蛍地獄奇譚

夏休み編

30気付いた気持ち

 

 これでいい……坂本はなずなの背中にナイフを当てたまま、駐車場まで連れ出す。

もちろん、背中にピッタリ身体をくっ付けているので傍からはカップルに見えるだろう。

あとは、近くの廃寺に連れていき、そこで目隠しと手錠をして、あとは放置。

相手に怪我をさせる訳じゃないからと自分に言い聞かせる。しかし、ずいぶんとなずなは従順だ。普通なら騒いだり、助けを求めるものだが……怖がりなのか、極端に肝が据わっているのかどちらかだと坂本は考える。

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なずなは、振り向かかなった。理由は二つ、第一に相手は武器を持っている。武器はたぶん、刃物であろう。

そして、今男に逆らって、暴れ出せば自分だけではなく周りが無事では済まない気がした。周りには、小さな子供や乳飲み子を抱えた女性、

とにかく、相手の隙を見て逃げ出せばいい。その為には今は相手に従うしかない。

いよいよ、モールを出る。モールを出る場所は2つ。表の広い駐車場と裏の少し狭い駐車場だ。裏の駐車場は、業者の出入口になっている。

それにすぐ近くに廃寺があり、幽霊が出るとの噂で夜は地元の心霊スポットだ。

その為、裏の駐車場には、あまり人が来ない。男が向かっているのはやはり裏だ。

男の目的は、金銭かそれとも、肉体的なものなのか……どちらにせよ、なずなは背筋が凍る思いだった。

もうすぐ、駐車場を抜け出す。

(何とかして、助けを……)

なずなは、首飾りを付けている事を思い出した。

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  昼時のためか、ハンバーガーショップにはたくさんの人で賑わっていた。

蛍は、新作のマンゴーソーダを飲みながら、周りを見渡す。

周りにはカップルもいて、ジュースを交換したり、ポテトを食べさせ合ったりしている。女の声で口を開けろと言っている。

「蛍ってば！」
「え？」

口を開けろと言われているのが、自分だと気づいて、蛍はビックリした。

「ねえ。あの子の事、考えてたでしょ？」

そう言われて、蛍は首を振る。考えないようにしていたからだ。考えてしまえば、なずなが土帝と仲良くしている様子が目に浮かぶ。

それは避けたかった。

「別にいいけど、あの子……人間は辞めたら？」
「は？」
「あなたのお母様は、たまたま地獄に適応できただかけ。人間はすぐ死んじゃうし、それに閻魔様が人間との恋を許すと思って？」

急に恋と言われて、蛍は動揺した。

「僕がぺんぺんに恋？」

はっきりいって、そんな事があるなんて蛍は思っていなかった。

確かに、なずなに対する気持ちは他の人間達に対するものではない。だけど、その気持ちに向き合おとすると胸が痛くなる気がしていた。

畳み掛けるように梔子が喋る。

「あなたと私、つまり閻魔様の子息と宋帝王の娘が契りを交わせば、地獄も……」
「悪いけど用を済ませてくる」

蛍は、席を立ち上がり、その場を去っていく。

「……ちょっ。なんなのよ」


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  (……恋)

蛍は左眼で人の真実が分かる。人の考え、気持ち、全て左眼で見える。

それは、蛍にとってあまりいいモノではない。だから、左の前髪を伸ばし、あまり見えないようにしていた。

視界が悪いが、それでもこちらの方が自分的には楽だ。

でも、自分を見る事は出来ない。鏡に写せば見えるが、反射して写ったモノの真実はいくら前髪を上げても見えないのだ。

しばらく、歩いていると喫煙所が見えた。そこには、知った顔が1つ……土帝だ。

土帝はスマホに夢中でこちらに気付いていない。

それに、近くになずなはいない。蛍は、胸騒ぎを覚え、左の前髪をかきあげて、土帝をじっと見る。

土帝は、蛍に気付かないまま、外に出ていく

「あいつ……ん？なんだ……？まさか」

蛍は頭の中の響く音に居てもたっても居られなくなっていた。