最強少女のおすそわけ

雫月

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第二章 魔法学園の日常編

第25話 悪戯好きの妖精

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「……はーい。それじゃみんな一旦集まってくれるかしら~?」

 ユグリシアの魔法を計測し終えたところで、ナッキが生徒たちを呼び集める。
 みな一様に魔法のお披露目に対する感想を述べ合うなど、和やかな雰囲気に包まれていた。

「……今のところ『ユグユグ大作戦』は上手くいってるみたいだね。」

「そうだねぇ……。おかげで私が目立ってばっかりだよ……。」

「なに言ってんだ。ありゃどうみても自業自得じゃねぇか。」

「……悪いことしちゃダメだよ、リケア。」

「うえぇ……。ちょっとくらいフォローしてよぉ。」

 リケアをからかいながら雑談をするシエルたちは、集まった生徒たちの一番後ろからナッキの話を聞いていた。

「さて、みんなの魔法を見させてもらったけど、思ってた以上に技術も魔力量も高くて先生驚いちゃったわ。」

 現役で活躍している魔道士からお世辞抜きで褒められた生徒たちは、それぞれ嬉しさを体や表情で表していた。それを見たナッキも「素直でいい子たちね」と優しく微笑む。

「では、そんな優秀なみんなにここでひとつ問題です。」

 と、ここでナッキが手をポンッと叩き次の課題を提示した。

「みんなが今使った魔法の型は、ほとんどがクイーン式かガルト式のどちらかよね。この二つは違う型に思われてるけど、実は同じなのよ?さぁ、それはなぜか分かる人はいるかしら?」

 出題された問いに、生徒たちは顔を見合わせ首をかしげる。

 現在、この世界で最も広く使われている魔法の術式は大きく分けて三種類存在している。

 回復、補助系の魔法はクイーン式。
 攻撃全般の魔法はガルト式。
 そして基礎、日常生活系の魔法はロード式と、効果や役割によってそれぞれ区分され、使い分けられている。
 遠い昔に魔法ギルドが制定したこの型分けは、今では世間一般の常識として知られているはず。
 しかしそれを当然のように覆す問題を出してきたナッキに、生徒たちは戸惑いの表情を見せていた。

「うふふ。ちょっと難しい問題だったかしらね~?」

 少しだけ意地悪そうに笑うナッキをよそに、生徒たちは問題の意図を汲み取り、話し合いながら答えを模索している。

「……なぁリッツ。ちょっと考えたんだけど、俺たちってクエストに出たりするだろ?そしたら外で【ラグナロク】や【ホーリーレイズ】とうっかり鉢合わせー、なんてあり得ると思うんだけど。」

