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第1章 異世界転移編

第20話 手品師エメル

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「あー、話は終わったか?」


なにやら話し込んでいた2人の話が終わったようなので俺様が話しかけてやると、ルシードは大きな笑い声を上げた。
するとルシードは何かいい事でもあったのかまた大きな大声を上げながら笑いだす。


「ははは! 後悔してももう遅い! 貴様の命運は尽きた。大人しく殺されろ!」


なんか話し込む前にもそんなことを言ってたが、結局話し合いとはなんだったのだろうか。
興味もなかったので、適当にこれからの予定(主に金の事)を考えて時間を潰していたわけだが、どうやら本当に無駄な時間だったようである。


「で、今度はお前が相手をしてくれるのか? まぁまともな戦いになるとは思えんがな」


俺様はそう言ってレイと呼ばれいていた剣聖へと視線を向ける
確かに他の騎士達のように無駄に重いだけの装備でないだけまだマシに思えなくもないが、ただそれだけだ。
まぁそれ以前の問題として俺様とまともに戦える者などほぼ存在しないので裸だろうが伝説の装備を付けていた所で結果は変わらんのだろうがな。

俺様がそんなことを思っている間にもなぜかルシードがキーキーと猿のように喚いているが、どうでもいいので内容は全く入ってこない。

そんな中、レイは俺様へと剣を向けながらありえない妄言を吐いた。


「そうですか? 私は結構いい勝負になると思いますけどね」


「ふはは、面白い冗談だ。世界最強だが何だが知らんが、俺様に勝てる者など存在しない。どれ、胸を貸してやる。さっさとかかってこい」


「ではお言葉に甘えて」


そして、レイが俺様へと斬りかかったのを合図に『世界最強の剣士』と『偉大すぎる勇者』の戦いの幕が開けたのだった。





——アッシュとレイの戦いが始まる数分前の事

「やばいだろ。さっさと逃げないと」


エメルとセラに路地に無理やり引きずり込まれたグレイスは路地内で2人にそう訴えかけた。
グレイスが言う逃げるとは3人で逃げるということではなく、どうにかしてアッシュをあの場から回収して共に逃げるという事だ。
それ思えるほどにはグレイスはアッシュに救ってもらった恩義を感じているし、出会ってからのこの短い期間で友人と思えるくらいには親しみを感じていたのである。

そんなグレイスの思いとは裏腹にエメルとセラの様子にはほとんど焦りが見られなかった。


「うーん、まぁ大丈夫だとは思うんだけど」


エメルが言う大丈夫というのはアッシュの安否の心配ではなく、めんどくさい事になるかならないか主にそっち方面の心配である。
普段からアッシュは自身の事を『偉大過ぎる勇者』と自称しているがアレはあながち間違いではないのだ。
性格うんぬんは別としてアッシュの常軌を逸した戦闘能力は元居た世界では勇者パーティーのメンバーはもちろんの事、全世界全人類にまで知れ渡り、あらゆる世界の貴族王族ですらおいそれと手が出せないほどまでの地位を築いていたのである。
もちろんそれは『魔王』という世界共通の脅威に対する唯一の対抗手段であった事も重要な要素の一つだったが、それがなかったとしてもアッシュの地位が揺らぐことはなかったのだろうとエメルは思っている。

とはいえここは勇者アッシュの事を知る者がいない異世界。
アッシュが負ける事はまずないだろうが、めんどくさい事になる可能性は十分にあるというのがエメルの予想だった。


「ちょっと近づいて様子を見るか」


「いや、どうやって?」


ふと言ったエメルの一言にグレイスは疑問を投げかける。
まさかとは思うが、アッシュのように正面から堂々と近づくわけにはいかないだろうと思っていたグレイスにエメルは突拍子もない事を言い出した。


「姿を消す魔法……いや、手品を使ってね」


グレイスが何言ってんだこの人? と思っているとエメルは馬鹿でかい宝石がついている杖を天に掲げて一つの魔法を行使する。


「不可視
アンヴィジブル



杖の先から光の粒子が3人の身体へと降り注ぎ、光の粒子が当たった箇所から光がじんわりを体に広がっていき、3人の身体全体が薄っすらとした光を帯びる。


「さて、行きましょ」


エメルがそう言うと、セラと共に何事もなかったかのように路地の外へ向かい始めようとするのを見てグレイスはそれを慌てて止めに入る。


「いやいや、待て待て待て」


グレイスがそんな2人にツッコミを入れると、エメルが不思議そうな表情で見返した。


「なによ? さっさと行くわよ」


「どういう現象か分からんけど、むしろ光っているぞ。俺達」


「あー、私達から見ればそう見えるけど、他の人からは見えないから大丈夫よ」


「いや、そうは言うけどな」


グレイスからしてみればエメルが言っている意味が分からない。
自分達の身体が薄っすら光っている現象からして意味不明だが、これが他の人間から見れば何も見えないとエメルは言っているのだ。
エメルの魔法を知るセラからすればなんてことない話だが、魔法自体を始めて見たグレイスにとって未知の現象なのだから理解が追いつかないのは当然の話である。


「まぁいいわ。来ないなら来ないで、私達で確認するからそこで待ってて」


セラはそう言ってグレイスに構わず路地を出て行こうとするのを見てグレイスは諦めたように溜息を吐いた。


「はぁ、分かった。どうせあの時に死んでいたはずの命だ。騙されたと思ってアンタ達についていくとするよ」


グレイスのこの決断はセラたちにとってみればいつもの事でなんてことのない話だったがグレイスにとっては一世一代の決断だった。
なにせあの悪名高い第一王子ルシードの前に女性2人と光を放ちながら出て行くというのだから。
普通であれば単なる自殺行為と言っていい行動だが、これまでの短い間でのアッシュ達3人の行動を見てなぜかうまくいくとそんな気がしたのだ。確証はまったくないのだが。

だがグレイスのそんな予感もすぐに確信へと変わることになる。


(……誰も俺達に気付かないぞ)


既に民衆はこの場から逃げ出してしまっているが、ルシードの取り巻きの騎士とは立ち位置上向かい合いながら歩みを進めているというのに、光を放っているはずのグレイスたち3人に誰も気づく様子がない。


(っておい。戦いおっ始めじゃねえか。……って、あ、死んだ)


アッシュの元へと向かう最中、数人の騎士がアッシュへと向かい攻撃を仕掛けたのだが、一瞬でアッシュが倒してしまう。


「あぁ、やっぱ弱っちいわね」と小声で呟くエメルにグレイスは少しドキッとしたが、まだ距離があるので騎士達に聞こえてはいなかったのかこちらに気付く騎士はいないようだった。

更に歩くと、先を歩いていたエメルが「ここらへんにしよっか?」と言いながら地面を指差すのでグレイスは何の事かと思っていると、セラが無言でエメルの傍に腰を下ろしたのを見てそういう事かと理解する。


(そういえば、この人たち俺が狼に襲撃されていた時もこんなだったな)


そんなことを思いつつもグレイスは大通りの真ん中にゆっくりと腰を下ろすのだった。
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