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第三十一話

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もっと反発してくるかとも思ったのだが、藍沢は長い間空腹と恐怖にさらされたせいか、驚くほど従順で弱々しくなっていた。

食糧のために躊躇なく土下座をし、そして食べ物を与えた俺にお礼まで言ってきた。

以前の藍沢だったら考えられないことだった。

俺は少々拍子抜けし、藍沢をもう一度観察する。

「…?」

藍沢は俺に見つめられて、キョトンとしていた。

俺の知る藍沢なら、俺にこうして見つめられれば、
「何見てんの、キモいんだけど」と素っ気なく吐き捨てたのだろうが、しかし、今の藍沢は純粋になぜみらているのか気になっている様子だった。

「くそ…なんだよ…」

それなりの反発があれば、こちらもいじめがいがあるというものなのだが、ここまで弱々しい藍沢をこれ以上傷みつけてやろうという気も起こらなかった。

「もういーや」

当初の目的である藍沢がどうなっているかも確認することができたわけだし、俺は早々にここを離れることにした。

「あっ、待って…!」

藍沢が慌てたように俺についてくる。

「なんだよ」

「お願い、見捨てないで」

「…」

「なんでもするから」

「…おい、腕を離せよ」

「嫌だっ…もう一人は嫌なの…置いていかないで、お願いします…!」

「断る。俺は自分のことで精一杯なんだ」

これは嘘だ。

レベルが上がり、たくさんのスキルも手に入った。

食糧も有り余るほどあるし、人一人を匿うぐらいならわけない。

だが、牙が完全に抜けたとはいえ、かつて俺をいじめていたグループの一員である藍沢を助けてやろうという気にはならなかった。

俺は藍沢を無視して、歩き出そうとする。

すると藍沢が俺にしがみついてきた。

「お願い…っ、お願いよぉ…見捨てないでよぉ…西村ぁ…」

シクシクと泣き出す藍沢。

「はぁ…」

俺はため息をついて足を止めた。

「あのなぁ…お前、何度も言うが、自分が俺に何をしたのか忘れたのか?」

「ごめんなさい…っ、本当にごめんなさい…っ」

「自分が死にかけた途端に、態度変えて助け求めて土下座までして…プライドはないのかよ?」

「ごめんなさい…っ、ごめんなさい…っ」

「その謝罪だってこの場限りのものなんだろ?今はとりあえず死にたくないから俺に媚びてるだけじゃないのか?」

「違うっ…私、本当に反省したの…っ」

「ほう?どう反省したんだ?」

適当な答えだったら、躊躇なく見捨てる。

そう決めて、俺は藍沢の話を聞いた。

藍沢は涙声でポツリポツリと語り出す。

「ずっと狭いところに隠れてて…いつ殺されるかもわからなくて…誰も味方がいなくて…もしかしたら、あんたもこんな気持ちだったのかなって…」

「…」

「私最低だって…ようやく気づいた…こんなに…こんなに辛かったんだね、西村…」

「…」

「本当にごめんなさい…私を…許してほしいの…私、こんなに酷いことしてたなんて…気づかなかったの…」

「…」

「なんでもするから…何回でも謝るから…どんなことでもするから…だから…見捨てないでください…」

「…」

「もう一人は嫌…寂しいのは嫌…怖いのも嫌…お願い、西村ぁ…助けてよ…」

「…っ」

ポロポロと泣きながら藍沢が俺に助けを求める。

藍沢の口にした謝罪には、嘘はなかった。

少なくとも俺はそう見えた。

そして泣いている藍沢を見て、もう許してやってもいいんじゃないかって思ってしまった。

思えてしまった。

「くそ…」

自分の甘さを叱咤し、俺は藍沢に行った。

「藍沢」

「…?」

「俺はお前を助けない」

「…っ」

「だが、お前がどう行動するのかはお前の勝手だ。
もし…お前が俺の後ろについてきていたとしても、俺は気に留めないだろうな」

「…!」

「勘違いするなよ。俺はお前を善意で助けるんじゃない。助けたくて助けるわけでもない。ただ単に…お前らと俺は違うってことを証明するだけだ。ここでお前を見捨てれば…少しの容赦もしなければ…俺はお前たちと同じになるからな」

「…うん」

「じゃあ、俺は行くから」

そう言って俺は歩き出す。

その後ろを、藍沢がついてくる気配があったが、俺は咎めたりはしなかった。

「…ありがと、西村」

後ろからボソッと何か聞こえた気がしたが、多分気のせいだ。



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