蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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学園生活篇

21相克と相生

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 「懲罰の時間だ」

蛍は、夜道怪を睨みつけるように見る。

「随分、威勢がいいね……」

そう言って、足で地面を2、3回叩くと地面から触手が生え、その触手が猛スピードで蛍に襲いかかる。

「……黒筒変化”刀”」

蛍は刀で触手を切り落とす。すると次は二本、三本と次々襲って来る。

「蛍くん!」
「ぺんぺん!逃げろ!」

それを聞き、なずなはネリネを背負って子供達と逃げ出す。

「え……私重いよ?」
「大丈夫。寝ちゃった弘海をいつも抱えているから。さあ、皆今は逃げるわよ」

なずな達はなるべく遠くへ離れて行く。


「ほう……。随分と優しいんですね?閻魔のご子息は」

感心したように、夜道怪が蛍を見る。

「……それを知っていて僕に喧嘩を売ってくるの?」

蛍は刀を夜道怪に向かって突きつけた。

「ええ。さっきのお嬢さんが、閻魔の愛娘だと言う事もね!」

夜道怪が手をかざすと、シュルシュルと音を立てて蛍に襲いかかる。

「さっきから同じ手を何度も!」

蛍は触手を何度も切りつけるが、触手は斬り倒しても何度も生えてくる。

「……はあ。確かに、木の弱点は金。しかし、君の能力では十分に発揮できていない」
「金?」

動揺した蛍を見て、夜道怪はやや呆れたように溜息をつく。

「閻魔族の一員たろうものが、五行も知らないとは……」

五行と呼ばれて、蛍は思い出した。

世界は、火・水・木・金・土で構成されている。
木は土に強く、土は水に強い。水は火に強く、火は金に強く、そして金は木に強い。

 これを”相克”という。

(……触手の属性は木。金に勝てるはずだ)

