蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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夏休み編

28 デート開始

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  夜勤明けだと言うのに、母は明るく昼ご飯を作ってくれた。

 でも、きっと疲れているのだろう。目の下にクマができている。

早く母を安心させたい。坂本は拳にグッと力を入れる。

(約束さえ……約束さえ果たしてしまえば)





 出かけてくると言ったのはいいが、行く当てなどない。しかし、なんとなく家にはいられなかった。


坂本は、近くの神社の境内けいだいに入る。参拝客はおらず、そもそもここに神社などあったかと坂本が疑問に思うほど、ひっそりとした場所だった。


坂本は適当に、神社をふらふら歩き渡り、境内の石段に座る。
今日は日差しがあまり強くなく、ここでちょうど日差しを避けれる。

目を瞑ると、少しうとうとする。

「……どうしんだ?こんなところで?」

一瞬眠りかけていたが、坂本はその声ではっと目を覚ます。

「あんたは……?」

目の前に、目の前に大柄の老人がいたのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




こうも地獄の住人が現れると、どうしても思い出すのは地獄での思い出。

あまりいいものではないが、全部が全部悪いわけではないと蛍は思う。

人間界での生活はだいぶ慣れてきたものの、時には地獄が懐かしい。何というか、居心地がいいのだ。

人間界は、全体的に明るいし、生き生きとしてきらきらしているのにどす黒い何かで覆われている気がしてならない。

「……そういえば、坊ちゃん。あの鬼怪我が治ったそうですよ」
「あの鬼?」
「ほら。覚えてませんかね?……閻魔府に最後にあった出来事」

ああそういえば……。蛍は思い出していた。閻魔に謁見する前に、突っかかて来た鬼がいた。確か、新八という名前だった気がする。

新八は、あの時ばかりではなく、何度か蛍に突っかかて来たことがあるが、そのたびに蛍は無視をしていたのだ。あまりにもしつこいので、蛍は名前だけはきちんと憶えていたのだ。

「……新八は、あの鬼八きはちに育てられていて、少し素行が悪くて心配だ。報復をしてこなければいいのだが……」

それは大丈夫だろうと、三吉の心配を大袈裟と捉える蛍。

鬼八は元々、人間界でさんざん悪さをして、三毛入野みけいりのという人間に体をばらばらにされたが、時が立ち復活。今は地獄で暮らしている。

三吉は旧知の仲らしく、あまりよく思っていないらしい。
それに蛍だっていいイメージはない。

「何にしろ、警戒するに越したことはないでしょうな」

三吉は、グラスに冷茶を淹れ、蛍に渡す。

「ありが……うっ」

蛍はグラスを受け取った瞬間、胸を押さえ苦しむ。その拍子にグラスを床に落としてしまう。ちょうど、柔らかいラグの上に落としたため、グラスは割れずに済んだが、ラグの上に茶がこぼれ、氷が散らばっていた。

「坊ちゃん!!どうされた⁉」
「……ぅ。なん…でもな…い。はあ…はあ」

蛍は額に薄っすらと汗をかいている。

「な、ならいいですが……」

蛍のは、どくどくと鳴り響いていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌日、なずなはメイクを済ませ、犬の銅像の前まで来ていた。

父と兄は、朝早く近くの港に行っている。船に乗り、魚釣りをする為だ。これは夏休み恒例行事で、なずなも中学二年までは一緒に行っていたが、去年は受験があり、今年も行かない事にしていた。

魚は触れるが、釣りはあまり好きではない。

今日は土帝と待ち合わせていた。家は隣同士だし、一緒に行けばいいのだが、土帝は朝弓道場に行くため、先に行って欲しいとのことだった。

街には、たくさんの人で溢れている。特に夏休みが始まったばかりなせいか、学生と思われる人達がたくさんいた。同じ学校の生徒もみかけた。

「……宗ちゃんからメッセージだ。『もうすぐ着く』」

なずなは、スマホを見たあと辺りを見渡す。

「……全く。自分が待ち合わせた」

ふと、知っている声がしてきた。

「蛍くん?」

後ろを振り向き、なずなはそう言った。

「あ、あれ?ぺんぺん?何で?」
「誰かと待ち合わせ?」
「え?ああ……」

なずなが言うには、この銅像は待ち合わせスポットらしく、二人の他にも待ち合わせをしているらしき人間達がかなりいる。何人かが、待ち人が来たらしく、待ち人を嬉しそうに迎える人や待ち人を責める人がいる。

「なずな、待たせたな……何でお前がいる?」
「蛍ー!お待たせ!……って、何で?」

二人とも待ち人が来たらしく、気まずい空気が流れた。

「……遅い。行くぞ」

蛍は梔子くちなしを促す。

「待て。紹介してくれないのか?その子を」

蛍は横目で土帝を見る。普通に笑っているようにも見えるが、何かを含んでいる様子だった。

「……幼なじみの西表梔子だ。同じ学校だし、そのうち会うんだから、これ以上紹介いらないだろう」
「ああ。今度、詳しく聞くよ……俺達も行くか……なずな?」

少し間が空いて、なずなは頷いた。

「あ、うん。じゃあ、蛍くん。またね」

なずなは笑って、蛍に小さく手を振る。

それに、応えるように蛍も小さく手を振るのだが、梔子に手を引っ張られた。

「ね、どこ連れて行ってくれるの?」
「なんか分かんないけど、大型ショッピングモールって場所」
「へえ……どんな場所なの?」

蛍は、しばし考えた後答えた。

「……分かんない」











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