「可能性は大いにあるよな。それでユグが見つかっちまったら意味がねぇ。」

 そんな中、生徒たちの話し声に紛れてシエルとリッツが『ユグユグ大作戦』の今後についてミニ会議を始めていた。

「もしそうなったら、やっぱり何とかごまかして逃げるしかないかなぁ?」

「今のところはそれしかねぇだろうけど……それじゃ俺の気が収まらねぇな。」

「そこは収めてくれなきゃ困るよ。ユグを守るためなんだからさ。」

「わぁかってんよ。でも何か対策は立てといた方がいいよなー。」

「そうだねー……。」

 「うーん」と唸り頭を悩ます二人に、リケアが横から小声で話しかけてきた。

「……あのさ二人とも。授業ちゃんと聞いてた方がいいよ?」

「うるせー。こっちも真剣な話してんだよ……」

 遊んでいるわけじゃないと言いかけたリッツの言葉は、光輝く赤い閃光によって遮られた。

「うわっ!?」

「んだこりゃ!?」

 あまりの眩しさに思わず目を瞑る二人の間を、赤い閃光がかすめ通り過ぎる。直後、後ろにある木々や巨大な岩が大爆発とともに一瞬にして吹き飛んでしまった。

「……あら二人とも。何のお話をしているのかしら?授業と関係のないお話なら、後にしてちょうだい?」

 静まり返ったその場に、ナッキの声がよく通った。にこりと微笑む彼女とは対照的にシエルとリッツの顔は真っ青になっている。

「……は、はいぃ……。」

「こ、ここまでやるこたねぇだろ……。」

 私語をしていた二人に注意を促すため何かの魔法を使ったようだが、いかんせん威力がヤバかった。たまたまその瞬間を目撃した生徒曰く、軽く放ったように見えたのだと。しかしその威力は先ほどリケアが撃った魔法を超える凄まじさだった。

(……ナッキ先生、めっちゃ恐いんですけど……。)

 見た目に反した容赦のなさと恐ろしさは、他の生徒にも十分伝わったようで、ユグリシア以外の全員の足が震えていた。

「あはは……。ああ見えてナッキ姉は真面目だから……。人に教えてる時はマジで恐いから気をつけてね……。」

 いつの間にか二人から距離を空けていたリケアは、遠くを見つめながらボソッと呟く。

「だからそういう事は最初に言っとけっての……。」

 リッツの口から出たごもっともなツッコミに、ユグリシア以外の生徒全員がうんうんと激しく頷いた。

「じゃあ授業に戻りましょうか。さぁリッツ君?さっきの質問の答え、分かるかしら?」

 するとナッキが再び手を叩き、脱線しかけた話を戻した。指名されたリッツは面倒くさそうにため息を吐きながら口を開く。

「……元になってんのがロード式で、そこから二つが派生してんだろ?」

「まあすごいわ。大正解よ。」

 誰も答えられなかった問題をリッツはすぐに解いてみせた。ナッキの称賛の声とともに周りからは拍手が起こる。

「今の答えを詳しく説明すると、基本となるロード式の応用編として効果が違う二つの術式が生まれたの。でもみんな知っての通り、どちらもランクが高くなるにつれて高い技術を必要とする難しい魔法になるわ。だから簡単なロード式とは全く別の術式として位置付けられているのよ。」

「へ~知らなかった。でも、そんなの教本に載ってなかったよ?」

 ある生徒から挙がった疑問は全員が同意見だった。それに答えるべく、ナッキは生徒たちに自身の教育論を語りはじめる。

「ふふっ、確かにそうね。みんなが持っている魔導教本は、世間で最も多く使われているロード式を基準にして作成されているから、あくまで一般知識にすぎないわ。」

 ここは実戦的な魔法を学ぶ場でもあるという認識を改めて持つように。
 そう語るナッキの表情は真剣そのものだ。それが今後の人生に如何に影響するのか。知識不足を経験したことのあるシエルたちはもちろん、生徒全員がその重要性に気づかされる。

「基本となる魔法をしっかり学んでいないとそれに応じて威力や効果も全然違ってくるし、より高度な魔法も覚えられない、というわけなの。あなたたちはもう4年生なんだし、一般知識だけでなくこういう実戦的な知識も学んでいかないとみんながせっかく覚えた魔法は活かされないわよ。」

 魔法の技術を向上させるのは後からでもできるが、それにはまず魔法に関する知識を得ることが重要だ。そして、その知識の多くを学べるのはこの学園にいるこの時をおいて他にない。
 ナッキの教えの真意を受けた生徒たちは、みな真剣にその言葉をノートに書き留める。

「今のことをよく覚えておいてね?……それじゃ、もうひとつ問題。その二つの術式とは別に派生した全く別の術式があるわ。それは何か分かるかしら?」

 次に出された問いは全員がすぐに答えが解った。その中で真っ先に手を挙げたのはシエルだった。

「わかった!リッツの召喚魔法だ!」

「はい、シエル君大正解。その通りよ。」

 これはすぐにピンときたと、シエルは得意気に笑う。
 しかし当の本人は何かを察したらしく「チッ、そういうことか」と舌打ち交じりに言葉をぼやいた。

「召喚魔法はさっき挙げた術式とは違って誰でも使える魔法じゃないわ。そうよね、リッツ君?」

「…………。あぁ、まあな。」

 にこやかに微笑むナッキにリッツは曖昧な返事をする。表情には出ていないが、彼は少しだけ後悔していた。

(しまったな。さっさと授業抜け出しときゃ良かったぜ……。)

