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刃が負けちゃうかもしれないからな 50話
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人生でこんなに怒濤の展開というか、こんなにも変わるもんなんだなって思うほど変わった。
「はい、浜薔薇にお客様一名入ります」
「サンキュー」
KCJの職員に答える形で、蘆根が相槌をうった。
(バイトかよ)
なんて思ったら、ああ、自分にはここまで余裕がなかったのだなと気がついた。
「どうぞ、こちらから」
久しぶりにゆっくりとお風呂に入ることができた、そして新しい衣服に着替えた後に、浜薔薇の個室に通された。
浜薔薇は店の前には閉店とある。
他の客はいない。
それもありがたい。
「本当にすいません」
「何を言っているんですか」
こういうとき、人の優しさというのは身にしみる…というやつだ。
「本当に、本当に色々ありました」
そこで蘆根の顔を見ると。
「お客さんだと、ピンチでさえもなんとかしちゃいそうですよね」
「なんですか、それ」
「いや、なんかこう、気落ちはしているけども、一筋縄じゃいかない顔しているというか」
「ここでそうなんですよ!とかはさすがにないですよ」
「はっはっはっ」
「笑い事じゃないですよ、あっ、髭は剃らなくても良かったんですか」
「剃らせてください!」
その時の蘆根の顔はキラキラしていたという。
「髭剃り好きなんですか?」
「髭剃りどころか、この仕事に関わることほとんど好きですね、お客さんの髭は剃り甲斐があると思うんですよ」
こういうときの蘆根は変人の粋である。
「お風呂でもしかしたら剃ってくるのかなっても思ったんですけど、そうするとパックできないなって、パックの準備も実はしてて」
つまりだ。
しばらく剃ってない長くて硬い髭を、蘆根は自分のカミソリを研ぎあげて待っていた。
「しっかり研がないと、刃が負けちゃうかもしれないからな、へっへっ」
蒸しタオルで蒸らすので、刃が負けるというきとはそうそうないと思うのだが。
「まっ、そうなったら、お前さん今まで仕事は何をしていたんだい?って話だわな」
「そうっすよね!」
タモツの言葉に油を注がれたようで、まだ時間があるから、もうちょっとこだわるか、なんて悩みながらやり始めている。
(本当に好きなんだな)
剃られながら思う。
「今まで飽きたことがないというか、むしろ休むとね、なんかこう、やることがないというか、うち猫、ケットシーっていうのがいますからね、そういうときはブラッシングをいつもより念入りにしたり、耳掃除したりするんですけども」
「それ仕事とどう違うの?」
「ええ、違いますよ、全然、あっ、耳かきします」
耳掃除も恥ずかしい、もう前に掃除したのいつだよぐらいで。
ポロっ
ほら、耳から響く音がさ、聞いたことないもん。
「汚いでしょ?」
「そうですかね?」
「いや、汚いと思うよ」
自己嫌悪。
「耳掃除しない人は本当にしないので、何十年って人もいますし」
「それって耳悪くならないの」
「あっ、なってから全然耳かきしてないっていう人もいます」
音の聞こえ方がいつもと違うとなってから、耳鼻科にいったりするのである。
「そこまでなると、耳掃除している時も音の伝わり方が違うらしいんですけども、お客さんはあります?」
「聞こえ方は特に」
「じゃあ、大丈夫じゃないですかね、その人は耳掃除始めたら、終わるまでの間、聞こえ方が気持ち悪いって話でしたから」
つまり、耳の中の垢を一つくずすと、そこから音の聞こえ方がいつもと違う、それが耳掃除が終わるまで続き。
「酔ったって言ってましたね、医院の中だったから、他の患者さんとか、処置の音とか聞こえるから、それが全部ダメになったって」
「俺はそこまでは…でもそれは辛いね」
「その人、鼻も悪いんで、耳鼻科嫌いって言ってましたね」
変わった事例は共有し、お客様のサービス向上のために話し合いになったりします。
「そこまだ溜めない、溜めちゃう場合はどうするかとか、そんな話ですね、ちょっと前までは集まってましたけども、今は会議もシステムになったから便利ですね」
がさっ
「あっ」
そこめっちゃ来た。
「お客さんの耳の形、穴が楕円になっているで、こういう耳だと竹の耳かきはいまいちだったりするんだすよ、竹の柔らかさだと削り取るのに丸みがすぐにダメになるんで」
故に人肌にあたためた金属の耳かきで、それは竹の耳かきとは違い、テコの原理を使い、金属の固さが耳を傷つけないように、握り方にも工夫している。
取れる垢は、しばらく時間が経過し、色が変質した大きい垢玉がぼろりぼろりと取れていく。
「痛くないですか?」
「気持ちいい…」
浜薔薇は耳掃除が有名と説明は先程聞いたが、ここまで気持ちいいのならば、こんな世の中でもお客さんが途切れないのではないだろうか…ああなんてうらやましい、ここまで技術を身につければ、俺はこんな風にはならなかったのかと…
カリ!
