで、20リットルくらい入るもの。さらに鍛錬を積むことで、容量を更に大きくしている。でも、朝生さんは違うわ。もともと小さなヤカンで、大体2リットルくらいしか入らない。厘さんのシングメシアを数発撃つくらいならまだしも、連発したら、ヤカンの中身はすぐ空っぽになっちゃうわ。どう、理解出来た?」
「えっと、つまり……何でも出来るからって無理をすると、器が小さいから、すぐに死んじゃうってことですか?」
「そういうこと。本当に気をつけてね。特に、樫木さんの聖剣は、絶対に真似しないこと。あれは、樫木さんだから出来るもので、私達ですら危ういわ」
この話は、肝に銘じている。
確かに、ユニコーンとの戦いの後、幽体であるはずなのに痛みに似た感覚が全身を走っていた。
そして、身体に戻った時の気だるさ……
いや、気だるさという表現で済むようなものではなく、全身の血が抜かれたような感じだったが、その辛さは2度と経験したいものではない。
その時を思いだし、わずかに身を震わせていると、森川先輩の声が響いた。
「来るぞっ!」
気を切り替える。
前に見える巨大な扉が、音を立てて開いていく。
完全に開ききったところで、後ろからは閃光が周囲を照らしていた。
言わずもがな、光の根源たるは森川先輩のシングメシア。
すでに、ここで全ての悪魔が吹き飛んでいるのか、露草先輩は全く動かずに護方結界を見つめている。
千里も、弓を構える仕草をせずに索敵に集中しているようだった。
「よっし、いっちゃん。いつも通りにねっ!」
「はい、お願いしますっ!」
となれば、あとは閉めるだけだ。
私と京さん、2人で閉める力は、それこそ2倍以上。
最近は息もピッタリと合っており、ゲートに与えられる力は、最大効率を図れているように思える。
そう思える結果が出ていた。
今、一度だけゲートを押しただけで、既に5分の1は閉まっただろうか。
最近は、インターバルの時間も短くなり、閉まるスピードは、当初と比べて格段に上がっていた。
作業中断から10秒ほど。
京さんからかけ声がくる。
「ぃよっし。いくぜいっちゃんっ!」
「はいっ!」
再び力を込めて、ゲートを押す。
同じくらいの力を込め、同じくらいゲートが閉まる。
つまりは、あと3回もやれば、完全に閉まるということだ。
露草先輩も千里も動かない。
シングメシアだけで、全てを抑え込んでいる証だ。
ケルベロスを倒してからというものの、ずっとこんな感じだった。
今回もこれで終わる。
そして、いつもの部室に戻れる。
はずだった。
追試の結果はその翌日に発表されたが、赤点だった数学Aは、86点という、錦を飾る形で幕を閉じた。
森川先輩にはひたすら感謝というところだが、「バルティナの歪み」である今日、まだ森川先輩は部室に来ていなかった。
ただ、それ以外のみんなは既に集まり、私の笑顔を見て察したようだった。
「おや、一子。すごく嬉しそうでーす。追試はどうでしたか?」
「ふふーん……これでどうだっ」
見せつけた答案。
千里はまっすぐに見れないらしく、太陽でも見るかのように手と腕を駆使している。
「おぉ……眩しいです。眩しすぎでーす!」
「おぉー、いっちゃんすごいなー! ボクなんて、追試の追試なんだぜっ!」
「京ちゃん……それ、あとで森川先輩に怒られるよ」
「い、いや。あと1教科にまで減ったんだから、きっと大丈夫……」
「まぁ、全教科からは随分減ったけどさ……」
2人のやりとりに、みんなが笑う。
私も、余裕ある立場として笑える側になり、ちょっと鼻が伸びているかもしれない。
「それにしても……遅いわね、厘さん」
「そういえばそうですね。いつもなら、どんなに遅くても来る頃合いなのに」
私と露草先輩の心配を余所に、千里が明るい声で。
「誰だって、事情があるでーす。今日が「バルティナの歪み」であることを忘れる森川先輩じゃありません。待ってれば、必ず来るですよ」
「……まぁ、そうよね。ちょっと神経質になってたかしらね」
「そうでーす。果報は寝て待てでーす」
「千里、それは意味が違う」
そんな会話をしていると、魔刻の砂時計が鳴り響く。
同時に、ドアが勢い良く開くと、そこには待望の姿を見た。
息を切らせ、肩で息をしており、顔は少し青白く見えるものの、やはりそこには森川先輩の姿があった。
「……すまない、遅くなった」
「本当よ。私の心配した時間を返して欲しいわね」
「それは退魔部への功績で返すことにしよう。みんなはもう行けるか?」
「もうバッチリオッケーですよぉ!」
総意を示すように、京さんが元気な声で返事をする。