 その理由は、彼の特殊な体質に関係していた。
 それは魔法を数回使用すれば身体のどこかが必ず痛くなるというもの。割合としてはお腹や胸の辺りが多かったが、最近は頭も痛くなる時があるらしい。
 そのため、何度も魔法を使用する実技の授業はいつも参加せずサボってばかりいた。

(負けちまったらしが、あの【ラグナロク】とタイマン張れるリケアの姉ちゃんの授業だったからな。何か参考になるかと思って長居しちまった……。)

 抜け出すタイミングを伺っていたリッツだったが、運悪くナッキにご指名されている。

「それじゃ、最後にあなたの得意な召喚魔法を見せてくれるかしら?」

「……う、いや、俺は……」

 ナッキの目の前で逃げようものなら何をされるかわかったもんじゃない。
 「今回は仕方ねぇか」とリッツが観念したその時、ナッキの背後から彼女を呼び止める声がした。

「お話中失礼します。新しく実技指導されているナッキ先生とは、貴女でよろしいですか?」

「ええそうよ。どちら様かしら?」

「高等科4年、魔法特級学部のアルベルス・ハーゲ・チラカッシーノと申します。以後お見知りおきください。」

 そこには長身だが細身の体型な男子生徒が立っており、振り返ったナッキに対して礼儀正しくお辞儀をした。
 印象的なのが、肩まで伸びている美しくなびく金色の髪。その言葉遣いや立ち振舞いから、貴族の家柄なのがすぐに分かった。

「あらまあ。こちらこそよろしくね。それで、何かご用かしら?」

「ええ。なんでもナッキ先生はかの有名な神殿騎士団だと伺いました。僕らのクラスでも今ちょうど実技の授業を受けていたのですが、是非ともナッキ先生にご教授いただきたいと思いましてね。」

 アルベルスと名乗る男子生徒は「お近づきのしるしに」と一輪の花をナッキに渡し、キラリと白い歯を輝かせる。

「まあ、ありがとう。綺麗な花ね。」

「いえいえ。先生の美しさには敵いませんよ。」

 花を受け取ったナッキはのんびりとした口調で笑顔を返す。それを見ていたシエルたちは今にも吐き出しそうな表情をしていた。

 魔法特級学部(通称M-sクラス)とは、先ほどナッキが話していた実戦的な魔法を主に学ぶ専門分野に特化したクラスだ。受ける授業もほとんどが実技となっており、このクラスの生徒たちは実力者揃い。
 そしてシエルたちのいる総合学部とアルベルスがいる特級学部は、教室が隣同士で実は仲が悪い。互いの実力差がある故に総合学部が見下されることがしばしばあるのだとか。

「……それで、授業の件はいかがでしょうか?」

「そうねぇ。勉強熱心なのはいいことだけど、他のクラスのスケジュールを確認してみないと……。」

 少し困った表情のナッキは、担任のサイネスを見る。授業のコマ割りは彼が決めているので、その許可をもらわなければならなかった。

「ナッキ先生の授業は全クラスを順番に見てもらう予定だが……残念ながら特級クラスの君たちは来月まで待ってもらうことになるなぁ。」

 スケジュール表を確認したサイネスは肩をすくめた。それを聞いたアルベルスは顎に手をあて、少し考え込む。

「なるほど。でしたら、こういうのはどうでしょうか?僕とナッキ先生とで手合わせし、僕が見事一撃与えることができたらご教授いただくと……。」

 大人しく引き下がるのかと思いきや、ナッキに対して試合を申し込むというすごい答えが返ってきた。これにはさすがの先生側も少々呆れた表情で顔を見合わせる。

「おいてめぇ。さっきから黙って聞いてりゃ調子こいてんじゃねぇぞ。」

「……うっ!?な、なんだキミは!?て、手を離したまえ……!」

 と、ここで突然リッツが間に割って入り、アルベルスの胸ぐらを掴んできた。
 睨まれたアルベルスは狼狽えながらリッツの手を退かそうとするが、その細い腕ではどうすることもできなかった。

