灰に堕ちるその日まで

沈黙の檻

湾岸エリア・32号倉庫裏／午前1時55分

　薄暗い路地裏、潜伏しながらも二人のやりとりは妙に軽かった。緊張を振り払うように、わざと他愛もない言葉を重ねた。

　「……そろそろ、時間か」

　蓮が腕時計を見て表情を引き締めた。空気が、ピタリと張り詰める。

　「突入は予定通り二時。俺は右側の通路を。お前は……」

　「南側の監視塔経由、通風ダクトから侵入する」

　鴉の口調が変わっていた。さっきまでの軽薄さが嘘のように消え、眼差しには鋭さが宿っている。蓮は思わず、鴉の横顔を一瞥した。

　（……切り替えの速さ、バケモンだな）

　「人質は最優先。見つけたら合流は後回し、即保護」

　「了解。……任せるよ、蓮」

　それは、ふざけもからかいも抜け落ちた本気の声だった。蓮は一瞬だけ視線を交わす。

　「こっちこそ、頼むぞ。鴉」

　二人は黙ってそれぞれの持ち場へと動き出した。

　次に顔を合わせるとき、どんな状況になっているかはわからない。
　だからこそ――互いの背を見送る目には、余計な言葉など必要なかった。