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第4章 魔界編

第110話 突如始まるクドウの回想、そして暗闇の中の少女 ※

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「アルジール、今からシステアさん達迎えに行ってくるわ」


俺は通信魔法でアルジールにそう連絡を入れると、冒険者協会本部へと向かった。

ミンカの宿から冒険者協会本部はそこまで離れていないので普通に歩いても十分に着くだろう。

町は未だお祭り騒ぎだった。

ミンカの宿から出てきたE級冒険者冒険者プレートをつけた俺の事など気付きもせず、元気に走り回る子供や既に酒に酔った大人たちが横を通り過ぎていく。

騒ぎになっても困るが、少し残念な気持ちになりつつ、俺は小さな声で呟いた。


「もう駄装備コレクションも必要なさそうだな。アルジールのやつにも装備返さないとだな」


俺が人間界に転生した時、まず行ったのが自分とアルジールの装備の初心者装備化だった。

その時に俺はリティスリティアを初心者装備に持ち替え、アルジールからも装備を没収し初心者装備を与えた。

そうでもしないと初心者冒険者としておかしなことになりそうだったからだ。

アルジールの装備でも勇者であるアリアスの持つ装備よりも高性能だし、俺の愛剣リティスリティアに至っては恐らく世界最強クラスの剣。——というか多分世界最強の剣だろう。

魔界にいた時もこれに迫る武器は見た事はなかったし、母さんがいる宮殿にさえリティスリティアを超える剣はなかった。

ついでに言えばユリウスが持つ神剣ユリスリティアを以てしても俺のリティスリティアに傷一つつける事すら叶わず、逆に神剣であるはずのユリスリティアは折れこそしなかったが遠目に見ても刃毀れだらけのボロ剣にしてしまったくらいだ。

俺は持っていた駄剣をしまって、異次元空間からリティスリティアを引っ張り出し、歩きながらリティスリティアを眺めた。


「やっぱこれってあの人がくれたんだよな? 俺は別にチート武器くれなんて願わなかったんだけどな」


転生する時によくある展開として凄く綺麗な女神様がいる神秘的な空間に飛ばされて、世界を救って欲しいとお願いされて、その代わりに凄まじいチート能力を授けてくれたり、エグイ性能のチート武器をくれたりするという話を俺は昔聞いたことがある。

昔はそんなものは妄想好きの頭のネジが少し外れたイケメンとは程遠い引き籠りの残念男子が——っとこれ以上言うと色々な所から苦情が来そうなのでこれくらいにするが、とにかく俺はそんなものは空想上の話だと思っていた。ゲフンゲフン。

あの時に聞こえた声の主の正体を俺は知りもしなければ、神秘的な異空間に招待されたわけでもなく、ましてやこの世の物とは思えない美少女が待っていたわけでもない。

俺が気づいたときにいた場所は只々暗い場所だった。

身体の感覚などまったくなく、今から考えればアレは肉体を無くした俺にどういう方法をもってかは知らないが直接語り掛けていたのだろう。

直接見たわけではないので、少女が絶世の美を持つ女神だったかは今考えても分からない。

だが、多分少女だろう。

それだけはなんとなく声の感じから俺は察した。

数百年経ってもあの時の記憶はまったく薄れることなく俺の脳——いや、多分魂に強烈に刻まれている。





真っ暗闇の中、少女?は俺に語り掛けた。


「面白いね、君」


突然、聞こえてきた声に俺は自分でも不思議なくらい動揺する事もなく平然と言葉を返した。


「俺って死んだんだよな? あまりの衝撃で一瞬で意識飛んでよく分からない内にだけど。……ていうか面白いって何? 別に学校でもそんなに目立つタイプでもなかったと思うけど」


俺は学校ではそんなに目立つタイプではなかった。

クラスの中心で笑いを取れる才能もなければ、スポーツ万能でもないし、頭の出来だって至って平均で、クラスの女子からキャーキャー言われるようなイケメンでもない。

漫画や小説が好きで想像力は豊かかもしれないが、かといって地獄や天国があるなど思うほど信仰もないし、妄想癖もない。

人が死ねば待っているのは何もない無だと俺はこの時までずっと思っていた。

確かに今いるこの場は何もない完全な暗闇ではあるが、無ではない。

意識があれば声も聞こえる。

何より俺に語り掛けてくる少女?までいる事から考えれば俺が信じてきた無とはほど遠い状況である。

俺の至って普通の返答に暗闇の奥からクスクスと笑う少女?の声が聞こえてきた。


「ふふ、そういうことではないよ。こんなに強い魂を見たのは私も初めてなんだ。そういう意味で言ったの。今までも強い魂を持った子はいたけどこんなに意識をはっきり持っていたのは君が初めて。いくら強い魂を持つ者でも魂の形を保っているだけで凄い事なんだから」


なんだか少女?はいきなりスピリチュアルな話を語り始めた。

どうやら俺の魂が強いとのことだが、俺からしたらさっぱりで胡散臭い事この上ない話である。

俺がそんな事を思っていると少女?は少し怒ったような声で俺に言った。


「コラコラ、こんな可愛いお姉さん捕まえて胡散臭いって事はないでしょ。これでもモテるんだからね、私。……ホント、困っちゃうくらい」


怒った声からなぜか少し悲しそうな声に変わった少女?はそう言う。


(すげっ! 心読めるのか? こいつ。何者だ?)


こんな状況で話しかけてくる時点で既に只者ではない事は明らかだが、それでも俺の衝撃は大きかった。


「まぁ私が何者かは置いといて——」


(……教えてくれないのね。ていうかやっぱり偶然じゃないな。こいつは心が読めるんだ。変な事考えなくてよかった。平常心平常心……)


よく分からない緊張感の中、少女は話を続ける。


「——ねぇ、君にお願いがあるの」


なんだか色々と思っていた展開と違ったが、やはり結局ここに行き着くんだなと俺はちょっぴりワクワクしながら少女?の次の言葉を待った。
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