「リッツやめろって!今度ケンカしたら停学だって言われただろ!?」

 するとシエルを先頭に数人の男子生徒がリッツを止めに入った。「チッ」と短く舌打ちし、やむなくリッツが手を離すと、アルベルスは咳き込みながら彼を睨み返してきた。

「黙ってろシエル。こんなナメたヤツに好き勝手言われんのが一番我慢ならねぇんだよ。」

「……リッツ……?……はっ!誰かと思えばあの悪名高いリッツ・フォージングか。噂通り野蛮な人物のようだな。」

「てめぇみたいな世間知らずのボンボンよりマシだぜ。」

「ほう?たかが庶民がずいぶんな言いぐさじゃないか。」

 シエルの止める声も聞かず、互いに睨み合い火花を散らす両者。
 離れた場所で授業を受けていたsクラスの生徒たちが、騒ぎを聞きつけてこちらに集まってきた。そのほとんどが余裕の笑みを浮かべてシエルたちを見下すように見ている。

「ハハハ!では特別に諸君らに教えといてやろう!我がチラカッシーノ家は聖王都貴族のお膝元にある高貴な一族だ。キミたち庶民とはレベルが違い過ぎるんだよ。」

 王族であるシエルを目の前にしてお家自慢をひけらかすアルベルス。
 冷めた目で彼を見るシエルたちcクラスの生徒とは対照的に、高笑いするアルベルスを中心にsクラスの生徒たちは大いに盛り上がっていた。

「……チッ、よく喋る野郎だ。ごたくはいいからかかってこいよ。」

「ふん。僕はsクラスだぞ?キミ程度が相手になると思っているのか?」

 シエルの手を振り払い、拳を握りしめ構えをとるリッツ。それを見たアルベルスも杖と魔導書をそれぞれ手に持ち、応戦する姿勢になる。
 両者が同時に動こうとしたその時だった。

ドンッ!!

 凄まじい音をたて地面が一瞬だけ大きく揺れた。

「…………え?」

 アルベルスをはじめ、sクラスの生徒たちは何が起きたのか分からず辺りを見回す。反対にcクラスの生徒たちは一斉にナッキの方を見る。

「はい、二人ともそこまでよ。それ以上はやめておきなさい。」

 その場に聞こえたのは、やはりナッキの声。彼女が持っている杖の底で地面を叩き、二人の喧嘩を止めたのだ。

「今は模擬戦の時間じゃないわよ。どうしても戦いたいのなら、わたしがまとめてお相手してあげるけど……?」

「……チッ。わかったよ。」

 満面の笑みで優しく話すナッキを見たリッツは、不満そうだが構えを解いた。

「うっ……。ま、まぁナッキ先生がそう言うのなら今日のところはキミを叩きのめすのはやめておこう。だが模擬戦の時には覚悟しておくんだな。ハハハ!」

 まるで定型文のような虚勢を張るアルベルスだが、ナッキの底知れない重圧を受け、腰が抜けそうになるのをやっとの思いでこらえていた。

「アルベルスさん!さすがっスね!」
「あのやろうビビってましたよ!」

 アルベルスの取り巻きと思える生徒数人が惜しみない称賛の声で彼を迎える。
 彼らはアルベルスを学園最強と崇めており、今の出来事も彼の強さを目の当たりにしたリッツが喧嘩をやめたのだと、恐ろしいほど前向きな捉え方をしていた。