「うっ…」
「痛かったですか?」
「いや、本当にここは耳掃除すごいね、まるで見えているかのように耳かきされているっていうの」
「そう言われるとうれしいですね」
「お湯に使ったせいもあって、ちょっと眠いかも…」
気を許したこともあって、そんなことを口にしたらそのまま寝てしまったようだ。
これから自分の生活は変わるだろう、何が起きるのかもわからない、ただ新しい人生には浜薔薇の耳掃除は必須にしたい、そこだけは決めることにした。
「はい、浜薔薇にお客様一名入ります」
「サンキュー」
KCJの職員に答える形で、蘆根が相槌をうった。
(バイトかよ)
なんて思ったら、ああ、自分にはここまで余裕がなかったのだなと気がついた。
「どうぞ、こちらから」
久しぶりにゆっくりとお風呂に入ることができた、そして新しい衣服に着替えた後に、浜薔薇の個室に通された。
浜薔薇は店の前には閉店とある。
他の客はいない。
それもありがたい。
「本当にすいません」
「何を言っているんですか」
こういうとき、人の優しさというのは身にしみる…というやつだ。
「本当に、本当に色々ありました」
そこで蘆根の顔を見ると。
「お客さんだと、ピンチでさえもなんとかしちゃいそうですよね」
「なんですか、それ」
「いや、なんかこう、気落ちはしているけども、一筋縄じゃいかない顔しているというか」
「ここでそうなんですよ!とかはさすがにないですよ」
「はっはっはっ」
「笑い事じゃないですよ、あっ、髭は剃らなくても良かったんですか」
「剃らせてください!」
その時の蘆根の顔はキラキラしていたという。
「髭剃り好きなんですか?」
「髭剃りどころか、この仕事に関わることほとんど好きですね、お客さんの髭は剃り甲斐があると思うんですよ」
こういうときの蘆根は変人の粋である。
「お風呂でもしかしたら剃ってくるのかなっても思ったんですけど、そうするとパックできないなって、パックの準備も実はしてて」
つまりだ。
しばらく剃ってない長くて硬い髭を、蘆根は自分のカミソリを研ぎあげて待っていた。
「しっかり研がないと、刃が負けちゃうかもしれないからな、へっへっ」
蒸しタオルで蒸らすので、刃が負けるというきとはそうそうないと思うのだが。
「まっ、そうなったら、お前さん今まで仕事は何をしていたんだい?って話だわな」
「そうっすよね!」
タモツの言葉に油を注がれたようで、まだ時間があるから、もうちょっとこだわるか、なんて悩みながらやり始めている。
(本当に好きなんだな)
剃られながら思う。
「今まで飽きたことがないというか、むしろ休むとね、なんかこう、やることがないというか、うち猫、ケットシーっていうのがいますからね、そういうときはブラッシングをいつもより念入りにしたり、耳掃除したりするんですけども」
「それ仕事とどう違うの?」
「ええ、違いますよ、全然、あっ、耳かきします」
耳掃除も恥ずかしい、もう前に掃除したのいつだよぐらいで。
ポロっ
ほら、耳から響く音がさ、聞いたことないもん。
「汚いでしょ?」
「そうですかね?」
「いや、汚いと思うよ」
自己嫌悪。
「耳掃除しない人は本当にしないので、何十年って人もいますし」
「それって耳悪くならないの」
「あっ、なってから全然耳かきしてないっていう人もいます」
音の聞こえ方がいつもと違うとなってから、耳鼻科にいったりするのである。
「そこまでなると、耳掃除している時も音の伝わり方が違うらしいんですけども、お客さんはあります?」
「聞こえ方は特に」
「じゃあ、大丈夫じゃないですかね、その人は耳掃除始めたら、終わるまでの間、聞こえ方が気持ち悪いって話でしたから」
つまり、耳の中の垢を一つくずすと、そこから音の聞こえ方がいつもと違う、それが耳掃除が終わるまで続き。
「酔ったって言ってましたね、医院の中だったから、他の患者さんとか、処置の音とか聞こえるから、それが全部ダメになったって」
「俺はそこまでは…でもそれは辛いね」
「その人、鼻も悪いんで、耳鼻科嫌いって言ってましたね」
変わった事例は共有し、お客様のサービス向上のために話し合いになったりします。
「そこまだ溜めない、溜めちゃう場合はどうするかとか、そんな話ですね、ちょっと前までは集まってましたけども、今は会議もシステムになったから便利ですね」
がさっ
「あっ」
そこめっちゃ来た。
「お客さんの耳の形、穴が楕円になっているで、こういう耳だと竹の耳かきはいまいちだったりするんだすよ、竹の柔らかさだと削り取るのに丸みがすぐにダメになるんで」
故に人肌にあたためた金属の耳かきで、それは竹の耳かきとは違い、テコの原理を使い、金属の固さが耳を傷つけないように、握り方にも工夫している。
取れる垢は、しばらく時間が経過し、色が変質した大きい垢玉がぼろりぼろりと取れていく。
「痛くないですか?」
「気持ちいい…」
浜薔薇は耳掃除が有名と説明は先程聞いたが、ここまで気持ちいいのならば、こんな世の中でもお客さんが途切れないのではないだろうか…ああなんてうらやましい、ここまで技術を身につければ、俺はこんな風にはならなかったのかと…
カリ!
「うっ…」
「痛かったですか?」
「いや、本当にここは耳掃除すごいね、まるで見えているかのように耳かきされているっていうの」
「そう言われるとうれしいですね」
「お湯に使ったせいもあって、ちょっと眠いかも…」
気を許したこともあって、そんなことを口にしたらそのまま寝てしまったようだ。
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