灰に堕ちるその日まで

こりゃりゃ

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序章

邂逅

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 公安本部・第三分室、午前九時五分。
 空気は重く湿っていた。雨は上がっていたが、コンクリートの匂いはまだ街を包んでいる。

 壁際の窓には水滴がわずかに残り、ガラス越しの空は無機質に曇っていた。カーテンも引かれず、曖昧な光が事務所の埃を照らしている。

 鴉は古い新聞のページをゆっくりとめくっていた。煙草の煙が指の先から天井へ揺らめく。外の湿気と室内の焦げたような匂いが混じり合い、空気を鈍く濁らせていた。

 「鴉、また新しいバディがつくぞ。喜べ」

 課長の無造作な声が、埃を払うように空間に落ちる。

 「はぁ……俺、人と組ませるには色々とアレな人材だって、前回散々学んでもらったはずだけど」

 鴉は新聞から目を離さず、抑揚のない声で応じた。

 「お前に合わせてる余裕はない。蓮、入れ」

 ドアが開く音は、妙に静かだった。

 足音が三歩、四歩。革靴が床に触れるたび、鴉の鼓膜がそれを正確に数える。

 「篠原蓮。今日から配属になった」

 静かな、けれど芯の通った声。
 鴉は椅子の背にもたれ、ようやく視線を上げた。

 ──目つきが軍人だ。ああいうのは、どこへ行っても変わらない。

 髪は短く整えられ、制服の皺ひとつない。姿勢も視線も、まるで無駄がなかった。

 「随分と堅そうなやつだな」

 鴉の皮肉に、課長がひとつ笑う。

 「お前が柔らかすぎるんだよ」

 事務所の奥に座っていた同僚たちが、ちらと顔を上げる。誰もが興味半分、厄介事半分といった面持ちだった。

 「対テロ部隊出身、だっけ?」

 鴉が新聞を折り畳みながら尋ねると、蓮は小さく頷いた。

 「それじゃ、俺の護衛は万全だな」

 「……」

 蓮は表情を崩さない。その無機質な表情に、鴉は一瞬だけ瞳を細める。

 ――こいつ、機械かなんかか?。

 煙草に火を点ける仕草で、鴉は軽く笑った。

 「よろしくな。俺は鴉。名字も名前もそれで済む」

 「...了解。」

 初めての火花は、思ったよりも静かで、けれど確かに温度を持っていた。

 互いの距離感は、ゼロでもなく、無限でもない。
 ただ、危うさだけが漂っていた。

 
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