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第一章 二人はコートを翔る星となる
夕暮れ
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カシャン、と乾いた打球音が冬の公園に弾んだ。
陽は傾き始め、赤く染まった空がふたりの影を長く伸ばしている。
「翔、次クロス来るよ。ちゃんと相手の動きを読んで動く!」
「はぁ⁉︎……ちょっと……手加減してくれよ!」
薬師寺 翔は、言われた方向へ慌てて足を滑らせた。
けれど楓花のボールは、やはり――その逆を突いてくる。
「ちょっ、そんなんアリかよ!?」
「ふふ、もうちょっとで届きそうだったのに!まだまだですなぁ。翔くん。これじゃあまだ私には勝てないですよー。」
勝てない。
第一、俺は部活動はしてないし。相手になるわけないだろ。
けれど、負け続けるのも悪くない。
そんな不思議な気持ちになるのは、相手が楓花だからだ。
二宮 楓花。
小中学校で全国クラスの実力を持つ後衛で、翔の幼馴染み。
強気で真っ直ぐで、太陽みたいな笑顔が似合う少女。
「翔、最近フォーム良くなってきたよ。高校ではソフトテニス部に入りなよ!前から後衛向いてるって言ったでしょ?」
「いや、俺なんか無理だって……」
「人の動きとか考えて読むの得意じゃん。将棋アプリでは全国一位とってたんでしょ~?」
「ゲームではな。体を動かすとそう簡単にはいかないんだって……」
楓花は笑い、翔の胸の中はじんわりと温まる。
でも、その正体にはまだ気づいていない。
ただ、ずっと一緒にいたいと思う気持ちを――恋だと認識していなかった。
ラケットを置き、木製のベンチにふたり並んで座る。
息はもう白く、冬の気配が濃くなっていた。
「ねぇ翔、進路の話って……したっけ?」
「いや、してないけど。……英西学園、推薦来てるんだろ?」
私立英西学園。ソフトテニスで全国屈指の名門。女子はインターハイ10連覇。男子は12連覇を誇る常勝軍団。
かつて福岡県大会ではスーパーシード枠として決勝戦のみの試合だけだったとか。
「すげぇよな。長崎からは遠くなっちまうけどさ。」
楓花がわずかに視線を落とす。
「……うん。でも、推薦は受けないつもり」
「…………は?」
翔は一瞬、耳を疑った。
「だって私、翔と同じ高校行きたいし。
毎日一緒に練習するの、楽しいから……」
胸が跳ねた。
でもそれよりも、強烈な不安が先に来た。
(なんで……?
楓花は全国を狙えるのに……俺のせいか?幼馴染みの関係が終わってしまうとでも思っているのか?
いや、だめだ。そんな未来を捨てていいはずがない)
どう言葉にしていいかわからず、焦りが口を支配する。
「……そういうの、いいよ」
「え……?」
「お前は英西に行くべきだろ。
その気になれば高校でも全国目指せるだろ。日本一だって。夢だって言ってたじゃねぇか。楓花の母さんがなれなかった日本一になりたいって!」
そこに怒りはない。
ただ、楓花の未来を壊してしまいそうで――怖かった。
「翔……そんなに怒ること、かな……?」
「怒ってるんじゃねえよ……!
ただ……お前のために言ってんだ!」
「……なら、私の気持ちは……?
