婚約破棄を受け入れた令嬢は、令嬢ではなかったから。

赤湶

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屋敷の主は、主人の側近。

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(で、ここはどこだ?)

到着したのは、貴族の邸宅にも、要塞のようにも見える不思議な屋敷だった。
周囲を森に囲まれ、おそらくこの屋敷周りだけが、広大な円形状に切り抜かれているように見える。
しかし貴族屋敷にしては大分こじんまりとしているそこに足を踏み入れると、内側もやはり不思議な雰囲気の場所だった。
洗練された華やかさは確かに貴族のものに違いないが、幅が異様に狭かったり、曲がり角が多かったりと、全容が全くわからない。
しばらくして重厚感のある扉••••••見た目的には金庫の入り口なのだが、その前で父親の足が止まった。

「セザール様、入室よろしいでしょうか?」

「入れ」

この扉越しに声が聞こえるんだ、などと全くどうでも良いことを考えながらギギギギッ•••と、見た目通りの重さがある扉押し開く。

「••••••え?」

広がる光景に驚いたのも無理はない。
目の前に広がっていたのは、ライオ・コーエンもほぼ見ている、王太子執務室だったのだから。

「ライオ、早く入りなさい」

後ろから父親に促されて中に入っても、違う点を見つけられないくらいには似通っていた。
匂いでさえ、知っているものと変わらない。
(王城につながっていたのか••••••?)

混乱する脳裏で考えるが、ここは王都の中でも王城から郊外の森である。
そもそも入口が違うのだから、違うに決まっているのだが、じゃあこれは何だ、と見慣れたに腰をかけたセザール・アレマーに目を向けてみるが、彼は執務机から顔を上げない。

「殿下はまだ目を覚まさない。今、エラブルが見てくれているが、おそらく夜まであのままだと言っていた。急のことだったのに彼を連れてきてくれて助かった」

「もったいないお言葉でございます」

セオ・コーエンが騎士らしく礼を取る。

「ライオも悪かった。とにかくあの場を離れる必要があったとはいえ、混乱させたな」

「いえ••••••」

何と答えるのが正解なのかは分からないが、やはり事情があるのだろう。

「私から説明するのが良いのだろうが、陛下が到着なさるまでにしなければならないことがあるんだ。悪いがセオ、ライオに説明しておいてくれるか?時間がなかったから説明していなくてね」

茶を用意させたから、とセザール・アレマーが言ったそのタイミングで、メイドがお茶を運んできた。
ふと何気なくその人物に目を向けると、バチッと目が合う。ニィッとらいたずらっ子のような笑みを、自分もよく知っている。

「ティリーさん?!」

彼女はティリー・バグウバーダ、アルファーフ王太子殿下の乳母だ。
数年前に引退したはずの人物に、思わず目を見開くと、ティリー・バグウバーダは快活な笑い声を上げた。
「なんだい、変なもの見たみたいな顔しちゃって失礼な子だね」
自分の父といい、ティリーといい、既に引退したの、かつての英雄達が何故こんなところにいるのか、ここはどこなのか。

「とりあえず、座りなさい」

父親に促されてソファに座ると、向かいにセオ・コーエンと、何故かティリー・バグウバーダも腰を落ち着けた。

「ライオ、先ほどの言葉に偽りはないな?」

宣誓のことだろうか?
ライオ・コーエンは近衛騎士である。
たとえ目の前にいる二人に未だ勝てないとしても、王族を、国を護る誓いに偽りなどない。
そう力をこめた返事をすると、隣にいたティリー・バグウバーダが嬉しそうに笑った。
父親も一つ頷き、話し始める。

「これから話す内容は、今はまだ、決して外に知られてはならないことだ。」

セオ・コーエンは、近衛騎士団最高相談役の顔で言う。

「承知致しました」

ライオ・コーエンも、近衛騎士として、答える。

「まず、今お前が連れてこられたこの場所だが、セザール様のお屋敷だ。ここまで来て分かったと思うが、屋敷といっても普通の屋敷ではない。この場所の存在を者は限られている」

自分は、その中に含まれているのだろうか?
疑問を感じ取ったようにセオ・コーエンが続ける。
「わしはまだ早いと思うたが、セザール様が連れてきたということは、そういうことになる」
そして、と言葉を区切ったセオ・コーエンの視線がセザール・アレマーに向く。
「セザール様は殿下の婚約者ではない。が、殿下の側近であらせられるお方だ」

え、とライオ・コーエンの視線もセザール・アレマーに向く。
何事か作業をしていた彼は顔を上げ、そうだ、という様に頷いた。

「私は別にを隠してはいなかったんだがな。いつもこうして座っていただろう?」

確かに思い返してみれば、セザンヌ様はいつも側近用の専用デスクで仕事をされていた。
本当に婚約者のご令嬢であったならば、ソファでお茶でもしているのが当然であるのに、ライオ・コーエンも、レフォ・コーエンもおそらく同じであるか、それについて何の疑問も抱かなかった。
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