 そう思った矢先、無数の触手が蛍に襲いかかる。
蛍は走り出し、刀で応戦しつつも、手や足に傷を作っていた。

  おまけに、制服のシャツやズボンまで破けてきている。三吉にどやされるなと蛍は苦笑いをする。

 しかし、このままでは夜道怪に攻撃するどころか、近づくことさえままならない。

 蛍は、触手を避けながらある事を思い出したのだった。


「……お姉ちゃん、あの人大丈夫なの?」

弘海が心配そうになずなを見上げる。

「蛍くんはきっと大丈夫」

 なずなは歯痒かった。確かにあの場に飛び込んで行っても、自分は役には立たないし、それどころか足手纏いになるのは目に見えていた。

 しかし、戦っているのは同級生。彼にはいつも助けて貰っている。

「ところであなた達、いやな事とかされてない?」

なずなは、三人に問いかけるが三人とも首を振った。

「いやな事はされてないよ……」
「うん。俺ら凄く楽しかったし」

 弘海と真人の言葉に、ネリネも頷く。どうやら、夜道怪は子供達には危害を加えていないらしく、それは多分捕まっている乃亜も同じだろう。

「……あの妖怪は私達に危害を加えるどころか、楽しませてくれたわ。それが幻術だろうと嬉しかったの」

 紛いなりにも、初めて家族と遊んだ。……とくに次兄の蛍は自分と遊んでくれないどころか、優しい笑顔を見せてくれたことなど無い。

それが、幻術の中では優しく微笑む蛍の姿を見る事が出来たのだから……。

「でもさ、何か見た事ある風景だったな。姉ちゃんとパパとママで遊園地で遊んだ時の風景だった」
「俺も、父ちゃんが仕事忙しくなかった時の事思い出した」

 なずなは、夜道怪が本当に悪い妖怪なのかわからなくなってしまった。


 相生……さっきの相克と違い、生み出す力だ。
 火が土を生み、土が金を生む。金が水を生んで、水が木を生む。木が火を生む……。

「……そうか。その手があった」

蛍は手を触手に差し出す。そして……。


「”蓑火”」

蓑火は、触手に燃え移り、一気に燃え広がり始めた。


「……なんだと?」


蛍は炎の中歩み、夜道怪に近づく。そして、夜道怪の少し引きつった顔を見ると、嬉しそうに顔を歪ませる。

「……と、その前に」

蛍は触手に捕らえられている乃亜に近づく。そして、触手に蓑火を放ったのだ。

「き、貴様!何をする……?!」
「いやぁー!!」

蓑火は一気に燃え盛り、乃亜は、身体ごとゆっくり地面に落ちそうになるのを蛍が受け止めた。

「……燃やしたんじゃなかったのか?!」
「……この炎はは燃やさない。聞くのは妖怪や人間界に存在しない者だけだ」

夜道怪は、手を握り締めて拳を作り、蛍に猛突進して来る。その間に乃亜を下ろして、突進して来た夜道怪の腹を蹴り上げた。

「諦めろ……もうお前に勝ち目はない」
「ぐっ……」
「さあ、閻魔手形を見せろ」
「そんなものは……」

蛍はやはりと呟いて、更に夜道怪を蹴りあげようとする。

「やめて!!」

止めたのは乃亜だった。蛍は寸前の所で足を止めて乃亜を見る。

「何で……?」
「あ、あのね。その人、私を慰めてくれたの」

 乃亜は、蛍に睨まれたように感じたせいか、やや怯んでいたがしっかり言葉をつむいだ。


「……どういう事?」
「えっとね……乃亜、その日ママと喧嘩しちゃって」


  乃亜は、母に習い事が多すぎて遊ぶ時間がない事、ピアノの発表会には出たくない事を告げた。

 しかし、母は取り合ってくれない。そのせいで、母に反抗的な態度をとり、喧嘩をしてしまう。

 そして、夕方夜道怪に声を掛けられたという。





「……宿?」
「ああ、おうちに泊めてくれという事だよ」

 乃亜は少し考えた。しかし、うちに泊めるとなると両親の許可も必要だ。正直、怒るに決まっているのだ。
 それに今朝、母と喧嘩したのだ。お願いを聞いてくれる訳がない。

「うちは無理だよ」
「そうかい……それより、早く帰りなさい」

お坊さん……夜道怪はそう言った。

「……帰りたくない。ママと喧嘩したの」

乃亜は夜道怪に今朝の話をする。すると、夜道怪は乃亜の頭を撫でた。

「そうかい。なら、いい所に行こうか」

と、連れて行かれたのがここであった。最初は楽しかったのだが、だんだん寂しくなる。

「じゃあ、今度はお友達も連れてこよう」





「……で、弘海君達を誘拐したわけか」
「乃亜ちゃん、ママ達心配してるよ」

 なずな達は様子がおかしいと、こちらに来ていた。

「……うん。でも、お兄さん夜道怪さんどうなるねの?」
「地獄に返して、閻魔からの仕置きをされる」

乃亜の顔が青くなる。それもそうだろう。子供でも、地獄なんて聞いたら震え上がる。

「……蛍くん」
「ぺんぺん、これはいくら君の頼みでも聞けないよ」

なずなは何かを言おうとしたが、これ以上は無理だと首を振る。

「もうすぐ、ここに迎えが来る。僕らも帰る。夜道怪、君の迎えももう来ている」
「分かっているさ」

蛍は乃亜が話し出す前に、地獄の警察に連絡していた。夜道怪も観念した様子だった。

警察が来ると、夜道怪は手錠を掛けられた。警察官は鬼でなずな達とあまり、姿形が変わらなかった。

「あの……夜道怪さん」
「なんだね?」

 なずなは警察がどこかに連絡している間に声を掛けた。

「お名前聞いてもいいですか?」
「……あっしの名は……時太郎」
「時太郎さん、ちゃんと罪を償って下さい」

夜道怪……時太郎はなずな達に背中を見せたままであった。しかし、微かに頷いたのが見えていた。



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