翔と一緒にいたいって思ったら、ダメなの?」
胸が詰まる。
楓花の声は震えていた。
「ダメじゃねえけど……俺のせいで楓花の未来が狭くなるのが――夢を諦めるようなこと…。」
「……翔は、私と同じ学校に行くの、嫌なんだね」
「違――」
違う。
でも、その先の言葉が出てこない。
翔自身、自分の気持ちが何なのか、分かっていなかった。
「……今日はもう帰るね」
「楓花!」
呼んでも振り向かず、公園の出口へ歩いていく楓花。
駆け出しはしない。
ただ静かに距離を置くように――冷たい空気の中に消えていった。
追いかけるべきか迷う。
でも、翔はその一歩を踏み出せなかった。
胸の奥に残ったのは、言いようのない後悔と、
自分でも説明できないざわつきだけだった。
(俺……何やってんだよ。)
紫色に染まる空を見上げ、翔はラケットを握りしめる。
「…このラケットも楓花に返さないとな。」
この時はまだ、知らなかった。
このすれ違いが、二人の未来を大きく揺らすことになることを。
陽は傾き始め、赤く染まった空がふたりの影を長く伸ばしている。
「翔、次クロス来るよ。ちゃんと相手の動きを読んで動く!」
「はぁ⁉︎……ちょっと……手加減してくれよ!」
薬師寺 翔は、言われた方向へ慌てて足を滑らせた。
けれど楓花のボールは、やはり――その逆を突いてくる。
「ちょっ、そんなんアリかよ!?」
「ふふ、もうちょっとで届きそうだったのに!まだまだですなぁ。翔くん。これじゃあまだ私には勝てないですよー。」
勝てない。
第一、俺は部活動はしてないし。相手になるわけないだろ。
けれど、負け続けるのも悪くない。
そんな不思議な気持ちになるのは、相手が楓花だからだ。
二宮 楓花。
小中学校で全国クラスの実力を持つ後衛で、翔の幼馴染み。
強気で真っ直ぐで、太陽みたいな笑顔が似合う少女。
「翔、最近フォーム良くなってきたよ。高校ではソフトテニス部に入りなよ!前から後衛向いてるって言ったでしょ?」
「いや、俺なんか無理だって……」
「人の動きとか考えて読むの得意じゃん。将棋アプリでは全国一位とってたんでしょ~?」
「ゲームではな。体を動かすとそう簡単にはいかないんだって……」
楓花は笑い、翔の胸の中はじんわりと温まる。
でも、その正体にはまだ気づいていない。
ただ、ずっと一緒にいたいと思う気持ちを――恋だと認識していなかった。
ラケットを置き、木製のベンチにふたり並んで座る。
息はもう白く、冬の気配が濃くなっていた。
「ねぇ翔、進路の話って……したっけ?」
「いや、してないけど。……英西学園、推薦来てるんだろ?」
私立英西学園。ソフトテニスで全国屈指の名門。女子はインターハイ10連覇。男子は12連覇を誇る常勝軍団。
かつて福岡県大会ではスーパーシード枠として決勝戦のみの試合だけだったとか。
「すげぇよな。長崎からは遠くなっちまうけどさ。」
楓花がわずかに視線を落とす。
「……うん。でも、推薦は受けないつもり」
「…………は?」
翔は一瞬、耳を疑った。
「だって私、翔と同じ高校行きたいし。
毎日一緒に練習するの、楽しいから……」
胸が跳ねた。
でもそれよりも、強烈な不安が先に来た。
(なんで……?
楓花は全国を狙えるのに……俺のせいか?幼馴染みの関係が終わってしまうとでも思っているのか?
いや、だめだ。そんな未来を捨てていいはずがない)
どう言葉にしていいかわからず、焦りが口を支配する。
「……そういうの、いいよ」
「え……?」
「お前は英西に行くべきだろ。
その気になれば高校でも全国目指せるだろ。日本一だって。夢だって言ってたじゃねぇか。楓花の母さんがなれなかった日本一になりたいって!」
そこに怒りはない。
ただ、楓花の未来を壊してしまいそうで――怖かった。
「翔……そんなに怒ること、かな……?」
「怒ってるんじゃねえよ……!
ただ……お前のために言ってんだ!」
「……なら、私の気持ちは……?
翔と一緒にいたいって思ったら、ダメなの?」
胸が詰まる。
楓花の声は震えていた。
「ダメじゃねえけど……俺のせいで楓花の未来が狭くなるのが――夢を諦めるようなこと…。」
「……翔は、私と同じ学校に行くの、嫌なんだね」
「違――」
違う。
でも、その先の言葉が出てこない。
翔自身、自分の気持ちが何なのか、分かっていなかった。
「……今日はもう帰るね」
「楓花!」
呼んでも振り向かず、公園の出口へ歩いていく楓花。
駆け出しはしない。
ただ静かに距離を置くように――冷たい空気の中に消えていった。
追いかけるべきか迷う。
でも、翔はその一歩を踏み出せなかった。
胸の奥に残ったのは、言いようのない後悔と、
自分でも説明できないざわつきだけだった。
(俺……何やってんだよ。)
紫色に染まる空を見上げ、翔はラケットを握りしめる。
「…このラケットも楓花に返さないとな。」
この時はまだ、知らなかった。
このすれ違いが、二人の未来を大きく揺らすことになることを。
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