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二学期地獄編
59 絡新婦
しおりを挟む「貴様……!」
娘の姿形は、なずなから醜い大きな蜘蛛に変貌していたのだ。
「ふん。出たな、絡新婦」
蛍は絡新婦を睨みつけた。
「……妖怪だったのか」
「ふん。怖気付いたのならば逃げればいいさ」
蛍はからかうように口角を上げる。すると、土帝は蛍を睨み返す。
「そんなわけないだろう。お前こそ、引っ込んでいろ」
土帝が絡新婦の前に立つ。
「さあ来い!お前も闇に葬ってやる!破魔!」
そういうと、空間の中から弓矢を取り出す土帝。
「二人とも、我が力にしてやる!」
絡新婦は口から糸を吐き出し、二人に向ける。二人は左右に分かれ、高くジャンプして糸を避ける。
「同じ手を食らうか!破魔矢!」
土帝は弓から矢を放ち、絡新婦に向ける。絡新婦は前の足で矢を薙ぎ払う。
「蓑火!!」
その後、素早く蛍は絡新婦に蓑火を放つが、絡新婦は素早く動き、蛍の袖を破いて天井に昇っていく。
「貴様らなど、この私に叶うはずがない!大人しく、精気を寄越せ!」
「寄越せと言われて、寄越すバカがどこにいる?!」
「いいよ」
土帝は驚いて蛍を見た。
「は?!」
「別にいいよ。そうすれば、明日学校も休めるし、服が敗れていても三吉にも怒られない。そしたら、ぺんぺんにお見舞して貰えるし……いい事づくめじゃん」
「馬鹿か?!お前」
しかし、ぴたりと臨戦態勢を崩し蛍はその場に寝転ぶ。その姿を見て、土帝はただただ呆れるばかりだった。
「さあ、早くしろよ」
「殊勝な心掛けだね……さて……」
天井に張り付いたまま、絡新婦は糸を吐き出した。
シュルシュルと音を立てて、糸は蛍に巻きついていく。
糸が絡みつくと、絡新婦は蛍の精気を吸い取っていく。
こうなると、まるで土帝など目に見えていないようだった。
しばらく、土帝は唖然としていたが、ふいに蛍と目が合う。
蛍が土帝に何かサインをしているようだった。
(……どういう……そうか!)
土帝は絡新婦に気づかれないように後ろに回る。
「素晴らしい!その辺の人間とは違う!なんと甘美な精力!」
「早くしてよ。僕はまだ全然大丈夫」
まるでマッサージでも受けているように、蛍は目を瞑りリラックスしている。
「ええ。どんどん行くわよ」
更に精気を吸い上げていく絡新婦。しかし、蛍はなんでもないような顔をして、弱っていく様子はない。
「はあ……そろそろいっぱいね」
「……そんなもの?まだまだ行けるでしょ」
すると、絡新婦は蛍の挑発に乗ったのか、どんどん吸い上げて行く。
「はあはあ……こんな所かしら」
「まだまだ」
蛍は、絡新婦を挑発するように、鼻歌を歌い始める。それに負けじと、絡新婦は精気を吸う。
しかし、もはや吸いすぎて、腹が破裂しそうになって行く。
「はあはあ……も、もうだめ」
「今だ!土帝!」
ぱんという破裂音がして、破魔矢が絡新婦の身体を貫いていた。
「ば、馬鹿な……何故?」
「くくくっ。無様だね」
蛍は立ち上がり、絡新婦の頭を踏みつけた。
「……き、貴様。人間なのか?」
「ああ。言うの忘れてた。僕は閻魔の息子だよ……ねえ……もう一度さっきの姿になったら助けてあげるよ」
絡新婦を見下ろして、蛍はそう言った。
「わ、分かった。ただ、今は顔しか……」
「ああ。可愛いね……でも……」
蛍は絡新婦の体を思い切り踏みつけたのだった。蜘蛛の体は柔らかく、すぐにへしゃんこになる。
「な、何故?顔は……」
「姿になれって言ったんだ。それに、ぺんぺんに似てた?」
蛍は土帝に聞いてみた。
「いいや。なずなはもっと可愛くて綺麗なはずだ……醜い蜘蛛など比べ物になるものか」
「珍しく意見があったな。さっさと消えろ」
絡新婦はいつの間にか、息絶えていた。
だが、妖怪はこうしてまた数百年眠るだけ。
「この屋敷崩れてないか?」
土帝に言われて、蛍は大きなため息を着いたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まだかな」
そう言ったのは、なずなではなく山野だ。
「先生、もう帰って大丈夫ですよ」
「いや、女生徒1人置いおくのは……」
山野は腕組みをしてウロウロしていた。なずなは苦笑いをしながら、それを見ていた。
何度も見返すが、屋敷は空き地のまま。
「うーん。うわっ!」
山野が一際大きな声を出す。
「先生?」
草むらを見ていた山野は蜘蛛を見つけて青くなり、何故かなずなの後ろに隠れる。
「蜘蛛!でっかい蜘蛛」
「ええ?やだ、女郎蜘蛛?この蜘蛛は何にもしないですよ」
なずなは子供のように震える山野を振り返って宥める。
「どっかやって……」
「仕方ないな……え?」
なずなが蜘蛛をどこかにやろうとした時、その蜘蛛は真っ二つに分かれていたのである。
それも、ナイフで切ったように……。少し唖然とすると、空中から、蛍と土帝が降って来たのである。
もちろん、これにはなずなもびっくりして悲鳴をあげた。
「え?えぇー!田中と……2年の土帝??」
山野は更に困惑したようで、目を白黒させた。
「いっ」
2人とも満身創痍ではあるが、意識はあるようで、それぞれ身体を押さえている。
「あはは……お前ら、やんちゃな事はやめろよ」
そう言ってよろよろと、その場を立ち去っていった。
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