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盈月
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しおりを挟むそうして時は宿泊研修へと移っていく。騒がしいバスの中。それに染まらず読書を続ける少女。彼女に向いた嫌悪の視線。私を瑠璃から引き剥がそうと必死な沙羅達。
いろんな思いが混ざったままにバスは一泊二日の非日常へと向かっていった。
「結構広いね~」
ホテルに着き、ベッドの上に鞄を投げ捨てた。部屋は目論見通りに瑠璃との二人きり。ビジネスホテルのような造りの少し広めの部屋だった。
「は~ぁ、疲れたね。バス長すぎ」
手持ち無沙汰を埋めるためにカーテンを開けた。ゴミゴミしていなくて閑静でもない、こじんまりした観光地。それは上から見ると丁度良い具合に綺麗だ。
「瑠璃! ほら、瑠璃も見ようよ」
振り返る。少女はベッドの上に座ってこっちを見ようともしない。
ーーったく、せっかくの旅行なんだからもっとテンション上げれば良いのに。
聞こえていないフリをしているであろう友人に歩み寄る。しかし、それでも彼女は俯いたままで動かない。
「ねぇ、瑠璃ってば」
少し苛つきながら肩に触れた右手……それは、次の瞬間には振り払われていた。
ーーえ?
理解ができない一瞬の出来事。それに意味をつけるように少女の顔はこっちを向いた。
酷い怯え。
両目に溢れるその感情は彼女らしくもない弱さに溢れている。
しかしーー。
「あ、巴」
一秒後には無感情が戻ってきていた。
「ごめん。なんの話してたっけ」
いつも通りの単調な声。能面のような無表情。いつの間にか取り繕われてしまっている。
ーー……また、だ。
私はゆっくり息を呑んだ。彼女がこんな状態になるのは今日が初めてではない。ここ一ヶ月でもう三度目。
こんな事、前の彼女なら絶対にあり得なかった。彼女は常に隙を見せない。こんな風にぼんやりするなんて考えられなかった。
学校生活に慣れてきた。
そんな事なら良い。生活に慣れて気を張っていたのが緩んだ。そんな事なら……。
「別に大した事話してなかった。それより、早く自主研行こうよ。ここには荷物置きにきただけなんだし。時間無くなるよ」
そんな事じゃないと心が言っている。だけど、私は踏み込めない。彼女の秘密を知りたいと思いながら、彼女が抱えている物を一緒に抱えたいと感じながらも、知るのが怖いと震えている。
心は常に矛盾するもの。
わたしは知りたい。知りたくない。
そしてわたしは弱虫だった。
「さ、行くよ」
瑠璃の手を引く。無理に笑う。テンションを上げる。
そうして二人は連なって、静かな部屋を後にした。
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