浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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東に即オチの耳かきがあらば

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蘆根宇迦は浜薔薇からちょっと遠いところが故郷である。
地元に残って、そこで就職してという選択肢を選んでいたら、今ごろはおそらく家族をもって、独立してなどもあっただろう。
しかし彼はそれを選ばなかった。
その学校の教師の、知己という関係で呼ばれた特別講師がやってきて、その講師が、「あ~そうだね、君がいいかな」そこで蘆根の同級生が選ばれて、みんなの前で髪を切られ、衣装も合わせられて、格好よく変わった姿を見て、この仕事すげぇなと憧れてしまったのである。
「たったさ、あの時間でさ、人生って変わるもんなんだぜ、それ見たら、やっぱり自分もそうなるしかないんじゃないかって思ったんだわ」
その時の同級生はそこから変わった。
「まずな、痩せた、そのままおしゃれになったら、彼女できたんだ、今はその子とは違う相手と結婚しているけども、全くそういうのに興味がない人間が、身なりの力っていうのかな、そういうのを大事にするのはすごいなって思ったな」
「浜薔薇でもスタイリングは行ってますが、あまり頼む人はいませんね、まあ、僕は楽ですけども」
ダブルライセンスでスタイリストもやるのが傑なのだが、浜薔薇に来てからはカットと受付がメインになっていた。
「楽というか、勉強できる時間があるのがありがたいかな」
前の店では食らいついていくしかない時期があって、ここまで覚えることになったが正解なのだが、一回時間ができると、やはりそれもまた自分なので活かす方向へという、前向きな考えを持てるようになった。
「デートなんで何着ていけばいいですかねの相談はよく来るよな」
「来ますね、それもまたスタイリング、まあ、アドバイスですけどもね」
「まあ、服とかちゃんと揃えるタイプのアドバイスではないし」
「安くても使えるものは多いというか、間違いなく、安くても使えるものを知っておいた方が今の時代はいいと思います」
浜薔薇の待合室にはそういう雑誌も置かれています。 
「本当にですね、雑誌の特集じゃなくて一冊で出してほしい、デートに何を着ていけばいいのかはじめて男子編で、値段かからないタイプの揃えかたのやつ」
「まあ、な、学生時代は金ないからな」
「手先が器用ならいいんですけどもね」
「そうじゃない方が多いだろう」
「それならやっぱり目安かな、こういうのみたいなのはちゃんとあった方がいいのかなって、そこで失敗するともったいない」
なおこの二人はそこそこモテます、彼女がいたりいなかったりみたいな奴らです。
「まあ、独立したときに結婚っていうパターンは多いからな」
「そうじゃないですし、僕の場合特に」
前の店が原因でこの仕事どころか、せっかく身に付いた腕も捨てようとしたぐらいです。
「あの頃は燃え尽きてましたね、正直」
最近ようやく落ち着いて、大変な時期を見つめ直せているかもしれない。
「自分のやりたいことなんなのか、わからないまま選んじゃうと失敗しますね」
「そりゃあな、だって、本当にしたいことじゃたぶんないだろ?っていうことは、それ以外のことをしているってことだろうし」
「先輩は?」
「俺はあれよ、優れた人たちから刺激を受けたいっていうのは、今も昔も変わらないね、ただ学生時代はまさかこの店の跡を継ぐとは思わなかったな、ホテルにいるか、それとも自分の店を持つかぐらいか」
「ここはお客さん達もいい方が多いですし」
「そうだな、そういう意味では好きにさせてもらって悪いぐらいだ」
マッサージを好きなようにして、体の疲れという疲れを、このままぐっすり寝たら取れるところまでやってやったぜ!の仕事をしたので、蘆根の満足度はとても高い。
「やっぱり俺のモチベーションはそこ、匠の腕一つで、あっと驚かせる、驚いてもらう」
「魔法でもかけられているみたいな目で見ますよね」
「そういう時うれしいんだよ、ああ、いい方に変わったんだなと、世の中大変だろ、今はまだ混迷の中にあり、ただちょっとでもなんとかはしたい、それが何かを変えるきっかけにもなったり、またいい方向に進んだり」
宇迦はロマンチストね…
(うっせ、それは知っててやってんだよ)
こういうときに元カノの言葉を思い出す。
「どうしました?」
「いや、ちょっとな、まあ、こういうやり方をよく思っていない人はいるからな」
「ああ、言われてましたね」
「なんで勉強に行くんだとかね」
東に即オチの耳かきがあらば休みの日に訪ね、西に過労の人たちから絶大な支持を得るマッサージがあれば有給とってお願いしますという。
「あんまり勉強する感じの、というか勉強の大切さを知らないところにもいたからな、あそこで俺がこういうことしていたら、向こうはあんまり面白くはないんじゃないかな、でもさ食っていくなら、お客さんがつかないとダメだし、同業者になる前にそういうのって行かないとさ、同業者になってからだともっと教えてもらえなくなるから、学生時代に行ってたんだよな」
それこそ蘆根の情熱を理解してくれる教師がいたから、最初に紹介された腕のいい人たちから始まって。
「腕のいい人たちは他の腕のいい人たちも知っているわけじゃん?わざわざ電話をいれてくれて、この人は勉強熱心なので一度見学させてくれないかって」
そしてあちこち行くうちに、わざわざここまできたと、泊まっていきなさいや、これ使いなさいとお小遣いや旅費までもらえるようになり。
それこそ浜薔薇を継ぐのでと、今まで見学したところに連絡したら。
「開店祝いが大女優の舞台公演ぐらい花がずらっと並んだな」
それだけ蘆根は同業者からも歓迎されたのである。
おそらく普通に自分の店を持つよりも歓迎されたパターンではないかと推測されるので、そういう意味でも唯一無二の変わり者である。
「イツモのお父さんもそれを見抜いてたんでしょうかね」
「それはわかんねえな」
「蘆根は知らねえが、イツモの父猫は男にはあんまり懐かねえ猫だったから、見込まれたでいいと思うよ」
人間の男性にはあまり愛想がよろしくなく。
「だいたい近所の奴には距離を置いてたな」
「俺が写真撮影しようとすると、近すぎて写らないぐらいでしたよ、ああ、でもそれはイツモも一緒か」
イツモとイツモの父は、写真を撮影しようとすると、なんだなんだと入ってくるが、跳び跳ねたりするので、だいたい体の一部しか写ってないものが撮れる。
「耳だけとか、尻尾だけとか、俺が撮ると近すぎたりして顔が撮れなかったりするんですよ」
なおイツモ母はスマホを構えると、視界から消える猫である。
「それまでは普通なの、普通で、あっ、写真いけるかもって準備して、スマホを向けるといないんですよ」
それこそ、スマホをサッ!のタイミングでスッ!と視界から消える。
ガサガサ
本人か、それとも両親の話をしせいか、イツモがすぐそばを通ったようで、庭先の草木が揺れる音がした。
   
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