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第2章 魔人侵攻編

第26話 勇者が空気すぎる件について

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「なんと! この方たちが!」

法王の言葉を受けて一人の神官が驚きの言葉を発する。

システアが行使した漆黒の渦は第2級魔法『転移門』。

使用距離に制限があり、神ユリウスが使う第1級魔法『上級転移門』とは違い常時型ではないが、連続で使用すればかなりの遠方でも短い時間で移動できる優れた魔法である。

そんな規格外の魔法の中から現れたのだからシステア達が魔人扱いを受けるのも仕方のない事であった。

「お久しぶりです! 勇者様!」

ニアはシステアの連続デコピン攻撃を見事に避けてみせた少年の手を取って笑顔を向けると少年は少し照れ臭そうに挨拶を返した。

「こちらこそお久しぶりです。聖女様」

「私の事は聖女ではなくニアとお呼びください」

「ではニア様とお呼びします」

この少し照れている少年こそ当代最強にして唯一のS級冒険者、勇者アリアス=アルべリオンである。

「なんじゃ、なんじゃ、若いのー、アリアスよ」

そう言ってアリアスをからかう少女はA級冒険者にして史上最強の魔法使いと名高い魔女システア。

外見こそただの少女に見えるが、とある森の奥で長年魔法の研究をしていた魔女で年齢や経歴等全てが謎に包まれている女性である。

歴代の勇者パーティーに加わる事を長年頑なに拒否していたが、アリアスを見るや否や自らアリアスのパーティーに入る事を願い出たというパーティーの中では一番の新参者だ。

「それでこっちの馬鹿ごついのが戦士ガラン。とある都市の闘技場の覇者だった男じゃが、アリアスにボッコボコにされてパーティーに入る事を決意した根っからの戦闘狂じゃ。今でもアリオスを越えるため日々隠れて努力している意外と頑張り屋さんな男じゃ」

「それ誰に説明しているんスカ? システアさん」

色々な情報をバラされつつ紹介されたガランが不思議そうにシステアに尋ねる。

「誰って、今この場にいるみんなにじゃが? なんか変じゃったか?」

「あ、いえ、ならいいス」

各々自己紹介を済ませた所でシステアが法王に話しかけた。

「いやー、それにしても魔王の奴逝きおったかー。で次の日には魔人アルジールが人間界に来たじゃって? 大変じゃなー、お主らも」

「他人事ではないのではありませんか? システア殿」

他人事みたいに言うシステアに法王が苦言を呈すると——

「まぁ最悪わしはどこにでも逃げれるしのぅー」

「そんな無責任な!」

「そうですよ、システアさん!」

勇者パーティーの一員であるシステアの無責任な一言に色々な所から文句が飛ぶがシステアはそんなことなど気にもしない。

「とはいっても魔人アルジールじゃろ? あの化け物の魔王の奴はいないにしても他の四天王や配下の魔人もおることじゃしなー。ちょっときついんじゃないかの?」

実際問題、かなり戦況は厳しい。

勇者パーティーならば四天王相手に戦うことは可能かもしれないが、魔人側には他にも屈強な魔人が多数控えている。
それに比べ、魔人相手に戦力と数えられそうな人間界の戦力は勇者パーティーを除けば、ユリウス教の高位神官や残るA級冒険者くらいのものである。

その高位神官やA級冒険者ですら四天王はおろか配下の魔人ですら1対1で勝つことは不可能に近い戦力差である。

「ユリウス教の神とやらに頼めばいいんじゃないかの? 今朝会ったんじゃろ?」

「神ユリウスは我々下界の事には関知いたしません。我々は神ユリウスのお言葉に従うのみです」

法王は口ではそういうが、実際それは考えた。

だが、今となってはこちらから神ユリウスを呼ぶことなどできないし、そもそもそんな事ができるなら既に神ユリウスは執行しているだろう。
法王に神ユリウスの考えなど想像もつかないが、神ユリウスがやらないのであれば、こちらから頼んだ所で結果は変わらないだろう。

「それでも僕は戦いますよ!」

アリアスはシステアの消極的な意見を吹き飛ばすべくそう発言するとシステアは仕方がなさそうに言った。

「まぁアリアスがそう言うならわしも手伝うがのう」

それにガランとニアも続く。

「俺も戦うスよ」

「私も!」

「じゃあ、時間もないことじゃし、早速シラルークとやらに向かうことにするか。じゃあの、法王よ。期待はしとらんが、援軍待っとるぞ」

システアはよっこらせと第2級魔法『転移門』を発動させると、アリアス達を先に入らせ、最後にはシステアも転移門の中へと消えていった。

(頼みましたぞ。システア殿。アリアス殿)

法王は彼らを見送った後、アリアスの勝利を信じ、神ユリウスに祈りを捧げるのであった。
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