その返事に同意するように、皆が頷いた。
でも、私は少し気になっていた。
全力で走ってきたように見えるけれど、その顔色の悪さは、ちょっと普通じゃない気がした。
「……大丈夫ですか?」
思わず出た言葉。
それに対して、森川先輩は当然のごとく。
「無論だ」
そう返事をしたのだった。
幽体離脱もお手の物となり、ゲートを前にしても全く緊張しなくなった。
いつも通りの「バルティナの歪み」が幕を開けようとしている。
人の配置も、これまたいつもの布陣。
作戦会議は特に行わずとも、暗黙の了解のように移動していく。
今回は殲滅戦。
ゲートに一番近いのが私、京さん、愛さん。
次いで千里、露草先輩、森川先輩と続く。
前回の迎撃戦では、ちょっとした試験をしてみた。
森川先輩のシングメシア、露草先輩の護方結界、私のシングメシア、千里の弓の布陣。
時間そのものは長くなったものの、出てきた悪魔のほとんどを消滅させることに成功していた。
故に、今回の殲滅戦では、今まで以上に悪魔の数が少ないことから、全員が気楽な気分でいる。
そんな中、私はとても嬉しかった。
私は、役立っているんだと感じるから。
ゲートを閉める役割。
大量の悪魔を殲滅する役割。
残った悪魔を射止める役割。
そのときの状況に応じて、私は役割を変えることが出来る。
それは、この退魔部では唯一の能力で。
それを最大限に活用して。
みんなの役に立っている。
それがとても嬉しかった。
ただ、注意されていることがある。
以前にも、こんなやりとりをした。
「朝生さん。貴女は、確かにたくさんのことが出来る。でも、あまり過信しないでね。貴女の魂は、私達のように幼い頃から洗練してきたものじゃないわ。だから、その力の器が小さいの」
「えっ……どういうことですか?」
「簡単に例えるなら……私達の魂をヤカンとする。私達は、それこそ生まれつき大きなヤカンで、20リットルくらい入るもの。さらに鍛錬を積むことで、容量を更に大きくしている。でも、朝生さんは違うわ。もともと小さなヤカンで、大体2リットルくらいしか入らない。厘さんのシングメシアを数発撃つくらいならまだしも、連発したら、ヤカンの中身はすぐ空っぽになっちゃうわ。どう、理解出来た?」
「えっと、つまり……何でも出来るからって無理をすると、器が小さいから、すぐに死んじゃうってことですか?」
「そういうこと。本当に気をつけてね。特に、樫木さんの聖剣は、絶対に真似しないこと。あれは、樫木さんだから出来るもので、私達ですら危ういわ」
この話は、肝に銘じている。
確かに、ユニコーンとの戦いの後、幽体であるはずなのに痛みに似た感覚が全身を走っていた。
そして、身体に戻った時の気だるさ……
いや、気だるさという表現で済むようなものではなく、全身の血が抜かれたような感じだったが、その辛さは2度と経験したいものではない。
その時を思いだし、わずかに身を震わせていると、森川先輩の声が響いた。
「来るぞっ!」
気を切り替える。
前に見える巨大な扉が、音を立てて開いていく。
完全に開ききったところで、後ろからは閃光が周囲を照らしていた。
言わずもがな、光の根源たるは森川先輩のシングメシア。
すでに、ここで全ての悪魔が吹き飛んでいるのか、露草先輩は全く動かずに護方結界を見つめている。
千里も、弓を構える仕草をせずに索敵に集中しているようだった。
「よっし、いっちゃん。いつも通りにねっ!」
「はい、お願いしますっ!」
となれば、あとは閉めるだけだ。
私と京さん、2人で閉める力は、それこそ2倍以上。
最近は息もピッタリと合っており、ゲートに与えられる力は、最大効率を図れているように思える。
そう思える結果が出ていた。
今、一度だけゲートを押しただけで、既に5分の1は閉まっただろうか。
最近は、インターバルの時間も短くなり、閉まるスピードは、当初と比べて格段に上がっていた。
作業中断から10秒ほど。
京さんからかけ声がくる。
「ぃよっし。いくぜいっちゃんっ!」
「はいっ!」
再び力を込めて、ゲートを押す。
同じくらいの力を込め、同じくらいゲートが閉まる。
つまりは、あと3回もやれば、完全に閉まるということだ。
露草先輩も千里も動かない。
シングメシアだけで、全てを抑え込んでいる証だ。
ケルベロスを倒してからというものの、ずっとこんな感じだった。
今回もこれで終わる。
そして、いつもの部室に戻れる。
はずだった。
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