「ふん。僕に恐れをなすのは当然だ。実力差がありすぎるのだからな。ナッキ先生も神殿騎士団だと騒がれているが、さほど大した事もなさそうだ。」

 取り巻きたちの賛美に気を良くしたアルベルスは、担がれるまま高笑いをする。

「……はぁ?なんんだアイツ……!」

 距離が離れていたが、総じて耳がいいエルフのリケアは今の会話が全て聞こえていた。
 友だちのリッツもそうだが、家族までも悪く言われた彼女は珍しく人前で憤りを見せる。

「…………」

 怒り任せに弓を構えるリケアだったが、リッツの手がそれを制した。

「え、リッツ……?」

 無言のままアルベルスを見据えるリッツは深呼吸をひとつすると、もう片方の手を空にかざし静かに呪文を唱えた。

〝悪戯好きの妖精が風に踊れば──〟
[さぁ飛び回れ フィルフとシャルフェ]

 リッツの呼びかけに応じるかのように心地よい風が舞う。

『キャハハハ!』

『アハハ!ねえねえ、一緒に遊ぼうよ!』

 上空から子供の笑い声が二つ聞こえてきた。舞い降りてきたのは手のひらサイズほどの小さな妖精。一人は髪の長い女の子と、もう一人は髪の短い男の子。半透明な姿をしている二人はリッツの周りを楽しそうにくるくる回っている。

「お前ら、アイツと遊んでやってくれ。」

『まっかせてー!』

 リッツが指さしたのはアルベルスの後ろ姿。二人の妖精は顔を見合せニカッと笑い、アルベルスめがけて勢い良く飛んでいった。後を追うようにヒュッと風が吹き、草木を優しく揺らす。

「……ん?なんだ?急に風が……うわっ!?」

 振り向いたアルベルスを突風が襲う。下から吹き上げた風は、ご自慢の髪を大きくなびかせ、ある物がまるごと空に舞った。

「ほわあぁぁぁ!!」

「あーっ!アルベルスさーん!!」

 複数の絶叫がこだまする。一番情けない声をあげているアルベルスは、慌てて頭を触り何かを確認すると、あるハズの物が無くなっていた。

「え、あれって……カツラ?」

「あっははは!なにあれ最っ高ー!」

 空中を漂う髪を眺めながら呟くシエルの横ではリケアが爆笑している。

「……くっ!待て!このっ……」

 アルベルスは必死にカツラを取ろうと飛びつくが、手が届く寸前で風に煽られ、カツラは踊るように空へ戻る。

『キャハハ!おもしろーい!』

 端からは小さくて見えづらいが、どうやら妖精がカツラを持って逃げ回っているようだ。
 二人の妖精に笑われ顔を真っ赤にするアルベルス。彼が動く度に陽の光が頭に反射して、シエルたちは眩しそうに目を細める。

『……あ~おもしろかった!はい、コレおねーちゃんにあげる!』

「……ありがとう。」

 カツラ争奪鬼ごっこはしばらく続いていたが、満足した様子の妖精たちはカツラをユグリシアに渡し、スゥッと姿を消した。 

「……おー。サラサラ。」

 カツラを手にしたユグリシアは、その完成度の高さに驚きの声をあげる。彼女自身の髪も色艶良く美しいが、それに匹敵するほどの品質をしていた。

「……ゼ~、ゼ~……。ふふん!そうだろう!?我がチラカッシーノ製のカツラは最高級品なのだ!丁重に扱いたまえ!」

 息も切れ切れ、ようやくカツラに会えたアルベルスは、ユグリシアの率直な感想にすぐさま機嫌を直す。

「ん、んん!さて、とんだ邪魔が入ってしまったが、まあいいだろう。さぁ、それを返してくれたまえ?」

「……わかった。はいどうぞ。」

 二人の間には身長差があったため、ユグリシアは手招きをして彼女の手の届く高さに輝く頭を差し出させる。

「……!?」

 ユグリシアがカツラを被せてあげた瞬間、突然アルベルスの視界が暗くなった。何が起きたのか分からず彼は狼狽する。

「ア、アルベルスさーん!!」

「どあっははははっ!!」

 聞こえてきたのは、取り巻きたちの悲鳴と大勢の笑い声。「あ!?」と鋭く叫んだアルベルスは頭を触ると、すぐに状況を理解した。
 ユグリシアが被せてくれたカツラが前後逆になっていたのだ。そのため、前髪が異様に長く、後頭部が丸出しという何とも珍妙な姿を晒していた。

「な!何をしているんだ!?どう見ても逆だろう!」

「……あれ、そうだっけ?」

 爆笑の渦が巻き起こる中、アルベルスは慌ててカツラを被り直し、ユグリシアに向かって怒鳴り付ける。が、素で間違えていた彼女はアルベルスの頭にポンッと手を置き「どんまい」と一言。

「ひぃ~!お腹いて~!」

「やめてよユグ……!笑い死んじゃう……」

 笑いすぎてお腹を抱えてうずくまるシエルとリケア。ユグリシアの天然が追い打ちとなり、リケアの怒りも完全に笑いへと昇華していた。

「お、おのれー!庶民の分際でこの僕を愚弄するとは……!もう許さん!目にもの見せてやるぞ!」

 それとは逆に屈辱を受け怒り心頭なアルベルスは、顔と頭を真っ赤にしながら杖をユグリシアに差し向けた。

「アルベルス!その見苦しい行いを今すぐやめなさい!」

 アルベルスが呪文を唱えようとしたその矢先、彼を止める女性の声が強く響いた。

「ラ……ライカ様……!」

 呼び止められたアルベルスはビクッと姿勢を正し、おそるおそる声のする方に振り返る。
 そこには茶色がかったオレンジの髪が特徴の女子生徒が腕を組み立っていた。

「まったく。生徒同士が揉めていると聞いて来てみれば……。また他のクラスの生徒をいじめていたのね?そんな事をしていたらあなたの名前に傷がつくと前にも言ったでしょう?」

「も、申し訳ありません……ライカ様……」

「もう!それも前から言ってるけど、私と一つしか歳が変わらないし同じ学園の生徒なんだから「様」は付けなくていいの!」

「い、いや……ですが……」

 先ほどまでの威勢はどこへやら、ライカという生徒に叱られているアルベルスは口ごもり、どんどん身を小さくしている。

「……シエル、あの人は誰?」

「ライカ先輩だよ。特級クラスの5年で、この学園の生徒会長をしているんだ。」

「せいとかいちょうってすごいの?あの威張ってたツルツルがペコペコしてる。」

「んふっ……!そ、そうだね。生徒会長っていうのは俺たち生徒全員のリーダーみたいな人だから、頭が上がらないのかもね。頭が。」

 笑い交じりなシエルの説明を聞いたユグリシアは興味深そうにライカを見ている。

 抜群のスタイルと整った顔立ち、そして活発ながらも優雅な立ち振舞いから、どこかの貴族だと思われているライカだが、実は彼女は平民の出身だ。
 しかしながらその類いまれなる知性と、Aランク級に匹敵する高い魔法技術。そしてカリスマ性。どれを取っても学園随一と評される彼女は、正に生徒会長に相応しいと言えるだろう。

「申し訳ありませんナッキ先生。彼の素行が少し過ぎたようです。私からきつく言っておきますので、今回はどうかご容赦いただけますか?」

「いえいえ。気にしてないから大丈夫よ。元気のある生徒さんでいいじゃない?」

 お手本のような無駄のない姿勢で頭を下げるライカに対し、些細な事だからとナッキは笑顔を返す。

「ありがとうございます。……それにしてもアルベルス、あなたが気絶する姿を見ることにならなくて良かったわ。」

「……へ?ど、どういうことですか?」

「あなたがナッキ先生に戦いを挑むのは、まだまだ早いということよ。」

「……??」

 反省している様子のアルベルスを見たライカは、普段の優しい表情と声で彼に語りかけた。しかし言葉の意味を理解していないアルベルスは戸惑いながら首をかしげる。

「やっぱり気づいていなかったのね。ナッキ先生は『天聖』の称号を持っておられる方なの。ここまで言えば分かるわよね?」

「……え、あ……『天聖』って、あの『天聖術士』ですよね……?え、まさかナッキ先生……え!?」

 次第に顔が青ざめるアルベルスは、ナッキの方を見ながら砕けるように腰を抜かす。

「そう。ほぼ全ての魔法を習得し、それに見合う魔力と技術を必要とする我々魔道士の中で最高位の称号が『天聖術士』。ナッキ先生は世界に数名しかいない魔道士のトップにおられる一人なのよ?」

「あらあら。みんなの前で言われるとなんだか恥ずかしいわね~。」

 真剣な表情で話すライカの口から出た衝撃の事実に、生徒たちからどよめきが起こる。人を見た目で判断してはいけないというが、頬に手をあて恥ずかしがるナッキを見たシエルたちは「ギャップが違いすぎる」という感想が強かった。

「いい機会だからみんなも覚えておいて!『天聖』の称号を得るには、あの古代魔法『ヴェルーン式』も扱えなければならないの。誰もが得られるものじゃないけど、この学園ではそれを目指せる知識と技術を学べる。みんなもナッキ先生の教えをしっかり聞いて学ぶようにしてね!」

「は、はい!」

 ライカの快活で真っ直ぐな声が平原に響いた。その言葉だけでも彼女の熱意が十分伝わり、ライカという人柄が良く分かる。

「授業中にお邪魔しました。では私はこれで失礼します。」

 生徒たちの気の良い返事を聞いたライカはにこりと微笑み、ナッキとサイネスに一礼した後その場を後にした。
 その優雅な所作に見とれていたcクラスの生徒たちは、バツが悪そうにそそくさと引き上げるアルベルスたちの姿など目に入っていなかった。

「……カッコよかったね、シエル。」

「そうだねー。ライカ先輩強いし人気あるからみんなの憧れの的だよ。もうすでに色んな所からスカウトも来てるって噂だし。」

「……ふーん。そうなんだ。」

 シエルとユグリシアが話す横では、そのライカよりも学園で有名になったであろうナッキが、生徒たちに囲まれて質問責めを受けている。

「それにしても、まさかナッキ先生も『天聖』だったなんて知らなかったよ、リケア?」

「え?あ、ごめん。私言ってなかったっけ?」

「言ってない言ってない。でもスゴいよね、ナッキ先生って。そりゃ強いワケだよ。」

「えへへ、そうかな……?」

 シエルたちの話題もナッキに移り、身内を褒められたリケアはなんだかむず痒い気持ちで照れ笑いを見せた。

「そういえばリッツは知ってた?」

「あ、そうだ。さっきはありがとねリッツ……」

 シエルとリケアが名を呼ぶも、リッツの姿はその場にいなくなっていた。

「……あれ?リッツ?」

 二人が辺りを見回していると、それに気づいたナッキがこちらへやって来る。

「あら?リッツ君、どこかに行っちゃったのかしら?」

「あー。あいつ実技の時はいつもサボるんだよ。」

「そうそう。体質のせいかもしれないけど、いつものことだから気にしないでナッキね……先生。」

「……さぼリッツ。」

 むしろ今日は珍しく長く居た方だと話すシエルたち。
 そこへ柔らかな風が吹き、彼らの髪を撫でるようになびかせる。

「あらあら。なんだか大変そうねー……。」

 風が吹いた先には学園の校舎が見える。なびいた長い髪を手で押さえるナッキは、ひとり校舎の方へ目を向け、少し心配そうな表情を浮かべていた。



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